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5時間目―拓海・恵魅・君枝

 どうも。月森拓海です。今は布団の中に居ます。眠いです。寒いです。ダルいです。全てを投げ捨てたいです。とりあえず、正直何処かに帰りたいです。

 しかし、立たなくてはなりません。あの、二人の悪魔が来る前に。

 俺はベッドの横に座って、大きく伸びをした。


「寝てなきゃダメぇッ!!!」


 突然ドアが開いたと思ったら、引力に引かれるように、俺はまたベッドに寝かされた。そして、腹にとてつもない衝撃と、激痛が走った。恵魅が俺の肩を押して、そのまま膝で腹に乗り掛かってきたのだった。


「グフッ!!」


 途端に何かが込み上げて来るのを感じた。多分、真っ赤なものだろう。


「恵魅、……不意打ちは……卑怯……だぞ?」


 ガクッと俺の首が力を無くした。


「勝った!」


 ガッツポーズをする恵魅に、死ぬからね、とツッコミたかったが、それも叶わなかった。


「あ、お兄ちゃん、まだ寝てるんだ」


 今度は君枝が部屋に入ってきた。そして、瀕死の俺の横に立って、テイッと手刀を喰らわしてきた。……喉仏に。


「ブッ!!??」


 さっきと同じ感覚で、死後の世界から帰還した。


「づぎぼりぢゃぐび、ただびまぎがんじまぢた!! (月森拓海、ただいま帰還しました)」


 喉をやられた(殺られた?)せいで、俺は上手く話せなくなっていた。


「「おはよう」」


 二人はいつもの朝と変わらない挨拶をした。全く悪びれた様子はなかった。もう俺が死に損なうのは慣れたらしい。はた迷惑な話だ。と言うより、自分でいうのも何だが、俺が理不尽に思えてくる。

 俺は特に文句も言わず(言っても意味がない)、ベッドから立ち上がって、本棚からある物を抜きだし、その中から例の物を抜き取った。


「さて、行こうか」


 俺を先頭に、三人は部屋を後にした。

 階段に着いて、すぐに恵魅が、


「どうするの?」


 と言い出した。

 分かってる。ジョーズの如くやって来る、あのひとの事を言っているのだろう。

 俺は、あの餌食に何度もなった。

初日は何も知らないで普通にやられた。二日目は、まさかと思いつつもやられてしまった。三日目は走り抜けたが、餌食になった。四日目は階段二段くらいを無視して飛んだがやられたのだ。五日目は……諦めて無抵抗でやられた。六日目、つまり昨日は恵魅を利用して、初めて逃げ切った。そして、今日は、……


「私は嫌ですよ」

「私も嫌だよ」


 俺が来るまでは、二人が餌食になっていた事は、言わずとも分かるであろう。


「任せな。今日は大丈夫だ。……多分」


 正直、自信はなかったが、あれなら行けると思った。

 俺を先頭に階段を降りて、俺は気配を感じ取った。

 居る。奴は必ず居る。

 俺はポケットからあるものを取りだし、それに希望を託した。藁にもすがりたい程に絶望的状況。俺はこいつらに賭ける。


「お兄様、それは……」


 恵魅が俺の手の中を覗いて言った。俺は頷いて、それを肩の後ろまで降り被った。

 お前だけが、……お前だけが、この起死回生の鍵だ。

 俺はそれを、階段下に勢いよく……テイッと、ばら蒔いた。

 それらはパラパラと舞い降りて、一階の廊下に散乱した。そしてそれを瞬時に拾った人物がいた。

 勝った。俺等は勝利を確信して、そこを素早く突破した。

 俺の作戦は見事に成功したのだ。妹達も初めて誰の犠牲も出さずに通り抜けた事を喜んだ。その三人の姿は、さながら地球を守った英雄の気分だった。

 俺等は机の自分の席に着き、先程の事が嘘のように脱力しきっていた。


「酷いよ。卑怯だよ。無効だよ!」


 何とも情けないような悔しそうな、それでいて駄々っ子のような声を出して母さんが居間に入ってきた。その手には、俺がばら蒔いた数々の物が握られていた。大切なもののように。


「俺が卑怯なら、あんたは卑劣だよ。ってか、犯罪者だよ」


 さも冷たい言い方に聞こえよう。しかし、常人なら誰でもこう言い放つだろう。

 俺がばら蒔いたもの。それは俺等三兄妹が写った写真だった。それも俺等も知らない、秘密の盗撮写真だ。


「酷いよ。子供達の成長を喜ぶために撮ったのに」

「だからって、盗撮は酷いですよ」

「ってか、卑劣だね」

「ってか、自分を正当化させないで欲しい」


 俺等は一斉に頷いた。

 まさか、自分の母親が盗撮していたなんて思いたくなかった。


「酷いよ(涙)」

「お兄ちゃん、これで全部?」

「いいや。明日も同じ事するために部屋に保管してあるよ」


 その時、母さんの目がキラッと光り、部屋を出ようとした。


「まあ、隠してあるから見付けられないけどね」

「そんなぁ」


 俺の言葉に、部屋を出ようとした母さんは、瞬時に足を止めた。


「他にはどんな写真があったのですか?」

「うん? まずはお前等が幼稚園児のものから、今に至るまでのまだ健全なもの」

「健全……って」

「あとは着替えのもあったかな」


 俺の放った言葉に、俺以外の三人は、ムンクの『叫び』のような驚愕の顔をした。


「ホントに!?」

「うん」

「……じゃあ、お風呂は?」

「あったんじゃないかな? 少なくとも俺のはなかったよ。俺の場合、風呂場に気配を感じなかったからさ」

「……見た?」

「安心しな。最後の方は俺のばっかりで、すぐに判断した。そして、燃したよ」


 俺の行為に安堵の表情を浮かべる二人。それとは対で、またムンクの『叫び』のような表情の母さん。


「何で燃やしちゃったの!?」

「「「誰でも燃やすわっ!!」」」


 三人の息がぴったりに重なり、母さんは悲しそうな顔をした。

 自業自得だ。




 その後、母さんは俺が恨めしいのか、無気力な目で見てきた。顔を洗うとき。髪を解かすとき。着替えのとき。トイレから出てきたときまでも。……ずっと。

 やっと支度が終わり、俺等は玄関で靴を履いていた。もうその頃には、母さんはケロッとした表情をしていた。


「さて、行きますか?」


 二人にそう言い、玄関のドアに手を掛けた。


「拓海ちゃん。ネクタイ曲がってる」


 言われて初めて気付いた。ネクタイよりストーカーに気を取られていたせいだろう。

 俺はネクタイを直し、またドアに手を掛けた。


「あ、そうだ。三人とも?」


 また母さんが話し掛けてきた。


「1+1=?」

「「「2」」」


 パシッという音と共に、一瞬の閃光が焚かれた。

 母さんの手には、プロが使うような大きなカメラがあった。


「アハッ☆」


 陽気に笑う母さん。そんな懲りてない母親に、呆れてものも言えない俺等。突っ込むのも疲れるので、俺等は静かに家を出ていった。

 多分、家を出た俺等は同じ事を考えただろう。


 学校より疲れるわぁ、と。

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