家族団欒
「じゃあ、その後、・・・行きますかね。」
「あっ、俺、今日は駄目なんだ、カミさんから早く帰れとの指令が来てね。」
「そうかぁ、残念ですね、じゃあまた今度に。」
「ところで、家の購入は進んでいるんですか。」
「ああ、資金計画も概ね固まったし、どうも、そのことで何処を買うか話があるらしいよ。」
「本当ですか、実施設計策定ですか、順風満帆ですね。仕事後に、酒場で他愛ない世間話しているより、全然実がありますよね。」
「アハハ、そんな大それたことじゃないよ。とにかく、何処にしたいか興味津々、皆でああだこうだってところだよ。」
「いやあ、家族愛を感じるな。僕も嫁さん探して、子作りするしかないかな。」
「そういう吉田君は、受付の美奈子嬢との進捗状況はどうなの。」
「ただの飲み友ですよ。チビ、デブの僕なんかにそんな気ある訳無いでしょう。」
「でも、人間、容姿だけじゃないよ、酒の席での吉田君、自らの下ネタトークは絶品だからな。」
「僕も、いつもそれが楽しみで飲み会参加してるようなもんなんだよ。この前話してくれたオカマバーのお姉ちゃんから、絶妙の栓抜きの神技で昇天させられた話は最高だったよ。」
「そんなもん何の取り柄にもなりませんよ。まさか、お嬢にそのこと話したんじゃないでしょうね。」
「ごめ~ん、詳しくは吉田君から聞いてくれって言っちゃった。」
「ええ~!、酷いですよ。僕の人生最大の喜びが失くなったじゃないですか。そういえば、今日出社した時、挨拶してくれなかった気がする。ああ~もうだめだ。」
「ゴメン、ゴメン。今日は奢ってやるからそれで許してよ。」
「本当ですか、しかと聞きましたよ。お願いしますよ。」
とまあ、こんな調子の部下達に俺は十分満足しているのだ。そうして、残念ながら飲みに行かなかった俺は、愛おしい家族達の居る我が家のマンションのドアホンを押したのだった。
# ただいま
# お帰り、待ってたわよ
タイル張り玄関口で、一旦座り込んで靴を脱いだ。
「おっ、良い匂い!、腹減ったな。」
半畳くらいのスペースで屈むことは、デブ体型には至難の業である。風呂の椅子を置いて、腰かけて脱いでいる時もあったが、それも面倒臭くなってやめた。戸建てを買えば通常1畳はあるだろうから、この窮屈さから解放されるだろう。脱ぎ終り、靴をしまって、居間のドアを開ける。ダイニングからテレビを見ている2人の娘達と共に、奥のキッチンで夕食の支度をする妻がいる。いわゆる家族団欒の光景が見えた。
「来た来た、パパお帰り、待ってたよ。」
「本当か、待ってたのは夕飯じゃないのか。」
「そんなことないよ、パパが帰って来ないと数字が出ないからね。」
「数字?何のこと?」
リビングテーブルに電卓と何やら計算途中の走り書きしたメモが置いてある。すると、妻がキッチンカウンターから顔を覗き込んで、声をかけてくる。
「パパ、もうちょっとで夕飯が出来るからね、それまでにお風呂に入って来て。」
すると、子供達がすりすりと近寄ってきた。
「はい、パパ、カバンください。背広も脱いでください。直ちに風呂に行きましょう。はい、行きましょう。」
「おお、なんだ、なんだ。良くわからんが、やけにサービスが良いな。せかせるなよ。分かったから、風呂行くよ。」
子供達に言われるまま、鞄を渡した。そして、背広を袖から右手を抜こうとすると、案の定腕が上手く曲がらないのだ。
# ムム、オオ
「ホラホラ、しようが無いな。ほら、袖を持つから、腕を引いてよ。」