二.二 燃える油田
補給を受けたフューナちゃんとワンコロは沈没したメガフロートを後にすると、今度は中東地域に視察へ向かうことにしました。
ヘリカルコイラーの飛行装備『熱核ジェット』で、中東経済の中心地であるドバイ首長国までひとっ飛びです。
噴射される高熱の空気でワンコロの尻尾が焦げたりもしましたが、フューナちゃんは全く気にせず、ワンコロの首根っこを抱えたまま数時間の空の旅を満喫しました。
「さすがに、何時間も飛び続けて疲れたわ。ドバイ空港で休憩するわよ。別経路で送った荷物の受け取りもあるし……。ちょっと、聞いているのワンコロ?」
「…………」
音速を超える長時間飛行と熱核ジェットの噴射に当てられて、ワンコロは息も絶え絶えの状態でした。
「だらしないわね。あんたが補給の重水素タンクを運べないって言うから、わざわざ貨物機で輸送させたのに。そんなになるなら、あんたも貨物機で荷物と一緒に来れば良かったのよ」
「うう、そういうわけには……僕の仕事は……フューナちゃんのサポートだから……」
ご主人様に付き従う忠犬の性質でしょうか、妙なところでワンコロは律儀なのでした。そんな健気なワンコロの忠犬ぶりにフューナちゃんも悪い気はしません。
「……まあ、いいわ。荷物が届くまで時間もあるし、少し、お買い物を楽しむことにするから。あんたはそこら辺の床でへばってなさい」
「ああ、待って……フューナちゃん、これ。INPAから支給されているクレジットカードを渡しておくね。カードの使用上限額までは使っても大丈夫だから。……ただ、このカードで買い物をする際には、ドバイ通貨のディルハムから、国際通貨のジュールに換算されて支払いになるんだ。そこだけ注意してね」
「ジュール? それって、最近になって国連が発行したエネルギー通貨のこと?」
「あ、よく知っているねフューナちゃん……。それなら説明は要らないね、ということで、僕はちょっと休ませて貰うよ……」
――国際エネルギー通貨・ジュールとは、商品の製造過程で投入されたエネルギーを基準にして、全世界共通で物品とエネルギーの交換を可能にした通貨なのです。
通常は基準の材料エネルギー値に製造エネルギー値が加算され、さらに製造に関わった人件費として労働エネルギー値も付加されて商品の値段となります。
……ちなみに、フューナちゃんが気に入った一八金ネックレスのお値段は?
「こちらの商品ですと、お値段は三九.八億ジュールになります」
「……エネルギー通貨って、相場が全くわからないわね。世界共通通貨なのはいいけど、便利なんだか、不便なんだか……」
営業スマイルでネックレスを差し出す店員のお姉さんを前に、なんとなく騙されているような気がして、お買い物を控えるフューナちゃんでした。
◇◆◇◆◇◆◇
ドバイ空港を発ったフューナちゃんがやってきたのは、石油採掘の拠点となっている国内最大規模の油田施設でした。施設の最上部からは、採掘の副産物である余分な天然ガスが火柱を上げながら焼却処分されています。
「ガスフレアだね。あれは環境影響もエネルギー効率も悪いから、今ではほとんどの油田施設で技術的な改善が為されているんだけど……」
「前時代的な光景ね。石油の生み出す莫大な利益を、享楽にばかり注ぎ込んで技術的な発展を怠った結果ということかしら?」
「もう、石油は枯渇寸前で、天然ガスだって無駄に出来ない資源のはずなのに、未だにこんなことをしているなんて……」
かつての栄華を主張しようと激しく炎を噴出しては、息切れしたように途切れるガスフレアの光景は虚しささえ漂っていました。
フューナちゃんはその光景をしばらく眺めていましたが、不意に背を向けると熱核ジェットで空に飛び立ってしまいます。
「視察はもういいの?」
ヘリカルコイラーの装備であるモビルコイルに手足を支えられながら、ワンコロもフューナちゃんの後に続いて空へ浮き上がります。フューナちゃんは少しだけ高度を上げると空中で静止して、ワンコロの方に向き直りました。
「ええ、充分だわ。結論を下すには――、ね」
フューナちゃんはヘリカルステッキを頭上にかざすと、モビルユニットを整列させました。
「醜く浅ましい資源の奪い合いで戦争を起こし、価格操作のマネーゲームで人々の生活を脅かす……。人と自然を破壊する、そんな悪の施設に制裁を!」
「ぎょぎょぎょ! こ、今度は油田に制裁する気なの!?」
「誘導起電開始……電荷蓄積……」
モビルコイルの一つ一つから強力な電場が発生し、お互いに干渉し合いながら小さな火花を散らします。
「うわわわ……まさかこの技は――」
「三億ボルト絶縁破壊――雷火!」
ワンコロが制止する間も与えず、ヘリカルコイラー∞フューナは杖の先端から強烈な雷光を放ちます。雷光は幾重にも枝分かれした軌跡を描き、一度に複数の油田施設へ突き刺さりました。
避雷針さえ裂いて割る雷光は、油田施設を次々に爆発炎上させていきます。
「ひゃ――!!」
「こんなものがあるから、人は争うのよ……」
白目を向いて気絶するワンコロとは対照的に、フューナちゃんは憂いを帯びた視線を一瞬だけ向けると、ごうごうと燃え上がる油田を背景に、立ち昇る陽炎に乗って颯爽と飛び去っていくのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
赤々と燃え盛る油田を遠くに、ヘリカルコイラーは夜の砂漠をかっ飛んでいました。
「ねえ、フューナちゃん。余計なお世話かもしれないけど、そろそろおうちに戻った方がいいんじゃない? ヘリカルコイラーを始めてから一度も帰っていない、どころか家に連絡も入れてないんじゃない?」
「……余計なお世話よ。いいのよ、別に」
ワンコロの指摘に珍しくフューナちゃんは歯切れの悪い様子でした。
「でも……。お母さんとかお父さんとか、きっと心配しているよ? なんなら僕の方から連絡してあげようか?」
「うるさい! 余計なお世話だって言っているでしょ! 家に連絡したって誰も――っ」
激怒したフューナちゃんは一息に捲し立てようとして、声を詰まらせました。それから、場都合の悪そうな表情で俯くと押し黙り、しばらくして小さくかすれた声を出しました。
「つまんないこと言わせんじゃない、ワンコロ。……さあ、次の核エネルギー制裁に向かうわよ!!」
「フューナちゃん……」
目に溜めた涙を零すまいと気丈に振る舞うフューナちゃんに、ワンコロは慰めの言葉も思い浮かびませんでした。
◇◆◇◆◇◆◇
空が白み、砂漠の夜も明ける頃、INPAからワンコロの元に一本の通信が入りました。
「フューナちゃん! 緊急通信だ! 石油輸出国機構が、国際核エネルギー機関の核エネルギー制裁に対して、国際連合会議で遺憾の意を示したって! さらに、中東の武装組織『自称・砂漠の虎』がヘリカルコイラーを引き渡すことを求めているらしいよ!」
「ああ、そうなの? 争いの火種を国内から消してあげたのに、何が不服なのかしら?」
「……本気で言っているのフューナちゃん? 誰だってあんなことされたら怒ると思うけど」
中東の油田施設をあらかた焼き尽くしておきながら、当然の正義を為したとフューナちゃんは主張します。ですが、ここでフューナちゃんは意外な事を言い出しました。
「いいわ、責任は私にあるものね。一旦、ドバイ空港まで戻りましょう」
「ええ? フューナちゃん、本当に行くの?」
「当然よ、私を無責任な大人と一緒にしないで。自分の責任については、自分で決着をつけるわ」
フューナちゃんの潔い態度にワンコロは思わず感動してしまいます。
「フューナちゃん……。まだ、小学五年生なのに……立派だよ……」
「まずはドバイ空港でエネルギー補給ね。そしたら一気にOPECを殲滅よ」
「……フューナちゃん……君は鬼だよ」
「あ、その前に武装組織の方を潰しておきましょ。そうすれば、テロリストと共謀したOPECを解体する大義名分ができるわ」
「鬼じゃない……悪魔だ……」
不覚にも感動してしまった自分を悔やむワンコロでした。
――日の出と共に訪れた災厄。
何の前触れもなく、抗う術のない破壊の波が、砂地に潜む『自称・砂漠の虎』の本拠地を襲いました。
「超電磁誘導加速砲! 一斉砲撃!」
ヘリカルコイラー∞フューナの超電磁誘導加速砲によって、恐るべき加速を与えられた鉄塊の雨が上空から降り注ぎました。音速を超えて飛来する鉄塊が、砂地の下に隠された地下施設を容赦なく破壊します。
「ばかねえ……あれで隠れていたつもりなのかしら? この程度のカモフラージュ、衛星写真とヘリカルコイラーのガンマ線透視能力を合わせれば、一発で見つけられるのに」
地下施設は攻撃を受け始めてから数分で穴凹だらけになり、あちこちから流砂の侵入を許し、やがては柱も壁も崩壊して構造物全体の強度が失われていきました。
「くっそー! どこの組織からの攻撃だ!」
「このアジトの場所が見つかるなんて……」
「――崩れるぞー! 早く外へ避難しろー!」
砂漠の虎の構成員達は、持てるだけの武装を持ち出しながら、急ぎ地下からの脱出を図ろうとしました。しかし、それこそヘリカルコイラーが狙って誘導した行動だったのです。
「出てくるわ、出てくるわ……くす。まるで巣穴を破壊された蟻みたい」
フューナちゃんは陰湿な笑みを浮かべると、ヘリカルステッキを地下施設の入り口に向けて構えました。
「核転換能力解放!! 登録モデルH‐HAMMER、創出!」
砂の中に無数のモビルコイルが潜り込み、強制的に核転換を引き起こし、何もなかった砂漠の真ん中に突如として巨大な鉄の塊を出現させました。
「なんだあれは!」
「ハンマー!? ハンマーだー! ハンマーがいきなり現れた!」
「いや、それよりあれだ! 上を見ろ! へ、ヘリカルコイラーだ!」
地下施設の入り口で、脱出してきた砂漠の虎を待ち構えていたのはヘリカルコイラー∞フューナと、巨大なハンマーでした。
「死になさい、蟻ども!! 必殺、ヘリカルハンマ――!!」
どこかアニメの魔法少女のように吹っ切れてしまったフューナちゃん。
砂漠のど真ん中ということで、周りに誰もいないのをいいことに、気持ち良さそうに必殺技の名前を叫びます。
「ぎゃあぁ! ハンマーが!」
「うああ! 何だ、何だよ、これはぁ!」
フューナちゃんの掛け声とともに、バネ仕掛けの巨大ハンマーが恐ろしい加速をつけて何度も何度も打ちこまれます。
「まさか、核転換能力!? INPAはこんな技術まで実現していたというのか!」
「ハンマーがぁ! ハンマ――っぐぼ!」
地下施設から脱出を図り、入り口に顔を出した砂漠の虎は、もぐら叩きの要領で次々に潰されていきました。そんな惨状を目の当たりにしたワンコロは、ただただ呆然とする他ありませんでした。
「……なんて凶悪。こんなの設計思想になかった……」
「あっはっはっはははははーっ!! あー―、最高ね!! ねえ、見なさいよワンコロ! まるで潰れたトマトみたいじゃない!?」
「悪女だ……まるきり悪女だよフューナちゃん」
いきなり劣勢に立たされた砂漠の虎でしたが、そこは戦闘経験のある集団だけあって、慌てふためきながらも、すぐさまヘリカルコイラーに向けて反撃を仕掛けます。機関銃に、ロケットランチャー、果ては最新の対空レーザー兵器も持ち出しての総攻撃です。
「効くわけないでしょ、そんな原始的な兵器」
フューナちゃんは杖の一振りで、機関銃もロケット弾も軌道を逸らし、全て敵に向けて返してしまいました。レーザー兵器はもとより砂塵に邪魔されて全く役に立ちません。
砂漠の虎とヘリカルコイラーの戦闘は、一方的な殺戮のままに戦闘終了となるのでした。
「さあ、砂漠のナントカは片付けたわ。次はOPECの加盟国に核エネルギー制裁よ! 油田は全て焼却処分! 環境破壊の主要因になっている火力発電所は一基残らず破壊するんだから!」
「あのー……フューナちゃん。油田を焼却処分したら、二酸化炭素が大量に出てそれこそ環境破壊に繋がるんだけど……」
「これも核エネルギー開発推進の為よ。已むを得ないわ」
「本末転倒だよ~!」
もはや理屈の通じるフューナちゃんではありませんでした。
◇◆◇◆◇◆◇
壊滅した砂漠の虎。
死屍累々たる有様を砂漠に曝し、それでもどうにか生き残っている人がいました。
「……畜生、ヘリカルコイラーめ……」
生き残った彼は最後の力を振り絞って、地下施設から持ち出した『ある兵器』を起動させます。
「へへ……皆、くたばっちまえ……」
力尽きた彼のすぐ傍で、その兵器は緑色の粉末を辺り一帯に撒き散らし始めました。
その兵器を厳重に包んでいた容器には、生物災害注意のマークが印されていました。
一方的な殺戮――砂漠の虎との戦闘を終え、フューナちゃんが勝利の余韻に浸っている時でした。ワンコロが垂れていた耳をぴんと立て、急に鼻をふんふんと鳴らし始めました。
「――!! フューナちゃん! バイオハザード警報だ! 誰かがこの区域で、生物兵器……それもとびきり性質の悪い、細菌兵器を使用したみたいだよ!」
「細菌兵器……それって放って置いたら、まずい事になるんじゃない?」
「万が一、都市部に汚染が広がったら大惨事になる……。どうしよう、どうすれば止められるんだ……あー、もう~!」
「うろたえるな! ワンコロ!」
ぼぐぅっ、と杖でワンコロの頭を殴りつけると、フューナちゃんは毅然とした態度で言い放ちます。
「どうするも何も、私はヘリカルコイラーなのよ? 見てなさい、細菌兵器なんて敵じゃないわ。一瞬で無効化してあげるんだから」
「で、でも、いったいどうやって? もう既にバイオハザードの危険区域は広範囲に広がってしまったよ!」
「単純な話だわ。広範囲へ広がった敵には、広範囲への攻撃をすれば良いだけの事……」
フューナちゃんはヘリカルステッキをくるくるくると器用に回転させながら、広範囲無差別攻撃を開始します。
「広範囲フィールド放射……ガンマ・バー――ストっ!!」
「この技は……ガンマ線、そうか! さすがフューナちゃん! 高エネルギーの電磁波を辺り一帯に放射するんだね!? これなら、細菌兵器も無効化できるかもしれない!」
目には見えない、不可視の光が辺り一帯に向けて照射されました。見た目にはフューナちゃんが杖をくるくる回しているだけに見えますが、しっかりと目に見えない光が降り注ぎ、細菌を殺しているのでした。
「これで、完全滅菌よ!」
かくして、細菌兵器による未曾有の危機は、ヘリカルコイラー∞フューナの密かな活躍により回避されました。めでたし、めでたし……。
「……と、まあ、これで終わっちゃつまらないし、私もね一つ考えたのよ。細菌兵器なんか使ってきたOPECに対する最高の報復攻撃を」
「くれぐれも言っておくけど……武装組織『砂漠の虎』と、OPECに繋がりはないよ? わかっているの、フューナちゃん?」
「何を甘いこと言っているの! 砂漠の虎とOPECは組織的な繋がりこそないものの、利益供与の関係にあったことは事実。砂漠の虎の勝手な武力行動を許したOPECにも、責任があるわ!」
「うわあ! なんかすごい正論っぽいこと言っているけど、それってかなり強引なこじつけだと思うよ!」
「――と、言うことで。私が細菌にガンマ線照射して、突然変異で生まれた、この石油分解バクテリアを油田にばら撒くのよ。こいつが石油を分解しても二酸化炭素とかの温室効果ガスは発生しないから、環境にも優しくて問題なし、ってわけ」
「だからさ……どこでどう問題があるのか、よく考えて……」
「はい、散布~!」
「もう、いやだー! 誰か、フューナちゃんを止めて――!!」
勿論、誰もヘリカルコイラー∞フューナの暴走を止められるわけがありませんでした。