04-04 君の名は
内堀通りに沿って移動した三将は皇居の大手門に到達していた。その途中で数台のパトカーを燃やして爆発させる。破損した車両から流れ出たガソリンが油であることに気がつき、信繁が火をつけたのだ。
すでに機動隊二個中隊が病院送りで警備部の面目は丸つぶれで、宮内庁から宮家は避難済みとの連絡を受けており、警視庁の失態もいいところ。あとは是が非でも犯人を確保しないことには、警視総監の首一つでは収まらなくなる。自衛隊の出動、これだけは警察の威信にかけて防がなくてはならない。
第一機動隊の面々は悲壮感すら漂わせながら、鎧武者達を包囲する。
「今までのとは少し違うな。」
正宗が嬉しそうに言う。
「大手門を守る者どもだ。そうでなければ。」
宗茂が槍をしごく。
「しかし、時代が違うと戦も変わるものだ。」
信繁が感慨深げに言う。
火縄銃はあれど弓矢や槍は使わない。棒と盾を用いての打撃が主体。ゆえに三将は刀を抜かず、槍も穂鞘のままでいた。
二度の敗退で機動隊も学んでいた。隊列を組み、物量で押さえ込む方針は間違ってはいない。問題は鎧武者の動きで三人の連携がすばらしく、お互いの死角をフォローして隙がないこと。ならば三人を分断するとの計画から機動隊の中でもトップクラスの身体能力を持つ隊員が数名選ばれた。
三将の前に二名づつ並ぶ。
「ほぅ。これはこれは。」
最初に宗茂が反応した。理性派とはいえ戦国の世で大いに暴れた者として目の前の本物には血が沸き立つ。
「ようやく楽しめそうだな。」
正宗が抑えていた殺意を解き放つ。
「こうでなくては。」
信繁が破顔する。
「名を名乗れ。」
正宗の咆哮に隊員は目配せをするが、結局沈黙を守る。
「名無しか。それもよかろう。」
宗茂が進み出る。
「俺を相手に。」
正宗が槍を振り回して襲い掛かる。
「加減はせんぞ。」
信繁は目の前の二人に断りをいれると一気に踏み込んだ。時を越えて相対した九名の猛者たちは、機動隊が包囲する中心で戦いを始めた。
エリスは意識を取り戻すと十秒ほどかけて自分のいる場所を把握するのに努めた。頭を横にすると堤の顔がすぐそばにあるのでようやく昨日のことを思い出す。堤は自身の腕を枕にベットに寄りかかって寝ていたので、エリスは気を使ってゆっくりと体を起こす。そこで部屋にもう一人いることに気がついた。
「あ、もう大丈夫です。」
警察の人だろうと思ってエリスは答えたが、よく見ると服装が違う。
「忘れ物です。」
「忘れ物ですか。」
忘れ物とは何かを考えるエリスに急な眠気が襲う。エリスは考えるのをやめ、体を横たえるとまた眠りについた。
堤の声に目が覚めたとき、エリスはさきほどの出来事を忘れていた。
「大丈夫ですか。」
「あ、はい、心配おかけしました。」
エリスは体を起こすと胸元に勾玉があることに気が付く。いつ自分は勾玉のネックレスをつけたのだろうと、ぼんやり考えるエリスの様子を心配して堤が尋ねる。
「どうしたんですか。」
「いえ、勾玉が。」
堤はエリスの胸元の勾玉をみて感嘆する。
「きれいなネックレスですね。」
エリスは学祭で三種の神器を説明した記憶を思い出し、そのまま持って帰ってきてしまったのかと悩む。堤はエリスの様子が気になり声を掛ける。
「何か思い出したの。」
「あ、いえ、そうじゃないんです。ゆきむらが勾玉で信長を。」
エリスは自分で何言っているの状態であることに気がつき言葉を濁す。
「ゆきむら。て、真田幸村のこと?」
堤が確かめる。
「あーと、なんというか、漫画の話です。」
適当にごまかそうとして漫画を持ち出す。
「漫画でもやっぱり信繁は幸村なのね。」
「あ、いえ、え?」
「ああ、知らない人もいますけど、真田幸村の本当の名前は信繁で、幸村は死後に勝手に付けられた名前なのよ。」
堤の説明にショックを受けるエリス。
「そ、そうなんですか。」
エリスは少し黙った後、急にあることに気が付いて堤に訪ねる。
「ま、正宗様は、」
「あ、正宗の仇名の独眼竜は当時からありましたよ。」
堤の言葉に安心するエリスに堤は追い打ちをかけてしまう。
「真田と言えば十勇士ですけど、あれも創作なんですよ。」
「十勇士って。」
エリスは聞き返す。
「猿飛佐助とか。」
「えーーー。」
エリスは完全に目を丸くして驚く。
「じゃあ、いつも側に控えて、危なくなったら助けにきてくれる、兄貴みたいなサスケはいないのですか。」
「そうですよ。」
そのままがっくりとうなだれるエリスとその様子に驚く堤。
そっか、ユキユキはユキユキじゃなかったし、サスケはいないんだ。
その考えがエリスの頭の中をグルグルと駆けめぐった。
「信繁殿。」
宗茂の突然の叫びで信繁は自分の体の異変に気が付く。全身が薄く輝き体の輪郭が薄くなっていく。三将は機動隊の選りすぐり六名との戦いに思いのほか手間取り、ようやく倒したところで状況が激変する。
「それはなんだ。」
正宗が駆け寄る。
「この戦も負けであったか。」
時が来たと悟った信繁の独白に驚く二人。
「なにをゆうぞ。」
「我らは意味あってこの世に戻った。ゆえに意味が無くなれば還るのみ。」
信繁の淡々として説明に二人は驚きもするが納得もした。
「さすれば我の身もそのうちに。」
宗茂は自分の腕を見つめる。
「俺はまだやるぜ。」
正宗は二人に背を向け、機動隊と相対する。
「では三者三様にて、この戦の締めといたそう。さらば。」
信繁はそう言うと最後の焙烙玉に火を付ける。宗茂は直立する信繁の姿を目に焼き付けると、踵を返して正宗を追う。機動隊は正宗の激しい突っ込みを支え、宗茂が加われど隊列を崩さない。
「ここは崩れるわけにはいかん。第一機動隊の名誉にかけて支えろ。」
隊員達に第二中隊長の激が飛ぶ。その中隊長の目に赤鎧の武者が火花を携えて走ってくるのが目に入る。
「まずい。」
明らかに特攻だと気付いた中隊長は絶叫する。
「止めろ!やつを止めるんだ!」
跳躍する真田信繁に機動隊員も恐怖に押され隊列が崩れる。その様子に笑みを浮かべながら信繁は筒を構えて、焙烙玉を天に打ち上げた。白い煙を伴い、玉は天を目指す。
ドン!
轟音と共に火花が舞い散り空に花が咲く。
「こ、これは、花火か。」
現代の華やかな花火とは違い、一瞬の閃光だけながらも観た者の全てがそう感じた。機動隊員の中には少し呆けている者もいる。その様子を眺める宗茂と正宗は同じ言葉を発する。
「カブキ者め。」
正宗は踵を返すと来た道を戻り始め、宗茂は兜を脱ぎ片手で合掌する。あまりの事に機動隊の面々は手をだすのをこまねいてしまった。そのうち二人は薄く輝き始めると、機動隊員の見守る中で光となって消えていった。
「世界に静寂が戻りました。」
几帳の向こうにいる声の主に水野は深く礼をする。
「かの方の処遇はいかに。」
水野の問いかけに部屋の主は答える。
「時至らず。」
主の答えに水野は再び深く礼をするとそのまま部屋を出た。
「藤乃。」
呼ばれた女性は別間に控えていた。
「ここに。」
少し疲れた様子の女性はそれでも主の前では崩さない。
「転心の法は差し出した者の心身を削ります。ゆっくり休んでください。」
主の気遣いに女性は震えていた。
「もったいなきお言葉。」
自分の心を別の場所にいる他人に飛ばして、あたかも自身がその場にいるように振舞える転心の法。見聞きや話せるだけではなく、術も使うことができる。そのためか心身を削るのはむしろ術者のほう。
それなのに女性に気遣う主の優しさに心震えた女性は深く礼をすると部屋から出ていった。静寂が支配する部屋で主はそっと呟いた。
あなたに平穏を。私ができるのはここまでです。
東京を戦場とした鎧武者のとの戦いは、公式には犯人不明のまま騒乱事件として幕を下ろす事となった。関係者と目された来栖エリスの処遇も保護観察という曖昧なかたちとなった。こうしてこの事件の全貌はごく一部の関係者のみ知るに留まり、いつも通り曖昧なままで幕を下ろした。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。