宇宙移民
「どうですか、ご家族の皆様も吉積様の火星行きを祝福されていらっしゃることがお分かりになったでしょう。これでパイオニアメンバーとしての誇りを持って、気兼ね無く新天地でご活躍されることと存じます。」
「まてまて、これで納得する分けないじゃん。見ての通り俺の家族は、自分の損得勘定で言ってるんだ。」
「ご家族は、信用ならないと。」
「そう・・いやいや、とにかく全く理解できないから、ちゃんと細かく説明してくれる。そうしてくれないと行くの止すから。」
「それは無理でございますね。もう、健康福祉税がどうご自身に関わっているか十分ご承知のことと存じますが、デブの度合いにより重い負担が課せられていらっしゃるじゃないですか。つまり、究極のデブに認定されたということは、究極の処分が待っているのですよ。」
「アワワワワ、ア、アカネさんは、俺をサポートするんじゃ?、怖がらせることなんてしないんじゃないかい?」
「勿論でございます、今申し上げたのは先程映像でご覧になった奥様が吉積様のことを考えてという言葉を代弁しているだけでございます。その処分がどういうものなのか知っておくだけでも良いのではないでしょうか。」
『ムムム・・・。』
聞くべきか、聞かざるべきか・・・もう究極のデブであると社会的に位置づけられたことを受け入れる以外にはない今、それでもひねくれ者の習性が働き、己のどこかでそれを拒んでいる。だから究極の処分を知ることに恐怖心を抱き、それ故に好奇心が沸いてくる。人は、開けてはならぬと言われると、余計に開けたくなるのである。自己の理念を貫くか否かを問う著名な戯曲の一節の意味合いとは程遠いが、低俗な欲望との迷い方が実に人間味のある表現ではないか。
「いかがいたしましたか?」
「そ、そのショ、処分って・・・。」
「お知りになりたくなりましたか?」
「いや、どうせろくでもないことだろ?」
「そんなことはありませんが、私にとっても、聞いていただいたほうが、気持ちの整理が出来ますから。」
「・・・あ、ああ、じゃあ、一応、聞いておこうか。」
「分かりました、では申し上げます、もし、拒否をすればですね。」
「すれば・・・。」
「調査中の土星のある衛星に、流刑となります。」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
そして4年後の現在、火星の居住コロニー内の居宅で、当時のことを思い返していたのだ。もう見飽きてしまったが、窓に青い彩色ビー玉の様な地球が見えている。ついに、それまでの温暖化の状態を悪しと見なした地球は、環境スタビライザによって球体を冷却する自傷現象を起動した。そして、全球凍結にはなっていないものの、全体の4分の1が凍り付いているとのことである。
人類は、19世紀の地質学上で氷河期の到来を予見してから、既に有人ロケット打ち上げ時代からこの危機を回避するため、太陽系の居住可能な他の惑星の調査を始めていたのだ。そして、居住用コロニーの開発段階で、クリア出来ない課題があった。それは、コロニー内に地球と同様の重力を設定することである。そのためにまず、その設定可能な重力環境に堪えられる人間及びその他の動植物の移転が最優先されたのである。そこで常にデブを維持できる体質を持つ種である。カミさんが言っていたブタやカバと同じという究極のデブとはそのことであった。そこで最初に行われた検証が健康福祉税なる負荷をかけて、ダイエットに取り組んでもデブであり続けている者を選定することであった。
その中で、火星行きを熱望する者も当然いる。しかし、全人類火星移住という途方もない宇宙移民計画を実施することは、公募した団体や個人の力では話にならず、国家の政策予算費であっても到底なしえるものではない。対象となるデブから広くまきあげた方が現実的であり、世間を納得させる最良策であった。
# キンコ~ン キンコ~ン
#“休暇日に、お寛ぎのところですが、お客様がお越しになっています。如何いたしましょう?”
「アカネちゃん、誰が来たの?」
実は、アカネは俺の火星住宅の専用システムであった。彼女が登場した時から何事につけ世話を焼いてくれると思っていたが、貴方のサポートをいたしますとはそういうことなのだ。
#“コロニーC32HXのご家族の方がみえられました、お通しいたしましますが宜しいでしょうか?”
「なんだ、またか。どうせまたいつものやつやるんだろ?」
#“そうですね、今回も沢山野菜をお持ちになっているようです。それでは私はセッティングをいたしますので、その間にお迎えに行ってきてください。”
「いいよ、面倒くさいから勝手に入って来させてよ。」
#“そうですか、分かりました。”
それから、数分後。
# ドカドカドカドカ
「パパ~、元気してる?寂しがってると思って来てあげたわよ。」「父上、新作のダンスパフォーマンスを披露させていただきます。」
地球から火星への宇宙移民は取りあえず全て完了させた。つまり、課題となっていたコロニーの重力設定が地球レベルに対応出来るようになったのである。ではなぜ一緒に住んでいないかというと、個々人の体質によって最適の重力レベルがあることが分かったからだという。デブ度によって、人々はそれぞれの重力レベルのコロニーに移住することになったのである。そして、その他の動植物も同様に仕分けられた、ブタや牛などの食肉動物は、俺の住むコロニーで飼育されるようになったのある。
「あなた、凄く美味しいソースとタレを作って来たわ、いっぱい食べましょうね。」
来てくれるのはありがたいが、俺を心配しているのではなく、ここでは簡単に手に入る肉をたらふく食べるためなのである。そして、社会人となった海斗がつまらない冗談を俺に吐いた。
「究極のデブである父上のお陰でございます。我々家族は離れていても、このように幸せでございます。」
「ふーん、それは、良うござんしたね。」
** おわり **




