魔法少女達の星条旗
それはあまりにも巨大な鉄塊であった。重厚無比の装甲はあらゆる斬爆撃を屈服させ、あまねく脅威を無意味にして無力な存在へと貶める。血煙の中に聳え立つ不倒の象徴であった。
それは一つの極致であった。暴力が形を成したその鋼の猛獣は、戦場に立つ全ての者を震撼させ、畏敬、恐怖、歓喜、戦場に有り得る全ての感情を相起させ、肯定し、また内包していた。
それは頼れる無二の相棒だった。とある戦士の剣として、数知れぬ仇敵を討ち果たしてきた歴戦の古兵であった。戦列を共にして、その勇姿に奮起しない者は皆無でさえあった。
戦場の名を踊り場。物理法則の通じぬ3,5次元の異界。
示す名も味気なく、“敵”としか呼ばれぬ侵略者を相手に、銀躯の巨獣は駆け抜ける。
振るう獲物は武骨な白刃。
天衝く身の丈20メートル。
その容貌は、全銀装甲のテディ・ベア。
“彼”の名を崩天号。
歴戦の少女、佐渡銀子───魔法少女アイアンシルバーが誇る当代無双の魔法ステッキ(あいぼう)であり、最強の体現者であった。
◇◇◇
人はよく、あまりにも驚愕したときや、呆れたときの気持ちを『開いた口が塞がらない』という言葉で表す。初めてあれを見たときの私は、まさしくその状態に陥っていただろう。
大口をポカンと開けた顔は、乙女として男子に見られたくないものの上位にランクインする。
だが私にそんな心配は無用である。何故なら“踊り場”にはオンナノコしかいないのだから。
女子高歴が長い女子がそうであるように、女ばかりが集う環境では、得てして女子力的なものは下がる宿命にあるようだ。
そんな秘密の花園にあってなお、銀子ちゃんの男らしさは群を抜いていた。
『おらおらおらァ!!』
通信機越しに響き渡る銀子ちゃんの雄叫びをBGMに、銀色の巨像がズンズンバラリと剣を振る。
詳しくは知らないが、つばも無く反りも浅い形は、比較的馴染みぶかい日本刀のものではなく、ヤクザ屋さん映画でも御用達な“長どす”というものに近いらしい。
というかまんまそれである、と中隊長が言っていた。
そんな物騒なもの、女の子には不似合いの筈なのに。意外、でもないが、銀子ちゃんが振り回せば妙に様になっていて惚れ惚れするくらい似合っていた。
とは言え、私の口を開きっぱなしにさせた主犯は、その“長どす”でもなければ、格好いい銀子ちゃんでもない。厳密に言えば銀子ちゃんなのだが、直接の問題なのは彼女のステッキ───機動侠客・崩天号のファンタジーやメルヘンめいたリアリティーの無さであった。
初めて見たときの衝撃といったら、論ずるに術が御座らん、と言いたい。
なんせ、巨大な熊ちゃんなのだ。一見すれば巨大なヌイグルミなのに、その実態は誰もが知る最強の代名詞。
長い刃物を振り回す20メートル級の巨大熊ちゃんこそが、銀子ちゃんこと連合の誇るトップエース・魔法少女アイアンシルバーの乗り込む相棒だった。
『アイアンシルバーが血路を開いた! 総員、火力集中! 前衛部隊は左翼から突っ込んで各個撃破、第三班から第七班までは支援に回れ! 無駄に死ぬなよ!』
『アイマム!』
『Wow! あんたら、ギンコに負けてられないわよぉ!』
『おら新人共! ケツまくって付いてこいや!』
『行け行け行けェッ!』
すかさず、中隊長からの檄が飛ぶ。
そうだ、ここは戦場だった。
いくら嘘っぽくても、この場所が私の現実なのだ。なんてパンピーぶってみても、明らかに私も非常識の一員なのだけど。
こっちの業界に入ってしばらく経つ。巨大熊ちゃんが戦争していても、混乱したり、胃の中身をリバースしないぐらいには、私も立派に汚れちゃっている。
さぁ突撃だ。もたもたしていてはお説教されてしまう。
中隊長は美人だけど、少女を名乗るにはしんどい年頃なこともあってか、最近どうも怒りっぽい。
銀子ちゃん率いる私たち第十二班は、当然ながら前衛である。
個人的な感想を言わせてもらえば、私のステッキと魔法は後方支援に向いていると思うのだけど、周りの皆は誰もが口を揃えて「それは無い」と言うのだ。ひどい。
マーブルめいた不思議な色調の不思議空間に左翼も何も無いと思うのだが、兎も角、私は班のみんなと互いにフォロー仕合ながら、“敵”の確認されたポイントにひた走る。
その速度は生身では考えられない速さであり、そんなスピードを出していることは、我ながら変な感覚である。
魔法少女達は皆、変身すると生身の何百倍も強くなる。その状態から更に魔法ステッキを機動モードに展開することで、強さは数段向上する。
へたをしたら世界征服できちゃいそうなくらい強い機動モードでも、時にはなす術もなく“敵”の手により無惨な最期を遂げるのだから、私たちの戦っている相手の恐ろしさは、未だ底知れない。
だけどまぁ、今回の合戦は比較的楽な部類だ。今のところは低脅威度の敵性体しかレーダーには映っていない。この規模の戦闘なら、あと二、三叩きでお開きになるだろうと、経験から推測してみる。
『ナカニシ! 余所見するな! ミルバロイネは突出し過ぎだクソッタレ!』
『Boo! Boo!』
賑やかなのは班員の二人、アリィちゃんとルカさんだ。名前からもわかる通り、なんと二人とも外人さんである。
魔法少女になる女の子には、国籍を問わない。ただ、その機会と素質があるかだけを問われるのだから、連合本部はいい感じに多国籍企業みたいなのだ。先に挙げた中隊長なども、ナチュラルブロンドのナイスバデーさんである。
外国とか縁遠い私は、今でもちょっぴり気圧される。
『サワタリ! ポイントに到着した!』
『おっしゃ! 畳み掛けんぞ。ナカニシ! 全弾ぶちこんでやれ! 撃ち終わりと同時であたしら三人が追撃に移る!』
『Wasshoi!!』
『はぁい』
気の抜けた返事と言うなかれ。いくら最前線とはいえ、今の私はむしろ誰よりも安全だと思う。
微妙な性能の私とは違い、班のみんなは完全に攻撃特化型の過激きわまりないステッキを持っている。
彼女達が味方で良かったと思う。むしろ、今回の戦闘レベルなら、やり過ぎな気もするくらいだもの。
でも、戦争なんて、こんなものだよね。
大火力で凪ぎ払うのが戦の王道だと、ルカさんも確か言っていた。そんな彼女の出身は、やっぱりというか世界に覇を敷く星条旗の国だったりする。
『斉射!』
とまぁ、魔法少女歴数ヶ月、私、中西智子はこんな感じでやっている。