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「それでナオトいい加減に教えてくれよ、どうするんだ?」
エリスを運び終えたバルゴが再び俺に質問してくる、これだけ力を貸して貰っているのだいい加減に話さないといけないだろう。
調理器具を選びながらバルゴに説明を始める。
「彼女は今、栄養失調っていう病気みたいなものになっているんだ。ええっと……栄養ってわかるか?」
「食べ物の中に入ってる身体の燃料みたいなもんだろ。その子が飯を食ってなかったってことか?」
「いや多分食事自体はしていたと思う。ただそのバランスが悪かっただけだ」
「バランス?」
「栄養1、2、3があるとして人間はその1、2、3全てをバランスよくとらないといけないんだ。さっきのバルゴの話を聞くと
おそらくここの皆はその一つが大きく欠けている。今までもこういう症状が出た人は少なくないんじゃないか?」
「ああ、まあそうだな」
外で待っているエリスを運ぶのを手伝ってくれた人たちも含めて説明してみたがなんとなくはわかってくれたようだ。
俺はそのまま話を続ける。
「それでその栄養を補うことが出来るのが肉や魚、あとはここにあるかはわからないが大豆と呼ばれる豆なんかだ」
「大豆? おい誰か聞いたことあるか!?」
全員が横に首を振る、米はあるのに大豆はないのか……別名で存在しているかもしれないが今は捜している暇はない。
「モンスターの肉にもおそらくその栄養素は入ってるはずだ、とにかくこれを調理してエリスに食べさせる。任せてくれ」
「ああ、頼んだぞ!」
調理を開始する、幸いなことに筋と脂身の多い肉の調理は慣れているのだ。
バルゴの家の食材も自由に使っていいとのことで調味料とたまねぎと思われるものを借りる。
もちろんコンロなどないので火をつけて直に鍋を乗せる、玉ねぎを輪切りにした後さらに細かく切ったものをいため始める。
半透明になるまで炒めたそれはとりあえず別の皿に移して、今度はその鍋で水を沸かしていく。
「おおっ…… さまになってるじゃねえか! もしかして元はどっかの料理長でもやってたのか?」
「そんな大それたもんじゃないよ、やってることだって俺の居たところじゃ誰でも出来ることさ」
化学調味料などあるはずもないので昆布でだしをとる、おそらく昆布だ、海草だって言ってたし。
「何やってんだ、海草なんか水に入れて?」
「簡単に言えば旨味を水に溶かしてるのさ」
この世界の家庭では米などはあるが和食は作られていないらしい。コンソメは知ってても昆布や鰹節からとるダシは知らないのだ。
ここで俺は唯一俺と共に異世界に来た相棒を袋から取り出す、異世界に来た原因でもある醤油だ。
業務用の醤油を水の中に入れていく、まだ一日とたっていないがその臭いで俺は故郷の日本が懐かしくなってきた。
周りの皆にとっては始めて嗅いだ匂いなのだろう、興味心身に鍋の中を見ている。
砂糖もいれ煮立つまでの間、問題のバラ肉の下準備に入る。
とはいってもこれも切るだけだ、普段使っていた牛の肉とさほど変わりはしない。
切り終わった頃に丁度良く煮えた汁に肉を突っ込み赤みが消えるまでそのまま煮ていく。
赤みが完全に消えたら最初に炒めた玉ねぎを蓋をするように肉の置きに味が染みたら完成だ。
肉を一つとって味見してみる、……うん、牛とは違うが思っていたよりモンスター肉は悪くない。
地球で作っていたのより美味いとは言えないが及第点だろう。
「……完成だ!」
鍋の中身をよそってベットで寝ているエリスのところに持っていく。
「良い匂い……」
「食べられそうか?」
「はい……ナオトさんが私の為に作ってくれたものですもん。それに最近ちゃんとしたもの食べてなくてお腹ぺこぺこで」
「ならよかった。ゆっくりでいいからな、口開けて」
皿を持たせると落としそうで危ないので俺が少しづつ口に運んでいく。
「……美味しい! 正直、モンスターの肉って心配だったんですけど、こんなに美味しくなるなんて」
味は思った以上に好評だったようでエリスは残すことなく、皿によそった分を全て食べてくれた。
さっきまでは真っ青だった顔も少し紅潮している、このままゆっくりしていれば時機に良くなるだろう。
「さあ食べたら無理しないで寝ろ、バルゴの奥さんがお前を看ていてくれるから何かあったら言うんだぞ」
「はいっ、ありがとうございます……!」
エリスが眠りにつくのを見守ってバルゴの奥さんに後の世話を頼む、バルゴの奥さんは快く了承をしてくれた。
たくさんの人に世話をかけた、何かお礼をしなくちゃな。
寝室を出て厨房の方に戻った俺はバルゴ達にエリスの容態を伝えた。
皆、エリスと話したこともないはずなのに自分の事のように喜び仕舞いには泣き出す者までいた、泣いたのはバルゴが一番最初だが。
「皆さんのおかげで救うことが出来た、本当に感謝してる。何かお礼がしたいんだが生憎俺は金も何もなくて……
何か出来ることはないか!? 何でもする」
「何を可笑しな事言ってんだナオト! お前だってあの子を助けるために努力したんだ、お前が俺達に恩を感じることなんてねぇよ。
もちろんあの子もだ、俺達は今までもそうやって生きてきたんだ」
「バルゴ……」
他の皆も同じようでバルゴに同調するように首を縦に振っている。
ここまで人の暖かさを感じたのはいつ振りだろうか、バルゴが泣き止んだと思ったら今度は俺の目から涙が溢れてきた。
涙を流すのなど両親が死んで以来、初めてのことだ。だけどこの涙はあの時とは違う。
零れ落ちた涙が頬を伝っていく、不思議とその涙は冷たくなかった。
必死に嗚咽を止めようとする俺にバルゴがこう言ってきた。
「……ただな、ナオト。もしお前がど~しても俺達に何か礼をしたいって言うんならあの鍋の中身をすこ~しくれてもいいんだぜ。
ああいや別によこせってわけじゃあない。ただどうしてもって言うなら……」
涙は一瞬にして枯れ果てた、必死に止めようとしていた嗚咽などどこにいったのやら。
皆も同じ意見なのかまたしても首を縦に振っている、心なしかさっきよりもしっかりと振っているように見える。
知らない異世界に来て最初は絶望したが今そんなに嫌じゃない。エリスに、バルゴに、皆に出会えたおかげだろう。
いつしか俺は笑い出していた、皆もそれに続いて笑い出す。腹の底から、顔をくしゃくしゃにして。
「大皿によそうよ、いっぱい作って正解だったよ」
料理と笑顔を肴に宴会は始まった。
※※※※※※
その後はドンチャン騒ぎだ、どこからともなく人が集まる。酒を片手につまみを片手に。
何で宴会が始まったのかもわからない人達もとりあえず喜んどけとばかりに笑顔で騒ぐ。
俺は皆に褒められた、肉屋のおばちゃんもいつのまにか現れて『あんたはやれるって信じてたよ!』と頭をグリグリと撫でられる。
俺が行くあても職もないと知るとウチにこいやら仕事を手伝ってくれやら、自分の生活でもいっぱいいっぱいなはずなのに優しく声をかけてくれる。
「バッカやろうぃ! ナオトはなぁ、ウチの娘の旦那にくるんでい!」
「バルゴ、お前んちの娘はまだ9歳だろうが! うちの子供のほうが年齢的にあってるだろうが!」
「てめえんちのガキは男じゃねえええか! ナオトはやらん!」
「はははは……」
酔ったバルゴと農家のおっちゃんが本人そっちのけで結婚話を進めている横で俺は辺りを眺める。
また誰か来たようで遠くの方から一人こちらの方に歩いてくる、街灯も月もない真っ暗な夜なので近くに来るまでその姿ははっきりと見ることは出来なかった。
近づいてきた彼女が地面の火の明かりでその姿を現す。美人だ、しかもかなりの、長い金髪は明かりによって煌めいている。
服装はエリスやおばちゃんたちと同じチェニックなのだが色は鮮やかな水色で、まだ新しいものなのか汚れていない。
いわゆる平民に分類する人なのだろうか、誰かに聞こうと思ったがその必要はなかった。
皆が彼女を見つけたとき驚いてその名を呼んだからだ。
「「ミハイお嬢様!」」
「夜分遅くに失礼いたします。こちらにナオト様はいらっしゃいますか?」
万遍の笑みを浮かべる彼女は平民などではなく貴族のようだ。しかも俺の名をなぜか知っている。
また厄介ごとに巻き込まれそうだなー、俺はなんとなくそう思った。