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DORAGON創世記譚 邪黒の剣  作者: 陸王壱式
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第1章 追跡者 ―2―

 その頃、フィディカ村の外れにある(あば)ら屋を目指して、緩やかな斜面を下る一人の少年がいた。

 色白の肌をしており、右側に集めて束ねた白金色の髪の先は胸元に届く程であったから、遠目に見れば少女のようにも映る。少しばかり吊り上った目許は涼しげで、彫りはさほど深くはないが、上品な顔立ちをした美しい少年だった。

 少年の脇には、毛並みが整った白い大きな細身の犬が付き従い、より一層近付き難い気品と品格を醸し出していた。

 少年が荒ら屋に辿り着くと、荒ら屋は火災で焼け崩れた無残な姿で出迎えた。庭は踏み荒らされ、菜園にも複数の足跡が見受けられた。

 少年は燃えて炭と化した柵を手で軽く押し、庭へと足を踏み入れ、佇んだ。目の当たりにしてみると、燃えただけではなく風雨に晒され続けたらしき荒ら屋は、辛うじて形を留めているに過ぎず、かつて人が住んでいたとは思えぬ程、荒れ果て、朽ちていた。当然、建て直す気配など微塵もない。

 少年が一歩を踏み出す。彼の脇を細身の犬がすり抜け、いち早く家屋の中へと駆けて行く。歩きながら、彼は空をちらりと仰ぎ、そして、次に辺り一帯をゆっくりと見渡した。

 通りがかった村人が奇異の眼差しを向けて来たが、少年は興味は無いといわんばかりにふいと視線を逸らし、家屋の間近で立ち止まった。

「ファーン様」

 家屋の中へ入ろうとした少年の前に、細身の犬が立ちはだかり、言葉を発した。

「中は危険です。ここでお待ちください。」

 ファーンと呼ばれた少年は、テラスらしき場所に上げた右足を降ろし、数歩下がった。それを見届けた細身の犬は、拝礼をするかのように小さく(こうべ)を垂れると、流れるような仕草で中へと戻って行った。

 手持ち無沙汰となったファーンは、ふと強い視線を感じて顔を上げた。半身を返して、肩越しを見ると、庭の外れにあった大木の根元、その脇の大岩に見え隠れする人影に気付いた。

「あの男の痕跡は何も……。」

 家屋中を駆け回ったのだろう細身の犬は、艶やかな白い体毛を所々煤で汚した姿になって主の元に戻った。

 ファーンは、細身の犬を一瞥し、すぐさま踵を返した。向かった先は、大木の根元の大岩、そこに見た人影だった。

 岩陰に居たのは、一人の村人だった。気弱だが人の良さそうな男で、事実、野良仕事を終えて仲間と帰る途中、薄着の少女を見つけ、気になって追いかけてきたのだ。皆は、この寒空に、あのような風変りな恰好をした者とは関わらない方がよいと、彼を止めたが、彼は聞かなかった。難境な目にあっていたなら、助けてあげるべきだと主張したのだ。

 岩陰から様子を窺っていた男は、振り向いた彼女と目が合うと頬を染めた。薄紫の不思議な目の色をした彼女は、いままで見た、どの女性よりも美しかった。

 その彼女が近付いて来ていた。柔らかな笑みを湛えてくれているような気がした。膝まで届く真っ白なシャツを纏い、裾からは薄灰色のゆったりとしたズボンが覗く。確かに風変りだが、品がある。瞳の色と同じ薄紫色の腰布も上等な物だろう。そして、そこに差し込まれていたモノ……。それを目にした時、男の脳裏に仲間の忠告が谺した。

 それとは、意匠を凝らした細剣だった。風貌が鮮明になった今、男は思わず岩陰から出てしまったことを後悔した。

「おい、そこの者。」

 男はおろおろしながら、年の頃十代半ばの少年を見た。

「お前に一つ、尋ねたいことがある。」

 首を(すく)め、じりじりと後ずさった。間近で見た少年は、やはり美しかった。ただ、美しいだけではない。威厳に溢れ、英雄などにみられる天与の非日常的な力を感じた。この上なく神々しく思えて、何故だか、目を合わせるのも畏れ多い気すらする。

「……な…なんでしょう?」

「あの家の住人について知っている事を話せ。」

 男は荒ら屋をちらりと見て、目を逸らした。

「わ……儂は、何も知りやしません……。」

 男は狼狽えた。村長どころか、長老にまで口止めされていた事を訊かれたからだ。村長や長老が恐ろしいのではない。その背後にいる輩の耳に入る事を恐れた故であった。

 ファーンは二の句を告げず、柄に手を掛けた。スッと細められた両眼に、冷気が宿る。隠せば、斬る。そう言外に告げていた。

 男は強張った笑みを貼り付け、生唾を呑みこんだ。ファーンが詰め寄ると、男は身体を縮めながら距離を取った。そして、次の瞬間、男は踵を返し、脱兎の如く走り出した。

「ユルド」

 ファーンが犬の名を呼ぶと、主の意を察し、駆け出した。獲物を追う猛獣さながらの走りで、男の横を瞬く間にすり抜け、滑り込むようにして行く手を阻み、牙を剥いた。

 ユルドが吠えて見せると、男はヒッと悲鳴を上げて竦みあがり、腰が砕けてへなへなと(くずお)れてしまった。

「あ……あの家に住んでた者は、皆死んだ。」

 悠然と歩いてきたファーンに切っ先を向けられ、男は両手を掲げ、ぶるぶると震えながら言った。目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「死んだ? 何故だ。」

「……い、異教徒だったからだ。婆さんは妙な術を使ったし、娘は処女で受胎して男の子を産んだらしい。皆、気味悪がって、近付きゃしなかった。」

 ファーンは瞼を僅かに伏せて、考え込む仕草をした後、再び男に視線を移し、重ねて問うた。

「男は見なかったか? 黒い長剣を持った男だ。名を、ハシュレイと言う。」

 予想もしなかった事を訊かれ、男は一瞬拍子抜けしたようになったが、ファーンの鋭い眼光に気圧され、慌てて記憶を探った。

「そんな奴は見たことも聞いた事もねぇ。」

「ならば、子の名は何と言う?」

「…………。」

 男は口ごもり、言いよどんでいると、今度はユルドが低く唸り、牙をちらつかせた。

 男は身体を竦め、ぼそぼそと辺りを憚るように答えた。

「ディレイだ。ディレイ・ハーディン。」

「そいつの遺体はどこにある?」

「この家を焼き払った夜、村長の息子が連れて行った。そん時ぁ、まだ生かされていただろうけど……、異教徒の子は大概、森の湖に沈められる。」

 ファーンは切っ先を下げ、遥か遠くを見渡した。

「森とは、あれの事か?」

 なだらかな丘陵が続く遥か先に、うっすらと見える、山脈を背にしたそれらしき場所を認めてファーンが言った。

「そうだ。けど、もう行っちゃならねぇ。テオの山に、だいぶ雲が降りて来ておる。あぁなると、明日には雪が降る。一度降ったら、あっという間に道が無くなる。」

 見れば、確かに山脈の頂は厚い雲の中にあり、その端は中腹にまで達していた。

 だが、ファーンは一向に意に介した様子もなく、剣を鞘に収めながら男の脇をすり抜けた。そんな彼に、男はハッとなって、呼び止めた。

「なぁ、あんた!」

 咄嗟に手を伸ばし、ファーンの腕に縋りつこうとした。が、その間に、ユルドが割入り、怒りを露わに牙を剥いた。

「野蛮な貴様が気安く触れて良い御方ではない!! 下がれ、愚民が!!」

「しゃ、しゃべった!」

 男は一瞬にして血の気を失い、悲鳴を上げた。

 ユルドは、無礼を働いたこの男を本気で噛み殺そうとした。ファーンが止めなければ、瞬きをする暇もなく、絶命していただろう。

「捨て置け、ユルド。」

 命じられ、不承不承引き下がったユルドは、男を睨みつけたまま、鼻面に深い皺を寄せて、激しく唸った。

「何だ?」

 ファーンはユルドの額を撫で、背後に押しやると、男を見下ろした。

 戦慄いていた男は、我に返ると、ファーンの背後で尚も唸るユルドと彼とを見比べ、胸に詰まった息を吐き出した。そして、あたふたと両手を付いて、頭を地面に擦り付けた。

「ここでしゃべったことは誰にも言わないでくれ。奴らに知れたら、難癖つけて、儂も狩られてしまう。あんたも無事じゃいられねぇ。ここじゃ、異教徒狩りは非合法だから、口封じに殺されちまうんだ。な、頼むよ。」

 氷の仮面を被ったかのように終始涼やかであったファーンの表情が、初めて変化を見せた。まるで、この世で最も醜悪なものを見るような、侮蔑と嘲笑をないまぜにした歪んだ笑みを見せたのだ。

 ファーンは腐敗した彼や下卑た習慣に呪いの言葉を胸の奥で呟きながら、無言のまま裾を翻した。

 彼の後に続いたユルドは、未だに泣きわめく男を一瞥し、主を見た。

「噛み殺してやりましょうか?」

 頤を上げ、毅然と突き進む、主の歩調が荒い。ユルドは、もう一度だけ振り返り、男を見た後で、ファーンの様子を窺った。

「……ファーン様」

 呼び掛けようとも、返ってくるのは冷たく重い沈黙。

 長い髪に隠された横顔からは何も読み取れず、ユルドは静かに項垂れた。そして、逡巡し、意を決して、胸に留めていた想いを口に乗せた。

「穢れが移ります。あとは、私にお任せいただき、そろそろお戻りになられてはいかがでしょう。」

 ディレイの生家と、村人を後にして、森へと突き進むファーンを、ユルドは憂いた。

 この世界に蔓延る血生臭さと怨嗟を含む風は、主にとっては猛毒以外のなにものでもない。そう、彼らは、人ではない。清浄の地に棲む異界の住人なのだ。このまま長居をすれば、自らも無事では済むまい。

 そして、見るに堪えない、醜悪なる人の生態。崇高なる彼が、目にして良いものではない筈だ。できることなら、今すぐにでも、異界に連れ帰って差し上げたいと、ユルドは思っていた。

「大事無い、案ずるな。」

 けれど、ファーンはユルドの懇願ともいえる進言を、頑なに拒んだ。

「先を急ぐ。あの場所からは、確かに剣の気配(いろ)が感じられた。あの男が、来たからには、遺産に関する何かがある筈だ。急がねばならん。」

 少年の端正な顔立ちに、僅かではあるが、暗い影が落ち、焦りと不安が混在した色が宿った。その一瞬を見逃さなかったユルドは、低く唸り、押し黙って、主の後を影の如くついて行くしかなかった。

 時折 吹く風に混じる、青い光。ファーンには、それが見える。剣の残光である。時が経ち過ぎれば儚く消えてしまう、その光こそが唯一の頼みの綱であり、ファーンが切望して止まないものに続く、鍵なのである。

ここまで お読みいただいた皆様へ、どうもありがとうございました。

ノートに書いた下書きから、大幅に加筆修正して、投稿させていただいた第一章 二節です。

おそらく、再度、修正させていただくと思います。

その時は、また 是非、よろしくお願い致します。


それでは、皆様 お体には十分 お気をつけて……どうか、ご自愛ください。                  陸王一式

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