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今一度、原点に

「ぴーちゃん、何そこでボーッと突っ立てるんだい。無駄にスケベなこと考えてないで周りを見るんだよ、周りを。」

 ババアの声は、耳に入れない。そして、また再び薄暗い地下の廊下に立って、改めてじいいっくりと辺りを見回す。

『コチラだ、コチラ。』

 ”こちら”という表示が多分何処かにあるはずだ。もっと良く周りを見ろという、クソババアの言葉を取りあえず信用して、ゴキブリの一匹でも詮索してやるというくらいまで、意識を最大限に働かせるのである。

「コチラだ、コチラ、こちら。」

 思わず自然に呟いて、店先から少しずつ移動しながら、壁周りだけでなく、天井や床まで、くまなくチェックをかけていく。

「コチラ、コチラ、此方、こちら。」

 しかし、しかしだ、そんな案内表示はじぇんじぇん見当たらないのだ。

『んー、何処にも表示なんかねえじゃねえか。ババア、やっぱりいい加減なこと言いやがったな。』

 敢えて見えるといえば、何かのマークの様なもの。しかしこれは、この階に来た時から等間隔でぽつりぽつりと見えていたし、ねずみ色の目立たない真四角のロゴである。とにかく、ババアの狂言が判明したからには、方法は一つ。もう辺り構わず全部の通路を歩き回る他はない。つまり、しらみつぶし作戦である。

「コチラ、コチラ、コチラ、コチラ、コチラ、コチラ、コチラ・・・・」

 散々うろつき回って、辺り構わずトントンと叩いて確かめていく。そしてついに、ついに・・・・結果、判明せず。

『駄目だあ。』

 総てがガセネタだったのだろうか?いや、社内全体で嘘を浸透させることなど、あり得ないではないか。ババアの言うことが戯言だとしても、ATMの存在は、否定できないのではないか。

『さすれば今一度、原点に立ち返るべきなのかも。』

 また再び証拠にも無く、初心に立ち返るため売店に戻っていった。

 すると、頭にあったためか、店先の壁にも先程言ったマークが印されてた。

「おや、また、戻って来たのかい?」

「あっ、ええ。」

「どうだったかい、あんたが探しているものは見付かったかい?」

 また、ババアとのイラつく会話を我慢することを受け入れるモチベーションを設定するしかない。

「それがですね、何処にもATMの入口らしきものが見当たらないんですよねえ。散々探したんですけどねえ。」

「そりゃあ、残念だったねえ。折角また来たんだから、何か買って行きなさいよ。」

 早速、ごうつくババアの気遣いの無い戯言である。仕方が無い、今度は昔懐かしきかな、きな粉パンがあったので、こいつを買うことにした。

「これ下さい。」

 例によって、心に全く伝わらない応対が繰り出される。

「おおきに、まいどありね。」

 俺はパンをほうばり、口の周りをきな粉だらけにしながら、何の気無しに喋り始めた。

「この地下には、もう、本当にこの売店しか無いみたいですねえ。」

「ああ、大改修で、社食や本屋、床屋も無くなっちまって、殆ど人が来なくなってねえ。」

「おばさんも、最後に残って頑張ってますけど、此処だけになって、さぞ寂しいかぎりでしょう。ところで、この廊下に入って良くみかけますけど、店先にも壁の縁に付いているマークがありますよね。あれって何なんですか?」

「ああ、あれかい、あれは此処でお金を下ろすことが出来るって印だよ。」

「ええええええええええ!!!!」

「なんだい、急に奇声を張り上げて、びっくりしたじゃないかい。そのブクブク太った図体で叫ぶんだから、もう豚の化けもんだよ。」

「だって、それじゃあATMがあるんでしょう!さっきさんざん私が言ってたでしょう!」

「だからさ、そんなもん知らんよ。」

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