度肝を抜かれる奴
「そして隣にいるこの気難しそうで、実は気弱なおやっさんは、丸さんの希望の懸け橋となるご意見番ですよ。はい、自己紹介。」
「う、うん、相変わらずむーさんは口が悪いですな。初めまして、私は土屋哲五郎と申します。宅建資格所持、昔は土地転がし屋を細々とやってましたが、現在はファイナンシャルプランナーの肩書ですわ。」
FPがなんで?俺の新居購入のアドバイスなんて、とっくに知り合いの不動産屋から受けているから、必要ねえな。まさか、此処のスポーツクラブは、住宅販売屋ともコラボしちゃっているんだろうか。
「あの~、娘から新居購入のこと聞いてるかもしれませんが、もうその辺りは情報源がありますので、遠慮したいんですが。」
「大丈夫よ、そんな悪戯な商売はやってないから。この人は私も世話になってる財テクの強力な味方なのよ。肝っ玉はチンマイけど、発想はユニークなのよ。」
「味方というより、手籠めにされた方が正しいんですけどね。吉積さん、これも何かのご縁ですよ、私の分かる範囲でお話ししますので、参考にしてください。」
このリクルートのおっさん、余計なことをベラベラとまくし立てる商売気丸出しの仲介業者と違って、意外と物腰が低い、信用できそうな感じがする。
「それでは丸さん、本題に入りましょうよ。此処に来たということは、頑張って痩せようと思っているんでしょう?そりゃまあ、楽してそうなれば良いんでしょうけどね。結局は、どこまでやるかは自分次第、私等は、幾つかの道程の一つを選んでもらって、やってもらう手伝いをするだけ。何故、私が選ばれたのか分かってらっしゃる?」
「それは、むーさんが適任だということですか?」
「当たり!任命したたかよッチは、人格心理学、性格特性論を専攻していたから、ちょっと話しただけで心の髄まで見抜いちゃう恐ろしい女なのよ。丸さんは、物事に敏感に反応するけど、懐疑心が働いて内向的になりやすいの。そこのストレスを妄想で補っているみたいね。妄想は、間違うと思い込みに発展するから、第3者が正してあげないといけないのよ。協調性を示すのは、感覚的に適わない人や信用している人だけね。多分、此処に連れてきた娘さんなんかそうでしょう?」
ぐうの音も出ない、魂を抜かれる言葉に、頭から冷や汗が出ていた。たかよッチ、いや高野教祖の恐るべき人格洞察力。貴方のことは良く分かってるという輩は、まあ自らの思い込みが殆どである。しかし、鋭く見抜いている奴もいる。さり気無く言ってくるのだ。以前同じような思いをしたことが一度だけある。俺にとっては、年に一回あるかないかの大口の卸し契約だった。相手会社の窓口の人物は、店舗数はそれほどないが新興の大規模小売店舗の渉外社員だった。実に誠実な青年で、お互いの損益見込み違いでぶつかり合うことも無く、不思議なくらいトントンとスムーズな流れで受注に持ち込めた。仕事にけりがついて、彼と契約成立のお礼に接待をした時だった。
“俺が思っていることが、まるで全部分っているかの様な条件提示だったよ”
、と少しお世辞混じりに言った。すると、
“吉積さん、僕には貴方の心が分かるんですよ”
、と返事をされたので、酒の上の冗談だろうからと思い、
“へえ、凄いね、何か僕の癖でも気が付いたのかい?”
、とつっこんだ。彼は薄ら笑いながらこう答えたんだ。
“貴方のことを全部話してくれるんですよ、・・・背後にいる人ですけどね”
酔いが一気に醒めたね。背後霊と話ができる奴に適うわけないよ。40年以上生きている間に、絶対一度くらいは度肝を抜かれる奴に会うもんだ。此処で二度目に出くわすとは・・・。
「丸さん、今、妄想モードに入っているんじゃないでしょうね。」
「あ、いや、あんまり鋭いことを言われたんで、呆気にとられたんですよ。そこまで僕を分析されて選ばれたんですから、むーさん達を信用しようかと思って。」
「えへへへ、観念した?人間嫌なことをやるのは、そりゃあ気が乗らないものなのよ。そこで必要なのは、身を委ねる覚悟よ。これから沢山辛いことに出くわすだろうから、いちいち抵抗してちゃ駄目よ、面白がってもらう位の気持ちでいてもらわないとね。それじゃあ、どの程度の家を購入するつもりなのか、話してちょうだい。」




