最初の話
ジリリリリッ!!
僕は何だか五月蝿い枕元の音に、眠たい目を薄ら開けてそれの発生源を探す。
時計だ。
時計が喧しく鳴っているらしい。
成る程、と納得しつつ、針が南西の方角を向いた時計を止めて布団に潜る。
時計なら鳴って当然、…当然………
睡魔が僕を天国へと導いてくれる。
きっちりエスコートも忘れないとは、なんて親切な睡魔さんだろうか。
僕は天国へと……
「兄さん!!朝ですよ!起きてください!」
時計の次は扉が五月蝿い。
何だってんだと悪態をつきながら、布団から返事をする。
「兄さんは〜…寝てるから…起こさ…」
マズイ、さっきまでジェントルマンだった睡魔が豹変して僕を連れていこうとする。
待たせ過ぎたのだ、今から寝るから…
「兄さん!?今日は部活の集まりが朝にあるって昨日言ってましたよね!もう7時過ぎてますよ!」
…………
布団から出て、時計を見る。
……………
少しまだ夢を見ているらしい。
頬っぺたを叩く。
………………
変わらない時計がそこにある。いや、一秒ごとに変わるけど。
針が狂ってしまったのだろうか?
……………………
………………………
「うわぁぁあ!?時計が!時計が!」
「兄さん!取り敢えず出てきて飯を食べてください!」
僕の何気ない日々は奴に狂わされた。
あの睡魔め……次は勝つさ。
朝ごはんを食べながら僕は後悔のどん底にあった。
携帯電話を見たらメールがあり、もういい、放課後に残れとだけ書いてたから、もう急がなくてもいいが、散々だ…
「それで、どうします?久しぶりに途中まで一緒に登校したいんですが…」
目の前で飯を食べる僕を見ながら妹は言う。
僕はそれに頷きを返しながら鮭を咀嚼する。
そんな姿を見て何が嬉しいのか、妹は笑顔で残った水を飲みきる。
水しか飲んでいないというのはダイエットという訳ではなく、先にご飯を食べていたのだ。
早めに学校に行こうとしたら既に行った筈の兄の靴があり気付いたということらしい。
我が妹ながら優秀だ。
身長も高いし、家事も出来る。
もし、近寄ってくる輩がいたら思わず頭突きしに行くかもしれないな。
僕はそう思いながら、食べ終わった朝ごはんの食器を流しに入れる。
「あっ…!私が洗っとくから兄さんは身支度をしてきてください」
………本当にできた妹だ。
…絶対に変な男は近寄らせない。
僕は心にそう誓うと洗面所に向かっていった。
「兄さん、桜が綺麗ですね」
「うん、そう言えば今が満開だったよね」
妹に同意しながら自転車を押しながら坂を歩く。
「…今日の晩、大体21時に忘れないでくださいね」
9時か……
学校が終わって放課後怒られて部活して、飯を食べて………あれ、間に合うのかこれは
「大丈夫大丈夫、……顧問の丸谷が僕を一時間以内で解放したら行ける……さ」
「むぅ………!約束ですからね!反故にしないでくださいよ!」
妹は膨れっ面でそう言って中学校の方に自転車を走らせて行った。
その姿は可愛らしくもあったが、何故急に自転車を走らせたのだろうか。
周りの学生も同じく急いでいる様子を見ると何故か嫌な予感がした。
時計を見る。
8時を回っていた。
「よお守!久しぶりに遅刻したんだってな」
「大輝は人のこと言えないでしょ…」
大輝が廊下から話し掛けてくる。
奴とは小学校、中学校、高校と付き合いが長いが同じクラスになったことはあまりない。
何時仲良くなったのかもまるで思い出せなかったが、些細なことだった様な気もする。
クラスに遊びに来たり行ったりするのが、僕達の休み時間の過ごし方だ。
「それで、だが間に合うかあれに?時間は」
「9時……でしょ?」
そう答えると、分かってるなら良いんだよと言いながら去っていく。
僕も次の授業に向けて準備をしよう。
「ただいまー、あぁ……疲れた」
長かった…説教が二時間も掛かるとは思わなかった。
おかげで部活をやる時間すらなくなって帰された。
部屋に制服と鞄を放りいれ、リビングに向かう。
机には炒飯と書き置きが、
チンして食べてください、それと21時の約束を…
そう書かれたそれに苦笑しながら炒飯をチンして食べる。
食べ終わると、時間にも余裕があるので風呂に入った。
柄にもなく、胸がドキドキするせいで少し経つとすぐに出てしまった。
部屋に再び入り、放り投げた制服や鞄を片付けておく。
時計を見ると8時と30分を過ぎていた。
さて、と。
部屋の片隅に置かれた機械に目を向ける。
これはVRMMOをプレイする為の機械だというのを大輝や妹に教えてもらった。
その際に結構電気を消費することを知ってしまったが…まあ、抑え目にやればいいんだ。
その機械に身体を預けて、頭に装置を被せる。
だが、思ってたのよりだいぶごつい。
潰されるんじゃないか、首が痛むんじゃないかと思ったがそんなこともなく、柔らかい物に頭が包まれる。
【身体の力を抜いてください。………ファンタジスタの起動…確認。機器を取り外さない様にお願いします】
女性の様な機械音声が流れてくる。
それに胸の高鳴りを感じる。
始まるか…まだ始まらないのか…と焦らされ、心が踊り、遊ばれる。
【ファンタジスタにログインします】
いつの間にか自分の身体がどこかの通路にあるのに気付く。
服を見てもパジャマじゃない。
革の鎧的な何かだ。
手を開いたり閉じたりすると感覚がちゃんとあるし、壁にぶつかってみると衝撃がある。
HPが減った。
「……これがVRMMOか」
驚きである。
これがゲームなんてとてもではないが信じられない。
まだ謎の組織に拐われて無理やりコスプレさせられた上に放置されたと言われた方が現実的かもしれない。
前に進んでいくと、扉がたくさんある部屋に着く。
ここは……何だろう?
【ここは貴方の先を決める場所です】
先を……?
どういうことだろうか。
近くにある扉に近付いてみる。
武器が書かれた扉だ。
【貴方は戦士の道を歩めます。YESなら扉を開けて入ってください】
………なるほど。
ここは職業を決める場所らしい。
事前に大輝と優芽には何になるかを聞いているからそれ以外を選ぶことにする。
だからこの扉はNOだ。
僕は扉から離れると別の扉に向かう。
次は騎士だ。これもNO。
その次は剣士。ヘルプを見ると武器は刃物系しか持てないらしい。
その分攻撃は高い。
……これで良いか。
扉を開けると再び通路だ。
だけど今回はさっきまでと違い剣を持っている。
………抜き身だとめっちゃ怖いんですけどこれ…
このゲームにはプレイヤーVSプレイヤーもあると聞いてるから、こんな凶器を持って襲われる可能性もあるのだろう。
………大輝や優芽はこういうのが大丈夫なんだろうか…。
通路を歩くと次は図書館の様な場所につく。
【貴方に隠された力が目覚めます。そして、貴方の選んだ道を確固たるものにすることも、貴方には選ぶ権利があります】
ここも優芽達に聞いている。
目覚めた力とは中級のスキルでプレイ中に得られるか分からないスキル。
選んだ道を確固たるものにする、とは職業スキルで後からでも得られるものが大体を占める。
僕はまず早く済ませるために、職業スキルから決めることにする。
本にはスキル名が書いてあり触ればその内容が映り、それを本棚から抜いて持っていけばそのまま自分のスキルになるそうだ。
僕は早々と【怪力】を取ると、本命の中級スキルに向かう。
ファンタジスタではこの中級スキルがプレイヤーの個性になると言われる程大事だそうだ。
………良いものが全然見付からない。
いや、内容は良いけど自分にしっくりくるのが見付からないのだ。
うーん…ん?
無差別的に探していると変わったスキルがあった。
「死守か…」
何でもHPがなくなってからが本番のスキルだとか、能力は上がるとか何とか、ただ一撃を食らったら問答無用で消滅するとか。
死守………か
死んでも守る、いや、この仕様だと死んだけど守るになるか…
何か良い…!
倒れたと油断した相手を自分の命と引き換えに倒すとはロマンがある。
それと、たとえ僕が倒れたとしても相手のHPを削ってやれたなら残った優芽達も戦闘が楽になるだろう。
……それに
優芽は気が強い子だけど、弱い所もある。
打たれ弱くて、落ち込んだらなかなか立ち直れなかったりするから。
大輝もあれで案外へたれな所がある。
表面では平気そうに見えても中では泣いてたりする奴だから。
二人のことはちゃんと守ってやりたい。
落ち込んでたら背中を押してやりたい。
泣いていたら、慰めてやりたい。
【死守】の本を手に取る。
それが僕の願うことならば、このスキルは僕にはうってつけのものかもしれない。
守るのは当然だ。
僕にとって二人は大切な存在、家族と親友なのだから。
本を持ったまま扉を潜ると、本は消えた。
【ファンタジスタの世界へは、この通路を進んでいってください】
通路を歩くと、暗闇に染まった前方に光が見えてくる。
僕はそれに向かって進んでいく。
通路の出口の先は噴水のある広場で、時間のわりに賑わっていた。
僕は人混みを掻き分けながら進む。
噴水の方に、待ち人の所に。
「………?」
「……………!」
二人が見える。
此方に気付いた様子は見えるがまた密談する様にして何かを話している。
何だろう。
二人が寄ってくる。
優芽は笑顔で、大輝はやれやれとしつつ口元は笑いながら
「兄さん!」「守!」
二人が大きな声を上げたために少しびっくりする。
なんだと思った。
ドッキリのターゲットの様な気持ちはこんなものかな思っていると、二人はせーのと声を合わした。
「「ファンタジスタの世界へようこそ!」」
楽しそうに声を揃えて言ったのを聞いて、思わず笑ってしまった。
優芽はムキーと一瞬で不機嫌になり「何で笑うんですか!?」と言い、大輝はそれを見て少し吹き出した。
優芽は何なんですかー!!といい大輝にポコポコと殴りかかりHPを削っていく。
大輝も初めは「止めろよ〜、痛い痛い」とふざけていたのに現在はHPが危険ゾーンにまで減って真剣に謝っている所だ。
それを見て更に笑ってしまう。
「優芽、大輝」
「何ですか!?今それどころじゃ…」
「た、助けてくれ!」
僕はまだ二人には言っていない。
「ありがとう。僕をこのゲームに誘ってくれて」
このゲームの世界で僕達はどんな冒険をするのだろうか
大変な冒険になるか
心踊る冒険になるか
それはまだ、どんなものになるか分からない
だけど
きっと楽しいものになるだろう
僕達の絆が続く限り、何時までも、そしてこれからも、ずっと、ずっと
完




