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「店って……それは料理店をってことだよな?」

「はい!」


 肯定されてしまった、まあ話の流れからしてそれしかないが。

 しかし困った、確かに料理の腕にはそれなりの自信があるがそれはあくまで趣味の範囲内での話だ。

 個人で店を開けるほどの知識も才能もない。

 遠まわしに何とか断ることは出来ないだろうか。


「俺はミハイが思っているほど優秀な料理人じゃないぞ! そもそもエリスに作ったあの料理だって大したものじゃないし……」

「謙遜なさらないで下さい、あんなお味、私は初めて口にしました。美味しいのもそうなのですが、それだけじゃないのです。ナオトさんは私たちが知らない様々なレシピをお持ちなんじゃないでしょうか?」

「それはまあ……」


 おそらくそうだろう。材料が無くて作れないものもあるはずだが、似た食材を使って再現したり、工夫すればかなりの数のレパートリーは調理出来ると思う。


「それに栄養の知識は私たちの街にはございません、ナオトさんがお店を開くことで、やってきたお客様にその知識を教えていって欲しいのです」


 なるほど、ただ言葉で広めるだけじゃなく、変わった料理をだす店に興味を持ってきた客に対して、実際に食べて理解して貰った方が広がりやすいと思ってのことか。

 ついでに言えば俺の節約レシピにはあのモンスター肉でも作れそうなものはある、タンパク質が不足している人たちもその店に来るなり作り方を覚えるなりすれば栄養失調の問題もなくなる。


 平民層には栄養の知識を、貧民層はそれに加えて現状の食生活の改善を促すためか。


 うーん……確かにこれは俺にしか出来ない事なのかもしれない、誰かに教えてそいつに店を開いてもらってもいいがそれでは二度手間だ。

 さっき何かお返しをしたいと考えていたのはまごうことなく俺自身だし、そもそもこの誘いを断れば俺は自分の力で何か職業に就かなければいけないわけだ。

 この街で職を見つけるのが大変なのは昨日の宴会でイヤというほど聞かされている。


 以上の事を念頭に考えた結果答えは一つだった。


「わかった、その話受けさせて貰うよ。というか受けさせてくれ」

「ありがとうございます! ナオトさんならそう言ってくれると信じてました! 何と言っても私達、ともだ……」


 もうそれは聞き飽きた。



 ※※※※※※



 それからは店についての具体的な打ち合わせが続いた。

 もともと経営していた建物をそのまま使っていいとの事なので、内装を直せばそこは心配要らないだろう。

 しかも二階建てのその建物は上の階は居住スペースになっているらしいのだ、これで家も確保できた、本当にミハイには感謝している。


 食材の調達は俺自身の仕事だが、当面はそこまで客が来ることはないと思うので個人で買い歩くだけで十分だろう。いずれかは農家や商人と契約して大量に仕入れなければいけない時が来るだろうが、その時はそのときだ、おいおい考えればいい。

 その他諸々のことを話し終えた頃にはもう日が暮れ始めていた、そろそろかと礼を言って店を見に行こうとしたのだが、ミハイは俺を引き止めてなにやらぎっしりと詰まった袋を渡してくる。


「最初はいろいろと必要になると思いますので、それを使ってください」


 中には沢山の金貨が入っている、詳しい価値はまったくわからないが大金なのは確かだろう。

 受け取らないわけにはいかない、そんな自分が本当に情けない。

 俺が今できるのはそれを使って精一杯の事をする、それだけだ。


「ありがとう……本当に感謝している……!」


 せめてもと頭を下げて感謝する俺に、ミハイは優しく言葉をかけてくる。


「ナオトさん、私はこの街の領主三家の一角です。ですが最近はまったくそれらしいことが出来ていませんでした。ですからこれは、私が久しぶりに出来た街の皆さんのための行為です。何もナオトさんの為だけにしている事ではないのです。ですから頭など下げないでください」

「それでもさ、俺は恵まれている、そのことに変わりはないから。だからせめて頭くらい下げさせてくれ」

「…………」


 ミハイが小さな声で何か言ったが、俺はうまく聞き取ることができなかった。

 とにかく深く、深く、感謝の気持ちを出来るだけ伝えられるようにと頭を下げ続ける。

 二人の間に時が止まったかのような沈黙が訪れる、しかし、一つの問いかけによって時計の針は再び動き出す。


「……この街をどう思いますか?」

「俺はまだここに来て日が浅いから、バルゴたちとミハイの事しか知らないけど、温かい――ぬくもりがある場所だと感じたよ」

「そうですね……。私もそれが続くならこのままでもいいと思っていました。私がたとえ街の事に口出しが出来なくなっても、それでも街が平和なままならいいと。しかしアロハート家が自分たちの暮らしを豊かにしようとする余り、一部の住人の方々が被害を受け苦しい生活を送ることを余儀なくされています……」


 顔を上げると、そこにはアロハート家にか、または不甲斐ない自分にか――あるいはその両方にたいしてへの怒りで顔を真っ赤にしているミハイの姿があった。

 涙ながらに話す彼女は、貴族の当主としてではなく、ミハイ・ギルバートという一人の少女の気持ちをこちらにぶつけてくる。


「私は何度も何度も、彼らを排除して街を元に戻そうかと考えました! でもそれは結局私のエゴで、一部の人の為だけに行う行為なのです…… 彼らを排除すれば少なからず街は混乱します、兵士を雇っているとも聞きますし被害もでるでしょう…… 私一人の考えでそんなことを始めていいのでしょうか…… お父様ならどうしたでしょうか、私はどうすればいいのでしょうか……」


 わからないんです、わからないんです、彼女は何度も何度もその言葉を繰り返した。

 俺は彼女に何を言えばいいかもわからず、ただただむせび泣く彼女を見ているしかなかった。




 ※※※※※※



「私のエゴ、か……」


 俺は結局、泣き止むまでミハイの傍にいることしか出来なかった。彼女に見送られて屋敷を出た俺は店に向かって一人で街を歩いていく。

 すれ違う人たちは皆、何も悩み事はないように朗らかな笑顔を浮かべている。


(ここはアロハート家の被害がでてない人たちが住んでるんだもんな)


 彼女は貧民層を助けることは、それ以外の人々に迷惑をかけることになると言っていた、確かにアロハート家を追放すればそれによって職を失うものもいるだろう。

 それを判断して結論を出すのが領主としての役目だと言えばそれまでなのだが、年端も行かない少女にそれを迫るのは酷というものだろう。

 かといって俺が力になれることはあるのだろうか? 俺は長らく完成された社会で生きてきたのでこんな状況に陥ったことはない、この世界の素人なのだ。


 恩には報いたい、けど軽い答えでミハイに助言したら、それは恩を仇で返すというものだ。

 もっとこの街に詳しくなってから判断するべきだ。


 自然と店へ向かう足は早くなる。まずは店を急いで開店させなくてはいけない、客が足を運ぶようになれば嫌でも情報は入ってくる。

 そうすれば答えも自ずと見えてくるはずだ。


 ミハイの言っていた店の場所に着いた、驚いたことにそこは俺も既に一度訪れていた場所だ。


「ここは……」


 そこはエリスと腰掛けて話したすぐ真後ろの建物だ。少し古いがしっかりとした造りだ。

 貰った鍵でドアを開けると店内は真っ暗だ、それに埃が鼻をつく。急いで部屋のカーテンと窓を開けると、光が差して部屋の全容が明らかとなった。

 所々痛んではいるが、十分だ。掃除すれば明日にでも開店できる。


 運命とはあるのかもしれない、生きる希望が湧いたこの場所が俺の新たな職場になるとは思わなかった。これはもう神が与えてくれたチャンスなのだ。

 この店を成功させて、必ずエリスのような人々を救う、そしてミハイの力になって街も救い出す。


「始めよう! 俺の人生はここからだ!」


 一人で声高らかに叫び、俺は決意するのだった。

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