7時間目―麻奈美・まずいんじゃない!?
今さっき、私達の目の前で、凄い人が駆け抜けて行きました。
その人は、私達の頭上を飛び越えて、そのまま走って行ってしまいました。しばらく、私はその人の背中を目で追っていました。その人が突き当たりを曲がった後も、私は言葉を発しずに、ただ呆然と眺めていました。どうやら、その場にいた全員が同じ様でした。心中は多分驚きの一色だと思います。数人を除いては……。
「「おはようございます!」」
その同時に重なった二つの声が聞こえて、やっと私は我に帰った。視線の方向を変えて、反対側を見ると二人の女の子がいました。
片方は短い髪を垂らした少女。もう一方は長い髪を後ろで結っている。
「どうかしたんですか?」
短い髪の少女、恵魅ちゃんが問い質してきた。
「それがね、」
「小雪達の頭の上を人が跳んでいっただよ。グ〜ルグルって」
私が答えようとしたが、小雪ちゃんに横取りされてしまった。
「跳んでいった? 人が? ……その人、サンダルだった?」
「うん、そうだったよ。私、確かに聞きましたよ」
花月ちゃんの言葉に、私達全員が頷いた。
「ああ、それなら多分」
「おはよッス」
急にその場にはなかった低い声が、君枝ちゃんの言葉を遮った。
そっちには、四人の男女がいた。私達のクラスの電車通学の面々だった。
「あ、おはよう」
みんなが、それぞれのタイミングでお互いに挨拶した。来ないと思っていた恵魅ちゃん達も来たので、私達のクラスが全員集合したという事になる。
全員が集合した事により、私達はさっき君枝ちゃんが言おうとした事を、すっかり失念してしまった。しかし、その話題はすぐに持ち出された。予想外の、さっきまでここにいなかった人物によって。
「あれ? アイツはどうしたんだ? 今日から通うはずだろう」
こう言ったのは和彦君だった。この発言に、恵魅ちゃんと君枝ちゃん以外のみんなの頭の上にハテナのマークが飛び交った。
「ああ、ちょうどその話をしてたんですよ。それならさっきここを通って行きましたよね?」
多分、さっき私達の上を通過した人の事だろう。
「うん。さっき凄い勢いで私達の上を通過して行ったんだよ」
「そうなんだ。アイツらしいな」
和彦君は笑いながら言った。
つまり、さっき跳んでいった人は、恵魅ちゃん達の知り合いであって、和彦君の知り合いでもあるらしい。加えて、今日から私達の学校に通う人らしい。
「一体何者でゴザル?」
蜜柑ちゃんがみんなを代表して三人に問い質した。それはみんなが気になった事である。もっとも、アレを目の当たりにした人物なら特にだ。でも、それを聞いた蜜柑ちゃんと、その隣にいた李ちゃんは正体を知りたいというよりは、何だか楽しそうな顔をしていた。
「ああ、アイツは」
和彦君が話をしようとした瞬間、またしても話を遮るものがあった。
さっきのペタペタという軽快な音が聞こえたのだ。私達が振り向いた瞬間、その音よりも車の音が鳴り響いた。車のブレーキ音だ。
一瞬、奥の十字路に人影が見えたようだったが、それを横切るように車が突っ込んだ。バンッという鈍い音と共に……。
そして、車が見えなくなり、私達は瞬時に判断した。
……車に轢かれたのだと。
しばしの沈黙が訪れた。誰も言葉を発しない。発せない。
「ね、ねぇ? ま、まずいんじゃない?」
最初に誰が発したのか、私達は凄い現場に遭遇してしまったのだと、その時認識した。
「きゅ、きゅきゅき救急車!」
「そうだ。確か114」
「違う! 119だ!」
その場は混乱の場と化していた。しかし、次の瞬間、
「いった〜い」
と言う、間の抜けた女の子の声が聞こえた。それは和彦君の方から聞こえた。いや、正確には和彦君の肩からだ。
全員が見ると、一人の女の子が和彦君におぶってもらっていたのだった。
「なんだよぉ。心配させるなよ」
「うぅ、……轢き逃げされたぁ」
「おいおい、お前の姿を見る限り、むしろお前が当たり屋の立場だぞ」
「ちゃんと右、左って確認したもん」
「ホントに心配したんですよ」
和彦君と女の子の会話に、恵魅ちゃんが割って入った。
「あはは、ごめんごめん」
彼女は笑いながら謝った。
異様な光景だった。車に轢かれたと思っていたと思っていたのに、今はケロッと漫才のような会話をしてるのだから。
「ねぇ、和彦? その子、誰なの」
千鶴ちゃんが和彦君に聞いた。
「あれ? お前も知ってるだろう、千鶴? コイツは」
「えっ!? 千鶴!? マジかぁ! 久しぶりだなぁ。覚えてないか? ホラ!」
彼女の言葉に、千鶴ちゃんは首を傾げた。そして、さっきよりも近付けて、その顔を確認した。
「えっ!? もしかして……?」
「久し振りぃ!」
彼女はそう言って、千鶴ちゃんの方に手を延ばした。千鶴ちゃんはそれに応えて握手した。
「嘘!? 全然分かんなかった。髪伸ばしたんだ」
「ああ、少しな」
「ちょっとどころじゃないよ。うわぁ、マジで久し振りぃ!」
どうやら、本当に久し振りのようです。これで彼女の正体が分かる人物が四人になったのだった。それ以外のみんなは置いてきぼりを喰わされた。
一体、誰なんだろう? ……あれ? 私達を飛び越えた人って、確か……?
「何だよ、和彦ぉ?」
裕司君が肘を和彦君の横腹に当てながら言った。
「結構、可愛い娘じゃん。紹介しろよ」
「可愛い? おいおい、コイツは」
「コラーッ!」
急に女の子が大声を上げた。表情から察するに、何か怒っているのだろう。
「何のイジメだよ。何の!?」
彼女は和彦君から降りて、自分の足で立った。その時、私達は理解した。やはり私達を飛び越えた人物と同一人物であること。そして、なんで怒ったのかを。
着地した彼女、いや
「俺は男だ。れっきとした、な!」
彼が大声で言った。
こうして、私達は彼を中心に様々な事件に巻き込まれる事になる。しかし、それはまだ先のことだが。