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邂逅するはエリクシルの少女

 時の流れというのは目まぐるしい日々が続くとあっという間に過ぎていく。俺がこっちへ帰って来てから既に一週間が経過している。まだ数日程度しか経っていない感覚なのだが、それだけ充実していると言え…………ないかもな。

「はぁ…………」

 思わず溜め息が零れてしまう。ずっと愛乃達に振り回されて大変なのもあるのだが、それよりも重大な理由がある。それはフォルティス先輩の件だ。

 翌日、翌々日と謝る為に会いに行ったのだが、遠回しに避けられていて謝る事すらも出来ない。ここ数日なんて会う事すら出来ていない。謝ると決心して既に五日目……その決意は達成するどころか、足掛かりにさえ乗れていない始末。

 そりゃ確かに避けられる様な事をやってしまったのだが……まだ正面きって縁切られたり殴られた方がマシだ。避けられ続けると精神的に辛い。更に愛乃達にばれないように謝らなきゃいけない……問題が積み重なり、自然と溜め息が出てもおかしくはない。

「――君、蒼月君!」

「あっ、はい!?」

 突然、名前を呼ばれて俯いていた頭を上げると、すぐ目の前にセフィル先生の顔があり、二重の意味で驚いた。

 こうして近くで見ると姉さんとは違った、大人の魅力があって、ドギマギしてしまう。

「大丈夫? 少し疲れているように見えるけれど」

「問題……無いです、多分」

 セフィル先生の心配を前に問題ないとは言ったものの、言い切れないのも事実だった。つくづく自分が単純だったら良いなと思ってしまう。

「もしかして学園生活で何か問題でもあったの? 例えばクラスで上手くいってないとか」

「そんな事は無いです。愛乃とリエルのおかげで波乱万丈な生活で楽しくやれています」

 あの二人が居たから、俺はクラスでも別の意味で有名人になってしまった。だが、そのおかげでクラスの皆ときっかけが出来たのも事実で、今ではすっかりクラスの一員になっている。

「もしかして神心旋律の件で悩んでいるの?」

「悩んでいないと言えば嘘になりますけど、溜め息の原因ではありません」 

転入した日からずっとセフィル先生の元で休日も学園に通いながら、そして今も神心旋律の検査をして貰っているのだが、俺の神心旋律には一向に改善の兆しが見られていない。確かに悩む理由の一つではあるのだが、溜め息を吐く程ではない。というより、今更それを気にしていたらこの十一年間、俺の心はどれだけ暗くなるのやら。

「ちょっと……知り合いといざこざがありまして、それが未だ解決出来ていないので」

「そういうことね。無理には聞かないけれど、アドバイスするなら無理に解決せずに時間を置くのも一つの手よ。もしくは何かのきっかけを利用するとかね」

「参考にします」

「このままだと大した結果も得られなさそうだから、今日はちょっと趣向を変えてみましょう。付いてきて」

「……? 分かりました」

 セフィル先生の後を付いて行き、連れられた場所。そこは校舎から少しだけ離れた場所に位置していて、一目見た感想は一種の闘技場だった。

 正確に言うならば観客席が高い位置から見下ろす様に周囲全体を囲っていて、その円の中心部分が広場になっていて、生徒達がそこで神心旋律を奏でていた。

「普段、蒼月君の検査をしている時間は、ここで思い思いに神心旋律の実技授業を行っているの」

 セフィル先生の説明は話半分で聞きながら、俺の耳は目の前に広がる旋律へと集中していた。

 優しさ、強さ、力――数えきれない種類の音色が絡み合って、一種のオーケストラが演奏されるこの場所は舞台だ。だからこそ、その人の旋律の想いが強く演奏されていた。

「あれ? 久?」

「えっ、ほんとだ。やっほー久也!」

 音色を聞いていると、聞きなれた二人の声が耳に届いて来て、俺の傍へと近寄ってくる。

「あれ? セフィル先生?」

「ふふ、すっかり蒼月君と仲良くなっているみたいね」

「久とは幼馴染ですから、仲良くなったと言うよりは……元々?」

「あら、そうだったのね。余計な心配しちゃったかしらね」

 愛乃とリエルがセフィル先生と話している中、俺は言葉に詰まっていた。愛乃は紅白の和服――巫女服と言われる服装に包まれていて、短めの深紅のスカートの先からは白い足がスラリと伸びている。

 リエルは純白のドレスと肘まである手袋に身を包んでいて、天使と思うくらい綺麗だった。だが胸の半分から背中まで素肌を晒している上に、スリットからは太股の付け根あたりから足が出ていて、目の付けどころにかなり困る。

 小さい頃に何度かその姿を見ていたが、あの頃とは細部が変わっている上に、二人が成長した事もあって見惚れてしまっていた。

「久? ボーっとしてるけど……ってどこ見てるのよ!!」

「いってえっ!?」

 俺の視線に気付いたリエルは胸と足を手で隠しながら、思いっきり脛を蹴ってくる。脛をまともに蹴られ、その場に蹲りそうになったが歯を食い縛って耐えた。

「リエル!? いきなり乱暴しちゃダメだよ!!」

「いいの! ほんと、男って最低でエロいんだから!」

 確かにその辺へ視線が行ってしまうのが悲しき男の性だ。だがそれだけと決め付けられるのは心外だ。

「仕方ないだろ! 昔と違って服装も変わってるし、女の子らしくなってて……つい目が行っちゃうんだよ!!」

「ななな、何言ってるのよバカ久!!」

 リエルは真っ赤になって文句を言ってくるが、満更では無いのか自分の姿をちらちらと確認していた。

「蒼月君、分からなくは無いけれど、あまりじろじろ見るのは失礼に当たるわよ?」

「す、すみません……」

「ね、ね、久也。ずっと神心旋律の授業出てなかったけれど、今日から出られるの?」

「…………あ、いや、それは――」

 愛乃の問い掛けに言葉が詰まる。

「? もしかして二人共知らないのかしら?」

「何を、ですか?」

「蒼月君は、まだ神心旋律を扱えないのよ。だから神心旋律の研究家でもある私が居る、この学園に転入してきたのだけれど……もしかして聞いてなかった?」

 セフィル先生の言葉に、二人は驚愕の表情を浮かべていた。それもそうだろう――常識ならば、神心旋律に関わる真名を知っていたなら、十一年も時が経てば神心旋律を奏でられる筈だ。

 だが俺は奏でられない。その事実に二人は困惑していた。

「ほ、本当なの久也?」

「…………元々、この学園には神心旋律を奏でられる為にって理由で転入してきたんだ。だから俺は未だ――旋律を奏でられない」

「そ、そんな事って……久、十一年前には真名を知っていたよね?」

「知っていた。でも、俺はまだ奏でられないんだ。だからこの時間はいつもセフィル先生の元で検査して貰っていた。まだ……改善の兆しは出ないけどな。ごめんな、黙ってて」

 愛乃とリエルは複雑な表情を浮かべて、俺を見つめていた。今だけは二人の視線が辛かった。

 いつかは言わなきゃいけない、隠し通せる筈は無いと分かっていた。それでも知られてしまうと複雑な気分になってしまう。

「――――水臭いわよ、久」

「え?」

「どうして私や愛乃に話さなかったのよ。そ、そりゃ……話せない理由もあったかもしれないけれど……」

 リエルの表情が暗くなり、視線が逸れる。話せない理由というのは恐らく十一年前に関係していると思ったからだろう。

 だが、その表情はすぐにしっかりとしたものになって、真っ直ぐな強い視線が俺の瞳を捉える。

「そんな事知ったら、協力するに決まってるでしょ!」

「リエル……」

「私も久也の力になりたい。今まで久也が帰って来て、一緒に過ごすの楽しかったから、帰ってきた理由――詳しく聞かなかったけど……えっと、上手く言えないけど……わ、私は久也の力になりたいから、その……」

「愛乃……」

 愛乃の想いはしっかりと俺に伝わってきた。言い辛い理由でも、難しいことでも、力になりたい。

 二人の想いが心に染みる。十一年前の事件があったからこそ、黙っていた。知ればまた関係が崩れてしまうんじゃないか――と不安だった。でもそんな不安は杞憂だったのかもしれない。

「良い幼馴染ですね、蒼月君」

「…………はい。最高の幼馴染です。ありがとうな、二人共」

「お礼を言うのは神心旋律を奏でられてからにして欲しかったかな」

「セフィル先生。私に出来る事ってありますか?」

「そうね。じゃあ言葉を紡いで、神心旋律を奏でて貰ってもいいかしら?」

「ふぇっ!?」

 セフィル先生へと意気込みと共に質問した愛乃だが、帰ってきた返答に素っ頓狂な声を上げて、何故か顔を真っ赤にしていた。

「えと、それは、えーっと、その……あぅあぅ……」

 しどろもどろになりながら、愛乃は俺の方をチラチラと見てくる。何か問題でもあるのだろうか。

(問題…………無くは無いな)

 神心旋律の言葉を紡ぐという事は、自分が奏でる想いの断片を紡ぐ事になる。つまり自分が何の為に神心旋律を奏でるかを、断片的だが知られてしまう事になる。

 愛乃もリエルも女の子だ。男の俺に知られたくない想いは多くあるだろう。だから愛乃は真っ赤になっているんだろうな。

「あー……無理しなくてもいいぞ? なんならリエルに変わってもらっても――」

「ちょ、ちょっとだけ待って!!」

「お、おう」

 愛乃は両手で胸を押さえながら俺に背を向けて、何やら呟いていたがよく聞き取れなかった。おおかた自己暗示に近い事をしているのだろうけど……そこまで無理しなくても良いのに。こっちが申し訳なくなってしまう。

「弓來さん、大丈夫じゃないなら無理しなくても――」

「が、頑張ります!! だから少し待って下さい!!」

「そ、そう?」

 セフィル先生もこの状況に困惑しているようだった。しかし珍しいな……愛乃が頑なに譲らないなんて。

「なぁリエル。愛乃の奴、頑固なのはどうしてだ?」

「私にだって分からないわよ。ただ……愛乃の言葉に関係してる筈よ」

「どういう意味だ?」

「聞けば分かるわよ」

「じゅ、準備できました!!」

 しばらく経ってから、ようやく愛乃はこちらへと振り返ると同時に、服装が普段の制服へと戻る。しかしその顔はさっきよりも真っ赤でお湯が沸かせるんじゃないかと思うくらい赤い。

「そ、それじゃ行きます!!」

 愛乃が意気込んで、紡がれる言葉は――俺の周囲から全ての音を奪った。

「真名――木此花佐久夜このはなさくやの名の元に、貴方へと伝えます。貴方は私の傍に居てくれた、私を守ってくれた、私を笑わせてくれた。だから私は貴方の傍に居たい。如何なる時も、貴方の傍に立ち続けたい――ただ傍で笑い合っていたい。私の願いは――ただ一つ。何よりも貴方の力になりたい――傍に居続けたい。それは私の全てであり、貴方への想い。未来永劫、貴方の傍で一緒に居たい。例えこの想い叶わずとも、幸せな貴方を見ていたいから――私は貴方へと、想いと共に、音色を奏でて、旋律を伝えます」

 透き通った声と共に、言葉が流れていき、やがてそれは音色へと変わっていく。

「神心旋律――親愛のディアーズフォレスト

 音色は旋律となり、旋律は愛乃の言葉に応える様に力となり、光と共に愛乃を包む。愛乃の身を包む制服は先程の巫女服へと戻り、手には光り輝く木で作られた弓が握られて、その周辺にはピンク色の花びらが舞っている。

 その姿は見惚れてしまうくらい美しく、同時に儚く可愛くもあった。

「あ、ぁぅ……んと、えぅ……」

 だが、愛乃自身は口をぱくぱくさせながら震えて、今にも倒れそうだった。

「わ、私、ちょっとお手洗い行ってくる!!」

 そう言い残して愛乃は一目散にこの場から逃げ出して行ってしまった。

「……なるほど。弓來さんが無理してた様子はこういう事ですか」

「あはははは……いつもは頑なにならないんですけどね」

 セフィル先生とリエルが話す傍で俺は何も言えなかった。むしろ指一本動かす事が出来なくなっていた。

「って久、顔真っ赤だよ!?」

 その様子にリエルが気付いて叫ぶが、声が出なかった。口は動くのだが、喉に何かが引っかかったみたいに、声が出ない。

「あ、そっか。久は愛乃の言葉聞くの初めてだっけ。愛乃の言葉、いつ聞いても、恥ずかしくなっちゃうね。何だか、告白されてるみたいで」

「………………」

 告白されてるみたい。そうリエルは言った。他人が聞けば、誰もがそう言うだろう。だが俺にとっては、告白そのものだった。

 言葉を紡いでる間、愛乃はずっと潤んだ瞳で俺を見ていた。視線を逸らさず、ずっと俺だけを見ていた。両手を胸に当てながら、真っ赤な表情で俺に言葉を伝えていた。

 つまり……俺は愛乃に告白された。その現実に心臓は暴走寸前で、全身に熱が回り続けて、変な汗が流れていく。

「お――」

「お?」

「俺も、ちょっと頭……冷やしてくる」

「あ、うん」

 ふらふらしながら俺もその場を後にする。一度、一人になって落ち着かないとまともな思考は出来そうになかった。

「趣向を変えて気分転換……と思ったけれど、逆効果だったかしらね……」

 最後にセフィル先生の呟きが聞こえてきたが、正にその通りだった。気分転換にはなったが、別の意味でそれどころじゃなくなってしまった。



その頃――学園の方へと向かう一つの影が遠い森の中にあった。

「はっ、はぁっ……っ!!」

 貧相なぼろい皮のフードで全身を包みながら、一心不乱に走る影。その影は頻繁に背後を振り返りながら必死に走っていた。

「っ……!! 逃げ、なきゃ……」

 木々が体を傷つけるにも関わらず、走り続ける影から零れた声は歳端もいかない少女の声。少女は怯えながら、ただただ走り続けた。

 この先にあるアシュライト学園。そこに辿り着けば救われると信じて、そこへと向かって走り続けている。

「きゃぁっ!?」

 根に足を奪われたのか、少女は地面へと倒れ込んでしまう。今ので足を捻ったのか、立ち上がろうとすると足首に痛みが走り、立ち上がることが出来ない。

 それでも少女は歯を食い縛りながら痛みに耐え、立ち上がり、再び走り出す。しかし、捻った足首で走る事は困難だ。例えどれだけ体力があっても、能力があっても、体を支える支点でもある足首を傷めれば、普通の様に歩くのは難しい。

「っ、ぅ……はぁっ……はぁ……」

 少女は痛みによってバランスを崩してしまい、再び地面へと倒れ込んでしまう。どれだけ走ったのか分からない――が、既に少女の体力も気力も限界に近く、その上で足首を捻ってしまった今、少女がすぐに立ち上がる事はできなかった。

「嫌……助けて」

 少女は思い出していた。かつて少女の傍に居てくれた人を。かつて、少女に生きる楽しみと自由を与えてくれた人の事を。

『もし、君が助けて欲しい、と思ったら俺の名前を呼んでくれ。その時は――すぐに君の傍に駆け寄って、絶対に助けにいくから。約束する』

 懐かしい少年の声が少女の頭を走って行く。その約束は体面みたいなもの。離れ離れになってしまった今では、叶う事の無い約束。その事は少女にも分かっていた。

「助けて――久也さん……助けて、久也さん!!」

 でも少女は約束をした少年の名を叫んだ。少年の故郷でもあるヴェルディアに少年が居ると信じて――…………。



「はぁ…………どうすりゃいいんだよ」

 闘技場から歩くこと……どれくらいだ? どこをどう歩いてきたのかも分からない。それ程までに俺は冷静さを失っていた。

「まさか……愛乃が……うわあああああああああ!!」

 思い出すとむず痒くなって、何だか分からないものに体全身が包まれて、つい叫んでしまう。

 ダメだ……もうダメだ俺。一人になれば落ち着くと思ってた時が俺にもありました。落ち着ける訳が無い。正直、恋愛なんて無縁だったから、恋愛関係で暴走したりおかしくなる奴を見かけた時は『あぁはならないだろ……普通』とか思ってたが、現実は俺も一緒だったという訳だ。

「………………痛い」

 頬を抓るのは何度目だろうか。何度抓っても痛みがある。どう足掻いても現実だ。

「……………………」

 そりゃ、愛乃には好かれていたとは思う。いつだって俺の傍に居たし、俺を頼ってきてくれたし、支えてくれる時もある。

 でもそれは幼馴染だからと思っていた。だから人のベッドに潜り込むのも幼馴染の付き合いというか、そういう意味での行動で、甘えたいとかそんなのだと思っていた。

 でも実際は――好きだから。幼馴染としてじゃなく、一人の女の子として、俺を一人の男として好きだから――だという意味だった。

 好きだから傍に居たいと思うのは当然だし、力になりたいし、支えてあげたい。恋愛関係とは無縁な俺にだってそれくらいは分かる。

「愛乃とどう顔を合わせればいいんだ……」

 好きと言う気持ちは嬉しい。だが、俺はそれに応える返答は持ち合わせていない。好きでしたと言われたから付き合いますってのはおかしい。どうかと思う。

 そんなのは相手にも失礼だし、気持ちを無下にしている様で嫌だった。どちらにせよ、俺には時間が大量に必要だった。

「当面は気付かない振りしながら、普段通りに過ごすしかないな」

 正直、無理だろうけど。だからってぎくしゃくしてしまうのは嫌だ。触れてこない事を祈りつつ、俺が表面上に出さない努力をするしかない。

「はぁ……まさか、なぁ――って俺どこまで来てるんだよ」

 ぼやきながら、辺りを見回すと随分と遠くまで来ている事にようやく気付く。周囲は転々とした木々に囲まれていて、少し遠くには学園の姿が見える。

 どうやら学園近くの森林地帯まで歩いて来てしまっていたようだ。

「…………帰るか」

 サボるわけにもいかないし。と、足を学園の方へ向けた瞬間――声が聞こえてくる。

『助けて――久也さん!!』

「っ!?」

 それは小さな、消えてしまいそうな声だった。すぐに辺りを見回すが、人の姿は見えない。そもそも気配すら感じなかった。

(空耳……? いやでも確かに声が聞こえた)

 不思議と確信があった。声が聞こえたという確信が。だが周囲を見渡しても、ただ木々が生い茂り、小風に揺られて囀りを奏でているだけだった。

「神の声……とかじゃないだろうな」

 夢でも語りかけると言われている。だったら姿が見えずとも語りかけてくるのもおかしくはない。

 だが、神が助けを求めるとは思えない。人とは懸け離れた力を持つ高位の存在。そんな存在が無力な人に助けを求めるのは現実的に考えるならばありえない。

「気のせいなら、気のせいで済めばいいか」

 どうにも気になってしまい、声がした方向へと足を進めていく。

(あれ……声のした方向なんて……知らないぞ?)

 足を数歩進めてから、疑問に思う。だが知らない、分からないとは言い切れなかった。少なくとも、俺は普通の人だ。遥か遠くの声を聞いて、それだけでその声の場所が分かる――そんな超人的能力など持ち合わせていない。

(いや……神心旋律が関係している?)

 俺の音色は『創造』だ。声と聴覚を繋ぐ道を創造しても不思議ではない。だがそもそも音色の段階で、神心旋律の力の断片が現れるというのは有り得ない話だ。特に、俺の様に神心旋律を一度も奏でた事も無い人にとっては。

「どっちにしろ、何も無ければそれでいいんだ」

 そう自分に言い聞かせて、森の奥へと足を進めていく。何も無ければ何も無いで良いのだから――。

 それから歩き続けて数十分。点々と生い茂っていた木々は密集していき、密集した木々は日の光を遮り、辺りは日中にも関わらず薄暗くなるくらい奥にまで入って来てしまっていた。

 足が地面を踏みしめる度に、土の音に混じって、枝が踏まれて折れる音と落ち葉の掠れた音が耳へと届く。

「………………やっぱり気のせいだったのか?」

 これだけ歩いて、何も見付からないというのはそういう事なのだろう。これ以上、奥に進めば野性の獣が出てくる危険性もあるし、遭難する可能性もある。

 丸腰で準備一つしていない現状では、この場所に居る事さえ危険だ。

「っ!!」

 どうも腑に落ちないが、何も無いなら何も無いでいい。俺の気のせいだったという事に済む。そう思って帰ろうとした瞬間、視界の中に蠢く何かが入る。

 野生の獣かと思い、身構えたが違う。蠢く何かはただ微かに、僅かながらも前にへと進んでいた。野生の獣ならば、もっと素早い動きをする筈だ。

 少しずつ近づきながら目を凝らして、その正体を確認した瞬間、俺は駆け寄っていた。蠢くものから見えた、すらりとした肌色の腕。それを視認した瞬間、その蠢く何かが人という事を理解したから。

「おい、大丈夫か!?」

 傍に駆け寄り、倒れ込む体を起こして、状態を確認する。脈はある。だが、あちこち傷だらけでところどころから血が流れていて、呼吸が荒い。

 このままの状態が長時間続けば危険なのは明らかだった。

「はぁ……はぁ……」

「しっかりしろ! 俺が分かるか?」

「…………約束、守ってくれた……」

「えっ!?」

「ありがとう……久也、さん」

「なっ…………リー、シャ……!?」

 声から倒れ込んでいたのが女の子というのも驚いたが、フードの中から現れた顔を見た瞬間、現実を疑った。

 俺の腕の中には、数年間、共に過ごしたエリクシルの少女がそこに居たのだから。

「どうして、どうして君がこんな所に!?」

「お願い……助けて……」

 リーシャの一言と状態から状況を一瞬で推定する。リーシャは約束を守ってくれたと言った。

 約束――別れ際に俺が言った言葉。危険な目に合った時は、名前を呼んでくれ――その時はすぐに駆けつけると、俺とリーシャを繋ぎ止める約束だ。子供染みたものだが、あの時にはそれが必要だったから。

 そしてリーシャがボロボロな状態。導かれる答えは一つ――何かに追われている。それも緊急事態が発生して。でなければエリクシルの住人であるリーシャがこの場所に居るという辻褄が合わなくなる。

「早く……でないと――」

「見つけたぜ、お姫様よう」

 リーシャの切羽詰まった言葉が言い切る前に、野太い男の声がそれを遮る。目の前には大の男が三人。服装から見るに盗賊か何かだろうか、それぞれ手にはナイフやら剣を持っている。

 それよりも気になるのは……そいつらの服装はミルトリアでは見慣れない。しかし、この十一年間ですっかり見慣れた、エリクシルの服装だという事だ。

「あん? まだ護衛が残っていたか」

「だが坊主だぜ? 俺たちの手に掛かれば赤子も当然だな。だが殺すよりも男娼か奴隷として売り捌く方が儲け話になるな」

「お、それいいねぇ。お姫様の方は傷つけても良いんだろ?」

「――生きてれば良いとの依頼だ」

 盗賊達が吐き気を催す会話を広げる中、俺は頭をフル回転させていた。

 どうする……どうすればこの場所を切り抜けられる? 神心旋律も装備も無い。更に森の奥深い場所――視界も足場も自由が聞かない。リーシャが居ることでむしろ悪化する。

 学園にまで逃げ切れれば、安全は保障される。しかし、状況が状況だ。学園を巻き込めば取り返しが付かなくなる。エリクシルの人間が、ミルトリアの人間を襲うなんて事は大問題なのだから。

 それにリーシャ自身の問題もある――となればここで解決するしかない。

「リーシャ、動けるか? いや――走れるか?」

「ごめんなさい……」

「分かった」

 リーシャは足首を押さえながら申し訳無さそうに告げる。それだけで歩く事も難しいというのは理解できた。

「というわけだ、坊主。死にたくなきゃ、お姫様を寄越しな」

「ま、寄越したところで体の無事は保障しねぇけどな! ひゃはははは!!」

「何を勘違いしている?」

 下品な男の言葉に、低い声で言葉を投げかける。これこそが好機であり、最初で最後のチャンスだ。

「あ?」

「お姫様お姫様って、この子は俺の友達――リーシャだ。人違いじゃないのか」

「なーに惚けた事言ってんだよ。今更、そんな嘘が通じる訳無いだろうが、糞坊主!!」

 案の定、一人が痺れを切らして脅し目的の為に――武器を使わず大振りの拳で殴ってくる。

「はぁっ!!」

 拳を受け流すと同時に、その男の顔面へと蹴りを入れる。

「しっかり捕まってろ!」

「えっ――きゃあ!?」

 男が吹き飛ぶと同時に、振り返りリーシャをお姫様抱っこで抱えて走り去る。少しでも視界と足場が広い場所に行くのと同時に僅かな時間を稼ぐ為にだ。

 ある程度、距離が離れたのを確認してから適当な茂みの中へと潜り込む。

「大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫です」

 茂みの中に隠れたとは言え、すぐに見付かってしまう。だがその僅かな時間に出来る事をしなければいけない。でなければ俺もリーシャもただでは済まなくなる。

「相手はあの三人だけか?」

「た、多分……私を追って来たのはあの三人だけです」

 この深い森に後追いする奴はそこまでいないだろう。幾ら盗賊とも言えど、自ら遭難の危険性に飛び込むバカはいない。つまりあの三人さえ、何とかしてしまえばどうにでもなる。

 しかし、奴らは武器を装備しているに対し、こちらは丸腰。リーシャの状態もあって求められるのは短期決戦。その決着を確実に近づける為にも、何か装備が欲しい。

「リーシャ、何か武器とか持ってないか?」

「護衛用にと渡されたのが……」

 そう言ってリーシャは懐から光沢のある物体を取り出す。

「導力銃か……」

 それを手に取ると、ズシリと重みが手の中に掛かる。光沢のある金属で出来たこれは、名前の通り導力を宿す銃だ。トリガーを引くだけで導力の弾丸が放たれる、心無き機械の武器。

「ですが、久也さん……それは――」

「ここに隠れてろ」

 リーシャが言い切る前に、導力銃を懐に入れながら俺はそう言い残し、茂みから飛び出る。飛び出ると、盗賊の一人がこちらへと向かってくる姿が目に入る。

(残る二人は……別場所からか)

 微かな足跡と気配を頼りに、状況を一瞬で判断する。目の前の奴は囮。そっちに気を取られている内に死角からの挟み撃ちをし、あわよくばリーシャを人質にでもするつもりだろう。

 となるとあまりこの場所からは動けない事になる。リーシャの位置がばれてしまえば、容赦なく奴らはそちらへ行くだろう。

「お姫様はどこへやった?」

「先に逃がしておいたよ。追いたければ俺を倒してからにしろ」

 相手を誘導する為に嘘を付きながら、構えを取る。今だけはあの糞親父に感謝しなければならない。自分の身は自分の力で守れ。必要だからと叩き込まれた、格闘術、武術が役に立っているのだから。

「へへへ…………お姫様を守る騎士気取りだろうけどよぉ、現実はそう甘くねぇんだよ!!」

「あぁ――知っているっ!!」

 背後から剣を携えて飛び掛ってくる盗賊へ向かって、体を捻って腹へと蹴りを放つ。攻撃されると思っていなかった故に、まともに防御すら取れなかった盗賊は抵抗する事なく、その巨体を吹き飛ばされ、背後にある木へと叩き付けられ意識を失う。

「…………!?」

「どうして分かった――って顔しているな。教えてやるよ。背後から襲うなら気配と足跡くらいは消した方がいいぞ」

「な、何をっ!?」

「俺をただの護衛だと思わないほうが良い」

「くっ、舐めるんじゃねぇ!!」

 目の前にいる盗賊はナイフを構えて、一直線にこちらへと向かってくる。単調すぎるほど、読み易い動きは無い。

 僅かに体を逸らしてナイフを避けると同時に、腕に衝撃を与えてそのナイフを落とさせる。

「っ!!」

 そのまま腕を掴み、別の場所から足跡がする方向へと放り投げる。そのままお互いにぶつかってくれる――そう思っていたのだが、別の場所から向かって来ていた盗賊は、放り投げた盗賊を避けてこちらへと突っ込んで来ていた。

「甘いんだよ!!」

「ちっ!!」

 振り下ろされる剣に対し、咄嗟に先程、地面に落ちたナイフを拾い上げて受け止める。だが男の力で振り下ろされた剣にナイフで受け止められる訳がない。手の中にあったナイフは明後日の方向へと弾き飛ばされてしまう。

「観念しな!!」

「ぐっ!!」

 咄嗟に後方へと退いたが、左腕に刃が掠ったのか鋭い痛みが走る。

「おっと、避けたか……だがどっちにしろ終わりだ」

「なっ――!?」

 そいつが体を逸らすと、先程放り投げた盗賊が導力銃をこちらに向けて構えて居た。それを認識した瞬間、右肩に突き刺すような痛みが走る。

「あがっ……ぐううううぅっ……!!」

「久也さん!!」

 照準が甘かったのか、導力弾は右肩を掠っただけだった。しかし、神力を宿す俺にとって、導力そのもので作られた弾は例え掠っただけとはいえ、神力と導力が反発し合う性質上、痛みを増大させる。その痛みに耐え切れず声を上げてしまう。そして俺が負傷したことで、リーシャが声を上げてしまう。

「居ねぇと思ってたら、こんなところに隠れてやがったのか」

「あ…………」

「大人しくしてな。目の前の護衛を仕留めたら、たっぷり可愛がってやるからよ」

 盗賊がリーシャへと近づき、拘束しようとした瞬間に、懐に隠しておいた導力銃を手に取る。そして照準を盗賊の足へと向けて、トリガーを引く。

「なっ……にぃ!?」

 リーシャへと手を伸ばしていた盗賊はその場に崩れ落ちる。

 続いて奥にいる盗賊に向かって導力弾を撃つ。突然の事に対応できずに、腕に導力弾を受けた盗賊も同じ様に崩れ落ちる。

「貴様っ…………」

「そこで、寝ていろ!!」

 地面に崩れ落ちた盗賊に全力の蹴りと拳を入れて、意識を奪い取る。これでしばらくは目を覚ます事も無いだろう。

「はぁっ……はぁ……」

 何とか沈黙させられる事はできたけど……長らく鍛錬してなかったから、色々と鈍ってしまっている。こんな姿、親父に見られたら腑抜けているとお叱りを受けるのは確実だな。

「久也さん! 大丈夫ですか!?」

「なんとかな……」

 導力と神力による反発現象も無くなって、痛みは僅かにズキズキしているまでには落ち着いた。先程の痛みに比べれば随分と軽いものだ。

「ごめんなさい……叫んでしまって」

「気にするな。むしろ見るな、叫ぶなって止めなかった俺にも非はある」

「相変わらずで……すね、久也……さん」

 張り詰めていた何かが切れた様に、リーシャは俺の方へ倒れてきた。

「お、おい! リーシャ? おいリーシャ!!」

「はぁ……はぁ……」

 細い呼吸と共に、額には汗を浮かばせてリーシャは苦しげな表情を浮かべている。傷口から菌でも入ったのか、体からは篭った熱が感じられる。

 一刻も早く、リーシャを治療する為にどこか休める場所へ移動しなければ。学園に戻って治療――…………だがリーシャの事をどう説明する? 無理だ……説明なんて出来ない。仮に嘘を付いても俺とリーシャの怪我を誤魔化す事はできない。

 不意に冷たい雫が頬に当たる。それはポツリポツリと数を増やしていき、やがて雨へと姿を変える。

「こんな時に…………!!」

 追い討ちの様に空から降り注ぐ雫はリーシャの体力を奪っていく。鍛えている男の俺とは違って、リーシャは華奢だ。このままでは悪化の一途を辿るだけだ。

「迷ってる暇は無いか……」

 説明とか言い訳とかは後でも出来る。今はリーシャを休めさせる場所へ行かなければ。リーシャのフードの端を破り、それを負傷した両腕へと縛り付け、一時的な止血を行う。

今からリーシャを抱えて街中を走ることになる。確実に人目に触れてしまう中、血を流しっ放しでは居られない。

止血が完了した後、俺の上着をリーシャへと被せて、お姫様抱っこをして走り出す。すぐには事情を聞かれず、俺を信用してくれる場所へ向かって――…………。



「はぁっ、はぁっ!!」

 乱暴に扉を開けて、その場所へと転がるように飛び込む。その音に反応して、奥から人影が現れる。

「もう、乱暴に扉を開けたら――……ってどうしたの!? びしょ濡れでボロボロじゃない! それにその子――」

「何も聞かず、この子の治療をしてくれ――姉さん!」

 すぐに事情を聞かれずに、俺を信用してくれる場所――それは自宅だ。そして今日、姉さんは昼前に授業終わり、昼には帰宅すると聞いていた。姉さんなら何があったか事情はすぐに聞かれない。そしてリーシャの治療も行える。

「ちょ、ちょっと……ど、どういうことなの?」

「事情は後で全部説明する! だから今はこの子の治療をしてくれ!」

「――……分かったわ。でも最低限の事しかできないからね?」

「それだけで十分助かるよ」

 リーシャを姉さんへと預けて、俺はその場にへたり込む。負傷した腕でリーシャを支えながら森から自宅まで走り続けた。その上で雨に降られ、水を吸った服の重みとそれによる体温の低下で想像以上に疲労が襲い掛かってくる。

「久! 一体授業サボって――って何があったの!?」

「久也……!!」

 奥から俺が帰って来たのかと顔を覗かせたリエルと愛乃が俺の姿を見て、驚愕していた。そんな二人を前に、俺は呑気にも二人共帰っていたのか……と思った。

 ゆっくりと目を時計にやると、頭を冷やすと離れた時間から二時間が経過していた。そりゃ愛乃とリエルが学園から帰って来てもおかしくはない。

「久也、腕……怪我してる!!」

「何があったのよ、本当に……!! あの子は誰なの!?」

「はは……後で、説明するから……ちょっとだけ休ませてくれ」

 愛乃とリエルの顔を見たら、俺の中の緊張も解れたようで意識が闇の中へと落ちていく。傍で二人が何かを叫んでいたが、何を言っているかは全く聞こえなかった。

「大丈夫……ちょっと、疲れたから……寝る、だけ……だ」

 不安にさせないように、最後にそう告げて、俺の意識は完全に闇へと落ちるのだった。



 泣いていた。目の前でずっと笑っていて欲しかった子が泣いていた。涙を拭おうと、手を伸ばそうとしたけど、届かない。伸ばす手は自分の意思では一切動かない。

「ひっく、ぐすっ……久……久……いやぁっ……!」

「置いてかないで……死んじゃ、やだよ……久也……」

 二人は傍で泣き続ける。でもその姿を見て、不思議とホッとしていた。体中のあちこちが痛くて、そのせいか体が重くて、今にも意識が飛んじゃいそうで、死ぬかもしれない。それでも『俺』の中は穏やかだった。

 だって、力が無くて、いつも守ってもらってばかりだったけど、そんな『俺』でも、二人をちゃんと守れる事が出来たから。擦り傷や掠り傷は出来ちゃったけど、大怪我はない。

 でも、守れても二人が泣いていたら意味が無い。二人共、笑っているのが似合っているから――好きだから。だから笑わせなくちゃいけない。

「泣か、ない……で。俺は、二人の…………傍に……居るから」

 掠れる視界の中、二人を見つめながら『俺』は微笑む。

「泣くな……愛乃、リエル――」

 二人の名前を呼ぶ。それと同時に、薄暗い視界の上の方が明るくなる。そして幾つもの大きな声が耳に届く。その声が助けの声としって、ぎりぎりまで踏ん張っていた『俺』の意識はどこかへ飛んでいった――…………。



「ぅ…………」

 目を開けると、見慣れた天井が目に入ってくる。随分と懐かしい夢を見た気がする。懐かしくもあり、俺をいつまでも縛り続ける夢だ。

「久也!!」

 突然、すぐ傍から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。そこには愛乃が、俺の左手を握りしめながら泣いていた。

「愛……乃……?」

「良かった……久也、目が覚めて……本当に良かった……」

「っ……!?」

 いきなり愛乃は俺に抱きついてきて、胸に顔を埋めて、喜びと悲しみ、二つの涙を流しながら子供の様に泣いた。

(そっか……俺、あのまま意識失っちゃったのか)

 何が起こったのかすぐに理解する。リーシャを姉さんに預けた後、疲労の限界に達して、そのまま眠ってしまった。

びしょ濡れで血を流しながら意識を失ったら、愛乃とリエルにとっては不安にしかならない。俺がそのまま居なくなると誤解されてもおかしくはない。

「……ごめんな、心配掛けちゃったな」

「本当だよぅ……久也、死んじゃう……かと、思ったんだから……!!」

「…………大丈夫。俺は愛乃の傍からは居なくならないから」

 また泣かせてしまった。あの時と同じ様に――歳が増えて、成長しても何も変わらず、何も出来ない自分が悔しかった。もう二度と泣かせない――俺が二人を守って、傍で笑って欲しかった。そんな簡単な事すら出来ない自分が不甲斐無かった。

 今の俺に出来るのは泣きじゃくる愛乃の頭を撫でながら、謝り続けることだけだった。

「落ち着いたか?」

「…………うん」

 しばらく頭を撫で続けていると、落ち着いたのか愛乃は俺から離れていった。目の周りは真っ赤で、今以外にも多く泣いていたという事実が嫌でも俺に突き刺さる。

「愛乃……そろそろ休憩――久!!」

 不意に扉が開き、リエルが顔を覗かせ、愛乃へと言葉を投げかける途中に俺の姿を見て声を上げる。

「…………っ、バカ!!」

「ってぇっ!?」

 そのまま傍へ近寄って来て、頭を叩かれる。本気では無いと思うが、拳で叩かれ――いや、殴られると頭に響く。

「り、リエル!! 乱暴はダメだよ!!」

「良いの! 久が心配掛けた罰だから。びしょ濡れになって怪我して帰ってきたと思えば、意識失うなんて……どれだけ心配したと思ってるの!?」

「…………ごめん」

 何も言い返せなかった。事情があるとはいえ、心配を掛けた事実に変わりはないのだから。

「久のバカ! 本当に……バカ、バカ……また、心配掛けたら容赦しないからね……」

 目尻に涙を溜めながらリエルは怒り続けるが、言葉は徐々に弱くなっていって、涙交じりになっていく。

「……努力はする」

「そこは絶対にしないとか約束するって言いなさいよ、バカ久」

「自分を嘘で誤魔化すのは……苦手だからな」

「バカ……」

「えっと……とりあえず何がどうなったか確認したいんだが……俺、どれくらい寝てた?」

「……丸一日よ。もしかしたら目覚めないかと思ったんだからね……」

 リエルの言葉に衝撃を受けた。まさか丸一日、眠っていたなんて……そこまで疲労が溜まっていたのか。リーシャの件とは別に、こっちへ帰って来て慌しい日々が続いて、環境の変化も相まって疲労が蓄積していたのかもしれない。

「そっか……本当に心配掛けたみたいだな」

「うぅん、久也が無事だから、それだけで私は嬉しいよ」

「うっ……そ、そうか」

 愛乃に真っ直ぐと嬉しいと言われて、つい視線を逸らしてしまう。つい先日まではこんな事は無かったのだが、愛乃の気持ちを知った今となっては、直視することすら難しい。

「あ…………あぅぅ」

 愛乃もその事に気がついたのか、同じ様に視線を逸らして頬を紅く染めていた。

「…………で、どういう事なのか説明して貰えるよね?」

 俺と愛乃の間に気まずい空気が流れる中、リエルがその空気を打ち破る。

「どうして久也は両腕を怪我してたの? それも刃物で切られた様な傷で。それにあの子は一体誰なの? 一体何があったの?」

 リエルが次々と疑問を投げかけてくるが、その問いにすぐに応えられる、答えは持ち合わせていなかった。

「話せないってのは、無しだからね?」

「分かってる。ちゃんと事情は説明する。その前に俺が連れて来た子の様子はどうなってるか聞いてもいいか?」

「お姉ちゃんが手当てして、今は眠ってるよ。でも久也と同じ様に丸一日、目を覚まさなくて……お姉ちゃんが言うには、かなり体力を消耗して、衰弱してるみたい」

 良かった……命に別状は無いと知ってホッとする。リーシャの命が危険に晒されれば、大問題というレベルでは済まされない事になってしまう。

「事情を話すのは、その子が目覚めてからでも構わないか?」

「別にいいけど……どうしてよ?」

「皆に話す前に、確認しておきたい事があるから」

「そんな事言って、口裏合わせて誤魔化そうとか考えてないわよね?」

「考えていない」

 実際はその通りなのだが……さすがにこればかりは譲れない。リーシャの事をそのまま話してしまえば、愛乃とリエルまで巻き込んでしまう結果になりかねないから。

「まっ、良いわ。久の頭はそこまで回転しないだろうし」

 失礼な。俺だって回転する時はする。まぁ、今はそう思ってくれるリエルに感謝なのだが……複雑な気分だ。

「それと、お姉ちゃんにもちゃんと謝っておきなさいよ。久が倒れて、一番慌てたの、お姉ちゃんなんだからね」

「分かってるよ」

 俺が倒れたと知れば、姉さんがあたふたしながら慌てる姿が容易に想像できる。逆を言えばその分、心配を掛けてしまっている。次会った時には抱きつかれる覚悟はしておかないとな……窒息の危機が迫る覚悟も。

「っと、そうだ。セフィル先生に伝えておいてくれないか。数日間、学園休むって」

「えっ!?」

「誰かが傍で看病してないと、何かあった時に大変だからな。今日は三人揃って、学園休んで俺とあの子の看病、してくれたんだろ?」

「う、うん……って休んでなんかないよ!」

 うんって頷いてから誤魔化しても遅いと思うんだがな。でもその心遣いは嬉しかった。

「さすがに連日、看病の為に休むのはまずいだろ? 幸い、俺はまだ体調不良って理由で休めるからな」

「はぁ……相変わらず悪知恵だけは働くわね」

「褒め言葉として受け取っておく――」

 ぐぎゅるるるるるるる。

「「「…………」」」

 突然、部屋中に情けない腹の虫の鳴き声が盛大に鳴り響く。

「ぷっ……!! あはははは!! 何、今のお腹の音!!」

「わ、笑ったらダメだよ、リエ――くすっ、あはは」

 俺の腹は欲望に忠実なようで、大きく鳴り響いた後、また数回鳴り響き、恥ずかしくて居た堪れなくなる。

「久、どれだけお腹空いてるのよ」

「べ、別に良いだろ!? 男は食べ盛りなんだよ!」

「食欲は大丈夫だね。もうすぐ夕飯の時間だから後少し我慢しててね」

「…………はい」

 愛乃の気遣いが今は痛かった。でも二人に笑顔が戻ったから良いかな。

(やっぱり、愛乃もリエルも笑ってた方が良い。もう……泣いている顔は見たくないな)

 だから早く元気にならないと。その為にも夕飯はたらふく食ってやる。そんな妙な決意をしながら、夕飯の時間をわくわくしながら待つのだった。

 夕飯の為に下へ降りたら、案の定姉さんに抱き付かれて窒息しかけたのは言うまでも無い。ただ、今回に限っては姉さんに迷惑を掛けっ放しだったから、抵抗せずになすがままにされていた。その結果、嫌な境界線へと足を踏み入れかけてしまったのだが、それはまた別の話。



夜が明けてその明くる日、俺は付きっ切りでリーシャの看病をし続けている。だが、リーシャの意識は一向に戻る気配が無く、ベッドの上で小さく寝息を立てながら眠り続けている。

 体調の方は未だ熱が多少あるのだが、最初に比べて随分と快復している。

「………………心配、だな」

 これで累計して一日と半日、意識を取り戻していない事になる。これ以上、意識が戻らない日が続くなら、設備が整ったちゃんとした場所で診てもらうのも考えなければならない。しかし、リーシャはエリクシルの人だ。ミルトリアの医療機関が診てくれるとは限らない。人は身近に無いものを不安がり、遠ざけてしまう存在だから。

 エリクシルとミルトリア、それぞれの診察方法は違えど、している事は同じなので、探せばどこかしらは診てくれる場所はあるだろうけど……リーシャの身が危険に晒される可能性も出てくる。

「難儀なもんだよな」

 エリクシルとミルトリア――表向きは友好関係を結んでいる様に見えても、裏やどこかの隅では未だ溝が残っている。

 境遇や環境の違い、国の行き来の問題、そしてかつて起きたラグナロク戦争の影響。それらが交わりあって、交流が盛んな中央都市部は例外としてお互いがあまり良い印象を抱いていないというのが現実だ。

(今、こんなこと考えても仕方ないな)

 俺一人が考えてどうにかなる問題でもない。今するべき事はリーシャの看病に専念する事だ。

 リーシャの額に乗せてあるタオルを、冷やしておいた別のタオルと取り替える。

「ん…………こ、こ……」

 新しいタオルを額に乗せてやると、小さく声を上げる。心地よい冷たさに無意識に上がった声と思い、洗面器の水を取り替えようと立ち上がった瞬間、リーシャのゆっくりと目が開く。

 それを見て、思わず洗面器を落としそうになるが、落ち着いて傍に近寄ってリーシャへと声を掛ける。

「リーシャ!! 良かった、気がついたのか……俺が分かるか?」

「…………久、也さ……ん? 私……」

「大丈夫。ここは俺の家だ。安心して良い」

 リーシャの意識が戻って、ホッと安心したのか全身から力が抜けていく。どうやら自分で思ってた以上に、緊張と不安が圧し掛かっていたみたいだ。

 これと同じ想いを愛乃達にさせてしまったと思うと、謝っても謝りきれないな……今日、学園から帰って来たら謝るのではなく、感謝の言葉を伝えよう。

「そう、ですか……あ、あれ?」

 リーシャが呟きながら、体を起こすがそのままふらっと倒れそうになるのを支えてやる。

「っと、無理するな。一日半も眠りっ放しだったんだ。今は無理に体を動かそうとしない方がいい」

「で、ですけど……迷惑、掛けちゃいます」

「こういう時くらい、迷惑掛けても良いんだっての。とりあえず喉乾いてるだろ? 水でも飲んで落ち着け」

「ありがとうございます……」

コップを差し出すと、リーシャはコップに入った水で喉を潤わせていく。飲み終えて空になったコップを受け取ってから、ゆっくりとリーシャの体を横たわらせる。

「何か欲しいものとかあるか?」

「いえ……特にはありません」

「そうか。何かあったらすぐに言ってくれよ。出来るだけしてやるから」

「はい…………うふふふ」

「いきなり笑い出してどうしたんだよ?」

「いえ、何だか懐かしくて。覚えてませんか? 昔、久也さんに看病されたことあったじゃないですか」

 そういえば、そんな事もあったような。確かあの時はリーシャを無理に連れ出して、外で遊んで帰った日。はしゃぎすぎたのか、それとも不慣れだったからなのか、その夜、熱を出してしまったのだ。

 それで親父からの罰として体調が戻るまで付きっきりで看病しろって怒られたっけ。

「随分と懐かしい話だな……そんな事、よく覚えてるな」

「久也さんとの事は、全部覚えてます。出会った時から、別れの時まで……全部」

 当たり前の様にそんな事を言われて、思わず声に詰まってしまう。リーシャの事だから他意は無いんだろうけど、男としては誤解しかねないセリフだった。

「あの時は本当に感謝しています。おかげで――あ」

 リーシャが話していると可愛らしい音がお腹の辺りから聞こえてくる。何やらデジャヴを感じるのは気のせいという事にしておく。

「あははは、食欲はあるみたいだな」

「ひ、久也さんの意地悪…………」

「何か食べたい物とか希望はあるか?」

「え、えっとじゃあ……久也さんの手作りで」

 顔を布団で隠しながら、小さくリーシャがそう口にして、思わずキョトンとしてしまう。食べたい物の希望とはちょっとずれている気がするが……まぁいいか。

「了解。それじゃちょっと待っててくれ」

 そう言い残し、取り替えるつもりだった洗面器を手にして、一階にある台所へと向かうのだった。

 数十分後――両手の中には熱々の鍋を手にして、リーシャの元へ帰る。匂いに誘われたのか、リーシャのお腹から可愛らしい音が再び聞こえてくる。

「食いしん坊だなぁ」

「ししし、知りません!! 意地悪言う久也さんなんて嫌いです」

「はは、悪い悪い」

 ぷくーっと頬を膨らませながら口を尖らせるリーシャを見て微笑しながら、鍋の中からお粥をスプーンですくい、息を吹きかけて熱を冷ます。

「はい、あーん」

「は、恥ずかしいです! 自分で、食べられます」

「病人は大人しく看病されてなさい。ほら、口開けないと火傷するぞ?」

「久也さん、強引です……あーん」

 小さく開いた口に、火傷させないよう、ゆっくりとスプーンを入れる。

「美味しいか?」

「……美味しいです」

「そりゃ良かった」

 飲み込んだのを確認してから、スプーンにお粥を取り、息を吹きかけて冷ます。そしてリーシャの口へとゆっくり運び続ける。リーシャの食欲は旺盛で、あっという間に鍋の中は空っぽになっていた。

 こうしていると恋人のよう――と錯覚しかねないが、俺にとってリーシャは家族みたいなものだしな。変な空気になる事は無い。もしこれが愛乃だと……やばかっただろうな。

(はぁ……やっぱ日が経っても、慣れないな)

 知らない方が良い事もあるとはよく言うが、正にそのとおりだった。いや、個人的には知れて嬉しかったという気持ちもあるのだが……難しいものだ。

「久也さん?」

「あっ……悪い。ちょっと考え事してた」

 片付けをしている手が知らず知らずの内に止まっていた事に、リーシャに名前を呼ばれるまで気付かなかった。

 いかんな……この件について考え出すとそっちのけになってしまう。なるべく、誰かが居る前では考えないようにしないとな。

「ふわぁ……あ、ごめんなさい」

「眠いなら気にせずに寝ても良いんだぞ?」

「……え、えっと……我侭言ってもいいですか?」

「何だ?」

「傍で、手を握ってくれませんか。その……私が寝るまで」

「…………了解」

 肩を竦めて、リーシャの我侭を了承する。片付けをする手を止め、ベッドの傍に座り込む。

そして布団から少しだけ差し出されたリーシャの手を、包み込むように握る。昔、何度も触れたことある手。それでも何年も時間が経過すれば、小さかったその手は変わっていた。

「……久也さんの手、おっきいです」

「そりゃ俺だって成長してるからな。リーシャの手も、あの頃に比べたら随分と大きくなってる」

 女の子らしく、すべすべして柔らかい――とはさすがに口が裂けても言えない。

それにしても、最近、知り合いの成長を目の当たりにする事が多いよな。それも女の子ばかり……どうしたものかな。別に悪い気はしないから、気にしなければそれで済む。だけど、こう心が納得いかないというか……上手く言葉では言えないけど、そういう感覚に陥ってしまう。

「久也さんの手、暖かくて優しくて……なんだか安心します……すぅ」

 呟きながらリーシャは小さく寝息を立て始めた。眠っていても、リーシャの手は俺の手を握り返したままで、離そうとする様子は無い。

(やれやれ……成長したと思っても、変わらない部分は残ってるな)

 遠慮している風に見えるけれど、その実は寂しがり屋とか、俺に対してはついつい甘えてしまう部分とか。

 でも、仕方の無いことか……リーシャの状況を考えれば。リーシャは俺と会うまで、独りで、家庭も厳しく、楽しい事なんて知らなかったのだから。

(リーシャが落ち着いたら、この件についても聞かないとな)

 どうしてリーシャがここに居るのか、どうして追われていたのか。事情があるから聞かない――という事には出来ないのだから…………。



「ん……ぁ……っ!?」

 何かに顔を触れられる感触を覚えて、ハッとする。どうやらベッドに体を寄せて、軽く眠っていたらしく、枕になっていた腕が頭の重みで赤い跡が残っていた。

「あっ……!」

 視線を上げると、リーシャと目が会う。更に視線を動かすとリーシャから伸びる腕は、俺の頬を撫でていた。

「何、してるんだ?」

「ご、ごめんなさい……起こしちゃいましたか?」

「気にしないで良い。寝てる俺も俺だから――ってそうじゃなくてだな。何をしてるって聞いてるんだ」

「え、えっと……気持ち良さそうに寝てて、寝顔が可愛かったから、撫でてました」

 寝顔が可愛いって……普通、それは男が女の子に言うセリフじゃないのか? 少なくとも男には言わないだろう。言われたところで複雑な気分にしかならない。

「その……怒りましたか?」

「別に。ただ相変わらずだなって呆れただけだよ」

 こうズレていて、天然っぽい所も、変わってないな。そんな事を思い、溜め息を吐きながら、体を起こす。時計を見ると時刻は十六時を過ぎていた。

「体調の方は大丈夫か?」

「はい。おかげで体を起こすまでには快復しました。本当にありがとうございます」

「どういたしまして」

 この様子なら、今日一日ゆっくりしていたら体の調子は元通りになるだろう。となるとだ――色々と話し合わないといけなくなる。

「リーシャ。まだ体調が元に戻っていないけど……事情、聞かせて貰ってもいいか」

「…………」

 そう切り出すと、リーシャは俯いて目線を僅かに逸らす。だが、こればかりは聞かなければいけない事なんだ。

「本当は、久しぶりとか俺が居なくなってどうなったかって話もしたい。でも、事情が事情だ――確認したい事がたくさんある」

 愛乃もリエルも姉さんも居ない。今、この家に居るのは俺とリーシャだけ。後一時間もしない内に皆が帰ってくる。リーシャの体調が全快に向かう今、学園を休む口実も無くなってしまう。二人きりの状況で聞けるタイミングはこの瞬間しかなかった。

「どうして君がミルトリアのヴェルディアに居たんだ。どうして、盗賊――しかもエリクシルの人間に追われていたんだ。リーシャ――いや、リスシャティア・ル・エリクシル第一皇女」

 そう、リーシャの事情も状況は誰にも知られる訳にはいかなかった。だって彼女は、エリクシルのお姫様なのだから。

 そんな子が、ボロボロになってミルトリアの辺境地でエリクシルの人に襲われている。こんなのが誰かの耳にでも入れば大問題では済まなくなる。国際問題となって、最悪の場合はラグナロク戦争の再来になりかねない。

「国政に納得いかない、もしくはラグナロク戦争の名残……そんな理由で襲われる、攫われるというのは珍しくはない」

 いくら上が頑張ったって、下の人がそれに納得するとは限らない。俺がリーシャと共に過ごしていた時期も何度か危険な目に合った事はある。

「でも王都に居る筈の君がどうして……こんな辺境の地に居たんだ」

「…………ごめんなさい」

 質問を投げ続けていると、リーシャは一言謝るだけだった。話せない、話しにくいこともあるだろう。だからといって何も知らないままで居るわけにはいかない。

 かつて護衛として、お世話係として、そして――友達として過ごした仲の俺は知っておきたかった。

「理由、話せないのか?」

「……違うんです。私、何も……知らないんです」

 リーシャの口から飛び出てきたのは、予想していない答えだった。

「知らないって……どういう事だ?」

「お父様からいきなり、ミルトリアのヴェルディア地方に行けと言われて……追い出されたんです」

「エリクシル王が……?」

「それで、護衛に連れられて王都から馬車に乗って飛び出しました。その間、何度も襲撃されて……ミルトリアに付いた頃には護衛も半分近くになって……そんな状況でウェルディアに入った途端、盗賊に襲われて馬車を失いました…………それで、久也さんに――」

「確認していいか? 王都から出発したのは何日前だ?」

「確か……私が意識を失ってる日も含めたら、ちょうど一週間前です」

 一週間前……俺がこっちに帰って来てから二日が経過した日か。これは仮説だが、エリクシル王が何かに勘付いて、娘であるリーシャを逃す必要があった。しかし、親友でもある親父を頼ろうにも、親父は母さんと一緒に世界各地を点々としているので中々捕まらない。そんな時、俺がウェルディアに帰った情報を得て、俺にリーシャを預けようとした。

 これならばリーシャの話も納得がいく。だが、エリクシル王がその様な行動に出た理由が不明だ。リーシャが襲われたという事実から、エリクシルで何かあったと考えるべきだが……この場所からでは何も調べる事はできない。

どちらにせよ、何らかの緊急な理由があってエリクシル王がリーシャを俺に預けたと考えるべきだろう。今、俺に出来る事はリーシャを守る事だ。それも周囲にリーシャの正体がばれない様に匿うのが、俺に託されたもの。

「――――分かった。とりあえず、しばらくリーシャは俺と一緒に過ごせって事だな」

「えぇっ!?」

「でなきゃ、エリクシル王がミルトリアのヴェルディア地方へ行けなんて言わないさ。しばらくは向こうにも戻れないだろう?」

「それは……そう、ですね」

 ミルトリアとエリクシルを行き来するにはそれなりの手続きが必要だ。それに身分の開示も必要になる。俺だけならともかく、リーシャの身分は明かせないし、仮に偽装しても偽装するまでの時間も掛かってしまう。

「となると今後の事、考えないとな。まず今回の件とリーシャ自身の事だが……どう説明するかな」

「どうしましょう?」

「今、それを考えてるんだよ。リーシャも良い案無いか?」

 直面する問題としてはリーシャの立ち位置とどうしてぼろぼろになっていたかの誤魔化しだ。下手に嘘を入れすぎたら疑われるから、ある程度は事実を交えていないと。だからって事実を丸々交えたら本末転倒になるわけだが。

「うぅーん…………私と久也さんは家族って事にする――とかですか?」

「いや……無理だろう。それに昔良く話しただろ。俺には幼馴染二人と姉さんが居るって」

「そう言えばそうでしたね」

 あの三人にリーシャが家族ですって言っても信じてくれるかどうか――と考えた時、頭に一筋の光が過ぎった。

「待てよ。家族じゃなく養子って事にすればいいのか」

「養子ですか?」

「そう。リーシャは親父達が偶然にも仕事の関係で、住み込みで働いた場所に居た孤児で、お人好しの親父が見過ごす事が出来なくて養子にした。それで俺と仲良くなったって事にすればいいんだ」

「なるほど!」

「で、養子になったリーシャだけど、仕事の関係で俺と離れることになった。一人立ちできるまで元気になって頑張ってたけど、寂しくなって溜めた貯金でミルトリアまで遥々来た。ただ、途中で道に迷って路銀も尽きたところ、森の中で俺に会ったって事にするんだ」

「…………なんだか、私が可哀想な子になってるような」

「その辺は気にするな。あながち全部嘘でも無いだろう」

「それは……そうですけど」

「ともかく経緯はこれで多分大丈夫。後はそうだな……名前か。名前、名前…………――よし。今からリーシャの名前はリーシャ・蒼月・ヴァルコフ。孤児院生まれで俺の家族の養子だ。いつもリーシャって呼んでるし大丈夫だろ?」

「大丈夫です。でも、そんな名前良く思い付きましたね」

「あー……適当に考えたからな。と、そうだちょっと待っててくれ」

 ある事を思い立ち、一度部屋から出る。目的の物をリビングから拝借してきて、再度部屋に戻る。

「どうかしたのですか?」

「ちょっとジッとしてて」

「は、はい」

 そう言って俺はリーシャの髪に触れる。透き通る様な水色の髪に手を差し込むと、ハラリと指の隙間を通り抜けていく。

 こうして近くでリーシャの顔を見ると、まだ歳相応で少し幼い顔立ちに、銀色の瞳が揺れていた。

「久也さん?」

「わ、悪い……」

 いかんいかん。見惚れてボーっとするなんて何をやってるんだ俺は。でもつい触れたら壊れそうな肌に目が行ってしまう。なるべく早く終わらせよう、うん。

 手をさっさと動かして、リーシャの髪を弄って行き、ストレートだった髪型は前の方で二つの黒いリボンで括ってやる。

「よし、これでパッと見ではばれにくくはなっただろう」

 リスシャティア皇女とそっくりの髪型のままでリーシャと呼んでいれば、勘の良い奴は気付くかもしれない。それを避ける為、リボンでリーシャの髪型を変えたのだった。

「うふふふ……何だか昔みたいですね。あの時はどうやって外に遊びに行くかで子供ながら悪知恵、一緒に働かせてましたね」

「はは、そう言えばそうだったな。もう五年前の事か」

 リーシャと初めて会ったのは、親父達と各地を回って六年目の事だった。親父の友人が人手を欲していて、無論親父は了承し、その友人の場所へ仕事として向かった。

 その時は、まさか親父の友人――しかも親友でもあったのが、エリクシル王とは予想にもしてなく、王都の王宮の中に入ったときは度肝を抜かされたのは今でも忘れる事は出来ない。

 そこで親父と母さんは仕事の準備をする中、俺はと言うとエリクシル王に城内を案内され、とある一室に連れられたのだった。緊張しっ放しだった俺の前に現れたのは、小さい女の子だった。

『…………誰?』

『今日から新しいお世話役だよ、リスシャティア』

『………………』

『二人共、最初の挨拶も無しかね?』

『ごめんなさい、お父様……初めまして、リスシャティア・ル・エリクシルです』

『あ、えっと……蒼月 久也です。よ、よろしく……?』

 たどたどしい挨拶。それが初めてリーシャと交わした言葉だった。

「あの頃のリーシャは、暗くてあまり喋らなかったよな。今となっては考えられないな」

「ふふ。久也さんのおかげですよ。悪知恵働かせて、私に外の世界を教えてくれたのですから」

 何度も何度も禁止されているのに、俺はリーシャを王都へと連れ出して行った。フードで顔を隠したり、髪型を変えたり、王都でリーシャの一般的な私服を買ってまで、親父やエリクシル王にばれない様に遊びに行った。結局、どんな方法で抜け出しても最後はばれて俺が怒られる羽目になるのだが、悪い事をしているつもりは無かったから、全然怖くなかった。むしろ、子供心で失敗してしまったとしか思っていなかった。

「エリクシル王は俺や親父達が居なくなって、様子はどうだ?」

「おかげ様ですっかり柔らかくなりました。王都に遊びに行くのも咎められなくなりましたし、むしろ一緒にお出掛けする事も多くなりました」

「…………変わりすぎな気もするけどな」

 娘と国を立派に――その信念で規則や規律には厳しかったエリクシル王。今ではすっかり親馬鹿王になっている様だ。

「久也さんがお父様を説得して下さったおかげです」

「へ? お、俺そんな事してないぞ?」

「嘘付いてもダメですよ。お父様やメイドから全部聞いてますから。リーシャの為を思うなら、何故、規則や規律で縛り付けるのですか? 国を、娘を想うならば、自由にさせるべきです――って何度も説得したんですよね?」

「………………なな、何の事やら」

 リーシャの言葉に俺は視線を逸らして、言葉に言い淀んでしまう。リーシャが外で遊べない理由が子供心には分からなかった。ただ、リーシャを親心で想うならば、リーシャが望む事をさせなきゃいけないと思い、何度も何度もエリクシル王に質問をした。

 最初はあしらわれていたが、子供心ならではの反抗心が生まれ、ついムキになってしまい、途中からは質問ではなく説得になっていって――親父の口添えもあって、エリクシル王は折れたのだった。

 この事はリーシャには秘密にしておいたのだが、メイド達やエリクシル王自身がリーシャに話しているとは思いもしなかった。

「お父様も久也さんに感謝してました。次に会う時はお礼を言いたいと仰ってましたよ」

「………………」

 むず痒くなって、頭を掻き毟る。改めてそう感謝されると、恥ずかしくなってくる。あの頃はただ当たり前だと思う事を言っただけで、特別な事をしたつもりはないのだ。

「何もかも、久也さんおかげです。本当にありがとうございます」

 満面の笑みを浮かべながら、俺の手を両手で包み込むように握り締めて、お礼を言われる。リーシャにとっては無意識で、本当に感謝の印の行動なのだろう。だが、突然の行動に口から心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。

「り、リーシャ……あまり、こういう事するもんじゃない」

「? こういう事って?」

 それとなく言ってみるも、リーシャには全くと言っていいほど自覚が無い。どうしたものか……誤解招く事になるし、ここはキッパリと言っておくか。

「あのな、こうやって男に触れたりしたら誤解されるぞ?」

「誤解って……何の?」

「…………」

 思わず口元がヒクつく。やっぱりリーシャはお姫様だった。つまり一から説明しないといけないわけで……何で説明するこっちが恥ずかしくならなきゃいけないんだ。

「男は、リーシャみたいな子にこうされると、好意があるのかって誤解するの!」

「へ? え、えっ!? そ、それって……久也さん……」

 見る見るリーシャの顔が赤く染まっていく。しかし、俺の手は離そうとせず、ちらちらと上目遣いでこちらを見てくるのだった。

 何だ? 一体どうし――って、そうか。今の聞きようによっては告白――。

「ち、違うぞ!? そういう意味で言ったんじゃないからな!? ただ変に誤解されると面倒と言うか――」

「ただいま。久也、様子は――」

 慌てて弁明して、誤解を解いていたら、部屋の扉がガチャリと音を立てて開くと共に愛乃の声が聞こえてきた。

「厄介で、物凄く……大変な事になるんだからな……」

 そーっと振り向くと、扉が開いた場所には愛乃、リエル、姉さんとフルメンバーが手に食材やら色々入った袋を抱えながら、こちらを見て固まっていた。勿論、視線の先は俺とリーシャの繋がったままの手だ。

「な、ななな……な、な、何? どういうことなの久!?」

「久也君……もしかして、彼女さんだったの?」

「ち、違う!! 断じて違う!!」

「………………え」

 分かり易く、リーシャの表情がしょぼんとなる。それは火に油を注ぐ結果にしかならなかった。

「違うって、手握ってるし、落ち込んでるじゃないその子!」

「こ、これは成り行きと言うか……」

「成り行き!? 久也君、一体ナニを何したの!?」

「何言ってるの姉さん!?」

「久也…………そ、そうだったの?」

「あ、いや……違う。違うぞ? 違うからな愛乃?」

「あはは……な、何だか私……バカみたい。気付かなくて……お、おめでとう久也」

「待て、誤解だ!! 激しく勢いよく誤解している!!」

「じゃあ何で、手握り締められてるのよ! 両手で!!」

「だからこれはだな……あぁもう、リーシャも何とか言ってくれ!!」

「…………久也さん、同棲してたんですね」

 助けを求めたこっちもこっちで激しく誤解をしていた!!

「違う! さっき言ったろ? 幼馴染二人と姉さんが居るって!?」

「で、でも……巷では幼馴染とは言え、家が一緒とは聞きませんよ?」

 ごもっともです。むしろ当たり前に自然すぎて疑わなかったが三人共、本来の家主が帰って来たにも関わらず、俺の家で寝起きしてるし、ご飯も食べているし、生活している。……普通に考えたらおかしいよな。

 リーシャに言われるまで気付かない俺も俺だよ。昔からの習慣と慣れって怖すぎる――って今はそういう事を考えて現実逃避している場合じゃない。

「説明しなさい久!!」

「お姉ちゃんにちゃんとそういう事は報告しなきゃダメでしょ!!」

「どういう事なのですか、久也さん!!」

「………………久也」

 ごめん、やっぱり現実逃避させて下さい。誤解しまくっている四人に問い詰められて、頭を抱えるのだった。

 ほら、やっぱり言わんこっちゃない……変に誤解されると厄介で大変な事になったじゃないか。あぁ、今日も空が青いなぁ。



「なーんだ、そうだったんだ。そうならそう言ってくれれば良かったのに」

「言う前に誤解しただろう……揃いも揃って!!」

 苦節一時間半、何とか全員の誤解を解くことは出来たが、精神的に疲れきってしまった。時間も時間だったので、今は姉さんのお手製料理を囲みながら、皆で賑やかに夕飯を過ごしている。

「ご、ごめんなさい……私も早とちりしてしまって」

「あぁいや……うん、リーシャの場合は仕方ないのもある」

 普通、幼馴染で家が近いからって、男の家に入り浸るのは年頃の男女としてはおかしいからな。疑わなかった自分がどうかしてた。それだけ皆を信頼しているからこそ――とも言えるのだけど。

「てことで改めて紹介するよ。この子はリーシャ・蒼月・ヴァルコフ。親父が取った養子だ」

「初めまして、リーシャ・蒼月・ヴァルコフです。皆さんには色々して頂いた上に、こんな豪勢な料理までご馳走になって……感謝してもしきれません」

「豪勢な料理だなんて、普通の家庭料理よ。私はクロエ・フローリア。皆のお姉ちゃんでもあるから、何か困った事があったら何でも相談してね、リーシャちゃん」

「は、はい!」

「私はリヴィエール・ラルーネよ。皆はリエルって呼ぶからリーシャも気軽にリエルって呼んでね」

「……その呼び方、もしかして言い出したのって久也さんですか?」

「あれっ、良く分かったわね」

「私も似たようなものですから」

 とリーシャが俺に目配せしながら答える。この顔、久也さんは久也さんらしいですねって言っているな。

 確かにリヴィエールをリエルと言い出したのは俺からだが、そんなに分かり易いのか俺って。

「初めまして、弓來 愛乃です。これからよろしくね、リーシャ」

「こちらこそよろしく、愛乃」

「にしても、久に養子が居たなんて聞いてないわよ」

「さっきも言ったが、向こうで親父が養子にしたからな」

「向こう?」

「あー、そう言えば言ってなかったか。俺、親父と共に七年間エリクシルに居たんだ」

「そうだったんだ――あっ! だから目覚まし時計にも驚かなかったんだね!」

「まぁな」

「だから長年連絡も寄越さなかったのね……ってという事はリーシャってエリクシルの人?」

 誤解を解く時にリーシャの事は偶然ミルトリアで会ったのだが、いきなり倒れたから慌てて家まで運んだ――と説明している。

 正直、最初から全部話してしまっても良いのだが、こういうのはリーシャ自身が話すことだ。上手く話の取っ掛かりになれば仲良くなり易いだろうという気遣いでもあった。

「はい。あの……やっぱり、ミルトリアの人にとって、私みたいなエリクシルの人はおかしいですか?」

「そんな事ないよ。リーシャはおかしくなんてない。だって私達と何も変わらないよ?」

「…………ありがとう、愛乃」

「え、ちょっと待って。じゃあリーシャはエリクシルから来たの?」

「はい。その……久也さんに会いたくて。ただ途中で路銀が尽きてしまって……皆さんには迷惑を掛けてしまいました」

「うわー、久、愛されてるわね」

 リーシャは二人で決めたとおりの設定を自然に言っている。何かあったらフォローをするつもりではいるが、この分だと必要無さそうだな。リエルの発言でそれとは別の問題も引き起こされそうではあるが……。

「リーシャは妹みたいなもんだ」「久也さんはお兄ちゃんみたいなものですよ?」

「あ、そ、そう?」

 俺とリーシャの返答でリエルは呆れながら、つまらないという表情を浮かべていた。どうやら弄る気満々だったらしい。

 だが甘いな、リエル。リーシャは俺が呆れるほどの天然っぷりをたまに発揮する。迂闊に弄る事はできないぞ――と心の中で勝ち誇る。

 俺もまだまだガキだよな、こんな事考える辺り。

「そんな事よりお姉ちゃん、エリクシルのお話聞きたい聞きたい!」

「私も。エリクシルなんてほとんど行かないから」

「…………分かりました。話せることなら何でもお話します」

 リエルと姉さんに囲まれて、リーシャは楽しそうに話し出す。エリクシルの人だからちゃんと仲良くなれるかなと心配する事は無かったな。

「久也、何だかお父さんみたいな目してるね。リーシャを遠くから見守っている感じ」

「えっ」

 突然、愛乃にそんな事を言われて驚いた。確かに見守ってはいるけどお父さんか……そんな年でも立派な人でも無いのに。どちらかと言えば、妹を見守る兄と言って欲しかった。

「私もいつか――わ、私も久也からエリクシルの話、聞かせて欲しいな」

「お、おう」

 私もいつか――その後に何を言うつもりだったのだろうか。今の俺にはその後を言及する勇気も資格も無かった。ただ、愛乃の慌てぶりを見る限り、告白に関係する事なんだろうな。

 愛乃の事は好きだ。でもそれは幼馴染として? 友達として? それとも一人の女の子として? 今の俺には分からなかった。ただ、その答えを見つけて愛乃へと返答しなければいけない。あの言葉を聞いてしまった以上は――。

 リーシャと共にエリクシルの話で盛り上がりながら、夕飯を済ませる。その後、片付けや洗い物をしていると不意に姉さんが、何かに気が付いたのか両手を叩いた。

「そう言えば、リーシャちゃん、今後の生活どうするの? 一応、年齢的には学生なのよね?」

「…………あ、えっと」

 しまった。その事を考えていなかった。その場凌ぎを考えていて、話が逸れて愛乃達が帰ってきたから話す暇も無かった。

「その……私、学校という物には通った事無いんです」

「「「え!?」」」

 リーシャの言葉に、三人が声を上げる。まぁ、それも当然の話と言えば当然だ。皆、世界を知らないのだ。当たり前の様に学校へ通う。そんな普通の事が出来ない人は世界にたくさんいるのだ。

「……養子にしたって時点で察すると思うけど、リーシャは特別な事情があった。それから守る為に俺の親父が養子にしたんだよ。路銀が無いのもあるけど、そういう事情もあるから暫くは向こうにも帰れない」

 俺と親父がリーシャの生活を一般的なところまで導いたという意味では間違ってない。帰れないのも家庭の事情だしな。屁理屈だが、物は言い様だ。

「じゃあ、決まりね。明日、朝一で学園長室へ乗り込みましょう!」

 次に飛び出て来たのは突拍子も無い姉さんの提案だった。

「そうね。学園に通えないなんて、楽しい事見逃してばかりだよ。折角ミルトリアまで来たんだから、帰るまでの間、一緒に学園に通おうよ」

「で、でも……」

「リーシャは学園、行って見たいって思う?」

「…………私は――」

 一頻り間を置いてからリーシャは真っ直ぐ見つめながら呟いたのだった。

「私は、学園……行ってみたいです。久也さんが話してくれた場所を、自分の目で見てみたいです」

「うん、それが答えだね!」

 正直、驚いていた。仲良くなるとは思っていたが、愛乃とリーシャの仲は予想していた異常に凄く密接で、仲良しになっている。

 何だか妹が二人できたみたいで微笑ましかった。なんだか俺、バカ兄みたいになってるな。

「よし、それじゃ明日は皆で学園長室にレッツゴー! だね」

 姉さんがグッと拳を突き上げて、無駄な気合を入れていた。その様子を見て、肩を竦めてやれやれと思うのだった。

 俺だってリーシャを学校と言う場所を知って欲しい。それに、家に一人で留守番させておくのは事情が事情だけに危険だ。出来るだけ一緒に居たい。反対する理由は有らずで、むしろ何があっても学園に通わせたいと思うのだった――…………。


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