一つの終わり
『システムエラー、接続出来ません』
「………は?」
さっきまでにやけていた青年の顔が、画面に浮かんだ文字によって怪訝に歪む。
おかしいな、とぼそぼそ口にしながらキーボードを打ち込むが、反応はない。
良い所だったのに…、と半ばものに当たる様にして原因を探す、が見付からない。
青年は一旦椅子に座り直して考える。
このエラーはどこが原因なのか、見た限りでは本体が不具合な訳ではないから、配線か大本の方で何かあったかだろう。
青年は、こんなでかいゲームでこんな素人が起こす様な不具合を普通はやるか、と悪態をつきながら渋々と部屋の扉に手を掛ける。
廊下に出た青年は、うろ覚えの地図から開発部のシステム科へと足を運ぶ。
頭の中で大本の連中は、とまだ罵っていた彼だが足を止めた。
彼は一つのことに気付いた。
これが不具合なら、自分が修復に勤しまなければならないことに。
面倒、と感じたがその分給料は上がるし、自分の株は向上する。
それに、修復ついでにこの前みたいに新たなプログラムを入れられるかもしれない。
そう考えると寧ろスキップしたくなる。
次は何を入れるか、それだけが頭を大幅に占める。
そうだ、前作のデータから引き抜いたボスを入れてやるとかどうか。
いや、死んだ奴らの装備をしたアンデットが始めの街を襲うというのもありか。
そうだ、戦争イベントを起こそう。
前作のデータと今作のプレイヤーのどちらが優れているか、さっき見たのの第二段だ。
思考は何時もより捗り、幾らでも案が出てくる。
どちらが勝つだろうか、青年は考える素振りを一瞬するが、それに意味はなかった。
青年の中では確固たる答えが出ていたからだ。
さっきは負けたが、次は勝つ。
何故なら自分が作るから。
古い奴らは設定が緩すぎだ。
俺ならもっと上手く作れる。
青年はそんなことしか考えていなかった。
彼は才能もあり実績もある。
だけど大事なものがなかった。
青年はシステム科の扉の前に辿り着くと、襟元を整えてからノックする。
以前にちゃんとしなかったら上から怒られたからだ。
だが、中から声は聞こえてこない。
気付いていないと思ったのか、殴る様に再びノックする。
青年は溜め息を吐きながらドアに手を掛ける。
鍵はかかっていなかった。
中にはさっきいた女性がいた。
電話を置いた女性は何故か清々した顔つきで電子機器を終了させる。
周囲の人だかりは形容し難い顔で彼女を見つめている。
青年はその部屋の以上な空気に気付いた。
まるで凍っている様な、それほどまでの何かがあった。
女性が青年に気付き、そちらを見ると周りの人だかりもそちらを見る。
青年は薄ら寒い何かを感じた。
「おい、不具合が起きているが、これはどういうことなんだ?」
その何かで冷めた空気を切り裂く様に青年は自分から話し掛ける。
だが、部屋の空気は変わることなく、寧ろ他の何かすら追加された様な気さえする。
青年の問いに答えようとする人間はいなかった。
喋ろうとする人間もいなかった。
ただ一人を除いて
「神邑さん、貴方は自分のしたことを後悔したことはありますか?」
あの女性が、青年に逆に問う。
「……別に、ないけど?で不具合の原因は?」
青年は一応答えるが、その発言の意図がまるで掴めなかった。
女性はそれに対して、そう…ですか、と感情を押し込めた様に呟く。
「私にはあります。悪夢のゲームで私が原因で死んだ人がいました」
「……はぁ、だからさぁ…不具」
「だから、私は二度とこんなことにならない為に、させない為にプレイする側から開発する側になりました。後悔しない為の努力はいっぱいしました」
「話聞けよ…!」
「前作のプレイした上に最後の戦いで生き残った【英雄】のもう一人だった私を、採用してくれたこの会社は、私を看板にして安全性を広めようとしましたし、私も頑張りました」
「…………」
「私はもう後悔したくない」
そう言いきる女性にこれ以上聞く意味がないと察した青年は女性の身体を押し退けて、画面に近寄る。
周囲の人だかりが何故動かないのかは不思議だが、無能だということなら納得出来る。
何故これで給料が貰えるのか不思議に思いながらも、電子機器を起動させる。
無能は無能だが、一応は専門知識のある人間だ。
それが動けないのなら、余程の難解な問題が発生しているのかもしれない。
青年はそう考えながら画面を見て
心臓が止まった気がした。
「RTRは今から無期限の凍結ですよ」
後ろから聞こえてくる女性の声に、振り向けない。
「どういう…ことだ?」
「以前…から貴方を調べていたんです。ファンタジスタに関わったのかどうかを知る為に 」
女性はそう返す、が男性に理解は出来なかった。
何故ここで自分の名前が出てくるか分からなかったから。
「……今まで、何の証拠も見付かりません、でした。貴方がファンタジスタに関わっているというのもなかった、私には証拠なしに貴方にあれこれ出来る身分はない。……でも、貴方は、あのデータを持っている。そして、やってはいけないことをした…。分かりますよね?」
女性は青年に問う。
青年は理解出来なかった。
やってはいけないことをした?
ただの残留していたデータを使っただけなのに。
俺はプレイヤーに刺激を与えたかっただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただそれだけの話だというのに。
「警察には連絡しました。インターネットにも流しました」
「お、お前、分かって言ってるのか……。そんなことになったら…」
「えぇ、そうですね。デスゲームに、人の死を弄んだ愚行。私と貴方が終わらせたんですよRTRを、VRMMOを」
女性は何でもない様な振る舞いでそう言う。
何も表情の浮かんでいないその顔で、青年の心を抉る言葉を発する。
男性は汗を垂らしながら今出来る最善の選択を考える。
どうすれば、良い。
こいつは何を考えているのか、幾ら考えても青年には分からなかった。
最小限の被害ですませて、RTRを復活させる方法が青年の頭には存在しなかった。
「何で……こんな」
青年の独り言の様な呟きが口から漏れる。
近付いてくるサイレンの音に掻き消されたかと思われる程小さなその声に女性は答える。
「貴方には分かりませんよ。人を理解してない貴方には」




