助平心
真保が手を振っている隣に、受付嬢がこちらに微笑みかけている。少しウエーブのかかった栗色のショートヘア、小顔で首筋が細く、色白だがつやつやとした肌の色で健康的だ。可愛いらしい、正に俺好み。
世の女性達は、今だにセックスアピールとはどういうことか良く分かっていないと思う。アイラインをエジプト遺跡の女の壁画のようにクマドリして、バストアップして迫ったところで、巷の日本男子は性的に心をそそられないのである。今や欧米の美人女性の真似をするのは時代遅れなのだ。じゃあ、昔ながらに大和撫子のように慎ましやかなる女性が良いのか?いや、それも違う。個性を隠してしまうのも、面白くないのだ。俺が思うに、やっぱりナチュラルな明るい爽やかな女性なのである。そこには決して関西方面のドギツク煩さく笑うオバチャンの入り込む余地は無いのである。ああそうすると、何で今のカミさんと一緒になったのか説明出来なくなるのであるが。
「お父様、お子様のご希望にお付き合いするのは大変ですよね。本日は、ご来店いただきまして誠に有り難うございます。今、簡単に入会手続きの案内とプログラムメニューを説明させていただいて、その中で18歳未満の方の入会は、保護者の方の同意及び保証人に立っていただきますことをお話ししました。その前にお嬢様から、どの様な趣旨をお持ちなのかお伺いいたしました。折角の機会ですから、お父様もこの後、シェイプアップケアマネージャーの相談会に参加いたしませんか。」
「えっ、僕ですか?・・・あははは、ちょっと遠慮しておきますよ。見ての通りこの身体ですからね。さっきそこで館内を眺めていて、会員の方皆、スリムな人ばかりで羨ましいですよ。」
すると、真保が横から口を挟んできた。
「パパ、何言ってんの。ついこの前、私達に誓ったこと忘れてないわよね。ママやニイも、来るべき日に備えて、もうお医者さんやスポーツジムに通い出したのよ。一番頑張らないといけないパパが、一番出遅れているんだから。プロのインストラクターからアドバイス受けられるチャンスなのに、なに尻込みしているの。」
なんとも手厳しい限りである。カミさんや海斗からなら即座に、まだ決まってもいないのに煩いな、と返すもんなんだが、娘にこれだけ言われても全くそういう気が起こらないのである。親は、下の子には甘いのだろうか?いや、違う。実は俺にはどうしようもない姉がいるのだが、まあ当然デブである。こいつは、お袋は俺にばかり良くしてくれると言うのだが、自分の事は棚に上がって、よく勝手なことをのたまわれるものである。小さい頃の習い事、お嬢様高校受験でのコネ回しとバカ高の学費を負担してもらい、結婚式と嫁入り道具費を丸投げし、そして子供が出来た時に、一か月も女中奉公のように身の回りの世話をしてもらったことを忘れたか、である。俺もこうやって、娘に甘くしているのであるが、どうか本人が親離れしても忘れないでいて欲しいものだ。
「ご心配いりませんよ。当クラブは、入会を強いる勧誘は固く禁じられております。トレーニングを続ける秘訣は、お客様が積極的にメニューに参加する意欲を持つことなのです。私達は、お客様の現在の身体はもちろん心理状態も十分理解させていただいた上で、無理なく、一番適したダイエット方法をご提示させていただいております。まずは、カウンセリングだけでも、受けて頂いても損はありませんよ。」
キラキラとした爽やかな笑顔である。これも営業スマイルだろうが、営業の仕事をする俺にはできない、屈託の無い表情をされ、心に沁みてきてしまったのだ。未だ20代そこそこの女の子に、やられてしまったのである。
「いやね、世の中を騒がせている健康消費税、家でも話題になっちゃいましてね。我が家族皆、ぶくぶく肥っているんでね、法律が施行すると家計がアウトになっちゃうんですよ。それでなんとかしなくちゃってことで、娘に引っ張られて来られたって訳です、アハハハ。」
「そうですよね、健康消費税、気になりますよね。私にも兄がいますが、体重が3桁なんです。血圧、血糖値も凄く高くて、将来歳とっての健康が心配で、常々私がいるからって、このクラブに誘っているんですけど、ちっとも反応してくれないんです。お客様の様に、この消費税をきっかけに、ダイエットに関心を示してくれないかと思うんです。」
という訳で、俺は漢の助平心に敢なく屈してしまったのである。




