狂気の夜
俺は思わず、その場で転がる。
頭より先に身体が動いた。
「……あぐぁ!」
脚が痛い。今まで感じたことのない激痛が脚から全身に伝わっていく。
恐怖と混乱で立ち上がれない。
なんだこれは
なんなんだ
俺は訳の分からないままに這いずりながら逃げる。
なんなんだこれは
背中を思いきり踏まれ、肺の空気が無理やり吐き出される。
息が苦しい。なんだこれ
「何がごめんな…ですか?」
上から声が聞こえる。
感情が欠落したかの様なそれに恐怖が膨れ上がる。
なんだこれは
「何がごめんな…だ…何が、何が何が何が何が何がぁ!!」
背中が再び踏まれる。
奇声の様な怒声が聞こえる。
背中に彼女の脚が何度も降り下ろされる。
意識があるのに、身体がまるで言うことを聞かない。
「お前が!お前らが!兄さんを見捨てた!お前らが!お前ら!」
優芽の声がやけに頭の中にすぅーと入ってくる。
見捨てた
俺は
「お前らが代わりに死ねば良かった!お前らが死ねば!」
俺は霧の塔から降りた。
朱音もいたから俺だけじゃないと安心した。
守の言ってることが正しくて、逃げる俺が異常だと思った。
この世界の何が駄目なのかが分からなくて、一人で戦うというあいつはただの異常者にしか見えなかった。
「お前が、お前らが!私に付きまとっていたのは自分達の罪滅ぼしのためか!?お前らの罪を私で清算する気だったのか!?」
違う
だけどその声が喉元まで引っ掛かり出てこない。
違う、違う
「それとも同情のつもり!?………ざけんな…ふざけるな!この屑が!!」
違う
もうやめてくれ
背中の感覚が麻痺してくる。
最早動ける気すらしない。
「………糞が、お前らのせいだ」
俺は間違えたんだろうか
何でこんなことに
あの時
俺は一緒に戦えば良かったのか
死ぬかもしれない可能性を引っ提げて
…あの時、死ねば今より楽になったかもしれない。
生き残れば、傷を共感してやれたかもしれない
「………死ねよ」
俺は間違えた
地面に横たわる何かから包丁を抜く少女がいた。
少女は晴れやかな顔で包丁を鞄に戻すと、転がる何かの胸ポケットから目当ての物を抜き取りポケットにしまう。
少女はその場で何かを考え込み、結論が出たのか転がる何かを海に落とした。
少女は短時間で終わらせられると考えたからだ。
倉庫の横に置いておいた黒めのコートを纏い、彼女は移動する。
「……ぁは、ははは…はははは…」
口から笑いが溢れる。
私は答えを見出だした。
自分に存在する価値がなくて、大好きな兄が死んだこの現実をどうするか
答えは出た
あの世で会えば良い話だけの話だ
だけど、手土産一つ渡さないのは気が引ける
だから、私は殺すことにした
私達を見捨てた奴らを殺すことにした
私ですら腹が立っているのだ
兄も同じ気持ちだろう
この話を持っていけば喜んでくれる筈だ
でも残念なことに現実で知っているのはあの二人だけだし、住所もさっきまで知らなかった
でも兄なら頑張ったねと褒めてくれる筈だ
あいつらは死んでも地獄に落ちるし、結果私は兄と天国で暮らせる
素晴らしい答えだ
「…ひっひひ……あはぁ…はは」
あのゲームには兄に似た姿のモンスターがいた
だけどあれは違う
兄は私を優しく受け入れてくれる
無理やり引き剥がして殺す様な真似はしない
「あはは……!ははは、はははは!!」
月明かりに照らされたこの世界が輝いて見える
「はははは!はははははは!…あはははははは!!」
こんな私を祝福するように




