ヘルスメーター
デブには、何気ないちょっとした所で生活に不都合が生じているのだ。まあ、慣れてしまえば感じなくなるものだが。それに俺に劣らず妻も子供達も立派な体格である。家族、皆がそうなっていれば、仲間意識も強くなるというもの。お互いに相手の状態を自然に理解し合えるのだ。妻がブラジャーをする時も、たまに手伝っている。深く腰掛けた時、もう何回ワイシャツの腹のボタンが飛んでしまったことか。そして、洗面所に向かって、いつものように洗濯機のある脱衣所に立った。そこであることに気付いた。すると、ドア越しから、子供達の声がする。
「パパ、ヘルスメーターを替えたからね。そのまま乗ってね。」
気付いたのはこれ、見るからにハイテク機器の体重計である。電気屋で見たことがあるが、最近の高値が付く物は、昔とは違って逆にゴチャゴチャとした操作部分が無いのである。それにこいつは、薄っぺらく案外小さいなりをしている。俺は、ズボンを脱ぐと足元まで降ろし、手摺りに捕まって足を抜くと足先でズボンを引っ掛けて、脱衣籠に入れた。アンダーウエアも脱ぎ捨てて、パンツを降ろそうとした時、何か後ろから気配がした。振り向くと妻と子供達がドアから覗いている。
「うあっ、なんだお前ら、ビックリさせるなよ。」
「パパ、また、更に太ったわね。」
# 肥った、肥った。これはヤバイ。
「一体何がヤバイんだよ。お前等も同じデブじゃないか。」
「頑張らないとね。」
「本当!パパ、風呂に入る前に、ヘルスメーターに乗ってよね。」
皆、矢継ぎ早に言っているが、当然何のことだか分かる訳も無く、半ケツ状態の情けない姿では、いくら家族同士でも恥ずかしいものだ。
「分かったから、ドアを閉めなさい。見られてたら、体重計に乗りづらいから。」
# ハーイ!パパ、ちゃんと計ってね。
ドアが閉まると、俺は何と無く溜息が出た。それは肥ったと言われたからでなく、純粋に心が落ち着いたからである。そして、パンツを脱いで、早速体重計に右足の爪先からそっと踏み乗って、左足を引き寄せて両足を揃えた。0.0のデジタル表示が加重に反応して、数字を弾き出す。
『・・ムムム。』
確定直前に数値が前後して、そして決定する。いやあ、久々に体重を計ると新鮮な驚きに遭遇するもんだね。
『結構行ったな。』
三桁の大台越えも必然になっていた。確かに肥ったと言われた真証が数字化されている。その後、色々な数値が出ているが、何のことだか分からない。多分、体脂肪率とかだろうが、気にしているレベルではないことは十二分に分かっている。それでも俺は、悪玉コレステロールは正常値の範囲内だ。それに健康体には、当然個人差があるはず。もう、20年以上この身体と付き合って、目立った病気も無いのだから、今が俺にとって標準なのだ。見た目のことさえ克服できれば、何の問題も無く快調そのものなんだ。そうして、浴室に入る。
# ミシ、ミシミシ
ユニットバスは、既製の資材で簡易に出来ているからだろうか。このところ、床が何と無く軋む音がするようになった。まあ、耐用年数10年位だろうから、床が音をし始めてもおかしくない。身体を洗う時は、シャワーの水は出しっぱなしである。それは、洗い場が離れてしまうからである。何故離れてしまうか、膝が曲げられないからだ。そして、この腹のお蔭で前屈も出来ない。また、背中を洗うのが辛い。タオルを後ろにまわし難いからだ。決して、笑わせようとしている訳ではないのだよ。ああ、家でもでかい風呂に入りたい。足を延ばして湯船に浸かりたい。戸建てなら一坪の広さになる。そんな心地良い妄想を働かせている時である。外の洗面所に、人影があるのに気付いた。
「外で、何やってるんだ。」
# あっ、バスタオル替えたから、置いておくからね。
あやしさがプンプン匂っているが、つっこみする程でもない。さり気無く返事をしておく。
「ああ、分かったよ。」