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謎の売店ババア

 そこには、天井に様々なダクトが這い回り、配管の一部に付いた細長い蛍光灯だけが辺りを照らしている。薄汚れた白い塩化ビニールの床が静寂感を引き立たせ、ぼんやりと蛍光灯の明かりを受けて鈍く光っている。すっと昔から変わらぬ、古びて暗い地下の通路である。

 通路に沿った地下の一画に、”焼きたてのパン、ふっくら美味しい焼き上がり”、のぼりが立ち、錆び錆びの鉄枠のガラスケースには、いったい何処で仕入れてきたのかと思うほど粗雑にラップに包まれたサンドイッチやおかずパンが並んでいる。また商品棚には、見たことも無いメーカーのスナック菓子やもう何年も入れ替えられてないだろう日用雑貨が取りあえず置いてある。なんともレトロ感満載の売店である。

 そしてそこには、レジに座っている年齢不詳の謎のおばちゃん。

 5年前まで、この地下階は売店だけではなかった。社員食堂、理髪店、組合員室などがあった。やがてこのビルは大掛かりな内部改装が行こなわれる。社員食堂は最上階に、組合員室は別ビルに移され、理髪店は廃止となった。

 が、この売店だけは何故かそのまま残された。

『ATMは・・・何処?』

 此処にATMが入ったことは知っているが、実はこんな場所にあるから利用したことはない。見当たらない。普通、壁に目立つように電光表示されて、ミラー硝子の自動ドアがあってしかるべく、入口が見当たらないのだ。

『仕方ない、店のおばちゃん聞くとするか。』

「コンチワ~」

♪ なんでもないような・・・・

 店内に、超ノスタルジックな歌謡曲が流れていた。

 歌謡曲の時代は、年齢を問わず幅広く大衆音楽を楽しめた。しかし平成になって、J-POPなどという言い方をされて、年寄り達はそこから弾き出されてしまった。古臭いという奴は、歌謡曲の奥深さが分かっていないのである。

「おや、ぴーちゃん、随分見なかったけどどうしてたんだい?」

『ぴ、ぴーちゃん?』

 ・・・大昔、誰かにそう言われてたような。しかし、このおばちゃんだったか?そうなら、恐ろしい記憶力だが。

「誰か、人違いじゃありませんか?」

 謎のおばちゃんは、静かにしわしわの左目をゆっくりと見開いた。

「馬鹿言うでないよ。あんたは出張した時でも、毎週水曜日に小腹が減るんで、社食でカツカレー食った後、此処に来てハンバーガー2つ買って、即食いしてたサスペンダーズボンのぴーちゃんだろうが。」

『えええええええ!!!!!』

 当たっている。あの懐かしのアメリカンアニメのキャラクター呼ばわりしたクソババアだ。それにしても、もう20年近く経っているのに、全くその風貌が変わっていないんじゃないか?コイツは人間じゃないかもしれない。よく見ると何と無く似ているような気がする。

「いやあ、思い出しましたよ、まるでヨウ、いえ、いやあ、おばちゃん懐かしいですね、僕のことしっかり覚えてくれていたんだ、アハハハハ。」

「馬鹿にしちゃあいけないよ。ワタヒはね、チビハゲ安藤が未だぺーぺー社員だった頃、此処でエロ本を読み漁ってたことも知っているんだからね。」

「ヘーヘー、若い頃の安藤部長が此処でエロ本を?」

 やはりこのババアはただ者では、いや、絶対に現世の物ではない。何百年もの時を経て存在する、地下界の不老妖怪と考えられる。いや、もう生きていないのかもしれない。

「ぴーちゃん、おい、ぴー!」

「あ、は、はい。」

「お前さん、ぼーっとしてるな、私のこと考えてたんだろう?何で未だ此処に生きて居るんだろうかってか?ひょっとして、妖怪とか生き霊とかの化け物じゃないかって思ってたんじゃないかい?」

「そ、そんなことないですよ、安藤部長は若い頃からハゲてたなんて知らなかったかったなあ。」

「アイツ、あの不細工じゃあろくに恋愛なんて無縁だろ。それにケチだからねえ、安上がりに立ち読みで欲望満たしてたんだよ。可愛そうな奴だねえ。」

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