表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DORAGON創世記譚 邪黒の剣  作者: 陸王壱式
5/18

第1章 追跡者 ―4―

 ロイドベル連合国内、旧バルトーラ領(現バルバロス領)スパンツァニが保有する港・バルトーラ港。軍事大国ブラバマハルから始まり、他大陸の航路を主軸とする、レスナード大陸随一の規模を誇る港である。旧バルトーラ領の玄関口と称され、三大交易都市に名を連ねるスパンツァニにとって、今や無くてはならない港だ。

 港には見事な大型帆船が並び、観光客目当ての露天商がひしめき合う。港に設けられた広場では、木刀を使った賭け試合や大道芸の一団が、道往く人々の目を楽しませていた。その往来は、行商人の姿ばかりでなく、傭兵や学者、魔術師らしき者や騎士然とした者など、様々な職種の恰好をした人々で溢れていた。温暖な気候と街が開けていることもあって、皆が陽気で、見知らぬ者にも気さくに話しかける。初めて訪れた者は、その賑やかな様に圧倒されることだろう。

 当然、ディレイも、その一人である。クィントロー島行きの船が数日に一便しか出航せず、足留めをくらっていたから尚更だ。ハシュレイに手を引かれながら、充満する熱気と祭りのような賑わいを見せる光景に興奮し、終始ご機嫌である。辺りをキョロキョロ見渡し、珍しいものを見る度、ハシュレイを質問責めにした。

 そんなディレイが、乗船手形を手にしたハシュレイに連れて行かれた先は、港の一番端の船着き場であった。

 あれほどごった返していた人の波も、うるさいくらいの陽気な笑い声も、ここまで来ると幻かと思うほど閑散とし、ディレイの意気は徐々に消沈していった。そして、とどめを刺したのが、大型帆船とは随分見劣りする一艘の船だ。

 既に乗船は始まっており、様々な恰好をした人々が、短い列を作っていた。

 ハシュレイは、唯一の露天商から、水と干し肉、そしてパンを買い、不満気に顔をしかめるディレイの手を引いて、列に並んだ。

「そんなに腐るなよ。辺境の島へ行く船としては、まだマシな方なんだぞ。それに、特等席が用意されるから、楽しみにしてろよ。」

 人ごみを掻き分けていた時は神経を尖らせていたが、乗船が間近に迫るにつれ、ハシュレイは悪戯をたくらむ悪童のようになっていった。彼の思惑を測りかねずにいたディレイは、怪訝に思いつつも、船や乗船員の恰好を見ると、やはり溜息がこぼれた。

 鼻を押さえ、不快感を露わにする乗船員に乗船手形を渡し、ハシュレイはにやつきながら、ディレイはすっかり肩を落として乗り込んだ。

 まばらな人の波に従い、甲板から船室に降りると、なるほど、ハシュレイが言う通り、それほど酷い船ではなかった。流石に、大航海をする大型帆船にあるような個室や食堂はなく、間仕切りさえも設けられてはいなかったが、けれど、天井は思いのほか高く、幅も奥行きも充分ある船室だった。そこには、ディレイが想像していた以上の人数の客が居て、皆 思い思いの格好でくつろいでいた。

 階段下で思わず足を止めてしまったディレイは、一人の初老の男に押しのけられ、続いて子ども連れの夫婦に階段脇に追いやられた。

 蝶番が軋む甲高い音が響き、気になって振り向き仰ぐと、船員の一人が仲間と他愛のない会話をしながら扉を閉めるのが見えた。

「ディレイ。」

 名を呼ばれて我に返ったディレイは、ハシュレイの姿を探した。

 ハシュレイは、いつの間にか船室の中程まで進んでいて、手招きをしていた。

 ディレイは他の客にぶつかったり、蹴って(つまづ)いたりしないよう、足元に注意を払いつつ、埃っぽいが両側の壁面にある採光窓から差し込む陽光に照らし出された室内を眺めながらハシュレイに近付いた。

「すごい人だね。」

「俺が以前利用した時は、この半分位だったけどな。」

 そんな会話をしながら船室の最奥まで進んだハシュレイは、その角に手頃な場所を見つけ、腰を落ち着けた。

 近くには、身体を曲げて横になり、既にいびきを立てている男と、赤子を抱く若い女が座っていて、子を愛しそうにあやしていた。女と目が合い、優しげな笑みを向けられると、ディレイは少々ぎこちなく会釈をして、ハシュレイに倣った。

 板張りの床に船旅はつらいだろうから、と手渡された毛布を几帳面に折り畳んで、その上に腰を下ろした。次に、先程 露天商から買ったパンと、常備している木の実が入った小袋が差し出される。それを受け取った時、作業であわただしかった船室外が一瞬静まり、出航を告げる角笛が鳴り響いた。

 急激な横揺れが二、三度あり、ディレイの身体も大きく傾いだ。思わず小袋を手放し、ハシュレイにしがみ付く。

「ハシュレイ、外が見たい。」

 横揺れが治まると、ハシュレイに支えられながら立ち上がり、パンを置いて、採光窓へと両手を伸ばした。けれど、指先すら窓には届かず、ディレイはハシュレイを見た。

 水を飲んでいたハシュレイは、仕方がないなと言わんばかりに立ち上がり、窓を覗いて外を見た。

「ねぇ、何が見えるの? 僕も見たい。」

 せがむディレイに微笑し、ハシュレイは彼を抱え上げた。

 急に視線が高くなったディレイは室内を一瞥した後、窓の外に視線を向けた。そこには、岸がどんどん離れていく様が映った。帆船の帆が海原に白く輝き、人や建物が少しずつ縮小されてゆく。やがて、港の全体が見渡せるようになり、輪郭がぼやけてくると、ディレイは満足し、ハシュレイに礼を言った。

 揺れる床に降ろされたディレイは、よろめきながら元居た場所に戻り、膝を抱えて座った。そして、パンを拾い、ふと辺りを見渡すと、何やら違和感を感じた。先程まで、近くでくつろいでいた者達の姿が見当たらないのだ。隣で寝ていた男も、荷物ごと居なくなっている。今も少し離れた場所で、若い男がそそくさと荷物をまとめ、鼻と口を塞ぎながら甲板に繋がる階段を目指し、移動していた。

 広く空いた場所に、ぽつねんと座るのは、ハシュレイとディレイ、そして、赤子を連れた女性だけとなった。

 暫く、キョトンとしていたディレイであったが、先刻出て行った男の仕草と、乗船前のハシュレイの言葉を思い出し、ピンときた。

「……特等席が用意されるって…このこと?」

 半ば呆れてハシュレイを見ると、諸悪の根源はしたり顔で寝そべっていた。ディレイはずっと傍に居て、いつの間に嗅覚が鈍くなったのか、すっかり忘れていたが、この男の体臭は悪臭といっても過言ではないくらい酷いのだ。

「湯浴みくらいすればいいのに。」

「この方が動きやすいんだ。」

 そう言って長い足を伸ばし、大の字に開いた。

「皆に迷惑だろ。」

「今日は良い陽気だし、この一帯は夜でも暖かい。満天の星を眺めながら一夜を過ごすのも、良い気分転換になる。それに、明日にはクィントローに着く。こんな埃っぽい所に居るより、甲板に出て海を見ている方が、退屈もしないだろ。」

 減らず口ばかりたたくハシュレイに、ディレイはあからさまに軽蔑の眼差しを向けた。

「不衛生だろ。僕の怪我がひどくなったら、ハシュレイの所為だからね。」

「その辺に、ぬかりは無い。お前に使った化膿止めの薬草は一級品だ。その証拠に、右腕以外は完治したし、それに、お前は、傷の回復は早い体質だろ?」

 言われてみれば確かにそうだ、と頷きかけた時、話をすり替えられた事に気付き、ディレイは半眼になった。

「知ったふうな事を言って、話をすり替えないでよ。」

 ディレイは口を尖らせ、両手を上げて、ハシュレイに飛び掛かった。

 その時、不意にクスクスと品の良い忍び笑いが聞こえて、二人は声の出所に視線を向けた。

「あ、ごめんなさい。あんまり楽しそうだったものだから、つい……。」

 そう言って、赤子を抱いた若い女が、細い肩を竦めてから、ゆっくりと丁寧に頭を垂れた。

「仲が良いのね。父子(おやこ)で旅だなんて、素敵だわ。」

 女が柔和な微笑を浮かべて言うと、返答に困って(うつむ)いてしまったディレイに代わり、上体を起こしたハシュレイが人当たりの良い笑みで挨拶をした。

「君の子か。可愛いじゃないか。何歳なんだ?」

「八か月になったばかりなの。夜泣きがひどくて……。騒々しくしてしまったら、ごめんなさい。」

「名前……何て言うの? ……あ、僕はディレイ。」

 おずおずと顔を上げたディレイが、ハシュレイの胸の上から離れて尋ねた。そうしながら、ディレイは先程の二人の会話を反芻し、喜びを噛みしめていた。父子に間違えられた事と、ハシュレイがそれを否定しなかった事が、何故だかとても嬉しかったのだ。

「カナンと言うの。……カナン・カナル。私は、リアーナ・カナルよ。よろしくね、ディレイ君。」

「……近くで見ても?」

 リアーナは是非にと微笑し、ハシュレイもまた頷いて、ディレイの好奇心を止める事無く促した。

 ディレイは満面に喜色を浮かべ、リアーナに近付いた。

 ハシュレイは愉し気に談笑する二人を眺めながら、どこからともなく聞こえたゾルの囁き声に耳を澄ました。

「あの赤子から妙な力を感じる。」

「あぁ。どういう訳か知らんが、精霊の加護を受けているようだな。あの調子だと、母親も気付いていないだろう。契約を交わさず、精霊が人族に懐くなんて聞いた事もないが、そういう事もあるんだろう。……それより、どうだ?」

 言って、こちらを見て微笑んだリアーナに愛想を振りまくと、ハシュレイは俄かに険しい表情をした。

「何者か分かりかねるが、我らを追う者の気配が、闇を伝って届く。」

「……奴か?」

「おそらく。しかしながら、距離は遠く、すぐに危害が及ぶとは考えにくい。―――ただ……、」

 ハシュレイは傍らに潜む、深い影に一瞥を向けた。

「別の気配が、急速にこちらに向かって来ている。」

「……! それを早く言え!」

 言うやいなや、ハシュレイは邪黒を手に取り、ディレイの目を盗んで立ち上がると、人知れず船室を出て、甲板へと上がっていった。

 

第一章 第四節をお届けしました。

いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけましたか?

次回から、二章に突入です。次回は、早ければ、6月7日。遅くて14日には更新できるかと思います。

読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。


知人から、難しい漢字が多くて、文面が固いとのアドバイスをいただきました。ので、今後は、その辺りも踏まえて、更に読みやすく、感情移入しやすくなるよう努力します。

どうか、皆様、今後もハシュレイやディレイの応援を、何卒よろしくお願い致します。

陸王一式

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ