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第六話 クスコのお仕置き、あわや大惨事

七月一日、月曜日から始まった期末テストの日程は滞りなく進み、期末テスト四日目終了後。晴一、朋哉、秀修の三人はいつも通り近くに寄り添って駄弁っていた。

「今日は現社と生物で楽だったけど、明日が一番嫌だな。数Ⅰと英語、どっちも俺の苦手科目だし」

「僕は数学は一番楽しみだけどね」

「数学が得意なやつの頭の構造は理解出来んな。おれは全科目苦手やから」

「朋哉、それはやばいぞ。俺も頑張らないと」

「今日は四日だよな。ジャ○プSQとジャ○プコミックの新刊、今日発売やから駅前の本屋までいっしょに買いに行こうぜ」

「えー、あと一日だけなんだし、終わってからでいいだろ。今日買うと、絶対気になってテスト勉強に集中出来なくなりそうだし」

 朋哉の誘いに、晴一は眉を顰めながら意見した。

「おれは明日の試験完璧に捨ててるし。おれ目当てのやつは人気作だから明日には売り切れてるかもしれねえし」

けれども効果なし。朋哉の意思は全く変わらず。

「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」

 ほとほと呆れ果てる晴一に、

「あのう、西風君。僕も、いち早く読みたいですしぃ、いっしょに行きましょう」

 秀修も申し訳無さそうにお願いして来た。

「……秀修まで。それじゃあ、行くか」

 晴一は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。

「みんな、お目当てのもの買ったら長居はせずにまっすぐおウチに帰って、しっかりテスト勉強しなきゃダメだよ」

困惑顔で見送った雪穂をよそに三人は学校を出ると、最寄り駅の方へと向かっていった。

「真面目な晴一君の貴重な学習時間を阻害しようとしているあの朋哉君というチャクモール像みたいなお顔の悪友と、秀修君というアルパカみたいな間抜けなお顔の子、懲らした方がいいかもね」

 あのやり取りをモニター越しに眺め、クスコはにやりと微笑んだ。

「それはいいアイディアだね、クスコちゃん」

 カナートは大いに賛成する。

「まず手始めに」

 クスコがケーナを手にし、テレビ画面を叩いた瞬間、

「いてっ!」

「どうした、朋哉?」

「何かあったのでしょうか?」

 晴一達のいる場所はこんな現象が起きた。

「なんか、いきなり誰かに後頭部叩かれたみたいなんだ」

 朋哉はそう伝えながら後ろを振り返ってみた。

「あれ? 気のせいかな?」

 しかし誰もいないことに朋哉は不思議がる。

「たぶんそうだろ」

 晴一は素の表情で突っ込み、

「僕はおそらく、カナブン的な昆虫に衝突されたのだと思います」

 秀修はほんわか顔でこう推測した。

「あー、あり得るよな、チャリ乗ってる時とかたまに顔にぶつかってくるし」

 朋哉は朗らかな気分で笑う。

「秀修、さすがの推理だな」

 晴一も感心する。しかし秀修の推理は間違いだった。

クスコが朋哉の後頭部をケーナでぶっ叩いたのだ。

 三人は当然、それに気づくはずはない。

「大成功ね」

 クスコは満足顔だ。

「次はワタシの番ね」

 カナートは画面に向かって両手をかざす。

 それから数十秒後。

「あっちぃ~。今日はめっちゃ暑いよなぁ。さっきから一段と日差しきつなって来たし、熱風まで吹いて来たし。やば過ぎやで」

「間違いなく今年一番の暑さだな」

「尋常でなく暑いですねぇ。今日の豊中市の予想最高気温は35℃でしたが、すでに40℃を越えているのではないでしょうか? 僕はそんな予感がします」

 朋哉達はこんな会話を交わした。

「じわじわ効いてるみたいだね。アナアーシファ、ハルカズくん。巻き添えにしちゃって」

 カナートは罪悪感に駆られながらもフフフッとほくそ笑んだ。ハムシン攻撃を食らわしたのだ。

「Mbak・カナートの灼熱攻撃に頼らなくても、今日は全国的にここ数日で一番の暑さになってるらしいな。実際今日の大阪の予想最高気温、カイロやジャカルタより上がる予想になってるし。これでアタシの高湿度攻撃やSi・テラロッサのフェーン攻撃も食らわしたら一番ひ弱そうなMas・ヒデノブは熱中症不可避だな」

 セルバはお仕置きは控えてあげた。

「こんな暑い日はヴィシソワーズが一番だね」

 テラロッサは晴一のベッドに腰掛け、召喚したそのフランス料理をスプーンで美味しそうに味わう。

「晴一さんには、帰って来たら涼しく出迎えてあげたいです」

 フィヨルドは召喚した富良野名物ラベンダーソフトクリームを味わいながらほんわか顔で呟く。

「さてと、先回り地点を映して、もっときついお仕置き開始よ」

 クスコはにやりと微笑み、映像を別の地点に切り替えた。

続いて、晴一が中学時代に使っていた理科の資料集のとあるページを開き、開かれた方をテレビ画面に向ける。そして背表紙をトントントンッと手で叩いた。

晴一、朋哉、秀修の三人が橋の上に差し掛かり、

「それにしてもラノベ読んでるやつって、クラスでおれらの他にあまりいないよな」

「金銭的なこともあるのでしょう。ラノベを二冊買うお金で、ジャ○プコミックが三冊買えるからね」

「でも、図書室にもいっぱい置いてあるけどなぁ。雪穂ちゃんに頼んでもっと宣伝してもらおうかな」

こんなオタク的会話をしていたところ、

「あっ、あのう、西風君、殿井君、前、前」

 突然、秀修の顔が蒼ざめた。

「どうした秀修?」

「ん?」

 晴一と朋哉もまっすぐ前方を見た。

「「「……」」」

 瞬間、三人の顔が凍りつく。

彼らのいる二〇メートルくらい先に、とある野生動物が現れたのだ。

ガゥオッ! 

それは大きく咆哮した。

百獣の王、ライオンであった。性別は、鬣が目立つオス。

「ひええええええっ~! こっ、これは、夢でございますよね?」

「うわああああああああっ!」

「なっ、なんでこんな所にあんなアッフリカンな動物がおるねん?」

 三人は慌てて全速力で逃げ出した。五〇メートル9秒を切るくらいのペースだ。

「日本国内には野生のライオンは生息していないはずなので、王子動物園か、天王寺動物園から逃げ出したとか?」

 秀修は顔を蒼ざめさせて逃げながらも、冷静に分析してみる。

 ライオンも当然のように三人を追って来た。

 三人とライオンとの距離はみるみるうちに詰められていく。

「いい気味ね。さて、そろそろ助けてあげましょっか」

「本当にそろそろ戻した方が良いぜ。Mas・ハルカズには罪はないし、Mas・トモヤとMas・ヒデノブに対するお仕置きもやり過ぎだと思うぜ」

「早急に回収しないと、かなり騒ぎになっちゃいますよ。というか、晴一さん達の身がなまら危険に晒されます。あのう、クスコさんがライオンさんを元に戻すのですよね?」

 フィヨルドは深刻そうに問う。

「えっと、わたくし、怖いので、誰か、やっていただけないでしょうか?」

 クスコはてへっと笑った。

「あたし、ライオンさんは大好きだけど、檻がなかったら、怖いよぉ」

「アタシもあいつと戦う勇気は無いぜ。召喚したものと違ってアタシ達が触れるか攻撃与えただけじゃ消えてくれねえし」

「ワタシも無理、無理。サソリやガラガラヘビよりも遥かに強いもん」

 テラロッサ、セルバ、カナートは苦笑いで言い張る。 

「こうなったら、助っ人を呼びましょう。またボブ君に頼もうかしら。同じ肉食系のようですし」 

「クスコお姉ちゃん、あのおじちゃんは絶対出しちゃダメェーッ!」

 テラロッサはむすっとした表情で要求した。

「あのロリコンに頼んでも、絶対やってくれないよ」

「幼い女の子が大好きな時点で、怖がりだと思うぜ」

 カナートとセルバは自信満々に主張する。 

「確かにそうね。それじゃぁヤクちゃん召喚して助けもらいましょっか」

「クスコさん、余計大変な事態になりそうなので、絶対やめた方がいいと思います」

 フィヨルドは困惑顔で意見した。 

「その案も却下かぁ。こうなったら強そうな人……世界史Aの教科書から強そうな人を召還すれば。プロイセン王のフリードリヒ2世は、鯛焼きみたいなお顔で頼りなさそう。うーん……ナポレオン1世にするか、ルイ14世にするか、カール大帝にするか、フェリペ2世にするか、スレイマン1世にするか、ボリバルにするか、トゥーサン・ルヴェルチュールにするか……でも、どのお方も日本語は通じないだろうし、それに、とても怖そうだし、とりあえず、このお方でいいかな? 日本人だから言葉も通じそう」

 クスコは世界史Aの教科書をパラパラ捲って見つけたとあるカラーページを開き、手を突っ込んだ。

「やっぱり、すごく重たいわね」

 三〇秒ほどかけて、お目当ての人物をなんとか引っ張り出すことに成功した。

「きゃあっ!」

 瞬間、フィヨルドは思わず目を覆った。

「Mbak・フィヨルド、褌付けてるんだしそんな反応しなくても」

 セルバは笑いながら突っ込む。

「お相撲さんだぁーっ!」

「Oh,Sumo wrestler! ゴビ砂漠と草原ステップの広がるモンゴル出身力士、前世紀末から増えたよね。エジプト出身大砂嵐もイケメンで格好いいよね」

 テラロッサとカナートは興味津々に現れた人物の姿を眺める。力士であった。

「ペリーに対抗して力士が米俵を運んでいる図から取り出したの」

 クスコは自慢げに語る。

「……どこでぇ、ここは?」

 力士は目を丸め、米俵を持ったまま周囲をぐるりと見渡す。かなり戸惑っている様子であったが当然の反応だろう。

「力士のおじちゃん、ここは二十一世紀の日本だよ。気候はCfa温暖湿潤気候だよ」

「力士君、落ち着いて聞いてね。ここはあなたがいる時代から、一六〇年くらい先の世界なの。元号は安政ではなく平成、江戸は東京って知名になってるわよ」

「ほへっ!?」

 テラロッサとクスコからの説明に力士はさらに驚き、ひょっとこのような表情になる。

「キミに倒してもらいたいやつがいるんだ。そこに映ってる、ライオンなん……」

 セルバがそう言い切る前に、

「ひっ、ひえええええええ! はっ、箱が、しゃべったでげす。うわわわぁーっ」

 力士は顔面を蒼白させ、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら、部屋から逃げ出してしまった。

「何の音?」

 リビングにいた母は不審に思い、廊下に出た瞬間、

「うぉっ!」

 力士とばったり出会ってしまった。

「きゃっ、きゃぁっ! 何ですか? あなたは?」

 母は驚き顔で尋ねる。

「こっ、こちとら、江戸っ子の力士でぃ。今しがたまで、船に米俵を運んでいたんでぃ! でもよぉ……」

 力士はひょっとこのような表情をして強い口調で説明する。

「はぁ? 何言ってるの? あなた。警察呼ぶわよ。ひょっとして、最近このおウチの食べ物漁ったり、光熱費を使ってる泥棒?」

 母は晴一を叱り付ける時のように険しい表情で問い詰めた。

「こうねつひ、ってなんでぃ?」

「とぼけるんじゃありません。あっ、こらっ、待ちなさい!」

「ひいいいいい、これやるから見逃して欲しいでげすーっ」

 力士は母の様相に恐れをなし、片手に持っていた米俵を投げ捨てて玄関から外へ飛び出した。

「あらまっ、案外いい泥棒さんね」

 母はにこっと微笑んだ。

 力士は図中では米俵を両手に抱えていたが、取り出される際一つ落っことしたらしい。

晴一の自室。

「面白いおじちゃんだったね」

「うん。あの相撲取り、サモア基準でも大柄だな」

「役に立たなかったね、あのスモウレスラー」

「根性が予想と全然違ってたわ。あの人も晴一君や朋哉君、秀修君と同じくアルパカ系男子ね」

 テラロッサとセルバは笑顔、カナートとクスコは呆れ顔でさっきの力士の印象を語る。

「クリミア戦争とほぼ同時期から、いきなり二十一世紀の世界に飛ばされたのですから、あのような素っ頓狂な反応をされても無理は無いと思います」

 フィヨルドはほんわか顔で意見する。

「カメハメハ3世が亡くなった頃なら、科学もけっこう発達してたと思うけどな。あっ! Mas・ハルカズ達、もうかなりやばい状況になってるぜ。アタシが助けに行って来るよ」

 セルバは早口調でそう言って、テレビ画面に飛び込んだ。

「чрезвычайное положениеですね。ミナもお手伝い致します」

 フィヨルドもあとに続いた。 

「セルバお姉ちゃんとフィヨルドお姉ちゃん、大丈夫かな?」

「あの子達ならきっと無事にライオンを二次元に戻せるよ」

「セルバちゃん、フィヨルドちゃん、頑張って下さいね。大怪我したら、世界史Aの教科書からナイチンゲールを引っ張り出すので」

 残る三人は固唾を呑んでモニター越しに見守る。

その頃、晴一、朋哉、秀修の三人は高さ二メートルくらいのブロック塀に突き当たってしまっていた。

袋小路だ。

すぐに引き返そうとしたが時既に遅し。ライオンはもう、三人の一メートルほど先まで迫って来ていた。

「ひえええええっ、ラッ、ライオン殿。どうか、僕達の側から離れて下さいましぇ」

「どっ、どうしよう、どうしよう。かっ、母さん、姉ちゃん。助けてーっ!」

「ひでのぶ、はるかず、死ぬ時は、いっしょだぜ」

 三人はブロック塀に背中をつけて、手を繋ぎあってカタカタ震えていた。ライオン目線からだと真ん中に秀修、右に朋哉、左に晴一という配置だった。

 グゥアゥオッ! 

鋭い牙を剥き出しにしたライオンが三人の目と鼻の先まで迫り、絶体絶命のピンチに陥ったその時、

「Mas・ハルカズ、助けに来たぜ」

「晴一さん、助けに参りました」

 セルバとフィヨルドが正義のヒーローのごとくタイミング良く登場した。

「主にAwサバナ気候区に生息するライオン、アタシと勝負だぜっ!」

 ガオッ! 

ライオンはセルバの声に反応して彼女の方を振り向く。

「あの、皆さん、これを付けて目隠しして下さい。強い光が出るので」

 フィヨルドは三人に赤いサラファンを手渡した。

「分かった、フィヨルドちゃん」

「どっ、どなたか知りませぬが、ありがとう、ございまするぅ」

「どっ、どうも。こうすれば、いいのか?」

 三人はすぐさま言われた通りにした。

「ライオンさん、Прекратите!」

 フィヨルドはぷんぷん顔でそう叫ぶと、一秒後には顔がトロールに変化した。

 ガゥオッ! 

ライオンはびくーっと反応し、あとずさる。

「二度と使わないと決めていたのですが、ブリザードだとしばらく痕跡を残してしまうので……」

 フィヨルドは瞬く間に元の顔の形へと戻った。

「Mas・ハルカズ、あとは任せて」

 セルバはそう告げるとニューギニア島などに生息するオオフウチョウの姿に変身し、ライオンの背中に飛び移った。そして本来の姿に戻るとすかさず理科の資料集の該当ページを開き、ライオンの背中に押し付ける。

 するとライオンはあっという間に二次元の世界へと帰っていった。

 セルバとフィヨルドもそそくさこの場から退場し、晴一のおウチへ戻っていった。

「なあ、はるかず、ひでのぶ、さっき、二次元からそのまま飛び出したような女の子が、いたよな?」

「はい、僕の目にもしっかりと見えました。さっきの出来事は、夢ではないか?」

朋哉と秀修は、ぽかんとしていた。

助かったぁ、というかあのライオン、クスコちゃんが理科の資料集か図鑑から出したやつか? それとも棲息地域的にセルバちゃんが召喚したのかな?

 正体を知っている晴一は冷静だった。

「そんじゃ、危機は去ったことだし、気を取り直してマンガ買いに行くか」

「そうですね。今日は非常に貴重な体験が出来て、よかったであります」

「おい、おい」

 それからすぐに何事も無かったかのように通常精神状態に戻った朋哉と秀修の反応に、晴一は笑いながら突っ込んだ。

 こうして三人は予定通り、お目当ての月刊誌とコミックスを買いに駅前の大型書店へ向かうことに。

         ☆

「パンパチャワイ、セルバちゃんにフィヨルドちゃん」

 セルバとフィヨルドが晴一の自室に戻ってくるや、クスコはケチュア語をまじえて深々と頭を下げて謝罪。

「いやいやMbak・クスコ、べつに謝らなくても。アタシ、ライオン退治けっこう楽しかったぜ」

 セルバは嬉しそうにしていた。

「クスコさん、もう二度とあのようなお仕置きの仕方はしないで下さいね」

 フィヨルドはぷくぅっとふくれた。

「パンパチャワイ」

 クスコはもう一度謝罪の言葉を述べて、許しを得たのだった。

「この様子じゃ、Mbak・クスコのお仕置きは効果なかったみたいだな」

 書店にてお目当ての本を物色する晴一達三人の姿をモニター越しに眺め、セルバは楽しそうに微笑む。


「Hola! 晴一君、テスト勉強の邪魔をしようとした悪友二人を懲らしめようとして、晴一君まで巻き添えにしちゃってペルドン」

 晴一は帰宅後、自室に入るといきなりクスコからスペイン語も交えて申し訳なさそうに謝罪された。

「いや、俺、全然気にしてないから。俺も誘惑されたわけだし」

 晴一は気まずそうに伝える。


「晴一くん、最後の一日だれずに頑張ろう!」

 ともあれ今日もこのあと雪穂が晴一の自室を訪れて来て、昨日までと同じようにして過ごしたのだった。

         ☆

その日の夜、西風家の夕食団欒時。

『次のニュースです。今日正午前、大阪府豊中市内の路上を褌姿で走っていたとして、公然わいせつ罪の現行犯で住所不定、自称力士、常吉つねきち容疑者を逮捕しました。調べに対し常吉容疑者は、こちとら生まれは上総国長柄郡高根本郷村。米俵を運んでいたら、突然しゃべる箱とか、鉄で出来たイノシシとか、ペリーの黒船よりもでっけぇ建物があるべらぼうな場所に着いちまったんでぃっ! などと意味不明な供述をしており……』

「あっ、こいつ。今日ウチに入って来た泥棒だ」 

 七時台のニュースで数秒だけ画面に映った顔写真を見て、母は反応する。

「泥棒に入られたの? 母さん、大丈夫だった?」

「ママ、レイプされへんかった?」

「怪我は無かったのか?」

晴一と晴絵と父は心配そうに尋ねた。

「当然よ。お母さんはそんなやつくらいで怯まないわ。実際すぐに逃げてっちゃったし。吉本のお笑い芸人さんかなっ? とも思ったわ」

 母は嬉しそうに、自慢げに語った。

        *

夜八時頃にまた訪れて来た雪穂が十時頃に帰ったあとも、晴一は引き続き英語のテスト勉強に励む。その傍らで、

「このチョコレートジェラート、ラズィーズ!」

「ココナッツジェラートも最高だな」

「レモンケーキもすごく美味しい♪ レモンといえばやっぱ瀬戸内産だね」

 カナートとセルバとテラロッサは、クスコが洋菓子屋のチラシから取り出してあげたデザートに夢中。夜食タイムだ。

「なかなか難しいわね、この雪山のステージ。滑りやす過ぎ」

 クスコはおもちゃ屋のチラシから取り出した新作テレビゲームに夢中。晴一に配慮して音声はヘッドホンを通じて聞くことにしてあげた。

「……」

 フィヨルドは晴一が誘惑に負け今日買ってしまった、日常系萌え4コマ漫画を熱心に黙読していた。

気候擬人化キャラ達はすっかりあの力士のことを忘れてしまったようなのだ。

 同じ頃、

「べらんめぇっ!」

 そのお方は取調室で、やり切れない思いを江戸弁で、でっけぇ声で叫んだのだった。

 

         ☆  ☆  ☆


それはさておき翌日に期末テストは無事終わり、さらに一週間後。帰りのSHRにて播本先生から期末テスト個人成績表が配布されることになった。

「呼ばれたら取りに来てね。赤阪くん」

 出席番号順に渡され、六番の秀修は受け取った瞬間、

 副教科含めても総合ではトップでよかったよん♪

 ご満悦な表情を浮かべた。七教科十一科目の総合得点、三一五人中またしても学年トップだったのだ。

「中間より下がってもうとるぅ。夏の新作アニメのせいやな」

朋哉は自身の結果を眺め、苦笑いする。全科目平均点を大幅に下回り、学年順位は二七八位だった。当然のごとく一科目も秀修に勝つことは出来なかった。

「朋哉、夏休み必死で勉強頑張らないと冗談抜きに留年かもな。俺は中間より順位けっこう上がったよ。英語特に頑張ったのが効いたっぽい。ずっと十位以内だった姉ちゃんの高校時代にはまだまだだけど」

 晴一は嬉し顔を浮かべる。七六位から五三位まで上がっていた。

残りの男子の分が配り終わると、女子の分も配布されていく。

前より上がってる。すごく嬉しい♪ あの子達と最高の環境でいっしょに勉強出来たことと、晴絵ちゃんのお手製対策ノートのおかげだよ。

雪穂は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべた。二二位から一七位まで上がっていたのだ。家庭科では満点を取り、秀修より順位が上だった。

解散後、晴一は自身のテストの順位結果を晴絵のスマホにメールで伝えると、

 成績アップおめでとう! 帰ったらご褒美あげるね♪

 と、返信が来た。晴絵も嬉しがっているみたいだった。

         ☆

 その日の夕方六時半頃。

「ただいま晴一、成績上がったご褒美にキス♪」

「うわっ! やめろ。汚いっ!」

 晴絵は帰宅後、晴一の自室に入り込んで来るなりガバッと抱き着いて、ほっぺたにムチュッとキスをした。唾液もちょっぴり付けられた晴一は迷惑がるも、不覚にも照れくさくて頬を赤らめてしまう。

「晴一、夏休み明けの課題テストでは十位以内を目指そっか?」

「それは絶対無理だな。上位層の壁は厚過ぎる」

「うちが出来てんから、晴一なら絶対やれるって。うちに似てめっちゃ賢い子やねんから」

「無理、無理」

「晴一、自信持ちって」

「とにかく早く離れて。暑苦しいから。それに姉ちゃんめっちゃ汗臭い」

「それうちにとっては褒め言葉やで。えへへっ♪」

 そんな会話を交わしていると、

「本当に仲良いね。ハルエちゃんハルカズくん姉弟」

「晴絵さんもなまら喜ばれていますね」

「Hola! 晴絵ちゃん」

「アロ~ハMbak・ハルエ」

「晴絵お姉ちゃん、おかえりーっ!」

 晴絵の入室直前にいったん隠れた気候擬人化キャラ達が、それぞれの小冊子から飛び出して来た。

「うわぁっ! みんな。出てきちゃダメだってっ!」

 大いに焦る晴一に対し、

「大丈夫ですよ晴一さん、晴絵さんにはとっくにバレていたようですから」

 フィヨルドは微笑み顔で言う。

「えええぇぇっ!! みんな、すでに気付かれてたの? 姉ちゃん、いつから気付いてたんだ?」

 晴一は唖然とした表情で問いかけた。

「おねしょ事件の時から変やなぁって思ってたの。おしっこまみれのパジャマのにおい嗅いでみて、晴一のおしっこの匂いじゃないなぁって」

 晴絵はにやけ顔で理由を伝える。

「きっかけが変態過ぎる」

 晴一は苦虫を噛み潰したような顔で呆れ返る。

「それでね、その日の夜、晴一がお風呂入っとる間に晴一のお部屋にこっそり超小型ビデオカメラを仕掛けておいたの。晴一がお部屋に入った瞬間に、この子達が飛び出して来た映像確認してマジびっくりやで!」

「いろいろ言いたいことはあるけど、そんな前からすでに気付いてたんだな」

「うんっ! でもあのあともしばらくはうちの見間違いや思ってたんよ。うちが晴一の部屋に直接確かめに行ったらいっつも姿見せんかったし。晴一がおらん時にうちが冊子触りに行って振り回しても何も反応せんかったし。三次元化したこの子達に直接会ったのは今朝が初めてよ。晴一が学校行ったあとすぐ。うちがカナートちゃん達が三次元化出来ることとっくに気付いとんよって言うたらあっさり出て来てくれてん。うちが生み出したキャラがこんな風になってくれて、めっちゃ嬉しかった♪ 感激したで。ママとパパにはまだナイショにしとこってことにはしたけどね」

「俺もその方が絶対いいと思う。姉ちゃん、最初に映像確認して以降は俺の部屋に仕掛けてないよな?」

「うん、目的果たせたし」

「本当かな?」

「ほんまやで。うちを信じて」

「その顔は絶対仕掛けてるだろ」

 晴一の目を見つめながらにやけ顔で訴えた晴絵を、

「晴一さん、ミナ達はカメラの映像も全て確認しましたが、晴絵さんのおっしゃることはПравда(プラウダ)ですよ」

「ハルカズくんがクスコちゃんが出したタコス食べてるシーンで録画時間制限いっぱいになって映像止まったよ」

「フィヨルドちゃんとカナートちゃんがそう言うんなら、本当みたいだな」

晴一はフィヨルドとカナートの主張を考慮に入れて信じてあげることにした。

 かくして晴絵の前でも心置きなく姿を現せるようになれた気候擬人化キャラ達は、この日の夜は晴絵といっしょにテレビゲームやボードゲームなどをして賑やかに遊び、大いに楽しんだのだった。


     ☆ 


七月十六日、火曜日。

三時限目、今学期最後の水泳の授業。

セルバちゃんは浮かんでるだけで良いって言ってたけど……。

晴一は半信半疑でプールの中へ。まだノルマの五〇メートルを泳ぎ切れずにいたのだ。二十五メートルプールになっていて、泳ぎ方は自由。タッチターン、クイックターンどちらも出来なければ縁手前で一旦足を付いて向きを変えても良いというサービスは付けてくれてはいたが。

「スタートや」

 鬼追先生のこの合図で、晴一は腕をまっすぐ伸ばし、水に浮かんでいつもとほぼ変わらない不格好なクロールをし始める。

 おう、なんかめっちゃ楽だ。

 晴一は気分爽快。バタ足をやめてもすいすい前に進んでくれた。

「上手くいってるね。頑張れ晴一お兄ちゃん」

「Mas・ハルカズ、脳筋教師見返してやろうぜ」

 晴一の泳ぐコースに沿って、セルバとテラロッサがモニター画面越しに海流的な流れを発生させてくれたのだ。

「鬼追とかいう昭和脳教師も、他の生徒もこの仕掛けに気付いてないみたいだね。今日は風が強いのも好都合だね」

 さらにカナートが、浮かびやすいように塩分を加えて塩湖的状態にしてくれていた。

 よかったぁ♪ 

 晴一は見事、五〇メートルを完泳出来た。夏休みの補習回避だ。

「西風、頑張ったようやなぁ」

 鬼追先生からも、

「晴一くん、おめでとう! これで夏休み鬼追先生に遭って嫌な思いしなくて済むね」

 事情を知っている雪穂からも褒められた。

「こら延山」

「ごめんなさい」

 雪穂は鬼追先生の近くから慌てて逃げていく。

「はるかずぅ~、この裏切り者」

「全くですよぉん。うちのクラスでまだ泳げてないの、もうあと僕と殿井君だけになっちゃったじゃないですかぁ。なんとしてもこの授業中に泳ぎ切りたいですよぉん」

 晴一は上がったあと、朋哉と秀修から悲しげな表情で羨ましがられ、

「まぐれだから。きっと選んだレーンが良かったんだよ。おまえらも次、俺と同じコースで泳いでみろ」

 晴一は爽やかな笑顔でこう伝えた。この二人にも手助けしてあげてと事前に頼んでいたのだ。

「それに賭けますよぉん」

「おれもおれも」

 朋哉も秀修も藁にもすがる思いでさっき晴一が泳いだ右端の第一レーンへ。

二人とも次で無事完泳することが出来、

「プランクトンのように浮かんでいるだけで泳ぎ切れちゃいました。摩訶不思議です。とてもいい流れがありましたね。なぜあのような現象が起きたのか、物理学的に考えてあり得ないと思うのですが」

「チートがかってたな、あのレーン。なにはともあれ、泳ぎ切れてよかったぜっ!」

 大喜びで快哉を叫んだ。

「俺の言った通りだろ」

「朋哉くんも秀修くんも、鬼追先生のムダな補習回避おめでとう!」

「こら延山ぁ、そんなにわしが嫌いなんか?」

「ごめんなさーい」

「こらっ、プールサイド走るなっ!」

 またも鬼追先生に注意されてしまい、雪穂は急いで逃げていくのだった。

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