06-01 ゾンビは踊る、されど・・・
某日、都内で発生した事件について報告書を作成した某国の情報部員は、関係各所から「報告内容にファンタジーとジョークが混ざっているが、酒を飲みながら作成したのか。」とのクレームを受けたらしい。ついでに、その報告書を盗み見た各国からも。もっともクレームを受けたその情報部員は怒り気味に回答したという。
「こんな内容、素面で書けるか。」
のちに報告者Kent.Yorkの頭文字をとって「KYレポート」と呼ばれるその報告書は各機関を駆け巡り、結果として世界の中心を自負する某合衆国を動かすことになった。いくら未来に住んでいる日本とはいえ、エイプリルフールのネタとしては大規模過ぎる。合衆国の各機関はエリスが起こした現象の調査・分析を行い、ある研究所は次の報告書を提出した。
『六ヶ月以内に事象が発生する可能性とその対策について』
あれな研究で有名な研究所の報告書はこの方面の内容では逆に説得力を持つ。そして可能性がある以上は対策がとられなければならない。エリスの存在を重く見た合衆国政府は対策会議をひらき、その中で各機関の専門家から多数の意見が提出された。専門家達は概ね人為によるこの現象は合衆国によってコントロールされるのが望ましいとの見解であった。慎重論や過激な意見はあったが大勢を占めず、最終的には原因たる対象の合衆国施設への移送という無難な計画に落ち着いた。
この様な流れでオペレーション・ピノキオは立案されたが無論、他国民を誘拐することは不法である。唯一の超大国の傲慢か権利か、その点に疑問を呈されることは無かった。
もっとも不法に対して関係者全員が等しく罰を与えられるとこになるのだが。
CIAの外注作業員ロイ・イーストンは今回の仕事について次のような感想を持った。
「楽な仕事だ。」
日本人を一人、アメリカに招待する。無論、本人の希望は確認せずにビックリパーティーのように内密に事を進める。太平洋を越える時は軍のチャーター便が使えるため、課題といえば移動中のターゲットをリムジンで迎えるタイミングぐらいだ。そう説明するロイに相棒のレオ・ジャコビは別の感想を持った。
「変な仕事だ。」
ターゲットの意識は必ず保ったまま、不用意に興奮させずとの命令書にレオは引っかかった。眠らせるのが基本のこの手の仕事に怪しい但書きが付くと、悲観論者のレオは不安になる。
「レオ、そこに疑問をもったら下請けなんてできねえよ。」
そう軽くながしたロイだが「準備は慎重、実行は大胆」が信条の男はシミュレーションを複数回行い成功率九十七パーセント、残り三パーセントは雨によるイレギュラーとの結果を得て、初めて計画を次のステップ「誘拐の実行」に移す。
最終的な実行班は二班八名編成で、ロイが誘拐班を受け持ちレオが支援班を担当することで計画はスタートした。
「情報班からギデオン1へ十六時現在、周囲二キロ圏内に事故や事件は無い。」
「観測班からフェロー2へ、ピノキオは散歩中。繰り返すピノキオは散歩中。」
今回のロイの誘拐班のコード名は「フェロー」、レオの支援班が「ギデオン」、そしてターゲットは「ピノキオ」。襲撃地点から一キロ先のビルでレオは各班からの情報を分析する。
「キデオン1からフェロー2へ、ピノキオの予想到着時間は十六時三十分、二十七分後と推測される。」
「フェロー2からギデオン1へ、了解。」
順調、そう感じるレオだがやはり不安が残る。サポートの厚さの割にいつもは横からでしゃばるエリート様からの指示が、今回に限り無い。カテゴリーAの計画にも関わらずに。
レオはスナイパーのスミスに確認する。
「周囲は。」
スミスからの一言は短い。
「無し。」
やはり考え過ぎか。
レオはそう思いつつも、頭の片隅で何かが足りない気持ちになる。スミスはそんなレオを横目で見ながらスコープの微調整を行う。今回のスミスの役割は保険。誘拐班のプランに齟齬がでて初めて出番となる。
いつもの狙撃や支援と比べるとストレスは低いが、落ち着かない上司と仕事をするのはやはり疲れる。
そんな事を考えていてもスミスの意識は狙撃ポイントから外れず、状況の変化も見逃さない。
「ピノキオを確認。」
「フェロー2からギデオン1へカウントダウン開始。」
スミスからの報告とロイからの連絡がほぼ同時に入る。ターゲットが路地に入るとその後からゆっくりと黒のワゴン車が入り口をふさぐ。前方には軽トラックが道を塞ぐ形で止まっているため、軽トラックとバンの間に挟まれれターゲットは立ち止まる。ロイはターゲットがもと来た道を戻るタイミングで拉致するつもりであったが、予想外のターゲットの行動に驚く。
なぜかターゲットはそのまま軽トラックの荷台にあがる。ロイは眉をひそめるとメンバーにプラン変更の合図を送る。行動を制限すると九十九パーセント普通の行動をとらず、残り一パーセントの行動を取る相手だと知ったロイは、変更したプラン通りにバンから飛び出す。そのままターゲットに近づくロイの姿はタキシード。
まさかのプランFが実行されるとは。
双眼鏡越しにその光景をみたレオは驚きながらもスミスに合図を出す。スミスのライフルの照準にはターゲットがいる。その照準を少し左へずらし、軽トラックに詰まれたビンケースを狙う。
エリスはワゴン車からでてきたタキシードの外人を驚いて眺めている。道が無いなら作るべしと、つい先日読んだ漫画の台詞通りに行動したのはいいが、その上をいくイベントにさすがのエリスもすぐにリアクションが取れない。
エリスが逃げようかと思ったとたんに、軽トラックに積まれたビール瓶が弾けた。
「No!」
叫ぶ外人の声と横転する視界、気が付くとタキシードの外人の腕の中にエリスはいた。
ビール瓶が弾けたのに驚いたエリスは軽トラの荷台から落ち、走り込んだ外人に抱きとめられていた。
「エリス、君を迎えに来た。」
外人に話し掛けられ驚くエリスに、続けて更に驚く言葉が。
「君は狙われている。だが僕が守る。一緒にきてくれ。」
エリスはすぐに悟る、これはドッキリであると。昨日の晩に観たテレビ番組で紹介されたアメリカのドッキリ番組がまさにこんな感じだったから。エリスが同意するとロイはエリスを抱きかかえたままワゴン車に走る。ワゴン車に乗る時も車内でも大人しく従っていたエリスにロイは拍子抜けだった。
やけに従順だな。それとも覚悟を決めたのか。これなら玄関に迎えにいってもよかったな。
多少の齟齬がありながらも目的を達成したロイはそんな感想をいだきつつワゴン車を発進させた。
数時間後、米軍基地から飛び立ったC-47の機体の中でエリスとロイは一緒に「Dawn of the Dead」のリメイク案について熱心に話し込んでいた。
レオはそれを横目に見ながら、なんでこうなったかを考える。そもそもロイがエリスのカバンからゾンビ映画のジャケットを発見して、「アメリカまでゾンビ映画の鑑賞会でもするか。」と軽口を言い、エリスが「え、ゾンビ映画が好きなんですか!」と返し、ロイが「俺はゾンビ映画にはうるさくてね。」とうそぶいた所からおかしくなり、ミニーというホラー映画好きのメンバーも加わってゾンビ映画の評論会となった。
「私は古典的動作が好みです。」
「いや、それだと結局はライフルの的にしかならねえ。」
「圧倒的な数が恐怖をそそるのです。」
「数よりも数体のすばやいゾンビのほうが怖いね。」
リメイク時のゾンビの動きについて議論となる。
レオはやり取りを眺めながら、一応は命令書の「意識を保ったまま」と「興奮させない」を守っていることになるのかと考えていた。
これだけ仲良く話していれば、恐怖におびえて泣いたり叫んだりは無いだろう。
「興奮させない」意味は別にあったが、それはレオやロイが知らぬこと。彼らの責任ではない。
「じゃあ、リメイク案は米軍が開発した兵士をゾンビ化する機械が暴走して、合衆国各地でゾンビが暴れまわり、各地でゾンビと襲われサバイバルする人間と米軍の三つ巴の内容でいいか。」
ロイが二時間にわたる検討を纏める。
エリスの声が弾む。
「いいですね。やはり外せないのが大型スーバー。ゾンビに囲まれたときの絶望感や、そこから道具を駆使して対応するアイデア、何より知人や恋人ゾンビが襲い掛かってくる時のなんともいえない感情。」
「そうそう、目の前のゾンビはついさっきまで傍らでがんばっていた知人。それなのに今は敵。」
ミニーが合いの手を入れる。
「更に今まさに噛み付こうとして髪を振り乱しているのは毎日愛を語らった恋人。目は空ろ。でも面影が残っている。」
エリスは目を潤ませ身振りまで交えて語る。
「引き金を引くべきか。もうすぐそばまできている。でも撃てるのか。」
ロイが緊張感を煽るとエリスの頬が赤みをさす。
「そして最後にはみんなゾンビ!」
エリスがそう叫ぶと、ミニーとロイとがハイタッチをしてエリスにも手をかざす。
パチン。
いい音が鳴り響き三人は笑いあう。だがレオは見た。一瞬だが、エリスの体から淡い光が飛び出たのを。
こうしてエリスが監督・脚本・演出した「スリラー in USA」が開幕したのだった。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。