06-02 ゾンビは踊る、されど・・・
ダナ・デミは放浪癖からバックパッカーとなり、今では野宿も平気なナチュラリストだ。
今、ダナが歩いているのはアメリカ南部の見知らぬ町。よそ者お断りの雰囲気だが、そんなことは慣れっこなダナは街をぶらつきながら酒場を探す。
あれ、なんだろ。人だかりに怒鳴る声が聞こえる。喧嘩かも。
ダナは通りの真ん中で集まる人の群れに声をかける。
「どうしたの。」
ちょっと南部なまりを混ぜたりするのはダナの処世術で、そのおかげで中年男性の一人が答えてくれる。
「ボッシュのやつが突然、うめき声を出して倒れてちまったんだ。」
輪の中心は仰向けの青年と必死に呼びかける女の子がいる。
「はやくドクターを呼べ、あと担架だ。」
大柄の男が誰かに向かって叫んでいる。ダナは少し考えてから仰向けの青年に歩みよる。
「なんだ、お前。」
ダナは呼び止める大柄の男の鼻先にカードを突きつける。
「看護師免許よ」
「え、ああ、お前。」
大柄の男は望んだ医療従事者が突然あらわれたことに戸惑う。
「まず瞳孔と脈の確認。」
ダナはかまわず仰向けの青年の傍らにしゃがみこむとテキパキと観察する。
「彼、アレルギー持ちなのね。」
目の前でダナの様子を見ていた付き添う女の子に聞いてみるが、首を縦に振るのみで声がでない様子。
「彼の荷物は。」
彼女の指の先にバックがある。ダナはバックの中身を出してマジックのようなものを見つける。ダナはそれのふたを外し、片手で握りなおして青年の太ももめがけて突き刺した。
「なにやってんだ。」
大柄の男の声にダナは一言だけ告げる。
「だまってて。」
十秒程度で引き抜くと、何か言われる前にダナが大柄の男に説明する。
「これは自己注射。彼、何かのアレルギー持ちでいつも携帯していたみたい。」
そう説明する間に青年の呼吸が収まり始める。自然と湧き出る周囲からの拍手と賞賛に、喜び泣く女の子に憮然とする大柄の男が対照的だった。やがて駆けつけたドクターの指示で近くのコーヒーショップに青年が移される。女の子は担架に寄添いそのまま着いていく。
「さてと」
ダナは荷物を担いで、本来の目的に戻ろうとする。人々も安堵してダナを労いながら散っていく。そんな中で大柄な男だけがダナに近づく。
「おい。」
大柄の男の呼び止めに首をすくめるダナ。
ちょっとやっちゃたかな。
いきなりよそ者が見せ場をかっさらうのを気に食わないと思う奴もいる。ダナはゆっくり振り向きながら次のアクションを決めようとして、いきなり両肩に衝撃を感じる。思わず目をつぶり、目を開けるとすぐ側に髭面が満面の笑み。
「ありがとう!お前のおかげでボッシュが助かった。礼を言う。」
どうやらいい奴だと知ったダナは緊張を解いて握手をする。すぐに話はまとまり、ダナはそのまま大柄の男、ジョージ・フリストの店に行くこととなった。
いやー、聞きかじりでも役に立つもんだ。
そんな感想は当然、心の中に留めて置くダナであった。
そのままジョージの家に泊まることになったダナを、ジョージの奥さんと娘が店の裏にある家で歓迎してくれた。
「ダナ。」
ジョージの奥さんのウェンディが呼んでいる。
「ウェンディどうしたの。」
食後のコーヒーを飲みながらダナは台所に顔を出す。
「悪いけどミーアがいないの。庭にいるかもしれないので見てきてくれない。」
ミーアことミレニアムはジョージの娘で八歳の女の子。食事の時に庭のイチゴの話をしていたことを思い出したダナは裏口へ向かう。
「OK。ちょっと見てくるよ。」
庭に出たダナはミレニアムに呼びかける。
「ミーア。どこにいるの。」
次の瞬間、悲鳴が聞こえる。ダナは駆け出し、月明かりの下で小柄な人影と大きな人影を見つけた。
「キッーーク。」
叫びながら大きな人影に跳び蹴りをいれるダナ。吹き飛ぶ人影。
「ダナーーー。」
ミレニアムがダナに泣きながらしがみつく。
「ミーア。大丈夫か。」
泣きじゃくるミレニアムの頭をやさしくなでるダナ。
「え、まさか。」
ダナは倒したはずの人影がすぐに起き上がるのを見て驚く。一人で旅をすると女だと思って舐めた行為をする不届き者はいつでもいる。そんな奴にはこの蹴りを食らわせて半時間は失神させている。たまに間違えて善人を吹き飛ばすこともあるダナだが、そんな時は全力で謝っている。善人なら大抵は許してくれるので、先手必勝でとりあえず蹴飛ばすダナには絶対の自信があった。
この蹴りを食らってすぐに起き上がるとは。
ダナはミレニアムを庇うように身構える。
「うぅ、あが、おおお。」
人影から出るうめき声と雄叫び。
「ちょ、ちょい待ち。」
第六感が全力で危険を告げ、ダナはミレニアムを抱えると走り出す。その後ろから追いかける影は手を前に突き出して首を傾け、のろのろと動く物体。
ゾンビだった。
州警察に入ってくる情報は錯綜していた。いや、ある方向性に集約されるのだが信じ難い情報。人が人を襲っている。銃を打ち込まれても死なない人が。そのうち現場に向かった警官からの連絡が途絶える。
六階の執務室で指揮を取っていた警察長は窓から見える光景に絶句した。目の前のスト
リートの向こうから大勢の人が押し寄せてくる。
「警察長。大変です。」
警備部長が執務室に駆け込んでくる。
「その、大勢の、あの、なんというか。」
その狼狽に警察長は片手を上げて制す。
「七十九年か。」
「はあ。」
「あの映画を観たのは今の妻との初デートでね。」
「あ、あの。」
「怖がる彼女にこう言ったのだよ。「僕が君を守るよ。」てね。」
警備部長は州知事との関係で今の地位に上り詰めたと評判の警察長をまじまじと見つめた。
「全員に通達。完全装備の上、警察署前面にバリケードを構築。ゾンビを迎え撃つ。」
あまりの凛々しい警察長の姿に思わず敬礼をする警備部長。
「ビル内に一歩も入れるな。死守せよ。」
こうして州警察vsゾンビ軍団の戦いは。
始まらなかった。
なぜかゾンビは屋内には侵入せず、目的もなく道をウロウロするのみ。十分にひきつけてから発砲する予定が狂い、ストリートを徘徊するゾンビを眺めている完全装備の警察官達。連絡が途絶えた警察官達もたいてはどこかの屋内に逃げて無事。運悪く外にいてゾンビの接近に気が付かなかった連中だけが襲われてゾンビ化した様子。ゾンビの鈍さは子供でも走れば簡単に逃げ切れるほど。そのうち、ゾンビに近づかなければ問題がない事に人々は気がつく。
「ダナ、そっちはどう。」
「ウェンディ、問題ない。ゾンビ以外はいい天気。」
ダナは二階の窓から見える青空とその下でうごめくゾンビを眺めながら一階のウェンディーに叫び返す。ミレニアムを助けた後、ジョージとウェンディを説得して篭城をしたものの、映画のような展開にはならず、通りに見えるゾンビの群れを眺めるだけだった。それでも町の人間のうち何人かは、ゾンビと化しているので警戒は怠らない。
「ダナ、これ。」
すっかりダナになついたミレニアムはダナの横でお絵かき中。
「おーこれは。」
絵にはダナらしき人物がゾンビを蹴っている姿が描かれている。
「ありがとう。ミーア。」
ダナがお礼をいうと、ミレニアムが照れて抱きついてくる。ミレニアムの髪を撫でながらダナは考える。
いやー、三食ベット付きなんてゾンビ様さまだ。当分、このままでいいな。
このような映画とは違う緊張感のないゾンビ騒動が全米に広がっていった。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。