06-04 ゾンビは踊る、されど・・・
様々な障害を乗り越えてエリスとその一党は輸送機にたどりつく。
「直ぐに発進してくれ。」
レオが輸送機のクルーに声をかける。その間にも迫るゾンビの群れを銃撃で防ぎながら後部ハッチが閉められる。
「何をしているんだ。」
エンジンがアイドリング状態のままで動き出さない輸送機にしびれを切らしたレオはコクピットに向かう。パイロットに話しかけようとして足元に転がる通信士らしき兵士に気がつく。
「まだ乗客が全員乗り込んでませんよ大尉。」
久々に軍の階級で呼ばれてレオは反応に戸惑う。だが振り向いたパイロットの顔を見たレオは正しい行動をとる。
「貴様。」
レオは腰の拳銃を抜き構える。
「ソンビ小隊をペンタゴンに運ぶ任務を忘れてませんか。」
土色の肌に生気の無い目はゾンビの証。
「なぜ、貴様。」
パイロットはゾンビなのに普通に話し、あまつさえ、輸送機の離陸準備をしていた。レオの思考は完全に混乱するが、恐慌を起こさずに理性を保ったのは歴戦のプロの証だった。
ドゥダダダドゥ、ドゥダダダドゥ。
突然の音楽に全員(ゾンビ含む)の動きが止まる。
「これは。」
音割れの激しいがスピーカーから確かに聞こえてくるのは誰もが知っているキング・オブ・ポップの名曲。この場にふさわしいというか合っているというかそのための曲。
「ヒャハー、いいぜこれ。」
ゾンビパイロットがノリ良く輸送機のチェックを始める。倒れていた通信士がリズムに合わせて体を起こす。
「ヤーハー、気が利くね。」
「ヘイ、ブラザー。とっとと準備しな、お客さんがお待ちかねだぜ。」
「オーケー、ブラザー。」
「ヘイ、外の連中にも聞かせないか。」
「オーイエー、そうこなくっちゃ。」
能天気な会話で準備を進めるゾンビをぼんやり眺めるレオ。ふと外を見ると散漫に散らばっていたゾンビがゆっくりと整列を始めている。
「それじゃあ、悪魔の城への直行便、レッツ・ゴー・ホーム。」
機体が動き出すと誘導路に沿ってゾンビ達が列を作りそろってダンスを始める。その列は滑走路へと続く。
「わー、すごいですね。」
コクピットに現れたエリスはフロントガラスの向こうに広がる光景に感心する。その恐怖を感じさせない言葉にレオは完全にエリスが全ての元凶だと信じることができた。今、流れているのもエリスの持っていたカセットレコーダーから流れていた曲だった。貨物室にいた兵士が何を思ったのか、それを機内のマイクに繋ぎ流している。
エリスは機体のフロントガラスから見えるゾンビの群れの動きに刺激を受けてレオにお願いする。
「ちょっとだけ、一緒に踊ってきてもいいですか。」
レオは日本語を英語に変換するのに手間取り、意味を理解するのに手間取り、最後に感
情を処理するのに手間取ったが、ようやく答えることができた。
「これからは毎週教会に行くこともするし、食事の前の祈りも欠かさない。だから、とり
あえず、そこに座ってシートベルトをして少しだけ大人しくしていてくれ。」
悲哀を醸し出すレオの懇願にエリスはなんとなく同意した。その間に輸送機は離陸準備を終えている。
「レッツ・ダンシング!」
機内に流れる名曲とシンクロする機外のゾンビダンス。そして加速する輸送機。
「オーイエー。」
「ヤーハー。」
「いえーーーい。」
ご機嫌なパイロットに通信士にエリスと三者に囲まれたレオ。
「ファキン・ゾンビ。」
悲痛な叫びと共に輸送機は離陸した。
小一時間後、国防総省の通路を完全武装の兵士六人に囲まれながら歩くエリス。その姿を見るスタッフ達の目には大なり小なり驚きが宿る。むろんエリスが特異体だと知るものはごく小数で、この場にいるスタッフ達は知る由もない。彼らが驚くのは警護する兵士達の異様な緊張感とは対照的な、まるで社会見学にでも来たかのような東洋系の女の子の緊張感の無さだった。エリスはアホの子では無い。ただし喜びが他の感情を圧している時はまったく周囲が気にならない。まるでいや、まさにお祭り気分なのだ。
そんな気分のままエリスは警戒厳重な作戦指揮所に入る。
「すごい。」
エリスは一言ですませたが、そこには巨大なメインモニターと無数のサブモニターが並び、全米の様子がリアルタイムで表示され、数十名のスタッフが刻一刻と変わる状況に対応している。報告、議論、決断、指示。それが繰り返されている様子を見ながらエリスは興奮していた。
「それにしてもアメリカはなんでも大掛かりなんですね。ゾンビ祭りもこんなにすごいとは思いませんでした。」
同行したレオは驚き、思わず仰け反る。
「私もやってみたいなー、なんて。あの大通りを古典的なゾンビでのっそりのっそり、歩くのなんて楽しいかも。」
レオはエリスのあまりの発言に唖然としていたが、気を取り直して問いかける。
「おい、今なんて言った。」
「はい?」
レオは英語で質問したことに気が付き、日本語で再度質問する。
「いや、今言ったことをもう一度言え。」
首を傾げながらエリスは答える。
「え、ゾンビになるならやっぱり古典のほうが。」
「違う、もっと前だ。」
レオの強い口調に少し驚きながらもエリスは答える。
「あー、ゾンビ祭りもこんなにすごいとは、ですか。」
「おまえ、まさかこれがまだ祭りだと思っているのか。」
「ゾンビ祭りですよね。」
この状況を祭りと言うエリスを、レオは何か違う生き物のように思えてきた。
「お疲れですはないですか、ミス・エリス。」
急に声をかけられてエリスが振り返ると、眼鏡をかけた神経質そうな金髪の外人が立っていた。
「私はダスティン・マイルス首席補佐官です。」
手を差し出されあわててマイルスの手を握るエリス。
「あ、あのこんにちは、マイルスさん。」
手を握りながらお辞儀をするエリス。
「ダックと呼んでください。」
「はっはい。ダックさん。」
「ミス・エリス。ゾンビ祭りは楽しめましたか。」
レオはマイルスをまじまじをみる。こいつなに言ってんだ的なレオの視線を無視してマイルスは続ける。
「でも祭りもそろそろ終わりです。」
エリスは惜しそうに全身でため息をつく。
「そうですか。残念です。」
「そこでエリス。祭の終了宣言をしていただけませんか。」
「え、私がそんな。」
「いや、あなたは特別ゲストですから。その資格は十分にあります。」
「さあ、このマイクに向かって。」
呆れを通り越して思考停止しているレオと表情を変えないマイルス。彼らを前にしてエリスは語り始めた。
「えーみなさんお楽しみ中かと思いますが、お祭りも今日まで。これで終わりにしたいと思います。最後に一言。ゾンビに愛を!ゾンビ最高!」
いつの間にか黒スーツの一団が彼女を囲み拍手をしている。その拍手を受けてエリスが締める。
「それではみなさん、家に帰って寝るまでが祭です。ちゃんと帰ってくださいね。それでは。」
エリスの締め言葉の後、黒スーツ達がVIP扱いでエリスを別室に連れて行く。作戦指揮所に静けさが広がる中で、士官の一人がふと気が付く。中央ディスプレイに表示されているゾンビ騒動の広がり示す赤い点の拡大が収まっていることに。通信担当の兵士が一斉に声を上げ始める。
「各地区の司令部からの報告です。ゾンビ達が次々と倒れだしたとのこと。」
「軍病院からは隔離されていたゾンビが人に戻りはじめたとの報告も。」
「インターネットの書き込みでは、焼却したはずのゾンビになった家族が家で寝ているとの報告が寄せられています。」
「ダナ、見てーー。」
ミレニアムに呼ばれてダナが窓の外を見る。家の目の前で土色の肌のゾンビが倒れたかと思うと、元の肌の色を取り戻し、起き上がる頃には人間らしい動きに代わっていた。
「ありゃー戻ってるわ、これ。」
「生き返ったの。」
「うーん、どうだろ。」
ダナとミレニアムはお互い顔を見合わせながらゾンビ騒動の顛末を見届けていた。
これはいったい。いや、もしかしてさっきのエリスの宣言の効果なのか。
レオがマイルスを見ると、だれに話すでもなくマイルスは語る。
「つまり非日常の祭が終われば日常の世界に戻る。彼女の認識は最後まで祭だったのだな。」
こうして合衆国最大のテロが世界最大のゾンビ祭となり、人々の曖昧な記憶とともに語り継がれる事となった。エリスはいつの間にか日本に戻っていたのだが、彼女の記憶は曖昧でやがてゆっくりと忘れていった。
その裏には日米露、三国の密約があったとかなかったとか。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。