06-03 ゾンビは踊る、されど・・・
合衆国の全ての情報網に「ゾンビ」があふれている。
「ヤンキースタジアムではゾンビの試合をゾンビの観客が応援しています。」
「ミシシッピー河の遊覧船でゾンビの集団が観光中。」
「サンフランシスコの金門橋からゾンビが紐なしでバンジージャンプをしている。」
非常事態宣言が出され外出禁止の状態が続いているため、警察と軍とマスコミと一部の犯罪者とお調子者以外は屋内にいる。大多数の合衆国民はゾンビと一緒にストリートを行進したいと思わないのだろう。
「近づかない限りは襲わない」
そのルールが市民の精神状態をぎりぎりの線で支えている。それでも不用意に接近してゾンビに囲まれ、次に姿を現した時には立派なゾンビとなった者が全米で十万人を超える。
「ダック!」
大統領の叫びに近い呼びかけに、ダックことダスティン・マイルス首席補佐官はスタッフとの会話を打ち切り、大統領デスクに近づく。
「大統領、およびですか。」
「ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。この十五時間はそれしか聞いてないぞ。」
マイルスは予定通りの回答を選ぶ。
「今、対策についてスタッフと協議しておりました。この状況を打開する方策はプランAからFまであります。」
「解決までの最短はプランAで三時間。しかしリスクAA。最長ではプランFで72時間。リスクCで確実です。」
大統領は自分の首席補佐官をまじまじと見つめる。
「つまり、このばか騒ぎの、原因が、わかったと。」
「はい。」
マイルスの返事に大統領は怒りの衝動を覚えるが、なんとか抑えてマイルスに尋ねる。
「なぜ報告に来ない。」
マイルスの言葉は大統領にとって意外だった。
「報告が非現実的なため、私が報告差し上げた際に大統領が私の解任を考えるからです。」
大統領の顔が何とも言えない顔になる。
「ダック。私が君を解任する。そんな事はありえないだろう。」
マイルスは大統領も気がつかないほど僅かなため息を吐き出した後、ゆっくり答える。
「オペレーション「ピノキオ」で確保した特異体が原因です。」
その言葉に大統領は一瞬考え込むが、すぐに思い出したようだ。
「ああ、あの日本人を捕獲する計画か。」
「はい。その日本人がゾンビを好むあまり、その能力で全米にゾンビを発生させたのです。その能力とは妄想です。」
マイルスは言葉を切ると大統領の顔を見直す。そこには想定通りの表情が現れていた。
「ダック。君からそんな報告を聞くとは思わなかったよ。そんな馬鹿げた話があるか。妄想するとゾンビが現れるだと。それじゃあ何か?パンプキンパイが好きだったら、町中、パンプキンヘッドが歩き回るのか。はっ!ハロウィンにぴったりじゃないか。」
マイルスはたっぷり一分間の沈黙の後に答えた。
「同じことをFBI長官もおっしゃられてました。」
大統領の顔が怒りへと変わる。
「あの根暗野郎と一緒にするな。もういい。緊急対策チームを召集してくれ。私が指揮をとる。」
アメフトでのセンターのポジションだった巨漢の大統領は会議室へ大股で向かう。マイルスはチームの召集を手配しつつ独白した。
「非現実に対応する最善の方法は、非常識な対応なのだが。」
大統領を交えての三時間の会議で決まったのは特異体の処分。最初の一時間で原因について納得した大統領は次の一時間で発生源を断つ外科手術を選択する。最後の一時間は積極派が慎重派を押さえるための時間だった。
マイルスが纏めたリスクAAのプランAでも特異体への薬物の投与による思考操作であったのは、特異体を処分してもゾンビがそのままであれば取り返しがつかないからだ。しかし行動派の大統領により特異体の処分が決定される。マイルスのブレーン達が警鐘を鳴らす中で熟考の末、マイルスは保険をかけることにした。
エリスにとって部屋で何もせずにいるのは窮屈だったが、二十畳もあるゲストルームは気にいっていた。そのゲストルームにレオを先頭とした完全武装の集団が押しかけたのは、政府決定の二十分後だった。
「おい。」
レオの呼びかけにエリスは寝そべっていたソファーから首を上げる。
「あ、レオさん今晩は。」
「お前の仕業だな。」
「あの、なんの話でしょうか。」
レオは銃を突きつける。
「この馬鹿騒ぎはお前が作り出しているのか。」
レオに下った命令は拘束と対象の移送。でもレオは聞かずにはおれなかった。エリスは銃には反応せずレオをまっすぐ見て答える。
「何が何やら、何にもわかりませんが、何の話でしょうか。」
こいつは・・・。
鈍感なのか豪胆なのか、相変わらず銃におびえず落ち着いているエリスに、レオはある種の感慨を持ちながらも語気を強める。
「こちらも何かわからん。しかし、お前が原因なのはわかっている。お前がロイ達と話したゾンビの話、あらから全米がゾンビのパーティーで大混乱だ。」
エリスの目が輝く。
「もう一度、おっしゃってください。ゾンビのパーティーがどうされたのですか。」
レオは全米にゾンビが溢れている状況を説明した。
「もう一度だけ聞く。おまえがやったのか。おい、何をしてるんだ。」
レオが驚いたことにエリスは銃を持つ屈強な兵士に囲まれながらも、いそいそと上着に袖に通しカバンの中身を確かめ始めた。
「ゾンビ!いきますよ!ゾンビパーティーでしょ!そりゃもう!」
レオはふと思い出す、学生時代にお祭り好きガールフレンドとパレードに行った時のことを。興奮した彼女はパレードに乱入して。
「隊長。」
メンバーの声にレオは我に返る。命令一つで女子供でも手をかける傭兵たちがレオからの明確な拘束の指示が無いため、完全にお出かけモードになったエリスの扱いに困惑している。
「おまたせしました。」
にこやかに笑うエリスにメンバーは一斉にレオに視線を集める。レオは相棒ロイにこの役割を任せなかったことを後悔しながら、エリスを地下駐車場へエスコートするように指示をだした。
廊下を歩くエリスに不安とか恐怖とかが無いわけではない。しかしゾンビがあるならそれに突き進むという、よく判らない衝動がエリスを動かしていた。
地下駐車場で黒い車両三台に分乗したチームは静かに街を進む。大通りに集まったゾンビは目的も無くウロウロ、ではなく、なぜかある方向を目指している。ゾンビを刺激せずに道を選びながら進んでいた一行は、そのことに気づく。
「レオ、やつらどこかに集まろうとしているのじゃないか。」
「ああ、ボビー。だが好都合だ。やつらがこっちの邪魔しなければそれでいい。」
助手席に座るボビーは偵察や監視を担当するチームの目になる存在だ。当然、この地区のマップは頭の中に叩き込んでいる。そのボビーがレオに地図を差し出した。
「レオ、やつらの集まる方向に空港がある。最悪、道が埋まっている可能性がある。」
レオはすぐに判断を下し、ボビーに指示を出す。
「それはまずいな。ボビー、すぐに迂回路を設定してくれ。」
ヘリが使えないため空港に車で移動して、そこから軍の輸送機で目的地に向かう予定になっているが迂回路を通ると予定より三十分は時間を消費する。時間の余裕は無いが、ゾンビと仲良く行進するよりはましだと判断したレオは、本部へ迂回路での移動を告げる。
「チームAよりホームへ、道が混んでいて現ルートでの移動は不可能。ルートを変更する。」
本部からの応答は余裕の無いものだった。
「チームA、最短で空港へ向かえ。あと一時間は待てない。」
レオは素早く問いただす。
「ゾンビか。」
「そうだ。ゾンビが空港に押し寄せている。おそらくフェンスがもたないだろう。輸送機はまだ無事だが、千体を越えるゾンビに警備の小隊だけで守りきれるとは思えない。」
最悪の事態はゾンビ映画の再現のように脱出できずバットエンドだ。レオは決断を迫られる。ゾンビを刺激しても最短コースを取るか、安全策で細かくルートを変更しながら移動するか。
「空港にゾンビですか。それは。」
後ろの席からエリスが口を出す。
「とりあえず、黙っていてくれ。」
会話の単語から推測して話だすエリスをレオがさえぎる。後部座席の窓は遮蔽しているので外が見えてない。
好都合だ。窓の外のゾンビの群れをみたら、コイツは何をするかわからない。
そうレオが思っている間にエリスがカバンからカセットテープを取り出す。どうしますかと言わんばかりにメンバーがレオの顔を見る。
「我々は行く手を遮られ立往生してます。無事にゾンビの群れから脱出できるのか。」
とうとう実況中継を始めたエリスにレオはこめかみを押さえ、様々な感情を抑制するのが精いっぱいだった。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。