ゼロ
さて、今回の最大の関心は、最後の俺であることはこれまでの流れから見て取れるであろう。どんな会議でも、揉まれる懸案事項は最後に扱われる。つまり言い換えれば、あらゆる角度からいたぶられるということだ。あのSM部署ならともかく、まがりにも一家の大黒柱である俺を弄り回し弱らせようとする気なのか?分かっていてもまたサンドバック状態になるとは我慢に耐えられない屈辱。とにかくその真意を探るべく、先手のジャブを繰り出して相手の様子を見る。
「いやあ、皆、良く頑張っているな。素晴らしい結果が出て、パパも稼いでくる甲斐が実感できて嬉しいよ。だから最近、仕事が忙しくてね、ちょっとフィットネスクラブに行きそびれているんだよな。」
# ・・・・ピーポーピーポー・・・ピーポー
何処かで、救急車がサイレンを鳴らしながら走って行くのが聞える。つまり、演芸場のように賑やかな我が家が、今留守のような雰囲気になったのだ。この俺の発言が、家族の心を凍り付かせたのか?
「い、いやあ、まずいこと言ったよね。・・・分かった、さあ、海斗君、シンガリを務めるパパの進ちょく状況を報告してくれ。どんな数値であろうと真摯に受け止めるよ。」
「海斗、出番よ。パパは覚悟したみたいだからね。」
カミさんの一言で、空気が変化し物事が進む。ということは、家族達にとって、俺は間違いなく主への認識はない。まあ父親としての存在感を誇示したい訳ではないが、養ってもらえてるという気持ちをちょっとだけでも持って、耳だけでも傾けて欲しいと願うのである。父親の威厳、それに対する敬意と云うものは、前世紀の産物である。そういえば俺の親父は、どう見繕っても全く誇るところが無い人物だった。俺の遺伝子ルーツであるからして巨デブであり、小柄でそして更にハゲ。ブ男を超越した醜男である。どうやったらコイツとHしても構わない気持ちになれるんだろうかと思う。この贅肉にまみれ、目鼻が吹き出物の一部にしか見えない醜い顔が迫って来るのを想像しただけで、背筋に悪寒が激走する。しかし、俺が此処に居るのだ、ということはお袋の大いなる包容力に感謝しなくてはならない。好景気時代の当時、民間サラリーマンの方が断トツ高収入で、出先の木っ端役人の親父の給与では、我が家は半分麦の入った飯を食うそれなりの生活であった。親父の趣味は、食べることと喫煙とパチンコだけで、休みの日はラーメン屋かパチンコ屋に住んでいた。家のことは全く無関心で、飯食って寝る場所としか考えてなかっただろう。当然、身の回りと食事の世話はお袋であるが、専属の飯焚きする家政婦のごとく扱われていた。家族内では全く会話も無く、俺は家にいても苦痛でしかたがなかった。だから、学生の頃は書店街の喫茶店に入り浸っていたのである。
「う、う、うん、各々方宜しいですかな。吉積奉行、亜希子左衛門乃上の命により、これから下手人、亮治の減量進ちょく結果につき吟味致す。」
# ・・・・
「では、この度の数値であるが、なんと、なんと・・・・・ようんじじゅうななああああああ。」
# ドドーーーン
進ちょくはゼロ、父親としての存在意義もゼロ。
「あ~あ、パパあ、どうしたのよ?全然駄目じゃない。」
「うーん、少しは減らしたと思っていたんだがなあ。」
「コラア亮治!、今まで何してた、ここで一発結果を残して、親父としての威厳を示さないといかんのじゃないかのお!」
「海斗、お、お前が言うな、お前が。」
「あ~あ、パパあ、これじゃあお家、買えないんじゃないの?」
「ギクギクギク・・いやあ、可愛い愛娘の真保にそう言われると、お父さんは弱っちゃうんだなあ。亮治は、駄目な父親だ。申し訳ない。アハハハハ、それに引き替え、海斗は偉い!これからはお前がこの一家の主だ。」
# パシ
「いててて。」
「なにまた増長してるのよ。何でアンタがパパの代弁する必要があるのよ。」
「ダッテさあ、アッコ。こうなることは、最初から分かってたんじゃなーい?」
「海斗!」
「ぷしゅしゅるるるるるるーーーーん。」




