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Elice in Wonderland  作者: 無風の旅人
不思議の喫茶店
10/28

04-03 君の名は

 時は少しさかのぼる。来栖エリスが偽OGを案内していたまさにその時、内閣調査室の加茂の部屋に宮内庁からの使者が来ていた。水野に支援を依頼してから三日後のこと、藤乃と名乗る女性の身元を確認すると、賀茂はすぐに応接室に通して本題に入る。

「出雲の姫のことで参りました。」

 だれのことかは判るが、それにしても姫とは。

「それほどの人物なのですか。」

 いやなカンほどよく当たる。加茂はエリスが「特異」であると確信した。

「彼女の力は世界を揺らします。」

 世界だと。専門家からの換言でもこれは信じ難い。

 そう考える加茂は不意に揺れを感じる。いや、地面じゃない周りの景色そのものだ。

「間に合いませんでしたか。」

 藤乃はある方向を見たままそう呟いた。

「今のは。何がおこったのですか。」

 ただ事ではないと感じて加茂は藤乃を見る。

「私の側にいたために感じることができた現象です。」

 それは、と尋ねようとして加茂は藤乃の口が動いていないことに気が付く。藤乃が、いや宮家の巫女が明瞭に答えた。

「世界の一部が変わりました。彼女の望みの一部がこぼれたのです。」

 加茂は知ってはいても体験した事の無い世界を垣間見た気がした。

「姫を一刻も早く見つけてください。こぼれた水は戻せません。でも今ならふき取ることはできます。」

 加茂は意味を完全に理解したわけではない。しかしその決断は早く、実行フェーズへの移行と判断して公安に対応依頼をする。その連絡中にいつの間にか藤乃が消えたが、加茂は気にもとめなかった。そういうものだと判ったからだ。


 内調の加茂から要請を受けた公安は、来栖エリスの確保のため人員を集めてチーム編成を行う。数年前に発生したあの事件の関係者の確保で、首都圏で発生中の事件にも関係しているとの情報もあり、公安は色めき立っている。

「情報は入りました。マトは駅にいます。」

 すぐさま対策室中央のディスプレイに地図が映し出され、エリスの現在地が表示される。

「マトの確保および妨害行為の排除にかかれ。」

 対策チームのトップの指示の元、各員が一斉に動き出した。


 最重要人物のエリスは都内の動乱を知らなかったが、大学の最寄駅の改札で電車が運行停止しているのは知った。学祭での案内役をどうにかこなして帰る途中だった。もちろん、電車が止まった理由が自分が起こした事件によるものとは知らない。

 報道側も警察の報道管制で、鎧武者のことを伏せており鉄道会社も信号機故障でアナウンスしている。エリスはどのようにして帰るか駅の路線図とにらめっこを続け、しばらく悩んだ後、改札口を背に向けて歩き出した。

 大学の近くの友達の家に泊めてもらおう。

 自宅まで帰ることはあきらめたエリスは、友達への手土産を考えながら薄暗くなった道を歩く。

「失礼。」

 突然の声かけに振り向くとスーツ姿の男性が数名いる。

「来栖エリスさんですね。」

 やさしく言っているつもりのようだが、声が野太く強い。エリスは少し後ずさる。

「なんでしょうか。」

 エリスの声が硬くなる。声をかけた男が周りの男に視線を移して合図を送る。エリスはとっさに大声をだす。

「ちかん。ちかんでーす。」

「お、おいっ!」

 エリスのこの行動に男達は驚くも、素早く予定を変更して目的を達成しようとする。周囲に人影がいないのは確認済みのため、男達の行動は大胆だった。

「どうしました。」

 いや、いた。男女のカップルが一組。

「この人たちが急に。」

 エリスは怪しい男達を指差す。

「失礼、私は警察官です。」

 その男性が胸元から手帳を出しながらそう言うと、スーツ姿の男達は目配せをしてその

まま散る。

「君達、待ちなさい。」

 女性がエリスを引き寄せて男性が男達を追うが、男達の乗り込んだ車はそのまま走り去る。男性は追跡をあきらめ、エリスの元に戻る。

「大丈夫ですか。私は警視庁の春日井警部補です。こちらは同僚の堤です。」

「堤です。」

「ありがとうございます。」

 エリスは物腰柔らかそうな男性刑事と気が強そうな女性刑事に礼をする。

「彼らは痴漢とは思えないのですが、どうしたのですか。」

「あ、はい、急に名前を呼ばれて、それで、あ、私は来栖エリスといいます。」

 エリスは遅ればせながら自己紹介をした。

「そうですか。明らかに誘拐の兆候が見受けられます。」

「そんな。」

 エリスが怖がるのを見て堤は提案する。

「どうでしょうか。今夜は電車も止まっていることですし、このまま我々が警護しましょう。」

「あ、いえ、友達の家に行ければ。」

 春日井がエリスに説明する。

「先ほどの男達はあなたを狙っていました。このまま友達の家に行くのは危険です。」

「あ。」

 エリスは相手が自分の名前を知っていた事の意味を実感した。

「そして自宅も。相手が判明するまでホテルに避難したほうがよいでしょう。」

 エリスは迷ったが、他に方法もないので決断する。

「あの、お願いできますか。」

「判りました。本庁に連絡するのでしばらく待ってください。」

 携帯電話で色々話す春日井とエリスを気遣う堤。こうして公安は他の組織がエリスを確保する前に、無事に確保することができた。エリスと刑事達は呼び寄せた覆面車に乗ると予定していたホテルを目指す。都内有数のホテルの地下駐車場からフロントを通らず、高層階行きのエレベータに乗り込み到着したのはスイートルーム。堤に案内されて部屋に入ったとたん、テンションが上がるエリス。

「こ、こんな凄い部屋。いいのですか。」

 エリスが堤の手を握りながらそう訪ねると、何故か堤までテンションあげながら問題ないと答える。スイートルームに感動するエリスを堤に任せ、春日井は応援に来た刑事と打ち合わせる。

 打ち合わせを済ませた春日井が気が付くと、エリスと堤がお部屋探索をしていた。春日井の視線に気がつき堤が我に返って恥ずかしそうに下を向く。堤をひと睨みして表情を戻すと、春日井はエリスに話しかける。

「気に入っていただけましたか。」

「はい、でもこんな凄い部屋いいのですか。」

 エリスは自分の待遇に少し戸惑っているようだ。

「いえ、元々はホテルに協力をいただき目撃者や証人の安全を確保するために借りている部屋なのです。」

 嘘ではないが真実でもない、でも事実であれば十分。

「そうなんですか。」

 エリスはそういえば何かドラマで見たことがあるなと考えて納得した。春日井はエリスに席を進めると、ようやく本題に入った。

「先ほどのことを含め、あなたのことをお話いただけませんか。」

 エリスは姿勢を正すと先ほどのことを話し始めた。


 公安の対策本部では緊張が続いている。来栖エリスを確保はしたが依然として、鎧武者は都内を闊歩している。鎧武者と来栖エリスがどのような関係にあるのかは、幹部にも情報が来ていない。そうしている間にも鎧武者が都内中心部へと確実に移動している。機動隊では押さえきれてない。強硬手段もあるがそれは最終手段。

 いや、最終手段がもう一つある。一部の関係者だけ知る因果関係は主がエリスで従が鎧武者であること。

 ならば主が消えれば。

 この解決法は既に一部の担当者に「指令」というかたちで伝えられていた。


 エリスの話を聞き終えた春日井宗司は、堤に警護をまかせて部屋からでると携帯で上司へ報告を上げる。春日井の報告が終わり携帯を切る前に、上司から意外な発言がでた。

「非常事態では非常の処理もありえる。」

 つまりそういうことですか。

 状況と手段について頭の中で軽く想定を作りながら部屋に戻る春日井。考えをまとめたタイミングで部屋の前に到着する。

 扉の前に陣取る二人の警護班員の敬礼に春日井も敬礼を返して扉を開けさせる。その時も警備班の二人は警備室と連絡して春日井の到着確認を怠らない。春日井は待合室を抜けラウンジに入る。ソファーに座っていた堤が立ち上がり敬礼する。

「対象は。」

「異常ありません。十九時には食事を済ませ、現在入浴中です。」

「様子はどうだ。」

「若干ですが、疲労が見えはじめております。」

「無理も無い。自分が何者かに狙われている事実は心身に負担をかけからな。」

 春日井は対象とはいえ少しばかりエリスに同情する。プライベートルームの扉から人の気配を感じ春日井は視線を向ける。

「未明さん、お風呂からあがりました。あ、春日井さん。」

 風呂上りのエリスがベージュのガウンを着てラウンジへ入って来た。髪にバスタオルを巻きつけて、そのまま頭上に巻き上げている。普段は長髪で見えない小ぶりな耳ときれいなうなじが魅力的な雰囲気をかもしだす。ガウンが形作るラインと色白で細い手足からその肢体が想像できる。控えめに見ても美人で、大目に見れば色気もなかなかのものだ。

 少し乱れた心を悟られないために厳しい顔を崩さず春日井は挨拶する。エリスは挨拶もそこそこに最も気になることを春日井に確認した。

「犯人は捕まりましたか。」

 春日井は今度は演技せずに厳しい口調で答えた。

「いや、まだです。」

「そうですか。」

 エリスは落胆してソファーに座る。

「大丈夫です。私が、私たちが警護してますから。」

 堤はエリスの肩に手をかけ、やさしく声をかける。

「ありがとうございます。未明さんがいれば安心です。」

 エリスの笑顔に堤がなぜか照れて表情でそのまま席を立ち、エリスのためにグレープフルーツジュースを入れる。

「はい、エリスさん。」

 エリスがグレープフルーツジュースを飲む姿を堤は微笑んだ表情で見ている。ついでに入れてもらったコーヒーを飲みながら、その姿を春日井は眺める。

 空手の有段者で拳一振りで瓦やヤクザの骨を砕き、セクハラ参事官の目の前でグラスを“うっかり”握りつぶす通称「鉄拳」が、ペットの猫にしか向けない(春日井は偶然目撃した)笑顔でエリスと接している。しかし、そんなほのぼのを眺めている暇は春日井には無いので無理やり本題に入る。

「繰り返しとなりますが、あなたに近づいてきた男達には心あたりがないのですね。」

「はい、そうです。」

 答えながらエリスはあることに気がついた。

「そういえば、気のせいかもしれませんが。」

「どんな事でもよいので、話してください。」

 春日井は話をうながすとエリスは答えた。

「今日、学祭にこられたOGの方が少し変だったような。」

「学祭に来ていたOGですか。」

 春日井はオウム返しで流そうとするが、エリスの次の言葉は流すことができなかった。

「もしかしたら、その人たちの仲間かも。」

 内調が仕込んだ調査員のことを知っている春日井は内心で顔に出さない自分を褒めた。

「どうしてそう思ったのですか。」

 ここは話を逸らすタイミング、にもかかわらず春日井は敢えて踏み込む。

「OGの方もさっきの男達も、何か演技をしていたような気がしたので。」

 春日井が急に黙り込む様子に、堤は何かあると気が付くが当然何も聞かない。

 この子はまずい。カンが良すぎる。

 春日井は都内の騒乱はエリスが原因であると説明を受けていたが、正直に言うとそこまで実感が無かった。今は違う。何か得たいの知れないものをエリスから感じていた。春日井の脳裏に上司が言った「非常事態」が頭に浮かぶ。

 その瞬間、窓が赤く輝く。堤がエリスの体をソファーに押し倒すのを見ながら、春日井は窓際に移動する。春日井が身を隠しながら窓の外を確認すると、ビル群の向こうに煙と炎を見る。

 丸の内方面、いや、皇居外苑か、表の警備の警察官に確認を。

 そう考えて春日井が振り向くと廊下側に一人の女性がいた。

「時間が無いので直接入りました。」

 春日井は懐の銃を素早く抜く。堤も同様に構える。

「動くな。」

 堤はソファーのエリスを庇い、春日井はエリスから視線を外させるため、横に回りこみながら女性に近づく。

「藤乃と申します。巫女様からの預かり物を姫へお持ちしました。」

 その女性は銃を構える二人に注意を払わず、淡々とエリスに語りかける。

「黙れ、その場に伏せろ。」

 だが女性は動じない。

「これを。」

 女性が懐に手を入れたため、春日井の指に力が入る。まったく銃の存在に気にもとめず女性は懐から何か取り出す。

「これを使って心を静めるのです。」

 春日井は自分の目を疑う。口が動いていないにもかかわらず、春日井の耳には声が聞こえているから。春日井は威嚇と外の警備に知らせるため引き金を引く。次の光景は春日井にとって予想外だった。女性がゆっくりと崩れる、倒れたのではない、頭から砂のように崩れたのだ。その光景に衝撃を受けエリスは気を失ってしまった。

 ※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

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