ダイエットプログラム開始
もっともである。こんな人を馬鹿にしたことは許されるはずねえよ、と世の物事に堪えず不平不満を持つようになれば、立派な庶民のオッサンなのである。若い頃、そんな店頭に並んだ魚のような目つきで、帰りの通勤バスにぐったりとしてスポーツ新聞を読んでいるオヤジ達を、冷ややかな眼差しで見ていたものだ。それが、どっぷりと自分がそうなってしまった。肉体の衰えは、気力の衰えを招く、どこかで聞いた諺みたいだが、それは40を越えてから実感するようになった。歳を取れば人間が丸くなるとは、当たっているものだ。良く言えば大人としての落ち着きということなのだが、ようは欲望パワーの連射が出来なくなるのである。女の子の生足を見ただけで妄想が駆け巡る瞬発力が減退するのである。 人は、不利益を被る時ほど、過剰に反応してしまう。とにもかくにも、巷全体がデブ解消の気運にさせられているということになってしまった。
「今日は、とっても面白いシェイプアップマシーンを体験してもらうわね。日本ではまだ知られていなくて、このスタジオにしかないのよ。ハリウッドの一級の映像スタッフチームと技術提携して作り上げたこのマシーンは、今までのシェイプアップツールの概念を根底から覆す優れものよ。これをやった人は、私を含めてまだほんの十数名だけ。丸さんは、ラッキーにも体験できる・・・」
不安満載で始めた俺のダイエットプログラムは、予測通り全く訳が分らない内容である。まあ、むーさんの放蕩無形のキャラクターから考えれば、必然の理なんだろうがね。それにしても、先週にやったビックリエコーってやつ、死ぬかと思ったよ。
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「ほ、本当にやるんですか、俺、死んじゃうんじゃないですか。」
「大丈夫、たかが10mの高飛び込み、5本目ぐらいから慣れて来るわよ。これはプログラムの前哨戦、こんなのでビビッていたら先に行けないわよ。丸ちゃん、練習通りの声を出しながらね。ハイ、よろしく。」
宜しくったって、こんなクソ高い所から声を出しながら飛び降りれねえよ。劇的なアドレナリンの分泌が、代謝を促進させる身体へといざなうだと。こりゃどう見ても、ショック死へのいざないだよ。
「ハイハイ丸ちゃん、何、ビビッてんの。オチンチン股間に着いているんでしょう、ほらほら。」
「ちょっと、押さないで下さいよ。初めは誰だって怖いんでしょう。今、覚悟しようとしているんです!」
「覚悟?別に度胸試ししてる訳じゃないのよ、ほら、叫んで。」
# お、お
「ハイハイ、俺は、何。」
# お、れ、は、痩せる
「声が小さい。」
# 俺は、痩せる!俺は、痩せる!絶対痩せる!
「行け!」
# アアアア痩せるぞ~
そうして、痩せる雄叫び?がプール場内にこだましながら、デブダイブによるビッグスプラッシュが10本上がったんだな。そして、5本目位からだった。
# ヒュー、ヒュー おっさん頑張れ! 今の前方抱え込み尻飛び込み自由型は、6.5だよ! 今度は捻りを入れてくれ!
# うるせえ!こっちは必死なんだぞ!
# アハハハハハ
練習中の学生を含め、やじ馬達が集まって、完璧に俺はバラエティ番組のリアクション芸人の扱いになっていた。
「そうそう、丸ちゃん、感情を爆発させてアドレナリンの大放出よ。」
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「丸ちゃん、丸ちゃん、聞いていますか?」
「あ、ああ、それでその優れものツールを体験できるんですよね?」




