高級焼き肉
俺は、風呂から上がると、化粧台の袖の棚から替えのトランクスを取って履くと、上半身裸姿で髪を乾かす。通常のデブは、腹でパンツの紐を支えるのであるが、俺の場合、腰横の腹とケツの2段になった肉の谷間に差し込むようにしている。でも、何でこんなに詳しく解説しているのだろうか?ヘアードライヤーをあてて、髪を乾かす腕が動く度に、乳と腹の肉がブルンブルンと波打つ。ある意味、驚愕の光景かもしれない。すると、引き戸の向こうから声がしてきた。
# パパ、夕ご飯が出来たわよ。
「ああ、もう直ぐ行く。」
早速、いつもの短パンとランニングシャツの部屋着に着替えて、食卓に向かった。
「おっ、今日は結構豪勢じゃんか。」
電気グリルの横に置かれた大皿には、見た目にも値が張る様々な肉の数々が、こぼれんばかりに乗せられている。近江?松坂?前沢?仙台?佐賀?、霜降りの美しさ、赤身の色具合、正に高級和牛なのである。日本人の食への探求心は本当に感心してしまう。明治以降、牛肉の文化が異国から流入して以来、日本人の舌にマッチングした純血の但馬牛に着目して、誰もが美味いと認めるまで品種改良を重ねて作り上げた芸術品である。
「そうお、でもたまには良いじゃないの。今のうち食べておかないと、これから暫くは手が出せなくなっちゃうからね。」
「なんだ、今値下がりでもしてるの?そうかぁ、だから焼き肉にするって言ったのか。」
「パパ、違うよ。そんな単純なことじゃないわよ。」
二人の子供の内、下の子は女の子だが、決して美人ではないが明るい性格で愛嬌のある顔をしている。俺も、上の子に比べて気兼ねなく話をしているので、直ぐに声を掛けてくるのは下の子である。
「単純じゃない?どういうことだ?」
「まあまあ、その話は後で、ご飯が美味しくなくなるわよ。さあさあ、グリルも熱くなったようだし、はい、お肉、どんどん焼きましょうよ。」
「はい、パパ、お仕事お疲れ様。」
俺は、子供から一杯を貰うと、ぐいっと至福の一口を味わう。
「はあ~、風呂上がりのこれに勝るものはないね。」
「へえ、そんな苦いものが?」
「お前達もちょっといくか?」
「なにふざけたこと言ってるの、それよりほら、焼けたわよ。食べて、食べて。」
# いただきま~す。
それから、皆で高級肉をありつきながら、それぞれの日頃の生活のことやらを、お互いに冗談を交えながら喋っている。こんな時ぐらいしか、子供達の生活や心中の生の様子を聞くことが出来ない。
「ふ~ん、そのK君は、お前の彼氏なのかい?」
「ば、ばか、言わないでよ。ただの友達、と、も、だ、ち。」
「そう抵抗する方が、怪しいんだよな。いいなあ、俺なんか学生時代、モテたことなんか無かったよ。一度、ある女の子から話があるからって、放課後、校庭の脇で待っててくれって言われてね・・・。」
「へえ、初耳、パパが、女の子からね。」
「その時は、イケてたの。」
「まあ、十代だから今よりはマシかな。でも、今と変わらずデブってた。それで、ドキドキしながら学校が終わるのを待ってたよ。なんせ、ちょっと可愛かったからな。」
「どうせ、他のカッコイイ男の子への伝言を頼まれたんでしょ。」
「いいや違うよ、俺に話があるって言ったじゃないか。」
「パパ、むきにならないで、それでそれで。」
「トイレでビシッと髪を整えて、もし、告白されたらなんて妄想しながら行ったさ。そして、約束の場所にワクワクして行ったよ。」
「で、その人いたの。すっぽかされていたとか。」
「お前等、俺の話は、そんなオチがあるとばっかり思っているだろう。」
「うんうん。だってパパも、モテたこと無いって言ったじゃん。」
「ったく、しょうがないな。それは、確かなんだけどな。」