07 幕間三 夕方
エリスが熱い視線を送っている。視線の先をレイラが追うとある男性に行き当たる。
理由は直ぐにわかった。
ネイビーのジャケットに白いワイシャツ、深い赤のネクタイ。スーツ姿の男性が紅茶を飲みながらノートPCを操作している。最近よく店に来る近くの会社の人で、レイラにはただの三十代のサラリーマン。それがなぜかエリスにはカッコよく見えるらしい。
そんな視線に気がつきもせず、サラリーマンはPC片付けて紅茶をすすると会計を済ませて足早に店を後にした。
「あのスーツにあのネクタイとか、ほんと魔性のアイテムだぜ。」
額の汗を拭くふりをしながらエリスが呟く。
「あの、危機一髪的な雰囲気出している中で申し訳ないのですが、スーツに嵌まるエリスさんは少しきついですよね。」
ジンが遠慮なしにコメントする。
「でも、ネクタイにお花の模様が入っていておしゃれだなーて思いました。」
ノアがフォローっぽいことをしたのでエリスが嬉しそうに応える。
「そうなの、よく見るとバラの模様が見えるの。あれは相手との距離によってネクタイの意味が異なるの。」
エリスのいつもの厄介な熱弁をスルーするか迷ったジンは、興味が上回り質問してしまった。
「え、どういう意味ですか。」
「仕事で対面する距離なら、普通に渋い赤のネクタイでビジネスシーンで問題ないし、すぐそばで会話する親しい関係なら赤に模様が入っていておしゃれと思われる。」
いったん区切ってドヤ顔になるエリス。
「そして密着するぐらい親しい相手には薔薇の模様がわかって、俺のために、とか今夜の気分は、とかでもう盛り上がって大変。」
後半のよた話はともかくジンはそのネクタイのデザインに感心した。それなら確かに昼も夜も一本で済む。
「さっきの人は夜はデートなんですね。」
ノアが燃料を投下する。
「絶対そうよ、だから食事の時間を惜しんで仕事していたのよ。遅れてごめん。忙しいんだろ。お前と会う時間ぐらい作るさ。なんて。」
燃焼中のエリスにジンは疑問をぶつけた。
「でも、よくわかりましたよね。」
「それは心眼モードよ。」
決め顔のエリスにジンはため息をつく。
「某侍様ですか。」
「いえ、空手家よ。」
ついていけなくなってジンは、もう一度ため息をつくと仕事を再会した。
「今の人のスーツ、あれ結構いいものでしたね。」
常連Dがそう言うとエリスは目を輝かせた。
「そう思いますか。」
「多分、テーラーで仕立てた数十万するもののはず。」
「えーーー。」
先にノアが驚くのでエリスは口を開けたところを見られずに済んだ。
「そんなにするんですか。」
ノアが常連Dに質問する。
「仕事でスーツを準備しようとして、ある程度のポジションなら仕立てるようにって勧められたんだけど、生地選びからやったら余裕で二十万くらいになった。」
「そうなんですか。」
エリスがノアに教える。
「Dさんは元社長さんなの。」
「えー。」
ジンが先に驚く。
「ああ、小さい事務所を持っていてね。」
常連Dが控えめに言う。
「何の会社なんですか。」
ノアの質問に常連Dは答える。
「いろんなものを輸入する会社だよ。二年前ぐらいにたたんだけど。」
「どうして止めたんですか。」
「えーと、オタク業が忙しくて。」
そういえばジンは常連Dさんがネットでオタクの色々を紹介したりしていることを思い出した。
「あ、サイトの更新が大変だったんですね。」
「そうそう。」
チン。急にベルが鳴り、ジンは慌ててキッチンに向かう。
「はい、これ。」
キッチンのレイラから渡されたスープセットをジンはテーブルに運ぶ。
「お待たせしました。かぼちゃの冷製スープです。」
「ありがとう。」
ジンは常連Fと同席の女性にスープを並べる。
「ジンさんはスーツに萌えたりしないのですか。」
常連Fからの質問にジンは少し考える。
「まあ、人並みには。でもイギリス紳士のスーツ姿なんかはちょっときますよ。」
「私はフランス人のおしゃれな感じが好きですね。」
同席の女性の発言にエリスが反応する。
「ならば私はイタリアのスーツだ。」
大見得を切ったエリスにジンは落ち着いて突っ込みをいれる。
「いや、そこは張り合うところではないでしょうか。」
「でもねジンさん。本場の人たちは自分のスタイルが一番だと思っているのよ。」
「まるで聞いたかのように。」
「そうなの。」
妙に自信たっぷりのエリスにジンが尋ねる。
「エリスさんのお友達にスーツの人がいたのですか。」
エリスの周りは自分以外は全部イタイ人だと思っていたジンは意外そうに言う。
「実はイタリアでね。」
そう一言添えたエリスはイタリア旅行の事を思い出していた。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。