表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

前日

 広く広がった草原。上を見上げれば青く澄みわたった空。その中心に寝転がった俺がいる。常に心地よい風が吹き、それが俺の体、そして髪の間を通り抜けていく。その場所に覚えもないのに、俺はその場所を知っている気がした。視界に入る青空に白い雲が通りすぎていく。


「つ……み…ん?」


 誰かが何かを囁いたような気がした。女の人の声だ。しかし、それはとても小さな声で、よく聞き取れなかった。辺りを見渡しても誰もいない。


「だれ……?」


 俺はその誰かに聞いたが、その声はもう聞こえなくなっていた。もう一度辺りを見渡したが、やはり誰もいない。何故か寂しさが体を駆け巡った。泣きそうになるような感じではない。脱力感が体を襲い、立っているのがやっとな感じだった。しかし、体を支える脚はガタガタと震えていた。


「お…ぃ……ん」


 突然、声が聞こえた。しかし、今度はさっきとは違って幼さがあり、絶対に知っている声だった。俺はそこで、そんな不思議な夢から覚めた。と言うより、強制的に起こされたのだ。


 ―――――――


 目を開けると、そこは紛れもなく俺の部屋だった。

 ベッドの向かい側に本棚があり、その隣にクローゼット。その間に窓があり、ベランダへと続いている。 そんな何もない部屋に、まだ1週間しか経過してないが、段々と慣れてきていた。春の朝日がカーテンをすり抜けて、俺の部屋を明るく照らしている。

 ふと違和感を感じた。起きたばかりというのに、異様に体が軽いのだ。それに息苦しい。寝ぼけているのだろうか? 体に力を入れていないのに背中がベッドから浮いている。


「「わっしょい。わっしょい」」


 窓の向かい側に部屋のドアがある。その前から声が聞こえる。寝ぼけている俺の耳でも、夢のなかで聞くよりは鮮明に聞こえた。回らない首を無理矢理に回し、そちらの方向に向けた。

 すると、二人の少女がロープを引っ張っていた。

 うるさいなぁ。俺はそんな事を言おうとすると、不思議と五月蝿い環境なのに、強烈な眠気が襲ってきた。

 ……まぁ、いいか。

 俺は薄れゆく意識の中、頑張っている二人にエールを送った。




 あれ? ……って!?


「二人とも!? 止めなさい!!」

「あ、起きましたね」


 少女の片方である、恵魅めぐみが俺の目覚めを確認してロープを離したが、もう片方は一生懸命で聞こえていなかった。


「わっしょい。わっしょい」


 彼女の持つロープは、天井を蔦って、俺の首に繋がっていた。持ち上げられた体はさっきより低くなったが、未だにベッドに到達はしていない。


「止めんかい!!」


 俺は引かれていたロープを、逆に引っ張った。少女の体は軽く、すぐに持ち上がった。


「あ、お兄ちゃん。おはよう」


 宙吊りにされたまま、君枝きみえが言った。


「何がしたかったんだよ!? 殺人か!?」

「お兄様、そこは欧〇か!? だよ」


 はい、無視!!


「じゃあ、死んだらどうする!?」

「パクリネタはダメ!」


 これだけはツッコんどかないとな。


「お兄ちゃんが起きないから」


 いやいや。むしろまた寝ちゃうからね。永眠だよ。


「ったく、もう少しで死んでたぞ」


「その時はその時です」


 ガッツポーズを決めて、何かほざいてやがる恵魅は無視。

 それにしても、他に何か良い起こし方はなかったのだろうか? 危なく意識が飛ぶところだったぞ。ってか、そのまま帰れなくなってたぞ?

 俺は寝癖交じりの頭を軽く掻いた。



 俺の名前は月森拓海。何処にでも生息している。……じゃなかった。(何処にもいたら気持ちわりぃよ。)何処にでもいるような普通の中学3年だ。つまり、来年の春からピカピカの1年生だ。(友達100人できるかな?)しかし、まだ4月。そうなるには、まだ先の話だ。それに今年、俺は転校をするためにこっちに越してきた。まだ1週間しか経っていない。新しく入る学校は、どうやら初等部から大学まであるらしい。つまり、中学を卒業しても、まだその学校にいる事が出来るらしい。

 しかし、ここで疑問が生じるだろう。何故、卒業を間近に控えて転校したのか?

 まあ、軽い諸事情と思って戴きたい。

 そんなこんなで、俺は明日から新しい学校に入るのだ。まあ、あそこには古くからの友人や、二人の妹達もいるから不安はない。……心配はあるが。


「お兄様。明日から新しい生活が始まるのですから、気を引き締めてくださいね」


 この敬語を使いつつ、性格がひねくれているのは、妹第1号の月森恵魅。多分、さっきの起こし方を考えたのは、こいつだ。

 基本はしっかりしているのだが、よく悪戯をするのだ。つまり、かなり質の悪いヤツだ。


「お兄ちゃんも私達と同じ学校なんだね。何だか楽しみ」


 これは妹第2号の月森君枝。さっきは俺を苦しめていたが、根は真面目である。いつも恵魅の悪戯に付き合わされている。ちょっとマイペースがたまに傷。


 ちなみに二人は年子で、恵魅が小学六年生。君枝が中学1年生だ。校舎は初等部、中等部、高等部、大学で違うが、二人と俺は全く違う校舎になるだろう。

 恵魅と違う理由は分かると思われるが、君枝と違う理由が分からないと思われる。その理由は後ほど話すとしよう。


「あのさ、今日は春休み最後の日なんだから、もう少し寝ててもバチは当たらんと思うぞ?」

「仕方ないですよ。明日が待ち遠しくて早く起きてしまったのですから」

「そうだよ。私達だけ起きててもつまらないもんねぇ?」


 ……こいつら。身勝手過ぎだろう?

 覚めきってしまった頭をもう一度寝かす事を諦め、俺は下に降りた。

 階段の最後の段が見えてきた所で、俺は気付いた。


「お先どうぞ」


 俺は先頭を恵魅に譲った。


「どうしたの?」

「いいから、いいから」


 恵魅は不思議そうな顔をして俺の先を歩いた。俺は恵魅の二段手前を歩いた。

 恵魅が最後の段を越えて、下の階の床を踏んだ瞬間。


「おはよう!」


 陽気な声と共に、何かが恵魅を捕まえた。


「わっ!?」


 恵魅は驚き倒れそうになったようだが、その何かが恵魅を支えて倒れずに済んだ。

 俺はこれを予想して恵魅を先頭にしたのだ。思えばここに越してきて1週間。俺は何度も餌食になったものだ。いや、越してくる前もあった。しかし、それは1週間に一回程度でまだマシな方だった。相手が男なら殴っても良かったが、最近は殴れない。だって……。


「今日は恵魅ちゃんね。おはよう!」

「お母さん!?」


 そう、俺達兄妹の母、月森今日子つきもりきょうこである。お分かりの通り、息子並びに娘の溺愛歴が14年である。性格は明るく、大抵の事はこなせる優秀な母なのだが、時々面倒くさがりな所が偶に傷。そして、あくまで俺の予想なのだが、ショタ、ロリコン疑惑説が浮上している。


「違うもん。小さくて餅肌の子供が好きなだけだもん。あの成長しきってない体がなんとも……エヘッ」


 ……それを言うんじゃないか?

 こんな変わった人物が住む月森家。まあ、実家にはもっと変なのが勢揃いしている。1週間前には、そこに住んでいたのだから自信を持って宣言できる。

 こんな個性的な連中に囲まれての生活。最初は不安だったが、今では徐々に慣れてきていた。毒気に当たらないよう気を付けなくては。










































 俺はまだ知らなかった。こんな朝が、まだ平和であった事を。そして翌日に控えた転入の日に、まさかあんな事が起こるということを……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ