切実な理由
再び俺は、情けないままの身体でスタジオに入ったんだ。黄色いマークの上に立って、パワースティックを足下に置き、マルチメディアグラスを装着した。そうしてまたスティックを拾い上げて、身構えるように両手で持ってナレーションが始まるまでの待機の姿を取った。
『最高潮のテンションか。飛び込みの時でも、経験したことの無いビビりだったけどな。』
ビッグエコーはこの本番の前哨戦、ウオーミングアップだったと説明された。とにかくむーさんは、俺に心拍数を上げるための緊迫感を植え付けようとしているらしい。それが、万年デブからの脱出のカギだという。本当か?そんな疑心暗鬼に再び陥っていると、ふと別のことが頭を過って来た。俺をこの魔境、いや異世界に誘い込んだ奴等はちゃんとやっているのだろうか。
********
「パパ、頑張ってるかな。」
真保の方はというと、いたって普通にダイエットのプログラムを組まれているようだ。そして、家族の中で一番気持ちが入っているのだが、それほどまでに入れ込む姿勢に対して、俺はいまいち腑に落ちないと思っている。
「真保ちゃんのお父さんに、むーさん、いや村越さんが担当になったんだ・・・。」
「佳鈴さん、何かまずい人なの?」
「いや、とっても有能な人よ。同じアドバイザーの先輩として、尊敬していますよ。ただ、ちょっと癖のある人だから、場合によっては苦手な人もいるかもしれないわ。とにかく発想がユニークなのよ、だから最初は皆、面喰っちゃうのよね。」
「パパ、大丈夫かなあ。そう言えばこの前、高飛び込みやらされたって言ってたわ。」
「やっぱりね。それで、お父さんは怒ってた?」
「何とかやってるみたいです。今までにない経験だったって、大騒ぎしてたけど、不思議なんですけど怒っている感じじゃないんですよ。私なら、絶対にやらないです。それで、ママも心配していたけど、そんなことやって身体は大丈夫なんですか?死んじゃわないですよね?」
「その点は、大丈夫。健康管理士上級指導員だし、もし何かあっても応急手当指導員の資格も持っているくらいだから死なせはしないわよ。」
「死なせはしない・・・ですか?」
「あ、いや、安全管理は万全よってことね、アハハハ。」
「・・・・」
「ところで、ケアマネの高野さんの話だと、真保ちゃんの此処に来た理由って健康消費税のためじゃないって言ってたけど、本当?」
「・・・・」
「真保ちゃんは言ってないけど、高野さんの思うところもっと切実なところにあるって。」
「・・・・」
「心の部分よね。私も、10代の頃は、色んな事に影響されたからなあ。親のことなんか全く考えてなかったよ、偉いね。」
「・・・・」
「まあ私の場合、友達とか、部活とか、それに好きな男の子のことだったけどね、ハハ。」
「ほ、本当、り、理由は、・・・デブ、そのものなんです。私、痩せて・・・。」
生意気な口をきくようになっても、真保は、まだ子供だった。純粋な心を持っているんである。
「新しいお家の購入の為と言っているんだけど、本当は違うんだ。私、普段は笑っているんだけど、デブはもういや。中学じゃ、教科書やノートに豚の落書きされるのなんて当たり前だった、夏は暑苦しいから寄るなって、席に鉄の椅子を置かれたり、麻里那なんか、酷いよ。」
「麻里那って、友達のこと?」
「そんなんじゃない、悪魔よ!一生友達でいようって言って、自分が痩せたら私の体重やサイズ、全部皆にバラしたのよ!」




