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虚空の檻  作者: 北の孤王
20/25

再会の夜

俺は部屋着にジャケットを羽織った状態のままに走っていく。


道を歩く人は俺のあまりな形相にぎょっとした顔で道を譲ってくれる。



電灯が並ぶその道を俺は駆けていく。

見える通行人が少なくなって、不安が沸き上がる。

だけど俺は駆けていく。






掛かってきた電話は簡潔なものだった。

『全部思い出しました。今日の22:00に港の近くにある倉庫の辺り、三つだけ並ぶ倉庫の大きい方の近くで待っています』

それだけ言うと電話を切られた。



何故そんな時間に、とも思うが、あまりに真剣な声音が冗談の類いではない。

だから俺はそれに何を言うことも出来ず、何も言えないまま電話を切られたのだ。

パソコンをシャットダウンしようとウィンドウを終わらせた俺はパソコンで時間を確認した。

時間は午後9時、約束の時間は10時。

ここから港は40分程度、自転車は今はないし、バイクは修理に出していた。

だから俺は、急いで出てきたんだ。





ある程度、暗い道を走っていくと海が見えてくる。


疲労しきったその身体はやっと着いた、という達成感に包まれるが、彼女の姿は見えず。


彼女が言ってたことを思い出しながら、捜す。




港の奥へと行くと三つ並ぶ倉庫が見える。

少し小さい倉庫の横には大きな倉庫が見える。



周りを見渡すが、姿は見えない。

彼女はどこだろうか。



俺は捜す。

倉庫には姿は見えない。

海の方にも居ない。


そして、後ろに振り返る。





倉庫の壁にもたれ掛かる様にして此方を見ている人がいた。

鞄を肩掛けて、随分久しぶりに見た様な姿をしたその人は此方に近付いてくる。


「一昨日ぶり……いえ、久しぶりに会いましたね大輝」



彼女がそう俺に言う。

何時もの男の服じゃない彼女が。

彼女は沈黙する俺の横を通り過ぎ、そのまま海を背にして振り返る。



「………優芽…なのか……?」


「…はい、私は優芽です」



優芽がそう言いながら、俺を見つめた。

月を背中にした彼女の顔ははっきり見えない。

たけど、そこにいるのは優芽だった。

彼女だけは、戻ってきたのだ。

「本当に久しぶりですね、夢から醒めた様な気がします」


彼女はそう言う。

顔はよく見えない。


「…優芽……!良かった……良かった…」


口から情けない声が漏れ出す。

今まで封じていた何かが溶けた様な気がした。



「今まで心配をかけてすいませんでした」




優芽が謝ってくるが、俺は慌ててフォローする。

優芽が謝ることはない。

悪いのはあのゲームだから、あの狂人達のせいだから。

俺は中身の同じ話を何度も言う。


そうだ、悪いのは全部あいつらのせいだ。


あいつらが




「ところで朱音さんはどこにいるのですか?」

ふと、優芽は話を切って俺に聞いてくる。


朱音か、…朱音はこの前の春から同棲を始めているから、俺のいるマンションに住んでいる。

大学が大変だそうだから、帰ってくるのは11時ぐらいになるらしいけど。


そう彼女に言うと、なるほどなるほどと彼女は頷く。


「実は今までのお礼がしたいんですよ。その際に、彼女の帰宅でサプライズをしようと思ってたのですが…、住所が分からなくて、ついでにあなたのも」



ついでとは何だと軽口を言いながらも、思い出せば彼女がおかしくなってから一人暮らしを始めたのだから、知らないのも当然かもしれない。


部屋の番号まできっちり言うと、彼女は頷きながらメモをとっている。


「鍵は…?」


やらないぞ!?と胸ポケットを押さえると彼女は冗談だと笑っていった。

彼女の表情は月の光で見えない。




「長かったですね」



それに同意する。

長かった、今まで。


親友が死んで、その妹がおかしくなってから長い時間が経った。


俺達を取り巻く環境は何もかもが変わってしまって、俺達の関係も歪になった。


俺と朱音は優芽にどう接したら良いのか、まるで分からなくて避けて、だけど関係を壊したくなくて、俺は彼女を守として接して、一緒にゲームをした。


守として接したら楽になった。

そこには優芽がいて、守もいる様な気がした。


何もかも忘れてしまいたくて、そこに昔の関係を当て嵌めようとした。



何もかも忘れたら楽になれた。

何も変わらない日々だった。



守と一緒にゲームして、週末には朱音とも一緒遊びに出掛けた。





何も変わらない日々の中で自分が腐っていく様な気がした。


何も変わらない、俺は大学生に、優芽が高校生になっても変わらない関係で何かを変えようと思った。



守に優芽の話をすると、優芽は部屋にいると言われて相手にされなかった。

変えることは出来なかったし、俺も勇気がなかった。



ある時パソコンの掲示板を見ていると、バグモンスターの情報があり覗いてみた。

SSスクリーンショット見たら何故か心臓が冷えた。

俺は実物を見たくなくて、でも知りたいことがあるから掲示板を見ていた。




そのモンスターが優芽の何かを変えた。

チャンスだと思った。

治ると思った。





「どうしたんですか。ずっと黙ってますけど」


「ごめんな…今まで」


この一言を口から絞り出す。




あのゲームから帰ってくるまでずっと言いたかった。

その一言を。


「良いですよ。別に」



彼女はそう言う。



「あ、ありがとう……。………そ、そうだ!明日の放課後にスケジュールあいてるか?朱音と一緒に買い物をしよう!俺が荷物を全部持つから、どうだ?」


「そうですね」


「………よ、よし。じゃあもう遅いしここは危ないから帰ろう。朱音へのサプライズもあるしな」


「そうですね」




何故だか分からないけど、この場所がやけに不安になってきた。

思わず後ろを見るが、誰もいる様な気はしない。



「あっ」



その声に振り返ると優芽が海を覗き込んでいた。



「……どうしたんだ優芽?」


「物を落として…、もうちょっとで届きそうなんですけど」



その困った様な声を聞き、思わずちょっと退いてと代わりに取ることにする。



「どこにあるんだ?」

「えーと、そっちですね」


後ろから聞こえる指示通りに海の中を覗く、が見付からない。



「ほら、あれじゃないですか?」

「いや、違うかも…」




背中の声は更に指示を出すが、そっちにも見えない。




再び別の指示を出してくる彼女はふざけているのか、本当に探していて見付からないだけだと薄々察し始める。

前者なら少し呆れる。

それに大切な物なのか、というかどんな物すら聞いてない。

時間も本当に遅くなったしこのままだと帰るのは深夜頃になると俺は思い、後ろを振り返った。






もしかしたら流されてしまったのかもしれない

諦めた方が良い



俺はそう言おうとして振り返った。










俺を無表情で見下ろす優芽がいた。

その右手には月明かりに輝く包丁があった。

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