秘めるはそれぞれの心の想い
ピピッ、ピピッ!!
早朝、機械音が耳へと入り込む。
「ん、ふあぁ……」
あくびまじりに意識が半分覚醒する。
あれ……俺、目覚ましなんてセットしたか? それにどこか懐かしい匂いに、懐かしい風景。
頭を起こし、辺りを見回す。場所は質素な造りをした最低限の物しか置かれていない一室。薄い水色の壁、木で造られた棚に、扉。木の枠で囲われた窓からは朝日が差し込んでいる。
「あぁ……そっか、帰って……来たんだっけか」
寝惚け頭ながら理解する。昨日、俺は故郷に戻って来て、それで幼馴染の愛乃とリエル、それに姉さんの三人と再会した。それで、十一年前のまま変わっていない実家に帰ってきたんだ。
それにしてもこの音は一体なんだ。音の出所を探そうとして、上半身を起こそうとしたが、起きない。正確には左半身が重りの様に動かなかった。
「…………何だ?」
視線をそこに向けてみると、不自然にベッドの上の布団がこんもりと盛り上がっていた。
本当に何だこれ? 理解不能。現状の俺を表すならその一言で十分だった。寝る前は一人だった筈なのに、朝起きたら何かが居る。全く持って意味が分からない。
部屋の鍵は閉めた筈だから誰かが入ってくるとは考え辛い。そもそも俺のベッドに入ってきて何のメリットがあるのだろうか。
「幽霊とかじゃないよな」
神が当たり前の様に存在しているんだ。幽霊が居てもおかしくはない。むしろ神が潜り込んでいても不自然じゃない。
(いや、どっちにしろ不自然だけどな……)
神が人のベッドに潜り込むとか、どんな冗談だ。全く笑えない。ともかく正体を確かめなければ。
意を決して、布団を引っぺがすと――…………無垢な寝顔で眠っている、寝巻き姿の愛乃が俺の左腕に抱きついていた。
「……………………」
いや。いやいやいやいや。夢だなこれは、うん。昔はよく一緒に寝たもんだが、この歳になって男女が一緒に寝るとかありえないから。そもそも部屋に鍵掛けてるから、入ってこれるわけないから。
だから夢だ、そうに違いない。だから、寝る体勢に戻って目を瞑る。ほら、そうしてまた目を開けたら――薄いピンクのパジャマに身を包んだ愛乃が左腕に抱きついて、気持ち良さそうに寝ている。
「…………現実、かよ」
空いている右手を額に当ててゲンナリする。おかげで完全に意識が目覚めた。
だから余計な事に気付いてしまう。寝ているせいか、愛乃の寝巻きは開けていて、寝巻きの奥から肌が露出してしまって居る事に。しかも見えてはいけない膨らみの部分が見えかけている。
昔と違ってそこまで成長してないように見えたけど、女の子らしい部分はしっかりと――ってそうじゃないだろ! そんな事考えてる場合じゃないだろ!!
「おい、愛乃! 起きろって!!」
「んぅ……むにぃ……久也ぁ」
空いてる右手で愛乃を起こそうと揺すると、安心しきった表情で愛乃は俺の名を呟いて、身をよじる。おかげで更に寝巻きは開けて、体が俺の左腕へと密着する。
「っ…………」
声にならない声が出た。膨らみがあまり無いとはいえ、やはり胸に変わりない。それに男と違って、体がぷにぷにと柔らかくすべすべだ。
そんなものを密着させられて、名前を呼ばれた日には理性が崩壊してもおかしくはない。そもそも、ここ十一年間、ほとんど女の子と接触した事が無かった。故に理性がかなりやばい。
「起きて、お願いですから起きてくれ愛乃!!」
「ふぁ……久也?」
俺の心からの声が届いたのか、愛乃は目を擦りながら意識を覚醒させる。
「あぁ、俺だ。おはよう。そして俺から離れてくれ」
俺の言葉を聞いて、愛乃は小さく首を傾げて、顔を見つめてきた。
「えへへ、本物の久也だー」
確かに左腕からは離れてくれた。しかし、次は俺の体へと抱きついてきた。
この子、寝惚けてらっしゃったよ!? やばいやばいやばい! ただでさえ男の朝は大変なのに、お世辞でも幼馴染贔屓でもなく、可愛い女の子に朝から抱きつかれたら色々とやばいって!!
「ちょ、待っ――お願いだから目、覚まして!」
「…………ん、久也、おはよう」
両腕で揺すると、さすがに本当に意識が覚醒したのか、言葉がしっかりと返ってきた。
「お目覚めか……早速で悪いが、俺から離れてくれると助かる」
「…………?」
愛乃は眠そうな双眸をぱちくりさせながら、視線を上へ下へ動かす。事態を理解したのか白い頬が赤みを帯びる。
「ご、ごめん……私、寝惚けてて……あぅあぅ……」
俺の体から離れて、布団で真っ赤になった顔を隠す姿にどきっとした。本当に昔と違って可愛くなっている。よく理性がもったものだと自分を褒めてやりたい。
「でも……寝惚けてて良かったかも……朝から久也のすぐ傍に居られたから」
無意識に出たのか、それとも意図的に呟いたのか分からない。でも愛乃の独り言は、静かな朝の一室の中でしっかりと俺の耳に届いてしまった。当の本人は聞かれたとは思ってない様で、変わらず布団で顔を隠しているが、その表情は嬉しそうだった。
だから、そういうのは卑怯だって。反応に困る。
「っ、そ、それよりもどうして俺のベッドの中で寝てるんだ!? 俺、部屋の鍵はしっかりと閉めた筈だぞ!?」
「鍵開けて、忍び込んじゃった」
「どうやって!?」
「秘密――だよ」
「…………で、何で忍び込んで、俺のベッドで寝てるんだ」
「……久也と一緒に寝たかった……から」
「あ、あのな……っ!! さすがにこの歳で男女が一緒に寝るのはまずいだろ!」
「何で?」
「な、何でってそりゃ……」
純粋な表情で聞いてくる。つまり愛乃はまずい事を知らないもしくは想定していないって事だ。
ど、どう説明したものか……さすがにバカ正直に話すわけにもいかないし……ここは誤魔化して無理矢理、押し通すしかない。
「色々まずいの! お互いの為に、今後は一緒に寝ない事! 鍵開けて忍び込むのも禁止!!」
「むぅー……久也がそう言うなら分かった」
何とか納得してもらえたようだ。さすがにこんなのが頻繁に起こったら、問題を起こしかねない。起こすつもりは毛頭無いが、理性にも限界はあるからな。
「それよりこの機械音――」
「これ? 久也は知らないかもだけど、『目覚まし時計』って言うんだ。時間が来たら音が鳴って知らせてくれるんだって!」
愛乃は枕元に置いてあった長方形の物体を手に取って、機械音を止める。
「それって『導力』で出来てる奴だろ」
「うん、そうだよ。あれ? でも何で久也が知ってるの? 最近、こっちに入って来た物なのに」
「あ……いや、そんな事より、音が鳴ったって事は起きなきゃいけない時間だろ?」
「わわっ、そうだった! 早く朝ご飯作らないと!」
「俺も手伝うよ」
「ほんとっ!? やったー!! 久しぶりに久也の手料理食べられるね!」
あーあ、満面の笑み浮かべちゃって。そんなに俺の手料理が嬉しいのか――って自惚れだな。手伝ってくれる事と久しぶりに一緒に料理できるのが嬉しいんだろう。
「………………」
ベッドから出ようとしたら、右足が動かない。まるで何かに捕まれた様に、がっしりと固定されて動かす事が出来ない。
左腕に続いて右足まで動かないってどんな状況だよ。というか気付けよ俺。
「久也? どうかしたの?」
「…………あーいや、ちょっとな」
よくよく見れば布団が不自然に盛り上がってるし……誰だ。いや、もう何となく予想は付いている。
昨日の夜の暴走っぷりを考えれば、こうなる事は予測できる。
「…………やっぱり、姉さんか」
「え、えっ!? お、お姉ちゃん!?」
布団を捲ると、右足に抱きつく寝巻き姿の姉さんがすやすやと眠っていた。驚きを通り越して、呆れてくる。
予想が付いていたから、部屋の鍵を施錠しておいたのだが……まさか愛乃が鍵を開けて侵入してくるとは思いもしなかった。恐らく、愛乃がベッドに潜り込んだ後に、姉さんも部屋に入って来たんだろう。
ともかく、気持ち良さそうに寝ている所、悪いが起こすしかない。起こさないと動けないし、女性らしく成長している膨らみが押し付けられて、色々とまずい。
「姉さん、起きろ。起きろって!」
「んみゅ……ぅ……あー、久也君、おはよー」
体を揺すると、姉さんはすぐに意識が浮上して目を擦りながら体を起こす。
「ふぁぁ……久也君と久しぶりに一緒に、寝れたー……」
そんな事を言いながら、姉さんは腕を伸ばして、伸びをする。そのせいで、寝巻きが捲れてチラリとお腹の部分が見えて、膨らみが強調されてしまっている。
すぐに目を逸らそうとしたが、すっかり女性らしく成長した体に見惚れてしまう。
「久也……やっぱり、大きい女の子の方が良いの?」
「は、ちょ……何の話!?」
むくれ顔で愛乃は俺の方へ近寄ってくる。
見える、見えちゃうから!! 近寄るのは良いけど、開けたパジャマ直してからにしてくれ!!
「どうなの? ねぇ、どうなの!?」
「あ、いや、その、あああ……」
見えちゃいけない部分が見えてしまって、朝一ということもあって俺の息子がビッグバン。
「久也、答え――…………え?」
神が見放したのか、ずいっと寄りかかって来た愛乃の手がビッグバン化した息子を布団越しに触れてしまう。
「え、え? 久也、こ、これって……あっ!?」
突然の事に愛乃は戸惑う。更に現状の服装の状態を知って、顔を真っ赤にして視線がぐるぐると回りだす。
「あらあら、久也君も男の子ね。愛乃ちゃん、こういう時は抜くのが一番良いのよ」
姉さんは微かに頬を染めながら、俺の息子の辺りをじっくりと見て、意地悪そうに微笑む。
抜くって何をだ!? というかじっくりと見ないで欲しい! 男といえど、見られる事に対して羞恥心はあるんだ。
「ぬ、抜く!? これって何か抜けるの?」
「男の子はこういう時、苦しいらしいから、こうやって――」
「なななな、何でもない!! というかこの会話は終了!! とっとと朝ご飯作らなきゃだろ!!」
「そんな状態で作れるの?」
「時間が経てば、正常になります! 少なくとも二人が部屋から出て行けばすぐに!!」
少なくとも寝巻きが開けてしまっている二人を前にしなければ、すぐに収まっている。だから一刻も早く出て行って欲しい。俺の貞操を守る意味でも。
「朝からうるさい、久! 起きてるなら――…………」
大きな扉が開く音と同時に、扉の向こうには怒りながら仁王立ちで立つリエルがそこにいて、何かを言いかけて固まった。
朝、男の部屋に寝巻きが開けた女の子が二人。二人共、頬を赤く染めている。そんな二人が、俺へ近寄っている。
ここから導き出せる結果は…………どう考えても修羅場、もしくは事後だ。
「な、なななっ、何してるのよ愛乃!! お姉ちゃん!!」
「り、リエル……これはだな――」
「久! あんた、帰って来て早々に手を出すとか……最低!!」
「出してない!!」
「おはよう、リエル」
「あ、うん。おはよう愛乃――じゃなくて! 何をしてるのよ愛乃!? あ、朝から久也の部屋に居て!!」
「だって、久也と一緒に寝たから」
愛乃の言葉から爆弾が投下された。別に言っている事は間違っていない。だがリエルにとって、この言葉は怒りの着火剤にしかならなかった。
「ひ、久の…………久なんて」
「あ、あのリエル……さん?」
リエルはぶつぶつと呟きながら、俺の方へと静かに歩いてくる
「久のバカあああああああああああ!!」
「ちょ、ま――おぐうぶっ!?」
リエルは時計を手に取って、俺の方へと投げたのだった。至近距離で投げられたら、避けられるわけもなく、長方形の機械で出来た時計は俺のおでこへと直撃する。
顔を真っ赤にして、叫びながら部屋から飛び出して行くリエルの姿を最後に、俺の意識は再び闇の中へ飛んでいくのだった――…………。
その後、誤解を解くのにかなりの時間を要したのは言うまでも無い。
◆
朝から酷い(個人的には男だし、嬉しくないといえば嘘になる)出来事があっても、時間は変わらず刻み続ける。特別だからって当たり前が崩れる事は無い。変わらず、アシュライト学園の一日は始まっていて、現在授業中。
黒板の前で、セフィル先生は教科書を手に持ちながら、この世界における歴史を説明している。説明を聞きながら、皆はノートを取ったり、教科書に線を引いていたりと、勉強熱心にしている。
そんな俺はと言うと、未だ痛みが引かずにズキズキと痛むおでこを摩りながらボーっと、言葉を右から左へと流しながら、話半分に聞きながら家の事を思い出していた。
正直、親の都合で各地を転々としていたが故に、一つの学校に長く通った事は無い。学校ごとに教える勉強の方法も速度も全く違う。つまり何が言いたいかと言うとだ……授業についていけない。全く分からないという訳では無いのだが……単語の説明や、どうしてそうなった? と聞かれればお手上げ状態だった。
「――ですので、かつて二人の神によってこの世界は、大きく創り変えられ、七つあった大陸は一つに。一つになった大陸からは、二つの国へと分けられました。一つは今、私達が居る『ミルトリア』。もう一つの国は『エリクシル』。では何故、創り変えられたのか。何故、二つの国へと分けられたか――蒼月君、分かるかしら?」
「…………へっ?」
突然、セフィル先生からの指名を受けて、間抜けな声を上げてしまう。
ま、まずい……話を適当に聞いていたから、何の質問なのか分からない。聞いていても答えられないだろうけど……ここは正直に分からないと答えるか。
「…………分かりません」
「転入、二日目だからって気を抜いちゃダメよ? ボーっとしてないで、ちゃんと話は聞いていなさい」
「すみません……」
セフィル先生の注意に周囲から小さく笑い声が聞こえてくる。
「もう、授業は真面目に受けなきゃダメだよ?」
隣の席に座る、愛乃が小声で注意してくる。もっともな言葉なので、ぐうの音も出ない。
でも分からないものは分からないんだよなぁ……こんな事言ったら、『だから理解しようとちゃんと聞かなきゃ』って言われるんだろうな。
呆れ顔でそう言う愛乃とリエルの姿が鮮明に想像できる。
「では、弓來さん。分かりますか?」
「は、はい!!」
指名された愛乃は慌てながら、立ち上がる。
「えっと、一人の女性の神様が人々を知りたいと願ったからです。でも、その神様は神のまま、人々を知りたいと願ってました。そんな時、一人の男性の神様が現れて、その神様の願いを叶える為に世界を創り変えました」
「よく勉強しているわね、弓來さん。弓來さんが言った様に、二人の神様が出会って、私達の住む世界は大きく変わりました。それがおおよそ、二千年前と言われています。では名誉挽回で蒼月君。その二人の神様の名前は分かりますか?」
またもや指名されたが、この問いなら詳しく答えられる。忘れる事なんて出来やしない。さっきの質問も話さえ聞いていれば、愛乃ほどとは行かないが、ある程度答えられている。
「一人は『万物を創造する力』を持ち、世界を創り変えた青年の神。その名はレグルス・アインツェベン。もう一人は『存在を創り変える力』を持ち、人々を知りたいと願った女性の神。彼女の名前はフィーミリス・エリトリアです」
この二人の神の名前だけはいつになっても忘れる事は無い。何度も何度も、数え切れないくらい、昔話の絵本を姉さんから読み聞かされたのだから。
それにその絵本は小さい頃、必死に本を漁ったり、親父達に話を聞いて、不器用ながらも俺が自作したものだ。忘れろと言う方が無理だ。
「その通り。フィーミリスが、神様の存在を創り変え、レグルスがフィーミリスの願いに沿う世界を、創造しました。そうして世界は変わり、私達には『神心旋律』という力が宿る様になりました。しかし、それはミルトリアのみだけです。何故、エリクシルには神心旋律が存在しないか――ラルーネさん」
「はい。神心旋律は神様の力です。しかし、それだと神様の力に人々は頼りきりになってしまい、人々の生活や技術力が停滞してしまう可能性があるとレグルスは考えました。その結果、神様の力を与えずに、人々の技術力と科学力が中心となるように、エリクシルという国を創りました」
しっかりとした声ですらすらと答えるリエルを見て感心した。昔は、あまり勉強も出来なくて、よく泣きながら一緒に宿題をした。
やっぱり時間が経つと成長するもんだな。成長と言えば、姉さんも愛乃も成長したよな……朝に当てられた膨ら――
(って、何思い出してんだ俺は!?)
朝の事は忘れるんだ。互いの為にも忘れ――られるわけがない。さすがに強烈過ぎて、脳裏にこびり付いてしまっている。悲しきかな……男の性だ。うん、出来るだけ思い出さないように努力はしよう。
「そう。世界のバランスを取る為に、神心旋律と『神力』が存在するミルトリアと『導力』が存在するエリクシルに国が別けられたのです。導力とは、簡単に言えば人々の技術力と科学力で作られた神力なのですが――」
セフィル先生の解説の途中で、教室内に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「では続きはまた次回の授業にします。次の授業は神心旋律の実技授業なので、皆さんは旋律場へ集合して下さい。蒼月君は、私と一緒に来て貰えるかしら」
「? 分かりました」
セフィル先生に呼ばれて、授業の為に移動前の騒がしい教室を後にする。
連れられた先は、外から見れば一見普通の教室。しかし中に入ると、きちんと整頓された棚や書類に囲まれていて、中央には見ただけで清潔さが保たれているのが分かる純白のベッドが一つ。その周りにはミルトリアではあまり見慣れない導力機器が幾つも設置されている。
「驚いたかしら?」
「そりゃ……まぁ……」
目の前に広がる光景を目にすれば、誰だって驚くだろう。外から見ると、普通の空き教室。中を開けば、正に小さな研究所がそこにあるのだから。
「これだけデータも施設も充実していても、神心旋律は未だ、完全な解明に至れていない――と、蒼月君にはあまり関係ない話ね」
そう言いながら机に手を置いて、セフィル先生は椅子へと座る。
「さてと……蒼月君をここへ呼んだのは、貴方の神心旋律を探る為なのは理解してるわね?」
「はい」
「それじゃあ、幾つか質問させて貰うわね。神心旋律が奏でられる様になる過程は理解しているかしら?」
「ある日突然、特定の夢を見ると真名を理解する。これが第一段階。この段階で自分の中に流れる神力を理解出来るようになる。その次は自身の音色を理解する。流れる神力と自分の想いや願いを繋ぎ合わせる力の音を知る。そこに到って第二段階。そして、最後の段階は真名と音色を繋げる『言葉』を紡ぐ――それで神心旋律が奏でられるようになります」
この世界――正確にはこの国『ミルトリア』で生まれた人々のほとんどは自身に神が宿り、『真名』という両親から付けられた名前とは別に、名前を授かっている。この国の人々は真名と自身の信念や想い、夢、願いを旋律として紡ぎ奏でる事で、自身に宿る神を力として具現化することが出来る――それが『力』であり、神心旋律。
神心旋律まで至るには幾つかの工程と鍵が存在する。それが真名と音色だ。
真名は自分のもう一つの名前であり、神と旋律を共に奏でるときの名前でもある。つまり神と人の共通の名前でもある。
真名は最初、自身にも分からない。しかし、ふとした時、強い何かが起こった時等、様々な理由で夢を見る。俺の場合は小さい頃、何気ない夢を見た。
誰か分からない。でも夢の中でその誰かと会話をしたのは微かに覚えている。夜が明けたその日、俺はウェリア・アーバンベルグと言う真名を理解していた。
次の音色は力の根本だ。例えるなら神心旋律の音色が燃やす事なら、力は熱系統となる。同じ様に音色が加速能力ならば力は重力、風、時間系統となる。そんな俺自身の音色は『創造』という、分かり易いようで複雑なものだった。
「その通り。付け加えるなら最終段階に至る事で、初めて自分の守り神と言葉を交わせるようになる。その三段階の中、蒼月君は長期に渡って第二段階で躓いてしまっている…………意外と、こういう子は多いのよ」
「そうなんですか?」
「人は自分の願いや想いには疎いものよ。そうじゃないと思ってる事が、その人にとって一番大事という人は多い。だから鍵でもある、自分の本当の願いや想いを奏でる『言葉』を見つけられずに躓く子は後を絶たないわ。中には音色そのものを勘違いする子もいるからね」
肩を竦めながらセフィル先生は苦笑を浮かべていた。だが、それはすぐに険しい表情へと変わる。
「でも――それでもそういう子は長くても数年以内には神心旋律を奏でられるようになるのよ。自分自身を見つめなおしたり、正しい音色を知ったり等でね。つまり――数年もあればどんな詰まり方をしていても神心旋律は奏でられるの。だから蒼月君の状況は深刻な問題なのよ」
「………………」
セフィル先生の言葉に、改めて自分がどんな状況に陥っているかの重大さを知らされる。当たり前な事が当たり前に扱えない。それも十年以上。
これが異端じゃないと誰が言えるのだろうか。多分、誰も言えないだろう。
「とりあえず、上半身裸になってベッドに寝てもらえる? 神力の検査を行ってみるわ」
「…………わ、分かりました」
女性の前で上半身だけとは言え、裸になるという事に羞恥心と抵抗が生まれるが、検査の為だから仕方ないと自分に言い聞かせ、上着とシャツを脱いでベッドの上に仰向けに横になる。良い材料を使っているのか横になった瞬間、ふわりと包み込まれるような柔らかさが背中から感じられた。
セフィル先生はベッドの傍にある導力機器を弄って、そこから繋がるコードを俺の方へと持ってくる。コードの先端に付けられた吸盤の様な物が上半身の至るところに貼り付けられていく。
「安心して。これで神力の流れの検査をするだけだから」
不安にならない様にと、セフィル先生から優しげな声が上から聞こえてくるが、その声よりも、上半身裸の状態で女性にあちこち触れられているので、そっちの方に気が行って仕方が無かった。
必死に気を逸らそうとするが、女性特有の柔らかな手に触れられる感覚は慣れたものではない。
「大丈夫です。こっちに来る前は両親の都合で、こういうのが当たり前な場所に居ましたから」
「あら、そうなの? どうりで不安にしてないわけね。皆、導力機器に不安がっちゃってね……仕方の無い事だと思うけれど」
ミルトリアで生まれ育った人にとってこの状況は、不安以外の何物でもないだろう。こっちに導力機器が本格的に入って来たのは三、四年前からだと聞いている。アシュライト学園で使われているチャイムや時計は導力の物になっているが、まだ多くの場所は神心旋律が主体のものが多い
導力機器とは『導力』を元に、エリクシルの科学力で作られた機械。導力はエリクシルの人の中に生み出される神力の様なものだ。
神力は神心旋律を扱えば減少し、体を休めれば自然に回復するもう一つの体力の様なものだ。それに対し、導力はエリクシルの技術と科学の元に生み出されるエネルギーで、使えば回復することなく、使い捨て。
ただ神力はある程度、段階を踏まなければ扱えないに対して、導力は誰にでも簡単に扱うことができる。その上、汎用性が効くのだ。
例えば今朝、愛乃が持っていた目覚まし時計。あれも導力で動いていて、針で時間を刻み、設定した時間が来れば導力が反応して音で報せてくれる。そして、日が落ちて暗くなった場所を、導力によって光を放って明るく照らすランプ。更には今の状況で使われている検査機器と、日常から専門的なことまでに扱われる。
神力は神心旋律で扱われる。逆を言えば、神心旋律の特徴でもある、自分の願いを奏でる為の力の源。つまり本当の自分の願いにしか扱えない。だから導力の様に大きな汎用性は無い。
とは言え、人々の願いに左右されるという事は、その人がそう願えば、望むとおりに扱える。故に不便だと思うことを誰かが願い、それを神心旋律の力で解消する事でミルトリアはある程度の繁栄をしてきている。
そして大きな特徴として、神力を持つ者は導力を扱えず、導力を扱えるものは神力を扱えない。世界を創り変えた時に、神が両方扱えたらバランスが崩壊するとでも考えたのだろう。力を持つ者が、異なる力に触れても、何も起きない。むしろ力から離す様に、反発現象が発生するのだ。
ただ、その特性は力の源のみであり、力を元にして何かを動かす物――導力機器ならば、神力を持つ人間にも扱える。
恐らくセフィル先生が扱う検査機器は、その特性を生かしたものだろう。俺の中に流れる神力に異常――例えば、何らかの理由で一部分に神力が流れていないならば、導力は反応をしなくなる筈だ。
導力機器があるならば、神力機器も作られるのでは――と思うが、純粋な技術力が停滞しているミルトリアにはその様な機器は未だに作られていない。
神が予想したとおり、ミルトリアは人の技術・科学は発展の兆しは全くと言っていいほど無い。現に、暗い場所を照らすのは未だに炎のランプだ。だからつい最近、ミルトリアに入って来た導力機器は大きな衝撃を走らせたと聞く。
「…………神力に異常は無いみたいね」
検査が終わったのか、セフィル先生は息を吐きながら、身体に張り付いているコードを取っていき、俺のシャツと上着を手渡してくる。体を起こして受け取って、すぐに羽織っていく。さすがに女性の前で裸のままで居るのは色々と恥ずかしい。
「となると……音色もしくは本人自身の問題になるわね。蒼月君、何か思い詰めている事は無いかしら?」
服装を整えていると、セフィル先生の問い掛けに心臓がドクンと大きく跳ねる。無いと言えば嘘になる。ずっとずっと、俺の中では未だに思い詰めている事があるんだから――十一年前のあの出来事は
「………………」
「…………あるようね。神心旋律が奏でられない原因ではないかもしれないし、話したくないことなら話さなくても構わないわ。でも――…………余計なお世話かしらね」
相談を受けるとか話して欲しいと言わないあたり、セフィル先生なりに気を遣っているんだろう。
ずっと胸に抱えていて辛かったのか、誰かに聞いて欲しかったのか、それともセフィル先生の優しい声の影響なのか、気が付いたら俺は口を開いていた。
「…………俺は、元々この地の出身だったんです。でも、とある出来事で……俺はこの地を両親の仕事を言い訳に離れました。その出来事は、十一年経った今でも……まだ、傷が残り続けてる。あの時、俺に力があれば……あんな事にはならなかった、守れた筈だった」
口にするたびに心がズキリと痛む。自然と左肩へと右手が伸びる。そこには大きく裂けた傷跡が痛々しく残っているままだ。
「だからこそ、今度は絶対に守りたい。その為に力が欲しい――でも……こんなの、俺の勝手な押し付けがましい願い……俺が割り切れば、解決する問題なんです。でも、そう簡単に行かなくて…………すみません、上手く、言えなくて」
「いいえ。蒼月君が言っている事は分かったわ。蒼月君にとって、神心旋律は、誰かを守る為の力なのね」
しばらくの間、沈黙が続く。ヴーンという静かな導力機器の音だけが研究室の中に響き渡った後、沈黙を破ったのはセフィル先生だった。
「なら尚更、原因解明しないとね。蒼月君が神心旋律を奏でられない原因を」
励ますような声と共に、頭を撫でられる。不意の行動に、顔に熱が上がってしまう。それに、普段あまりされるものでもないし、年上の女性に撫でられたこともあって恥ずかしさが倍増だった。
「恐らく、蒼月君は音色よりも心因的な原因で神心旋律が奏でられない状態にあるわね。ただそれが過去の出来事からなのかは、もっと検査しないと分からないわね。それに音色が原因の可能性も残されているわ」
当のセフィル先生は特に気にした様子も無く、言葉を続けていく。恥ずかしくて顔を真っ赤にする俺が馬鹿みたいだった。
セフィル先生は神心旋律の研究家で、今までも多くの人を励ましてきた筈だ。だから今の動作もその励ましの一部。だから静まれ、俺の心臓。
「でも過去の事においそれと他人が軽く触れるものではないわ。だから別の線で考えましょう」
「別の線ですか?」
「そう。例えば、さっき蒼月君が言った言葉――力があれば、守れた。だから守れる力が欲しい。これは蒼月君の神心旋律に対する想い入れとも言えるわね。つまり蒼月君の『言葉』は『他の誰かに対するもの』である可能性がある。となると矛盾が発生する事になるわね」
「あっ…………!」
「音色が『創造』――だけど蒼月君の想いは誰かの為に。繋がりが見出せない。つまり旋律と想いの音程が合っていないのよ。音程が合っていないのに、言葉は見付かる筈も無い。仮に見つけたとしても、合っていない音程の歌にはならないわね――」
セフィル先生が説明していく言葉とは別に、俺の中ではもう一つのある矛盾点が浮かび上がっていた。
神心旋律とは自分の想いを奏でて、自身の神を力として具現化するもの。つまり力で自分の想いを叶える為のものだ。言い返せば、自分の想いに反する旋律は奏でられない。だが、俺は自分の為ではなく、他人の為に――と押し付けがましいものだ。
他人に自分の価値観や想いを押し付けるのは、絶対にしたくない。なのに、俺の想いは押し付けがましい想いだ。そんな矛盾の中、旋律を奏でられる事なんて到底出来やしない。
「蒼月君は神心旋律の成り立ちは知っているかしら?」
「はい」
神心旋律とは神が人々を知る為に、守り神となって人と共に生活すると同時に、お礼兼神である自分を知ってもらう為に人々に与えたもの――つまり一種のギブアンドテイクだ。
『守り神となって貴方と一緒に生活させて下さい。その代わり、神としての力を与えます。これで貴方も神である私を知って下さい』
砕けて言うならこうなる。でも俺はそれに不快感が無いと言えば嘘になる
「…………蒼月君はそれに対してどう思っているか聞かせて貰えるかしら? 簡単で素直な感想で構わないわ」
不快感が表情に出てしまったのか、セフィル先生がそう聞いてきた。
「…………正直、押し付けがましい物だと思ってます」
「それはどうしてかしら?」
「神が人を知りたいってのは理解できます。俺だって、神を知ってみたいという気持ちはありますから。でもだからって神心旋律という力を押し付けて、神を理解しろなんて、押し付けがましすぎる」
でも俺はその力を求めているのも事実。例え、押し付けられたとしても力は力。誰かを守る事も出来る力なのだから。
「人は神になれないし、神も人にはなれない。なろうとしたって、なれない。もし仮になれたとしても、それはただ、なったつもりで居るだけだ――と思います。だから最初から当たり前の様に力を与えて、力が扱えたら初めて神と話せるのには疑問があります」
なら最初から神と会話できて、それで通じ合って分かり合って、力が必要になった時に借りれば良い――と思うのは神心旋律を奏でられず、世界のあちこちを見てきた俺だけだろうな。
「なるほど……蒼月君が言う事も一理あるわね。神心旋律の成り立ちに疑問を持つ――そんな人が居てもおかしくはないわ……っと、ごめんなさい。研究家として悪い癖が出ちゃったわね」
「いえ……」
「でも……その意見だからこそ、神心旋律を奏でられない可能性もあるわね。聞いてる限りだと、蒼月君は色々と混ざり合って、ごちゃごちゃになっている。矛盾している部分もあるし、一種の迷い人に近いわね」
「…………すみません」
「謝らないでいいわよ。最初から自分がしっかりと分かっている人が居るなら、見てみたいわね。とりあえず今は蒼月君の事を知る必要があるわね。私も、蒼月君自身も」
その後も、色々な質問を投げかけられては、俺自身の想いを答え続けた。そうこうする内にあっという間に時間は過ぎて、今日の診断は終了したのだった。
◆
「ふわぁぁ…………っ、ふぅ」
本日の学業終了をお知らせするチャイムを聞き、思いっきり伸びをして息を吐きながら机に突っ伏す。
「久也、大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
「あー、ちょっとな」
「セフィル先生に呼び出された事に関係あるの?」
「…………まぁ、一応は」
愛乃が隣から心配そうな表情をしながら声を掛けてくる。今だけは愛乃の優しさが体全体に染み渡る。
まさか午後からもセフィル先生と神心旋律について原因究明、勉強をする羽目になるとは思ってもいなかった。建前上はそれが目的で転入してきたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……さすがに心身共に疲労困憊だった。
「セフィル先生と二人きりだからって変な気起こさないでよ」
「起こさないから。起こすつもりないから。後、頬突くな」
気が付くとリエルが俺の傍に来て、人差し指で頬を突きながら面白半分に冗談を言ってくる。
「だって久、女の人に迫られたら断れ無さそうだし?」
面白半分の冗談で言っているんだよな? そうだよな? もしそうじゃないなら、そこまで信用無いって事になるわけで……結構ショックだ。
「あのなぁ……俺だってちゃんと弁えてるっての」
「じゃあ、朝の件はどうしてなのー?」
こ、こいつ……まだ引き摺ってやがる。いや、違う。リエルの表情――あれは面白いものを見つけて弄る小悪魔的な表情だ。
「弁えてるなら、朝、愛乃とお姉ちゃんに迫られてもきっぱりと断れた筈だよね?」
「り、リエル! あ、あれは迫ったんじゃないよー!!」
「本当に?」
「本当だよ! 寝惚けてたから……そ、その……」
リエルの尋問に、愛乃の声は段々小さくなっていき、最後の方はぼそぼそとよく聞き取れなかった。
そういう反応をされたら、俺もどう反応すればいいか困る。ていうか、朝の事はなるべく思い出さないようにって決めたのに、そんな風にされると嫌でも思い出してしまう。
「という訳みたいだけど、何か言い訳する事は?」
「………………」
何を言っても説得力が無いのに、わざと聞いてきてるなこの野郎。確かに朝の件は俺がしっかりと弁えてきっぱりとすれば解決していたのかもしれない。ただきっぱりと断って拒絶したら、愛乃は泣きそうだし……それにもっとくっ付いて居たかったと言えば――全くもってその通りだ。俺に対する信用なんて朝の件でがた落ちしていた。
「何も言い返せないでしょ」
「…………ほほをひっはふな」
「だって、久の頬、柔らかいんだもん」
「ほんと? 私も触って良い?」
俺の返答を待たずに愛乃は反対の頬を突いたり、撫でたり、引っ張ったりしてくる。男の左右に女の子二人が居て、その二人が男の頬に触れ続ける――シュールな光景だろう。ただ、周りの奴から見れば、学園の人気者である二人に頬を触られる男。だれもが羨ましいと思う状況でもあって……さっきから視線が痛い
「あいつ俺達のリヴィエールさんと愛乃さんを……!!」
「許すまじ、絶対に許すまじ!!」
「私も幼馴染欲しいなぁ……」
「俺が居るじゃないか」
「あんたは論外」
「そんなっ!?」
「うわー、ここにバカップルがいるぞー」
野次馬からの嫉妬と妬みの言葉と視線が俺に突き刺さり続ける。一部、肩を叩いてフォローしたくなるような男も居るが……何も言うまい。
「久の頬って羨ましくなるくらい綺麗で柔らかいって卑怯と思う」
「ほんとだ……ぷにぷにでスベスベしてる」
男として頬を褒められて、物凄く微妙な気分にはなる。嬉しいけど、もっと男らしいところを褒めて欲しいという欲求もあるわけで……何とも言えない。
しかし触れられる事は嫌ではないから文句も言えない。頬を引っ張られたりしているから、喋れないのもあるが。決してそれを盾に文句を言わない訳ではない。
「失礼します」
「あれ、お姉ちゃん? どうしたの?」
そんなこんなで頬を触られ続けていると、教室の扉がガラリと開き、姉さんが入ってくる。
「あーーー!! 二人共、久也君の頬触ってずーるーいー! お姉ちゃんも触りたい!!」
「はぁっ!?」
俺達の光景を見た瞬間に、姉さんは叫びながら走ってきて、愛乃とリエルの間に割り込んでくる。そして、俺の頬を両手で思いっきり引っ張っては揉んでくる。
「うわわっ、久也君の頬柔らかいっ!? どうしたらこんな風になるの?」
「あふふふふ……!?」
ちょ、ま……頬が、頬がーーー!! 言い様に扱われてこのままじゃ頬が伸びてしまいかねない!
「あ、あの野郎……二人だけじゃなくクロエ先輩までも!?」
「転入してすぐにハーレム形成とか羨まけしからん!!」
「あれが女たらし……あんな彼氏だけは嫌ね」
そして周りからの視線がさっきよりも痛いんですが!? 俺の人格とか信用が崩れ去ってる音が聞こえてくるのは空耳じゃない。
「お、お姉ちゃん! それより何か用でもあったの?」
「あ、いっけない!」
ナイス愛乃! おかげで姉さんの魔の手から頬が逃れる事ができた。あのままおもちゃにされ続けてたらどうなってたことやら。
「ちぇっ、もっと面白いことになるかと思ったのに」
「…………聞こえてるぞリエル」
「あははっ、冗談よ冗談」
全く冗談に聞こえない。未だにリエルの小悪魔癖は健在か……それで毎回俺と愛乃が振り回されていたんだよな。リエルが飽きるか、誰かが止めるまで止まらなかったのも変わっていない。
そう考えると、愛乃は本当に良い子だよなぁ。気が利くし、優しいし、大人しいから。
「悪かったわね。私は愛乃みたいじゃなくて」
「…………な、何のことだよ」
「自分の心が答えてるんじゃないの?」
リエルの奴、心が読めるんじゃないかと時々疑ってしまう。女心で気付くって奴なのだろうか? それでも男の俺にとっては超能力に思えてしまう。うん、あまり変な事考えるのはなるべく辞めよう。
「二人に手伝って欲しい事があったのだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよー」
「そろそろ来る時期かなーって思ってたよ」
「そうだ! 久也君にも手伝って貰おうかな」
「…………何の話だ?」
頬を摩りながら、姉さんに問い質す。話を聞く限りだと、愛乃とリエルは姉さんの手伝いを頻繁にしているみたいだが、一体何の手伝いなのだろうか。
「付いてきて。そこで説明するから」
「? まぁいいけど」
ただ――俺が手伝う事を前提で話を進めないでくれ。別に今日はもう帰るだけで暇だったから構わないけどさ。
そうして連れて来られた場所の廊下で、俺は教室の扉の前の札を見て何度も目を閉じたり開いたりして確認する。
『生徒会室』
と、そこには間違いなく書かれていた。
「…………えーっと、確認してもいいだろうか」
「なーに?」
手伝って貰おうと連れて来た、当の本人は屈託の無い笑顔で首を傾げていた。ただし、視線は明後日の方向へと泳いでいる。
「もしかしなくても、手伝うのは生徒会――つまり学園に関する事で、それを定期的に愛乃とリエルに手伝わせてるわけか」
「そ、そうだよ?」
「愛乃とリエルはさっきの発言を聞く限り、生徒会メンバーじゃないんだよな?」
「……あ、あははは」
「あのなぁ……さすがに生徒会の仕事が回らないからって身内に手伝わさせるなよ」
「ひ、久也。私は気にしてないよ?」
「別に手伝うくらい良いでしょ?」
二人が良いというならそれで良いのかもしれないが、そういう問題でも無いのも事実。たまになら問題ないが、定期的にとなればこれはさすがに一言言っておくべきだろう。
「別に愛乃とリエルは良いかもしれない。でも他の奴が納得するとは限らない。例えば、生徒会のメンバーじゃないのに頻繁に出入りして管理はどうなってるのかって言われる可能性が無いとは言い切れないだろ」
「そ、それは…………」
「だから生徒会に正式に入るなりするか、それか仕事内容を調整するかして、あまり手伝う事が無い様にするかしないと文句言われた時困るぞ」
「…………ごめんなさい」
姉さんはしゅんとして、頭を下げて謝る。別に責めてる訳じゃないのだが、何だか苛めている様で居た堪れなくなる。
「とりあえず、中に入って説明してもらうぞ。何を手伝えば良いか」
「へ…………?」
「廊下で立ち話するわけにもいかないだろ?」
「ぁ……ありがとう、久也君!!」
「むごっ!?」
姉さんの顔がぱぁっと明るくなったと思えば、視界が柔らかいものに覆われて暗くなる。また抱き付かれて、頭を胸へと埋められたとすぐに理解した。
「お、お姉ちゃん! ここ学園だよ!?」
「わわっ、そうだった……ごめんね」
愛乃の言葉で、姉さんは慌てて俺から離れる。その顔は恥ずかしさからか、少し赤みが掛かっていて色っぽいと思ってしまった。
「い、いや……それより早く中に入ろう」
「うん!!」
やれやれ……泣いた烏がもう笑ってるよ。我ながら甘いとは思う。でも、姉さんが困ってる姿は見たくないし、見逃せない。
「しっかりしてるようで、久も結構甘いよね」
リエルに言われなくたって自覚している。
「うるさい。そういうリエルだって、姉さんが困ってたから定期的に手伝ってるんだろうが。リエルの方が優しくて甘いだろ」
「…………ま、まぁね」
やられっ放しだと癪だから、言い返してやるとリエルはそっぽを向きながら、指先で髪を弄くってボソリと一言だけ呟く。そんな不意の仕草にドキッとした。
仕返しのつもりだったのに、そんな風に照れられるとは思わなかった。昔なら『久也の方が甘いもん』とか言い返して来たのに。
「二人共何してるの?」
「う、うぅん! 何でもない!!」
扉の向こうから顔を覗かせる姉さんにより、妙な空気は吹き飛ばされて、慌てながらリエルが生徒会室の中に入る。
(…………昔と、変わったって事か。リエルも)
身体の成長だけじゃなく、中身も成長して変わった。教室での小悪魔な行動で変わってないと思ってたけど……ちゃんと変わってるんだよな。十一年の月日があれば、何もかも変わるのは当たり前だ、俺もリエルも――昔とは違うんだ。
さっきの一瞬、リエルを幼馴染としてではなく、一人の女の子として意識してしまったのもそのせいだろう。
頭を左右に振って気持ちを切り替えて、リエルの後を追って同じ様に中へと入る。
「いらっしゃい二人共。それにしても入って来るの遅かったけど、何かあったのクロエ?」
生徒会室の奥では日に照らされて、輝く紅い髪をなびかせる女性生徒が座っていて、書類の束と向かい合っていた。
「あ!?」
「貴方は……!?」
俺の声に反応して、女子生徒が顔を上げると同じ様に声を上げて驚いていた。それもその筈――そこに座る女子生徒は、学園に来て一番初めに声を掛けてくれて、学内を案内してくれた子だったのだから。
「久也君、フォルティスと知り合いだったの?」
「あ、いや……ちょっと昨日、学園を案内してもらった人なんだ」
まさか初日に声を掛けられたのが生徒会長だったという事実に、更に驚きを隠せなくなった。あの時、名前を言ってすぐに理解したのも、動作がしっかりとしていたのも生徒会長だからこそ。というか俺の予想が当たっているとは思わなかった。
「昨日は本当にごめんなさい、蒼月君」
「いえ、気にしないでください」
一旦、手を置いて改めて頭を下げながら謝って来る会長に、手を振りながら全く気にしてないとアピールする。
そうでもしないとこの人はいつまでも気にして居そうだから。まさか昨日、しっかりと謝ったのに次の日も再度しっかりと謝られるとは思いもしなかった。
「ありがとう。そう言えば自己紹介がまだだったわね。私はフォルティス・セイクリッド。アシュライト学園で生徒会長をしているわ」
「もう知っているだろうけど、蒼月 久也だ。これからよろしく頼む」
「えぇ。いつもクロエから聞かされてたわ。やんちゃだけど真っ直ぐで優しい男の子だって」
「なっ!?」
な、何を言ってるんだ姉さんは!? ま、まさかと思うが仲の良い奴全員に俺の事話してないだろうな!?
「わああああ! 秘密にしてって言ってたのにフォルティスー!!」
「毎回毎回、可愛い弟の話を聞かされる私の身にもなりなさい」
セイクリッド会長は肩を落としながら溜め息を吐いていた。その心中はお察しできる……物凄く。姉さんの自慢話は、話す姉さんを見る分には楽しいのだが、話が長い。下手したら二時間、同じ自慢話を聞かされるはめになる。あの時は確か……初めて愛乃が料理できた時だったな。
あの喜び様、はしゃぎ様と言ったら今でも笑えるが、三十分を過ぎてからも止まらくて………思い出すと、つい口元が引き攣ってしまう。何だかんだでトラウマっぽくなってるからな……。
「フォルティス、今日は何をすれば良いの?」
「っと、そうね。今日は各活動の歓迎会等のイベントに関する書類を纏めて貰えるかしら。それと生徒からの意見書もお願いね。各生徒の神心旋律に関する報告書は私の方へ回して」
「分かったわ」
フォルティス先輩の指示に姉さんが書類へと向かうのだが――そこにある書類は幾つもの紙束が連なっていて山のようだった。
「うっわ……今回のは骨が折れそうね」
「あわわ……協力しないと日が暮れちゃうよ」
日が暮れるとか骨が折れるというレベルで済まないと思うんだが……ざっと見て、机の上にある紙束は両手で持つのも精一杯。それが六つ、いや……七つもある。それを五人で終わらせろと?
「む、無茶だろ……これ」
「だから私達が手伝ってるんじゃない」
ごもっともです。いやだからって他に生徒会に所属する生徒は居ないのか? こう考えてる間も時間は過ぎて行ってしまう。今は目の前の壁に手を付けなければ。
「……乗りかかった船だ。やってやるよ!」
「久也君が居るなら百人力だよ!! 分からない事があったら何でもお姉ちゃんに聞いてね」
こうして傾く日差しが差し込む中、地獄の作業が始まったのだった。
「フォルティス先輩、ここはどうすればいいんですか?」
「ここは……そうね。判断が難しい内容だから、要検討にしておいて」
「分かりました」
「あ、あの……これはど、どうすれば……」
「…………『新入生歓迎会! 男女混じっての混浴』。却下に決まってるわ。文句付けて返してやりなさい」
「は、はい!!」
リエルと愛乃の疑問にセイクリッド会長はてきぱきと指示を出して、次々と書類が片付いていく。あれだけあった書類の山も、一時間もしない内に半分になっていた。
絶望していたが、このペースだと日が落ちる前には終わりそうだ。
(にしても……なんだよこれ)
俺も負けずと次々と書類に手を付けて処理していくのだが……『新入生歓迎会は水着でキャッキャしたいので、プールの貸し出しを!』とか『酒池肉林の宴会を開きたいでござる』とか『女の子にモテるにはどうすればいいですか』とか。
物凄く馬鹿げた内容の意見ばっかりだ。まともなのが少ないくらいに。何なの……この学園、まともと思ったら生徒がまともじゃないの? というかこんなのばっかだから、書類の山になってるのか。
「や、やる気が根こそぎ奪われる……」
何が悲しくて、他人の欲望の山を処理しなければいけないのやら。それが生徒会の役割なんだろうけど……何だか遣る瀬無くなるんだが。
「あ、あははは……この学園、基本的に自由で放任だから」
愛乃が呆れながら言って来るが、限度ってものがあるだろうに。
「神心旋律の教育に力を入れている学園だから仕方ないのよ。自分の想いを奏でるのに縛りや制限は邪魔者以外何でもないわ」
「…………そう、なのかもな」
その通りだ。筋は通っているし、その方が神心旋律を奏でやすい。でも俺は――そこにいまいち、納得がいっていない。
「気持ちは分かるけれど、後少しだけ頑張って――と言える立場じゃないのだけどね」
「気にしなくて良いですよ。姉さんに連れられた時点で最初から手伝うつもりでしたから」
中身がこんなのだとは想像もしていなかったけどな。まぁこの感じだと後一時間以内には終わるから、気合入れ直して処理していくとするかな。
「それじゃあお願いね」
「分かりました」
セイクリッド会長に見送られて、姉さん達は書類の束を両手に抱えて、生徒会室から居なくなる。それぞれの活動場所に書類の返却や、教員の許可やサインが居る書類を職員室へと届けに行ったのだ。
力仕事だから、俺が行こうとしたのだが『無理矢理連れて来ちゃって、手伝わせちゃったから久也君は休んでて』――と、姉さんに言い切られてしまい、生徒会室に残ってセイクリッド会長と二人で書類の整理をしている。
(どうも姉さんには弱いな……)
反論したくても出来なくなる。男らしいところを見せようとしても、あんな風に休んでてと言われたら、大人しく休むしかなかった。
窓の方を見れば、紅く染まった空の中、日が地平線の向こうへと落ちようとしていた。
「今日は本当にありがとうね、蒼月君」
不意にセイクリッド会長が書類を整理しながらお礼を言ってくる。
「お互い様ですよ。俺も暇を解消できましたし」
「…………随分とお人好しね」
「性分ですから。一つ聞きたいんですけど、他の生徒会の人は? 生徒会がセイクリッド会長だけではないですよね」
「他の人は自分の事で精一杯なのよ。神心旋律が満足に奏でられない人も少なくは無い。自分の事が出来ないのに、他の事――学園の事にまで気が回せる余裕が無いの」
「…………そういう事ですか」
だから愛乃とリエルは姉さんと一緒に手伝っているのか。あの三人は昔から神心旋律に関しての成績はトップクラスだったからな。
「こちらも質問良いかしら?」
「何ですか、セイクリッド会長」
「――の前に、呼び方」
「え?」
「名前で良いわよ。そんな風にかしこまれて呼ばれるの、あまり好きじゃないの。生徒会長だけど、同じ生徒には変わり無いでしょう? だから隔たり無く皆と接したいし、接して欲しいの」
指を俺の方へと向けながらキッパリと言い放たれた言葉に、納得する。確かに会長とは言え、俺と同じこの学園の生徒だ。畏まって会長と呼ぶのはおかしい。考えてみれば、姉さん達も気楽に呼んでいたな。
「えっとじゃあ――フォルティス」
「――――!?」
畏まらずに気楽。つまり単純に友達として名前を呼ぶと、冷静だった表情が一瞬にして驚きの表情へと変わる。夕日に照らされてよく分からないが、微かに夕日ではない赤みが頬に掛かっている様に見える。
「と、年上に向かっていきなりの呼び捨ては……そ、その……失礼よ!」
「す、すまない。フォルティス……先輩?」
「それで構わないわ。…………い、いきなり名前を呼び捨てされたなんて……初めてだわ……」
後半の方はぼそぼそと小さかったのであまりよく聞こえなかったが、納得はしている様だった。後半、俺に対する文句ではないと願いたい。
一つ咳払いをしてから、フォルティス先輩は改めて話題を切り出してくる。
「質問と言うより雑談に近いけれど、蒼月君の事、聞かせて貰えないかしら?」
「俺の事……?」
「クロエが何度も話して来たから、少しは気になってしまうのよ」
確かに……姉さんの自慢話は長いのが玉に瑕なのだが、聞いていると無性に気になってしまうのだ。そのおかげで知らない事をたくさん知る事が出来た。同時に、何回かは痛い目にもあう事もあったのだが、それはまた別の話。
だがしかし、俺の事を聞かせてと言われてもな……特にこれと言って話す事も無いんだよな。
「…………俺の話というか思い出話で、姉さんみたいな自慢話みたくなるけど良いのか?」
「構わないわ」
悩んだ末、話す事は思い出話しか思いつかなかったのだが、フォルティス先輩が了承してくれたので存分に話す事にしよう。
「愛乃とリエルとは家が隣同士でさ、物心付いた時から一緒で、幼馴染なんだ。姉さんは家が真正面でいっつも四人で遊んでたんだ」
男みたいに活発で行動していたリエル。ずっと俺の隣から離れなかった愛乃。それを見守る姉さん。そんな三人に俺は常に振り回されていた。
何をするのも一緒で――喧嘩も何度もした。その度に仲直りして、一緒に笑い合っていた。
「男は俺一人だけだからさ……苦労したよ。振り回されたのもあるけれど、小さい頃の男って意地っ張りでかっこよくなりたいとか思うから……」
「放っておけない。その結果、お人好しになったのね」
「はは……その通り」
困っている姿を見たら放っておけない。昔からそうだった。両親の影響もあるのだが、男の子が俺一人という事もあって愛乃、リエル、姉さんの誰かが困っていたり、泣いていたら放っておけなかった。気が付けば、お人好しになるのは必然的だ。
「ま、両親の影響もあるんだけどな」
「そう言えば、転入前はこことは違う場所に居たらしいけど……ご両親のお仕事の都合かしら?」
「あぁ。親父と母さんは孤児や困っている人を保護したり、助けたり、導く。言ってしまえば個人的にお節介をやきながら各地を回ってるんだ。そんな元に生まれたら――お人好しにしかならないさ」
「そうなの。でも、それだと小さい頃からご両親とはあまり一緒に過ごしては――」
「過ごしたり過ごさなかったり――かな。気まぐれで、お人好しの二人だからな」
俺みたいな子供を放置するなんて選択肢は無かったんだろうな。いない時は寂しいと思ったけど、しばらく経てばまた帰ってくる。それが分かってたからこそ、俺は一人でも耐えられた。
まぁ、愛乃達の両親にも世話になる事も多かったから、独りで寂しいと言う事は無かった。
「それで十一年前にエリクシルの方へ行くって言われてさ。さすがにすぐには帰って来れないから俺も付いていったんだ」
「じゃあ、愛乃さん達とは離れ離れに?」
「……戻って来て、まだ同じ場所に居てくれてるとは思わなかったけどな。皆、都会の方へ行ってるものと思ってたから」
「羨ましいわね。私にはそういう関係の子も、兄弟もいないから」
遠い目でフォルティス先輩は窓の外を見ながら書類を持って立ち上がり、棚の方へ歩いていく。
「でも、クロエが自慢げに話す理由、何となく分かったわ。そんなにずっと一緒なら、年上であるクロエにとっては弟みたいなものになるから。親馬鹿もといブラコンね」
ひ、否定はしきれない。そして逆に俺もシスコンと言われても否定できない。
「そんな蒼月君に、一つだけ質問があるの」
さっきまでとは違った声色で、フォルティス先輩は言葉を続けていく。
「気を悪くしたら謝るわ。答えたくなかったから答えなくても構わない。会話の流れとは関係無いし、単にこれは私の好奇心と疑問から聞く事だから。さっき、作業中に私が神心旋律の教育の事に話したわよね? その言葉を聞いて、一瞬貴方の表情が曇ったのは何故か聞いても良いかしら?」
「………………っ」
「貴方は、この学園に『長年奏でられない、神心旋律を奏でる為』という理由で転入して来た。でも、この学園の成り立ちや理念の話題になった瞬間、あんな表情をしたのが気になったの」
「………………」
答えるかどうか迷った。正直、俺が思ってる事はこの世界では異常と判断されるものだ。それを簡単に知り合ったばかりの人に話すのはどうかと思う。というより、他人においそれと話す事じゃない。現に、愛乃達にも、セフィル先生にも話していない。
「別に責めているわけじゃないの。ただ学園を導く私だからこそ、知っておきたいと思ったから……」
「――――誰にも話さない。その条件なら答えてもいい」
気付いたら俺はそう言っていた。フォルティス先輩になら、何か答えてくれるかもしれない――そんな希望がどこかにあったから。
「…………分かったわ。約束する」
俺の声色から判断したのか、フォルティス先輩は一旦作業の手を止め、こちらへと向き直った。
「自分の想いと共に神と旋律を奏でるのは神心旋律。でも、その為に機関で教育されるのはおかしいんじゃないかって俺は思ってる」
「……それは何故?」
「自分の想いを音色で奏でる。だが、それを他人が常に調律するのはどうかと思う。結局、神心旋律は自分だけのものだ。そりゃ、他人の手助けは必要だと思う。でも――組織が管理しながら教育して、神心旋律を奏でさせるのはどうかって思ってる」
「つまり、自分の旋律を組織ぐるみで調律するのは変って話なわけね」
「…………そ、そうだ」
何か答えてくれるかもしれない――そんな淡い願いにスッとフォルティス先輩は答えた。まさか真面目に返答してくれるとは思いもしてなかったので、つい言葉に詰まってしまう。
だって俺が言っている事は、人が人を殺していけないというルールに、納得していない、変じゃないのかって言ってるのと同じなのだから。
「確かに、蒼月君が言っている事は異端ね。この世界探してもどこにもそんな人はいないわ。でも――言っている事は分からなくは無い。神心旋律は神様から渡された力。神様と一緒に自分の本当の想いや願いを探しながら、最後は自分の旋律を奏でて、その力で想いや願いを満たすもの。なのに、大勢でその人の旋律の道しるべを与え続けるのはおかしいって思っている――で合ってる?」
「あぁ……その通りだ」
神心旋律とは自身の信念や想い、夢、願いを旋律として紡ぎ奏でる事で、自身に宿る神を力として具現化することが出来る力。その旋律の力で人々は、神と一緒に自分の中にある想いを叶えてきた。
つまり元来は神と一緒に探っていく力。組織が教育するものではないと俺は考えているのだ。
「教育されながら、言われた通りに旋律を奏でる――神心旋律、本来の意図とは違っているのも確かよ。でも、それが無ければ、人は中に秘める想いという欲望に飲まれて夢中になってしまう。その結果が――ラグナロク戦争。結局、人には抑制するものが必要なのよ」
ラグナロク戦争。それはかつて数百年前、世界を崩壊させかねない程の戦争がミルトリアとエリクシル間で起きたのだった。それは神と科学の戦争――どちらも強大な力を秘めているが故に、世界は崩壊寸前まで陥ったのだ。
ラグナロク戦争勃発となった、ミルトリアのとある旋律者の死亡により戦争は終結へと向かった。皮肉にも、ラグナロク戦争があったからこそ、ミルトリアは神心旋律への考え方。エリクシルは導力機器の開発。それぞれの発展の道筋が作られ、同時に今のしっかりとした神心旋律を教育する組織が幾つも作られたのも事実なのだ。
だが数百年経った今でも――その傷跡は各地に残っている。だからこそ、親父達の仕事は減るどころか、増える一方で後を絶たない。
「神が人を知ろうとしたからこそ、起きてしまった事――だが管理と教育をされた神心旋律には意義が無い。少なくとも、人は神を知れていない。人は人の元で神の力を利用しているに過ぎない」
「……そう、かもね」
少しの間、沈黙が流れていく。
「まさか、真面目に答えられるとは思いもしなかったよ」
沈黙を破ったのは俺からだった。さすがに重い空気を続けるのは居心地が悪かったし、このまま話を続けても平行線だと思ったからだ。
この話題の答えは誰にも分からない。価値観の問題なのだから。
「意味も無い突拍子な事を言う人じゃないでしょ、貴方は」
「…………」
さも当たり前の様にそう答えられて、呆気に取られる。まさかそんな風に言われるなんて……フォルティス先輩には驚かされてばかりだ。
「でも、そんな貴方がどうしてこの学園に転入を? 愛乃さん達はここに居ないと思っていたなら、エリクシルからミルトリアの辺境地ヴェルディアまで戻ってくる意味は無いでしょう。故郷が恋しくなった、故郷が発展したから、アシュライト学園に有名な研究家であるセフィル先生がいるから――という理由も無くは無いけれど、貴方の話を聞く限りじゃ理由としては弱い気がするのよ」
「それは――」
さすがに夢で声が聞こえて、戻ってきてと言われたから、アシュライト学園に転入しました――なんて言える訳が無い。さすがのフォルティス先輩でもこればかりは言えない。
「ま、その辺の詮索はぶしつけね」
フォルティス先輩は肩をすくめながら、目の前に残る書類の束を両手に抱えて、立ち上がり、棚の方へと歩いていく。足場を踏んで、棚へ次々と分類ごとに纏められた書類を収めていく。
あのまま追求されなくて、助かったのか、そうじゃないのか。もしあのまま追求されていたら……俺は答えていたのだろうか。
正直、夢に関する事は分からない事が多すぎる。誰かの意見を貰いたいのも事実だ。でもそう易々と他人に話してはいけない――そんな気がするのだ。
(過ぎたことを考えても仕方ないか)
同じく書類を抱えて、フォルティス先輩の方へと歩き出した瞬間――
「えっ……!?」
高い所に書類を収めた瞬間、バランスを崩したのかフォルティス先輩の体がグラリと崩れていく。
「危ないっ!!」
手に抱える書類の束を放り投げてフォルティス先輩へ向かって走り飛ぶ。バランスを崩して、転倒しそうになる体を腕で支える。その瞬間、頭上から肩に掛けて重い衝撃が走っていく。
思いもしない方向からの衝撃に、踏ん張る事が出来るわけもなく、フォルティス先輩と一緒に地面へと倒れ込むのだった。
「っぅ……!?」
背中から大量の紙が落ちてくる。どうやら棚に収めていた書類とファイルが一斉に俺の背へと落ちてきたのだと理解する。
紙とは言え、量が重なると鈍器になるな……それよりフォルティス先輩は大丈夫なのか?
ふにょり。
手を動かすと、触った事の無い様な柔らかさが手の平全体に伝わってくる。視線を動かすと、目の前には女子生徒の制服。つまり……フォルティス先輩は俺の下に居る。それで手の平の柔らかさ――それだけで俺の頭は全てを理解した。同時に本能が警告と暴走を開始する。
このままだと事故という事で済むぞ、もっと触っちまえと悪魔みたいに囁く暴走。逃げろ、出ないと死ぬぞ! 評価ががた落ちになるぞと囁く警告。
「――――――――――」
フォルティス先輩の顔を恐る恐る見てみると、真っ赤になってぷるぷると震えていた。まずい、本能の暴走よりも逃げなきゃやられる!! そう直感して、起き上がろうと体を動かす。
「あんっ……ん」
「っ!?」
今までに聞いたことが無い甘い声がフォルティス先輩から零れる。突然の声に全身が硬直して固まってしまう。
お、俺はまだ何もしてないぞ。変なところ触ってないぞ。腕は微塵たりとも動かしてないぞ。なのに何であんな声――…………俺の脚が、フォルティス先輩の太股の間に入っていました。
なら声が出ても仕方ないな、うん。いやいやいや、そんな現実逃避している場合じゃないから。命の危機だからこれ。
「わ、わ、悪い!! すぐ退くから!」
体を起こそうとすると、背中に重みが圧し掛かり、すぐに起こせない。書類やファイルとは別に何かが詰まった箱が落ちてきて、俺の背中に乗っているようだった。
だからどうしても腕や足に力を入れなければいけない。そうなると動くなというのが無理な話だった。その上、冷静さを失っているせいで中々上手く身体が動かせない。
「んぁっ……!!」
(ああああああ!! 何とかしないとやばい!!)
色んな意味で俺が耐えられなくなる!! ここは一度冷静に落ち着こう。深呼吸だ、深呼吸。
深呼吸すると花の様な良い香りが鼻へ漂ってくる。それは女の子らしい良い香りで――……って逆効果だよこれじゃ!! つか冷静に考えたら、胸触ってる手を離して、それで背中のもの退ければいいじゃねぇか!!
それに気付くと、あっさりと体を起こす事が出来て、フォルティス先輩の上から離れる事が出来た。冷静さを欠くと本当にダメな方向にしか進まない……だがさっきの状況で正常に自分を保てというのは……男として無理がある気がする。
「え、えっと……立て、ますか?」
手を差し伸べると、フォルティス先輩は俯きながら、手を取って立ち上がった。しかし、顔は俯いたままで、震えている。
どれくらい時間が経ったのか分からない。実際は数秒、数十秒かもしれないが、俺には一時間くらいに感じた。フォルティス先輩はようやく、俯いた顔を上げた。
「っ!?」
フォルティス先輩は顔を真っ赤に染めながら、ぷるぷる震えていて、その瞳には大粒の涙を溜めていた。それを理解した瞬間に、凄まじい勢いの衝撃が左頬を襲った。
それがフォルティス先輩にグーパンチで殴られたというのを理解したのは、地面に腰を付けてからだった。
「っ…………!!」
そして生徒会室から走り飛び出して行ってしまった。突然の事で呼び止めることも出来ないまま、俺の手はただ虚しく空に伸びるだけで、生徒会室には散らばった紙と俺だけが取り残された。
「………………何、やってんだ俺」
殴られた左頬はズキズキと痛むが、それ以上に心の方が痛かった。不可抗力とは言え、女の子にとっては大切な場所に触れてしまった。情けない……ただ女の子と密着して触れただけで、男として冷静さを失った事に、自分が情けなくなる。
今から追いかけて謝る――でも謝ってどうする? 謝らなきゃいけない。でも今追いかけたところで話を聞いてくれるとは限らない。
「…………片付け、なきゃな」
立ち上がり、床に散らばった紙を拾い上げていく。時間が経てば、姉さん達が帰ってくる。それまでには綺麗にしておかないと、何を言われるか分かったものじゃない。
(いや……フォルティス先輩が居ないのと、俺の左頬の状態で何かしらは言われるか)
溜め息を吐きながら、明日ちゃんと会って謝らなければ――話を聞いてくれなくても、嫌われていても。してしまった事は取り返せないのだから。
◆
「はぁ……」
湯船に浸かりながら溜め息を零す。結局あの後、姉さん達にはしつこく問い詰められた。だからって何があったか全部話すわけにもいかず、適当に誤魔化すしかなかった
風呂に入れば、水と一緒に色々と流れれば良いと思ったが、そんな単純な性格じゃなかった。むしろ今日の出来事を思い返して溜め息だけが零れる。
朝は姉さんと愛乃が一緒に添い寝されて、リエルに勘違いされて時計をぶつけられるわ、夕方はフォルティス先輩と不運な事故が起きるわ……今日一日で波乱な事が起きすぎじゃないか? 女難の相でも出てるのか?
こっちへ帰って来て、色々と振り回されて、苦労してばかりだ……まだ帰って来て二日目なのに。でも、それだけ充実してるとも言えなくは無い。少なくとも、親父達とあちこち回ってる時よりは楽しい――と思えている。とはいえ、親父達の日常と暖かい日常を比べるものでもないが。
「久、お湯加減どう?」
「ん? 丁度良いけど?」
そんな事を考えると、風呂場の外からリエルの声が聞こえてくる。
「良かった。じゃあ私も一緒に入るね」
「あぁ……――あ? ちょっ!?」
浴室のドアがガチャリと開く。そこにはバスタオル一枚姿のリエルが立っていて、咄嗟に体を百八十度回転させる。
「ななな、な、何を、何入って来てるんだよ!?」
「何って……そりゃ、久の背中流そうかなーって」
「流そうかなーってじゃないだろ!?」
この歳にもなって混浴はまずいだろ!! やっぱ女難の相あるんじゃないのか俺!? いや、女難は男性が女性に好かれる事によって災難を受ける事を指す。これは災難とは言えないから、正確には女難とは言えない――ってそうじゃないだろう!
「それに、朝の誤解のお詫びもあるし……」
「あ、あれは気にしてないし、俺も悪かったから! だから早く出て行ってくれ!!」
じゃないと色々とまずいんだよ! 男として耐えるのにも限界はあるんだ。ほぼ裸に近い男女が狭い浴室に。いくら幼馴染とは言え、意識しない方が無理がある。
「それじゃ私の気が済まないの! ほら、早く浴槽から出てきて」
「ふぉおおおお!?」
むにゅり、とバスタオル一枚越しに柔らかい感触が腕に当てられて妙な声が出る。そんな事にお構いなしにリエルは俺の腕を引っ張って、浴槽から引き摺り出そうとしてくる。
「わ、私だって恥ずかしいんだから、早く出てきてよ!!」
「そう思うなら風呂場から出ろよ!?」
「久の背中流したらすぐ出るわよ! ち、小さい頃はよくしてたでしょ!?」
確かに小さい頃は愛乃とリエルの三人で一緒に風呂に入って、洗いっことかしてたが、昔は昔。今は今だ。小さい頃にしていたからって、今そう簡単に出来る訳がない。
「昔と今とじゃ色々と違うだろ!」
「いいから! 私に流させなさい!!」
「っ~~~~!! わ、分かった!! 分かったから離れてくれ!!」
強情なのか、ムキになっているのか、リエルは譲らずに俺の腕を引っ張り続ける。その為、体が腕に小さくも大きくも無い――いわゆる普通サイズの胸が密着してきて常に押し当てられる状況になってしまった。
羞恥心と理性が耐えられずに崩壊する前に、折れるしか取る道は無かった。頭を項垂れながら、風呂場の椅子に腰をかける。勿論、下半身はしっかりとタオルでガードして。
「最初からそうしてればいいの! それじゃ、洗うわね」
「あぁ……」
もうどうにでもなってくれ。というか最初から大人しく従っていれば、問題なく済んだような気がしたが……だからって素直に従えってのもなぁ。
「んっしょ、んしょ……これくらいで大丈夫?」
「もっと強くしても大丈夫だぞ」
「ん、分かった」
リエルの手がタオル越しとは言え、俺の背中を擦っていく。少しだけ強く擦られているけれども、やっぱり女の子なわけで男に比べて力不足は否めない。若干こそばゆい感覚が背中を何度も通り過ぎていく。
「お客さん、気持ち良いですか~?」
後ろから楽しげな声でリエルがそう言ってくる。鏡越しに映ったリエルは楽しそうにしていた。
「十分、気持ち良いよ。リエルにして貰ってるからかな」
冗談めいた事を言ってからハッと気付いた。昔と同じ様に、冗談半分で言ったら、放課後の廊下で変な空気になったことをすっかり忘れていた。
「………………ば、バカ!!」
案の定、リエルの手は止まり、俯きながら真っ赤になっていた。いかんな……どうも昔の印象が強すぎて、冗談半分を言ってしまう。すぐには直らない――だってリエルに対する俺の記憶は十一年前で止まっていたのだから。
「久、自然とそう言うの……卑怯だよ」
「………………」
何も答えない。答えられなかった。俺としては冗談のつもりで言ったが、それを受け取ったリエルはまるで恋する女の子の様な表情だったから。
(ま、まさか――――な)
ありえないありえない。リエルが俺を? 絶対にないない。俺なんて取り得も特に無いし、かっこよくも無い。それに比べてリエルは可愛い上に取り得もある。釣り合う訳が無い。
「そ、それよりも! 放課後の件。絶対フォルティス先輩に何かしたでしょ?」
慌てながらリエルはよりにもよってあまり触れられたくない話題へと転換してくる。
「…………だから、何もしてないって言ってるだろ」
「久はそう思ってるかもしれないけど、フォルティス先輩はそうじゃないの。あの人、男の人に全く免疫無いのよ? だから浮いた話一つ無いの」
「…………そう、なのか? 免疫無いわりには普通に俺と話してたぞ?」
「仕事上の話だからよ。プライベートになるとダメダメなのよ? だから、久がそう思って無くても、先輩にとっては何かされたのと同等になるの!」
それは……知らなかった。だから何も言わずに飛び出して行ったのか――状況が状況だけに、男に慣れていないを除いても当然だとは思うが。
「だから、ちゃんと謝りなさいよ?」
「言われなくても分かってるよ」
あんな事をしておいて謝らなきゃ人間としてどうかと思う。しっかりとケジメは付けるつもりだ。
「…………あ」
ふとリエルが小さく声を上げる。何故声を上げたのか――その理由はすぐに分かる。リエルの手は、俺の左肩に痛々しく残る古傷に触れていた。
「この傷……」
「…………」
この傷は俺達にとって重いものだ。続くと思っていた日々を途切れさせた痕だ。決して消える事は無い傷。
「……消えないの?」
「消せない――らしい。傷が広い上に深く痕に残ってるらしくてな」
「嘘」
「え…………?」
「嘘、だよ。それは」
リエルの手がタオル越しではなく、直に傷痕へと触れ、柔らかな指が傷痕を撫でていく。
「神心旋律なら消せるよ。だって傷ついた人を治したいって旋律を奏でる人なら……治せるって先生に聞いたから」
「それは…………」
リエルの言う通りだ。この傷は俺が望めばいつだって何事も無かった様に消える。神心旋律の力でいつでも消せた。でも、俺は望まなかった。あの事件を忘れない為に、自分自身の戒めとして残し続けている。
「もしかして……ずっと、あの時の事、気にしてるの? 背負い、続けてるの?」
俺の心の中を読んだ様に、リエルは呟く。俺はただ視線を逸らして沈黙を続けながら、リエルの言葉を聞き続けていた。
「私は……愛乃もお姉ちゃんも、あの時の事は気にしてない。皆、仕方の無い事だって言ってる。悪い事が重なって、起きた事だから……久が気にする事じゃない」
「っ!?」
リエルの白い肌が視線に入ったと思えば、背中からリエルの温もりがすぐ近くに感じられた。腕を伸ばして、後ろから抱きつかれていると理解するのに数秒掛かった。
「もう久は気にしなくて良いんだよ? もう、あんな事にならない為に――私は守れる力を身につけたから。だから、大丈夫だよ」
「………………リエル」
「今度は、私が……絶対に久を――今度は絶対に守るから」
ただ体全体でリエルの柔らかさと温もりに包まれていた。抱きついた時に落ちたのか、背中に当たる感触にバスタオルの存在は無く、そんな状況に俺は必死に耐えていた。
「ぁ……う、リエ……ル。そ、その……当たって……るんだが」
やっとの思いで出た言葉は、途切れ途切れで情けないものだった。この状況でしっかりと居られる奴はそれだけ堅物なのか、それとも女の子に興味が無いのかと思う。
「あっ……ごごご、ごめん! 背中流したし、もう出るね!!」
そう指摘すると、リエルは慌てて俺から離れていった。まさかと思ったが、自分の状況に全く気付いていなかったらしい。そのままバスタオルを拾い上げて風呂場から居なくなり、寂しいとか勿体無いとか思わなかった――と言えば嘘になる。
「…………つ、疲れた」
緊張から解き放たれて、体がぐったりとしていても、未だ心臓は激しく動いている。理性がよく保ったと自分を褒めてやりたい。
「………………絶対に、守る――か」
リエルの言葉を思い出していた。あの言葉は真っ直ぐで優しかった。でも、同時に辛くもあった。あの事件があったから、リエルをそんな風に思わさせてしまったと。無論、こんなの俺の勝手な考えだ。リエル自身、そんな風には思っていないだろう。
仮に思っていたならば、こっちへ戻って来て最初に会った時に冷たく反応されるか、怒りをぶつけられていた筈だろう。
「でも…………それじゃ、意味――無いんだよ。俺が……あの時と、何も変われていないじゃないか」
その気持ちは嬉しい。でも俺はあの日、決意したんだ。罪悪感の中で、小さいガキだから甘い考えからでたものだけど――
『絶対に、二人を守る力を手に入れる』
そう答えを出して、決意した。それだけはリエルや愛乃に何を言われようと折り曲げることは無い。勝手な考えかもしれないけれど――それだけの為に、十一年間、必死に生きてきたのだから――…………。