二.三 ヘリカル加速粒子砲
白い部屋に白い円卓、そして色鮮やかな五色の影が揺れていました。
「OPECが事実上の解体を余儀なくされたらしい」
重苦しい雰囲気の中、赤いコートの男が口を開きました。
「ヘリカルコイラーによって、備蓄してあった石油を根こそぎ分解されてしまったとか」
「……石油がなくては、成り立たない組織だからな。必然といえば必然か」
青いシャツの男が青いマスクをずらして、レンズの曇った眼鏡を磨きながら、憂鬱そうに溜め息を吐き出しました。
「さて、そこで。今回の議題は、この事態を引き起こしたヘリカルコイラーに対する処遇をどうするか、ということなんだが……」
「ここまでの事態に発展してしまったら、放置しておくこともできないでしょー?」
手鏡を見て口紅を塗りながら、ピンクスーツの女が独り言のような気のない返事をします。この意見に対して、赤いコートの男も同意見なのか軽く肯きました。
「ひとまずは、国連軍を動かしてヘリカルコイラーの捕縛を試みるのが妥当だと思う。尤も、こちらが口を出さなくても、そういう流れになるだろう」
今度は部屋に居る全員が肯きました。
「問題はそれでも事態が収束しなかった場合だな。……我々も動くかどうか、決議を」
青シャツの男が、赤いコートの男に決議を促します。赤いコートの男は一度姿勢を正してから、深く息を吸い込み次の言葉を発しました。
「ヘリカルコイラー∞フューナの所業は目に余る。そこで、ヘリカルコイラーの断罪を提案しようと思う。皆、異議はあるか?」
「ない!」
「異議な~し」
「同意」
「う、う~ん、でも相手は小学五年生の女の子だよ? ま、まあ、手荒な真似をしない方向でなら賛成かな……」
概ね肯定的な意見が返ってきたことに、赤いコートの男は満足そうに二回頷きました。
「採決は全会一致。よって我々原子力安全委員会は、ヘリカルコイラーの断罪をここに執行――」
ビィー―、ビィー―、と突然鳴り響く警報ブザー。回転灯の光が白い部屋を赤く染め、緊急事態を告げたのでした。
「何事だ!」
「……内閣府の事務局から緊急連絡だ。またしても原子力関連施設が襲撃を受けたらしい。襲撃者は重武装をした一人の少女。強力なビーム兵器で施設は半壊したそうだ」
「あらら……またぁ? 核融合親善大使さんもお仕事熱心ね」
赤いコートの男に、青いシャツの男が冷静に答えます。ピンクスーツの女は不謹慎にも笑みを浮かべて、軽い口調でちゃかします。
しかし、青シャツの男は顔面まで蒼白にして、尋常な様子ではありません。
「いや違う。襲撃者はヘリカルコイラーじゃない。彼女の装備にビーム兵器の類は搭載されていないはずだ。つまり、この件はⅠNPAとは関わりがない」
青シャツの説明にピンクスーツの女からも笑みが消えました。それまで黙っていた緑帽子の男も目を丸くして尋ねます。
「フュ、フューナちゃんじゃないの!? だとすると、何者だろ? ビーム兵器を扱う重武装をした少女……って、あれ、どこかで聞いたような設定……」
「ラジカルアトミッカー」
全員が、その一言を発した人物に振り返りました。今の今まで、部屋の真ん中で金ぴかのジャンパーを着て仁王立ちしていたにも関わらず、その存在感が空気だった男に視線が集中します。
「そりゃ、まさしくアレだろ。ラジカルアトミッカーズの女首領をモデルにしたキャラクターそのものだ」
そう言いながら、金ぴかの男は武装少女ラジカルアトミッカーのフィギュアを玩び、器用にも付属の専用パーツを一つ一つ取り外していきます。
「あ、ああ~! それ、僕のフィギュアじゃないか! や、やめてよ、そんなふうに辱めるのは……あ、でもその装備うまく外せなかったんだよねー。外せそう?」
「おう、任せろ。脱がせるのは得意なんだ」
「そんなことより!!」
白い円卓に両手を叩きつけ、赤い男が二人の会話を断ち切ります。
「もし、ヘリカルコイラーではない武装テロリストが存在するとなれば、むしろこちらの方こそ放置できないんじゃないか!?」
赤い男の意見に全員が無言で頷きます。
「なら、決まりだな。ヘリカルコイラーは国連軍に任せて、俺達はそのラジカルアトミッカーもどきの正体を突き止めよう。場合によっては、その場で対処することも念頭に」
もう一度、全員が頷きました。意見の一致を確認した赤いコートの男が、やや芝居がかった動作で号令を発します。
「世の穢れを浄化せよ。白き清浄なる世界の為に、ファイトレメディエーション!」
『ファイトレメディエーション!』
真っ白な部屋に合唱を響かせた後、五色の人影は白い壁に塗り込まれるようにして、忽然とその姿を消し去りました。
◇◆◇◆◇◆◇
一方、ヘリカルコイラー∞フューナはOPEC解体の事実について、国連の審問を受けるようにと国連事務総長ホース・アークマン氏に呼び出されていました。
「……どうして私が直接に出向く必要があるわけ? こっちは核エネルギー制裁で忙しいのに」
「その制裁行動が適正かを問われているんだよ……」
ぶつぶつと文句を垂れながらも、フューナちゃんは熱核ジェットで一路、アメリカ合衆国マンハッタン島にある国連本部を目指していました。
「仕方ないよ。任命責任を問われたINPA長官のバックレーさんは、急病で入院中。事情説明できる人がフューナちゃんしかいないんだから」
早い話、INPAの幹部の人たちは責任を逃れるため、雲隠れしたのでした。
「本当に仕方がないわねー、大人達は。自らの保身ばかり考えて、責任を取ろうとしないんだもの。でも、私はそんな無責任なこと許さないわ。国連代表でありながら、世界情勢に正しい目を向けられない事務総長に全責任を取らせてやるんだから!」
「…………」
フューナちゃんは国連事務総長を吊るし上げるために、国連本部へと向かっていました。そんなフューナちゃんを出迎えるようにして、一機の戦闘機がヘリカルコイラーへと近寄ってきて並走を始めます。
近づいてきた戦闘機から歓迎の挨拶のつもりか、無線通信が入りました。
『――――。無届け航行中の飛翔対象に告ぐ――。――貴殿はアメリカ合衆国の領空を侵犯している――。武装を解除し、直ちに当方の指揮下へ入り誘導に従うこと。――さもなくば安全は保証しない。当方には迎撃の準備がある――繰り返す――』
「――ねえ、ワンコロ。これはいったいどういう歓迎なのかしら? 私、もしかして喧嘩を売られているの?」
「や、やめて、喧嘩はいけない! きっと何かの手違いだよ! 今、僕が確認するから!」
一方的に呼び出され、ただでさえ不機嫌だったフューナちゃん。ここへ来て無礼な対応を受け、彼女の堪忍袋の緒はぶちぎれ寸前です。フューナちゃんを宥めながら、ワンコロが慌てて相手との通信を行います。
「あれ? おかしいな、こちらからのアクセスに応じない……。ハロー、ハロー! 僕らは正式に、国際連合本部から召還を受けた……」
『――――。――対象の敵対意思を確認――これより当方は迎撃を開始する――』
「アロハー! アロ……は!? ど、どうして……。通信を拒絶された!」
並走していた戦闘機がヘリカルコイラーから離れると、代わりに五機の戦闘機が雲間から飛び出してきて、ヘリカルコイラーを取り囲みました。
第六世代型戦闘機F‐22の編隊です。
「向こうから仕掛けてくるなら、こっちもやるしかないわよね?」
「待って! 速度を落として向こうの指揮下に入れば迎撃をやめてくれるかも……」
「武装解除に従うの? 冗談! 徹底抗戦に決まっているでしょ! こういう場合は!」
フューナちゃんは急減速して敵戦闘機のバックを奪います。
「先制攻撃!! 収束、ガンマバースト!」
収束された電磁波が前方の戦闘機を貫くと、直撃を受けた機体はコントロールを失って海へ墜落していきました。
いきなりの僚機撃墜に編隊は足並みを崩されましたが、すぐに隊列を組みなおして急上昇、ヘリカルコイラーの背後を取ろうと上から回り込みにかかります。
「反応が遅すぎるわよ」
戦闘機が回り込み始めた時には、既にフューナちゃんは彼らの上に位置取っていました。
「落ちなさい!」
上空からの連続砲撃で更に二機が撃墜。直線的な動きの戦闘機に対して、ヘリカルコイラー∞フューナは縦横無尽に動き回り翻弄します。
「運動性能の違いを見せてあげる……」
上空からの砲撃に続けて、フューナちゃんは急降下しました。瞬間的な加速と完璧な制動でもって、水平飛行に移ろうとした戦闘機に大胆な体当たりを仕掛けます。
右翼に激突された戦闘機は、錐揉み回転しながら墜落していきました。そんな無様な敵戦闘機の姿を、フューナちゃんは舐めきった表情で見下しています。
「何あれ、馬鹿みたい。今の時代の戦争に、あんな旧式を投入してくるなんて。アメリカ軍はよっぽど予算が少ないのね。大国の威信も地に落ちたものだわ」
フューナちゃんは墜落していく機体の行方を見届けることもなく、最後の一機を追撃にかかりました。仲間を撃墜された戦闘機のパイロットは、操縦にも焦りの色を隠せません。
『――くそっ……なんて動きだ! ――とても捕捉できない! ……!! まずい――。ロックオンされたか!?』
「ガンマ……バー―ストッ!!」
放たれるヘリカルコイラーの収束ガンマ砲。
『だが、このタイミングならっ!!』
目には見えないガンマ線のビームが、つい数瞬前まで戦闘機のいた空間を貫いていきました。パイロットは咄嗟の判断により、危機一髪、タイミングを読んでビームの直撃を避けました。
――そう、思った瞬間に機体が大きくバランスを崩します。
『飛行制御装置に損傷!? な、何故だ……! 直撃していないのに――』
戦闘機のパイロットは理解不能な困惑の中、絶望的な声を上げながら海へと突っ込んでいきました。
「ふん、馬鹿ね。避け切れたと思って油断している」
「充分にエネルギーが高ければ周囲の空気が電離するから、直撃させなくても間接的にダメージを与えることができるんだよね……パイロットさん、ご愁傷さま」
あまりにも惨めな最期に、ワンコロも思わずお悔やみの言葉を口にしてしまいました。
◇◆◇◆◇◆◇
ヘリカルコイラー∞フューナは、全滅したF‐22戦闘機の編隊を悠々と見下ろし、さも退屈そうにあくびをしました。
「全然、歯応えのない相手だったわ」
「フューナちゃん、それを言うなら手応え――」
揚げ足を取ろうとしたワンコロを肘打ちで黙らせると、フューナちゃんは辺りを見回しました。そして、空のある方向で視線を止めます。
「……どうやら、命知らずの挑戦者がまだいるようね」
それは一機の戦闘機でした。正三角形の大枠に、凹凸の少ない、のっぺりとした外装が貼られている。そんなふうにしか見えないその機体は、これまでの戦闘機とは違い、加速も何もせず、その場に浮遊していました。
「あの機体は……最新鋭の第八世代型の形状? アメリカでの開発は頓挫したって聞いていたけど……」
ふよふよと空中に静止している姿に、戦闘機としての力強さは感じられません。
しかし、ワンコロが間の抜けた表情でいるのに対し、フューナちゃんは油断なく戦闘の構えを取りました。
不気味な雰囲気を漂わせるこの機体に、ヘリカルコイラーとしての危機感知能力が働いたようです。
「来るわよ。下がってなさい、ワンコロ」
モビルコイルに乗せてワンコロを戦闘空域から遠ざけると、それを合図にしたかのように静止した戦闘機が動き出します。
「――――!?」
戦闘機の動きに、初めてフューナちゃんの表情に戸惑いが浮かびました。戦闘機はフューナちゃんの目の前で、いきなり木の葉が舞い落ちるように落下を始めたのです。
「何のつもりで――」
フューナちゃんが落ちていく戦闘機に、ガンマ砲の照準を合わせようとすると、ひらひらと舞う戦闘機は巧みに射線から逃れてしまうのでした。
フューナちゃんが照準を定められずにいると、戦闘機は突然、水平に流れるような飛行を始めたかと思うと、急上昇して攻撃を仕掛けてきます。
「やっぱり! あれはアメリカ軍の戦闘機じゃない――。国連軍だ!」
気づいてしまった事実にワンコロは震え上がります。
国連軍の有する最新鋭戦闘機の一つ、第八世代型戦闘機、VGSF‐2。この機体は、国連が各国共同開発で作り出したシステム、VGS(=Vanish Gravity System)を搭載しています。
急激な方向転換で生まれる加速荷重を局部的な逆方向の加速で打ち消す、戦闘機のコックピットバランサーによって、従来戦闘機においてパイロットにかかっていた負荷が取り除かれ、これまでにないアクロバット飛行が可能になったのです。
その予測不能な動きから僚機同士の衝突の危険性も高まり、単独戦闘における運用に留まっているのが現状でしたが、ことヘリカルコイラー一人を相手にするにはうってつけの戦闘機と言えるでしょう。
「くっ……モビルコイル! 展開!」
ランダム飛行で距離を詰めながら、高出力レーザーで攻撃してくるVGSF‐2に、フューナちゃんはモビルコイルを大量射出して応戦します。
「フューナちゃん! 危ない! 後ろを取られているよ!」
「黙って観ていなさい、ワンコロ!」
読みきれないランダム飛行をしながら迫ってくる敵戦闘機を、フューナちゃんはそのまた後ろからモビルコイルに追尾させます。
その光景はさながら、親機に付き従うモビルユニットのようでしたが、実際には敵戦闘機を追い詰めきれず今一歩のところで捕らえ損ねているのでした。
フューナちゃんも敵同様にランダム飛行して、レーザー攻撃をかいくぐりながらモビルコイルを操ります。
「逃がさないわよ」
モビルコイルは執拗に敵を追尾し、VGSF‐2の機体に一つ、また一つと取り付いていきます。徐々に取り付くモビルコイルの数が増え、機体の動きが鈍くなっていきました。
国連軍の放った最新鋭戦闘機も、モビルコイルに纏わり付かれてしまっては本来の運動性能を発揮できません。やがて、減速したところを無数のモビルコイルによるレールガンで打ち抜かれ、VGSF‐2はヘリカルコイラーの前にとうとう撃墜されてしまいました。
「や……やった! フューナちゃんがやった! すごい……」
ワンコロは国連軍を敵に回してしまったことの恐れよりも、フューナちゃんの華麗な戦闘技術に感激してしまいました。
「フュ~ナちゃ~ん! すごいよ! 感動したよ! あの最新鋭戦闘機を倒すなんて!」
「まだよ」
フューナちゃんは祝福の言葉にも厳しい表情を崩さず、至って冷静に返答します。フューナちゃんの返答に、ワンコロも周囲への警戒を強めました。この期に及んでまだ、伏兵がいるのでしょうか?
「フューナちゃん……敵が来るよ」
「わかっているわ。それで、数は?」
「ざっと、五〇……」
ヘリカルコイラーを空の全方位から取り囲んだのは、五〇機もの戦闘機でした。国連軍はついに数で力押しに来たようです。
本当に五〇機なのか、数えきるには難しい数の戦闘機が、一斉にヘリカルコイラー目掛けて特攻を仕掛けてきます。ヘリカルコイラーと直にぶつかることも厭わず、レーザー光線を撃ちながら突っ込んでくるのでした。
五〇機が入り乱れての空中戦です。一見して、めちゃくちゃな総攻撃でしたが、しかし仲間同士で激突することもなく、レーザーで同士討ちすることもなく、正確にヘリカルコイラーだけを狙ってきていました。
戦闘機の動きにワンコロは違和感を覚えました。
「この動き……敵味方の位置情報をお互いにやり取りしている……? けど、この応答速度は人間技じゃない……」
これまでの戦闘スタイルとは何かが決定的に違っていました。巧みな連携攻撃を仕掛けてくるかと思えば、犠牲をものともしない特攻を仕掛けてくるのです。そこで、ようやくワンコロは一つの可能性に思い至りました。
「気をつけて、フューナちゃん! こいつらはさっきまでの戦闘機とは明らかに様子が違う! きっと無人戦闘機だよ!」
「無人戦闘機ですって?」
防戦に回りながらも、まだワンコロの声を聞く余裕のあったフューナちゃんは、改めて戦闘機の動きを見てから納得します。
「うん、しかもただの無人戦闘機とは違うみたいだ。おそらくこいつらは複数の機体でインターアクティブリンクを形成しているね。敵味方の位置情報を互いに教えあって行動補正するんだよ。ジャパンで開発されたショーギプログラムの理論を元に作られているらしくて、特に連携して敵を追い詰める攻撃が得意なんだ」
そう言われれば先程から、無人でなければあり得ないような特攻を繰り返していながら、妙に申し合わせたような連携攻撃をしてくることがありました。
「でも無人戦闘機って……、確かそれも戦時国際法で禁止されていなかった? 自律機械に汚れ役を押し付けて殺人を罪と考えない、人道的とは言えない兵器だって理由で」
「う、うん。そのはずだけど……」
「そう、そうよね。だったら、こっちも遠慮はいらないってことね」
急にフューナちゃんの声が近くなりました。気が付けば戦闘機の群れから飛び出して、ワンコロのすぐ隣にフューナちゃんは移動してきていました。
「ど、どうするのフューナちゃ……」
「安全装置解除。ヘリカル加速粒子砲、起動。加速開始!」
「うえええ!? ヘリカル加速粒子砲? おかしいな、そんな装備ないでしょ? あ! だ、駄目だよ、そんな規格外の使用方法は!!」
「拡散放射!!」
フューナちゃんは、ヘリカルコイラーの動力炉を半分ほど解放して、加速粒子を無人戦闘機の群れ目がけて拡散させます。真っ白な光が視界を埋め尽くし、ひしめき合っていた無人戦闘機の群れを丸ごと飲み込みました。
……光の消えた空には、落ちた戦闘機の燃え燻ぶる煙だけが残されていました。