もう心は子供じゃないんですよ
辺りには聞いてる人など居ないのに、何故かコソコソ話して来る。なんかワザとらしい演出を感じる。
「ふーん、でも、プロが使用しているものだとやはり使い辛くありませんかね。」
「フフフ、お父さん、娘さんのことですよ。もう少し、感を働かせてください。」
俺は、鈍感でございますか。
「えええと、どういうことですか?ちっとも分からないんですけど。」
「それじゃあ、このことは絶対にご本人様はもちろん、他のどなたにも言わないと約束してくださいますか?何せ、女同士の信頼関係がかかっていますので。」
随分結論まで引っ張る人だな。女同士の信頼関係とは、それほどのことなのか。役所や銀行の窓口で親の代わりに手続きしている時、色々と素性を確かめようとする様である。つまり、俺のことを全く信用していない言い方、オレオレ詐欺扱いなのである。
「そんなに秘密にしないといけないことですか?」
「そうなんですよ、私もそうでしたから、・・・如何です、約束していただけますか?」
全くしつこいな。小中学生の頃、いつも一緒にくっついている女の友達同士を思い出す。”お前等、ひょっとすると風呂も便所も一緒じゃないか”ってからかったら、”言えないよん、秘密だよん”って言ってたよな。
「ええ、娘のことは信用しています。でも、未だ子供ですからね、どんな些細な事でも親としてはやっぱり心配しちゃうんですよ。絶対に他言しませんので、教えていただけませんか?」
「男の人は、ハッキリ言ってあげないと分からないんですよね。私の彼もそうなんですよ。」
『そんなことは、カミさんから散々言われていますよ。』
「アハハハ、ヤッパリそうですよね、僕はこういうことは全く鈍いんですよ、それで?」
こうなったらとことんまで付き合ってやる俺の意図が見えたのだろうか。ようやく、吊り上がっていた眉が下げられた。
「真保さんはお子さんでしょうが、もう心は子供じゃないんですよ、恋する乙女、一人の女性の心なんですよ。羨ましいです、純粋に人に恋をするなんて、私には大昔の事なんですよね。この人が大好きな物を自分も持っていられるってだけで幸せになれるって、いじらしいじゃないですか。全く汚れの無い慕う心って、真保さんの年頃にしか存在しないんですよね。私、真保さんのインストラクターだけでなく、気持ちや心に関しても出来るだけ相談相手になってあげるつもりです。それにスポーツに真剣に打ち込んでいる男の子って素敵だし、悪い子は絶対いませんから。職業柄、私が今まで・・・」
温泉のように、こんこんと熱い言葉が湧いて出るわ、湧いて出るわ。口先だけの政治家の街頭演説や人前に出たがりの管理職の挨拶ばりの延々と続く玉虫色の弁論大会である。
ピュアな恋、俺もそんな時代があったのだろうか。初恋・・とは違うよな。肉体とむすびつけられるまえに、善美の極にあるものを想起し、それへの憧憬にみたされることが真の恋愛という・・・なんて、どっかの哲学書に載っていたような。つまり、”あの方のことを思うだけでドキドキしちゃうの”ということなんだが、マンガとファミコンに明け暮れていた俺にとって間違いなく未知の世界なのだ。ましてや女の子の恋心となると全く理解出来ないだろう。それは、スケベな事をばかり考えている不純なオッサンの邪心とは対極にあるものだ。
「吉積さん、だからお嬢さんは、デリケートな年頃になったんですよ。私もそんな少女の頃、好きな人が居るって知った父親から、キスはしたのかとか最後まで行ってないだろうなとか言われて、男はなんて不潔な動物なんだろうとショックを受けたのを憶えています。まさか、そんな下品なこと言ってらっしゃらないですよね?」
「そっ、そんなこと言う訳無いじゃないですか。でも、父親としてはどう対処していいのか、今聞きながらずっと考えていました。」
「そっと、見守ってあげてれば良いと思いますよ。私のような若輩者が言うのもなんですが、思春期の恋に、父が言ったような汚らわしい駆け引きのようなものがある訳無いですし、当然肉体的な関係なんてのも無いですし、すればするほど心豊かな人物になっていくんじゃないでしょうか。」




