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 たとえ異世界であっても流れていく時間の速さは変わらない。

 だとすればここ最近の俺の生活があっという間に過ぎていったのは、ただ忙しかったからというだということになる。


 実際忙しかったのだ。


 とにかく迅速に店を開店させるべく、まずはミハイに貰った資金を使って内装をいじっていった。

 テーブルや椅子などは元あるので良かったのだが、カーテンやテーブルクロス、インテリアなどは店に合うようなのを買い揃えなければならなかった。

 だが残念なことに俺のセンスは一般男性のそれを大きく下回るレベルのようで、気に入ったものを買おうとすると必ず店員が『本当にそれをお買い上げになられるのですか?』と笑うのを必死に堪えながら確認してくるのだ。


 そんなことを言われて購入するほど馬鹿ではないので、素直に友人の力を借りることにした俺はバルゴの家に向かった。

 何もあのむさ苦しいおっさんに頼んだわけではない、そこにはやっと体調が戻ったエリスがいたのだ。


「よっエリス、もうすっかり元気になったみたいだな」

「あっナオトさん! うん、みんなのおかけで絶好調だよ!」


 エリスの顔は出会った頃とは似ても似つかない、素材は良さそうだとは思っていたがまさかこれほどとは……


「? 何かついてますか?」


 不思議そうな顔でペタペタと自分の顔を触っていたエリスは、ふと何かを思い出したように質問してくる。


「そういえばナオトさん、この町に住むんですよね? ミハイ様や奥さんから聞きました、お店を出すって」

「ああ、飲食店をな。場所は驚いたことに俺とエリスが始めて会ったあそこさ」

「ええっ本当ですか! いやー何だか運命を感じちゃいますね~」


 第一印象から明るい子だったけどここまでとは、ちょっと意外だ。

 嬉しそうに両手を組んで右へ左へ身体を揺らしているエリスに、俺の当初の目的であった買い物の付き添いをお願いする。

 いいですよ、と二つ返事で了承されたので、そのまま二人で街を回っていく。


 女の子と二人で街をぶらついたのなどいつ振りだろうか、記憶の中を探ってみるが覚えがない。もしかして俺の人生ではじめてのことなんじゃなかろうか。

 まあだからといって緊張なんてしないが、そもそもこれはデートじゃなくてただの買出しだ、仕事なのだ。


 エリスのセンスは確かだったようで、特に店員に何か言われることもなく無事、買い物を終えることが出来た。

 重いものは後で店が届けてくれるそうなので、俺とエリスは細々とした物のみを手に持って店へと向かう。


「うわ~! 本当にあの場所なんですね! 入っていいですか!?」


 店に着いたエリスは興奮した様子で俺に言ってくるのだが、今の彼女は俺のすぐ隣にいる、そしてエリスは小柄なのだ。

 つまり近い距離で話すと自然と、上目遣いで甘えてくるような形になるのだ。


「…………」

「ナオトさん?」

「……ん? ああ、すまん今開ける」


 目を奪われるどころか、意識まで持っていかれていた。小動物的な可愛らしが俺の中の母性本能をくすぐってくる。

 母性本能って男でも抱くもんなんだな。


「おっと、中は結構埃っぽいですね。今日は遅いからお掃除は明日にしましょう、私手伝いますよ」

「そのことなんだがエリス、お前を正式にウチで雇わせてもらえないか?」

「え? この店で働かせてくれるってことですか?」


 俺は頷いて答えを待つ、この話は昨日、ミハイに従業員のアテを聞かれたときに考たことだ。

 聞けばエリスは貴族邸で仕込みの手伝いもしていたことがあったそうなので、料理の腕前は十分にあるのだろう。

 それに主にやって貰いたいのはウエイトレスとしての作業だ、こちらも元メイドならプロ中のプロだ、おまけに絶賛お仕事募集中と聞けば誘わないわけがない。


「喜んで引き受けますよ、改めてよろしくお願いしますね」

「こちらこそ」


 差し出してきた彼女の手は握るとフニャフニャしていて柔かい、もち肌とはこういうものだったのか。


「それじゃあ、今日は帰りますね。また明日~!」


 もう少し話したいことがあったのだが、まあそれはおいおいでいいか。

 歩いていく彼女を見送ってから、買ってきた物を整理していると再びドアが開く音がした、エリスだ。


「ど、どうした?」

「……私、家がないのを思い出しました」


 こうしてウチの店の二階、居住スペースの一人目の居候が決まったのだった。



 ※※※※※※



 そうして次の日は掃除、その次の日は食器の購入、更にまたその次の日には宣伝……などなどやっていたらあっという間に時は過ぎていった。

 異世界に来てから二週間、怒涛の連続だった。


「いよいよ明日開店ですね、お客さん来てくれるかな~!?」

「これだけ頑張ったんだ、大丈夫だろう」

「そうですよね!」


 隣を歩くエリスともこの二週間で大分仲良くなったものだ、まあ一緒に住んでいれば自然とそうなるものだ。

 エリスが入っているのに気付かないで風呂に突撃したこともあったが、今となってはいい思い出だ。懸命な謝罪と新しい服を条件に許してくれた彼女は優しい部類に入るんではないだろうか。

 ちなみに思った以上に大きかった、何がとは言わないが。着痩せするタイプなんだな。


 そうだ、そのことで一つ思い出した。


「もう一軒寄っていっていいか?」

「はい、必要な買い物はもう終わってますし、大丈夫ですよ」


 了承を得たので目当ての店に向かう、着いたのは先日の謝罪の際に訪れた店だ。


「すいませーん!」

「ああん、ナオトちゃんいらっしゃい! 待ってたわよ」


 店の主人が待ちわびたといった顔で声をかけてくる、話方は女性だが見た目はどう見ても色黒いおっさんだ、俺もエリスも最初に見たときは衝撃で口が開きっぱなしになった。

 しかも何故だか気に入られてしまったようで物凄く俺に積極的なのだ、今も正面から抱きしめられて拘束されている。


「ボリーンさん俺は客、客なの! 注文してたの受け取りに来ただけだから!」

「あら残念、ちょっと待ってて頂戴」


 名残惜しそうにゆっくりと俺を解放すると、店主ボリーンは商品を取りに裏に向かっていった。

 店内に所狭しと服が置かれているこの店だが、仕立ての依頼も受けているそうなので、前回エリスが服を選んでいる間に注文しておいたのだ。

 この世界にはないものを身振り手振り説明したので少々不安だったが、ボリーンの顔を見るにうまく出来たようだ。


「まずはこれ、ナオトちゃん分ね。ちょっと変わった形のエプロンだけどこれでよかったかしら?」

「ああ、完璧だよ」

「じゃあお礼のキッス!」


 唇を突き出して近寄ってくるボリーンを適当にあしらいながら受け取った黒いエプロンを身につけてみる。この世界では使われていない現代風のエプロンなので、ポケットがいくつもあり着脱もしやすい。


「よく似合ってるよ、ナオトさん!」

「ああんもう何言ってるのよエリスちゃん! あなたも早くこれ着てみて頂戴、自信作なんだから。さああっちに更衣室があるから」

「ええっ! 私にもあるんですか!」


 ごちゃごちゃいいながらエリスは連れて行かれる、しばらくは二人とも帰ってこないだろう。


 この店で頼んだのは他でもない、エリスの服だ。俺のエプロンなどついでに作って貰ったにすぎない。

 普段そのままの格好で店に出てもらうのは忍びない、そう思った俺は自信の知識を最大限に生かしてもっとも適切な服を記憶の中から引きずり出したのだ。


 待つこと数分、更衣室から出てきたエリスはロングスカートの真っ黒なドレスを身につけこちらに走ってくる。

 ただの黒ドレスではない、所々に白いレースの飾りが付けられている上品なデザインのそれは、エリスの可憐さを強く引き出している。

 そして、ポケットやエプロンなどのウエイトレス業務に役立つアイテムも兼ね備えられているそれは、美しい服なだけではなく高性能な仕事着としての役割も果たす。

 ながったらく説明したがようはそれは現代のメイド服だった。


「ナオトさん見てください! これナオトさんの故郷の仕事着なんですよね、まるでドレスみたいです!」

「はっはっは、それは良かった」


 喜んでもらえて何よりだ、一生懸命悩んだ甲斐があった。


「うん、あたしの服の中でも最高の出来栄えね! エリスちゃんとっても似合ってるわよ。でもウエイトレスならもっと地味でも良かったんじゃないの?」

「これが俺の中での標準なウエイトレスの服装だから」


 そこに邪まな気持ちは一切存在しない、存在しないのだ。


 二人分の服の代金を払うと、俺達は誰が見ても上機嫌だとわかるほど頬を緩ませ帰路についた。

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