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五.四 白き清浄なる世界の為に

 ――五年後。

 独立自治区アキハバラは、満開の向日葵に埋め尽くされていました。

「戻ってきましたな……」

「秋葉区一帯の放射能も減少してきたし、復興は時間の問題になったな」


 この五年間でアキハバラの放射能レベルは、住民が一時帰宅可能な水準まで低下していました。短期間でここまで汚染土壌を浄化することが出来たのも、スカベンジャーが中心となったNGO団体『向日葵の種』の活躍によるものでした。

 電気街に住んでいた電気店商業組合の皆さんも、ようやく我が家の様子を見に戻ることが出来て一安心です。アキハバラ電気街も、まもなく以前の活気を取り戻すことでしょう。




 さてその間、アキハバラ壊滅の元凶である、冬奈ちゃんと留美菜ちゃんの二人はどうしていたかと言いますと。

「冬奈ちゃーん!」

 長く伸ばしたツインテールを揺らして、留美菜ちゃんは元気よく走り回っていました。

 ラジカルアトミッカーとしての数々の悪行は、全てネプニムの洗脳によるものとされ、未成年であることからも超法規的措置が取られ、留美菜ちゃんはお咎め無しでした。


「ああ、留美菜。……恥ずかしいから大声で人の名前呼ばないでくれる?」

「そんな~。冬奈ちゃん、冷たい……」

 もちろん、司法取引を済ませていた冬奈ちゃんも何ら罰則は適用されませんでした。

 毎日をとっても幸せそうに過ごしている冬奈ちゃんと留美菜ちゃん。

 今は一番の仲良し友達、今日も元気に学校へ登校中……。

『柏崎さーん。柏崎冬奈さーん。検査準備が出来ましたので、一番廊下から皮膚科診察室までおこしくださーい』

 ……登校中、というわけではありませんでした。


 そこは病院の一室。それも、他の患者さんとは別に隔離された部屋でした。

 冬奈ちゃんはヘリカルコイラー最後の戦いで、留美菜ちゃんと一緒に、年間の線量限度を大幅に超える放射線被曝をしてしまいました。

 放射線障害が表れるほどではありませんでしたが、大事を取って、二人は特別病棟の無菌室で仲良く治療を受けていたのでした。


 でも、それも今日の診察が無事終わったら、二人とも退院できるそうです。

「それじゃ。私、呼ばれているから行くわ。診察が終わった後で、一緒に遊びましょう」

「うん! 診察が終わったら必ずだよ!」

 二人で一緒に遊ぶ約束を取り付けた後、冬奈ちゃんは診察室へと向かっていきました。



 一時間ほどの診察が終わってから、今度は看護婦のお姉さん付き添いで別の病棟へと冬奈ちゃんは移動します。途中で、留美菜ちゃんが駆け寄ってきましたが「まだ診察の途中だから」と適当にあしらって、お預けです。

 ちょっと態度が冷たかったかな、と心配した冬奈ちゃんでしたが、今はそれよりも優先すべきことがあったのです。


「診察、疲れなかった、冬奈ちゃん? じゃあ、服を脱いで。お着替えと全身の消毒をしましょうね。お父さん、それにお母さんも大事な時期だから、体の隅々まで綺麗にしてから会いに行きましょう」

 同じ病院の別病棟、冬奈ちゃんはそこへ入院中のご両親に会いに来ていました。

 原子力テロに巻き込まれ、重度の放射線障害を負っていたご両親でしたが、最近になってようやく面会できるまでに回復したのです。


 つい先程、担当のお医者さんから話を聞かされて、冬奈ちゃんは逸る気持ちを落ち着けながら、消毒用のシャワーを浴びていました。ご両親との面会の前には、着ていた服を脱いで全身を綺麗に消毒してから、清潔な衣服に着替えて病室に入るのが決まりなのです。


 冬奈ちゃんが病室に入ると、愛嬌のある笑顔をした女性がベッドの上から声をかけてくれました。

「あ、冬奈。お見舞いに来てくれたの?」

 長い黒髪を一束にまとめた綺麗な女性です。

「ママ! ママ? どう、体の具合は?」

「うん、とってもいい調子。新しい治療法が効いているみたい」

 その女性、冬奈ちゃんのお母さんはとっても優しい表情で笑うと、冬奈ちゃんの頭を軽く撫でました。冬奈ちゃんは目を細めて、そのまま静かにベッドの脇へ座りました。


「よかった……。最近、その新しい治療の所為で、ずっと面会できなかったから心配していたのよ?」

「はい、ごめんなさい。いつも心配ばかりかけちゃって」

「ううん、いいの……ママ達が元気なら……」

 子供っぽい仕草で謝るお母さんに、冬奈ちゃんも子供らしく抱きついて甘えます。

「あれ? そういえばパパは?」

「パパは今、検査中。もうすぐ終わると思うけど……」

 そこまでで言葉を切り、冬奈ちゃんのお母さんは急に真剣な表情になりました。


「あのね冬奈。パパも、ママもそうなんだけど。今、やっている検査結果次第ではね、パパも、ママも……」

 ――――。

「嘘……本当?」

「ええ、本当」

 信じられないといった驚きの冬奈ちゃんに対し、お母さんは真面目な顔つきです。


「本当なの!? 検査結果が良ければ、三人一緒に暮らせるの!?」

「うん、本当。やっと冬奈とも、パパも一緒に三人で暮らせるようになるの。私達家族も普通の生活が送れるようになるのよ」

「嬉しい! やっと……家に家族が揃うんだ!」

 お母さんの言葉に、冬奈ちゃんは涙を零して喜びました。 


『――柏崎さん。検査準備が出来ましたので、二番廊下から遺伝子治療処置室までおこしください』

 病室に備え付けのスピーカーから、冬奈ちゃんのお母さんを呼ぶ放送が入りました。

「それじゃ、冬奈。行ってくるわね」

「うん! 早く戻ってきて。それで家に帰ろう、パパも一緒に、皆で!」

 冬奈ちゃんの夢は、家族三人で暮らすこと。

 その実現はもう、すぐそこまで迫っているのでした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ――白い部屋。白い円卓。白い椅子。

 五色の影が輪をなして、密やかに会議を催していました。

 会議の口火は、赤いねじり鉢巻をした男が切ります。


「さて、『向日葵の種』の次なる広報活動だが……。INPAに打診してみたところ、『核兵器の平和的エネルギー利用』に関して、啓蒙活動をしてほしいと返答があった。原子力安全委員会としても積極的に応援したいと思う。ついてはその方法だが……」

「そ、それならやっぱり、冬奈ちゃんにCM出演してもらおうよ!」

 緑のバンダナをした太り気味の男が、核融合親善大使のロゴが入った団扇を掲げます。


 しかしこの提案に、青いハンカチで汗を拭きながら、痩せ過ぎの男が意見を挟みました。

「今回の主旨は、旧兵器の原子爆弾を解体して、取り出したプルトニウムを発電に利用しようというものだろう? 核融合を推進するヘリカルコイラーではイメージが合わない」

「そうねぇ~。あの()の人気は大したものだけど、ちょっとミスマッチかしらね~」

 青いハンカチの男に同意したのは、ピンク色の手鏡を持った女でした。


 いいアイディアが出ずに煮詰まっている四人を前に、また一人、別の男が立ち上がります。

「それなら、ラジカルアトミッカー=ルミナのキャラクターだな! 聞けば、苔浜留美菜も検査を終えて退院したらしい! ここは一つ、秋葉原発(アキハバラはつ)の原子力アイドルユニット復活記念として、盛大にシンポジウムでも開催したらいい!」

 男はきらきらと光る金歯を剥き出しにして、爽やかに言い放ちました。

 一同はしばしの間、沈黙していましたが……。


「意外と良いアイディアかもしれない」

「賛成! 賛成だよ!」

「いいんじゃな~い?」

「まあ、異論はない」

「……ちなみに、キャラクターの意匠権はどうなっていたかな?」

「それなら確か、冬奈ちゃんが権利を持っているよ。僕が交渉してくる! 本人にも会いたいしねー」

 全会一致で、ヘリカルコイラー+ラジカルアトミッカーのイベント開催が決定したのでした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ――一五六号、追加報告。


 サポートアニマル一五六号は、最後の仕事となるヘリカルコイラーの補佐を全うした暁には、一戸建ての犬小屋と、生涯望むだけのビーフジャーキーとドッグフードを与えられるはずでした。

 ところが、ヘリカルコイラーの核エネルギー制裁による件で、契約は無効にされてしまいました。司法取引で罰則はありませんでしたが、褒賞もなくなってしまったのです。

 そこで行き場もなく、事件収束後は冬奈ちゃんの家で飼われているのでした。


「はい、今日のご飯よ。大切に、よく噛みしめて食べなさい」

「ええ!? たったのこれだけ? まさかこれで一日分? 一食分にしても少なすぎるよ」

「ただ飯喰らいの老犬が図々しいこと言うんじゃないわよ。半分機械で電力まで食うのに。あんたのドッグフードなんて一〇〇グラムで充分よ。それだけあれば、体温を一日保持するだけの熱量(カロリー)は確保できるでしょ?」

「それって本当に最低限度の生命維持に必要な熱量なんだけど……」

 給餌のお皿にちょこんと乗ったドッグフードを見て溜め息をついてしまうワンコロ。


 それに対して、冬奈ちゃんは至極当然といった表情でワンコロを見下ろしています。

「エネルギー消費規制は犬だからって理由で免除はないわよ。あんたもちゃんと協力しなさい、家族の一員なんだから」

「え!? 冬奈ちゃん、今、何て言った!?」

 ワンコロは冬奈ちゃんの言った言葉に強く反応しました。とても大切な事を冬奈ちゃんは口にしたのです。


「……何よ。犬だからって免除はないって言っているでしょ……」

「そうじゃなくて、その後だよ!」

「あ、あんたも協力しなさい、って言っているのよ! 『家族』なんだから……!」

「ふ、冬奈ちゃん……。僕のこと家族だって、そう思ってくれるんだね……?」


 感極まったワンコロは、嬉しさのあまり冬奈ちゃんに飛びつきます。

「冬奈ちゃーん!!」

「きゃああ! 飛びつくな、舐めるな! この、発情犬!」

 むしゃぶりついてくるワンコロを拳で殴る冬奈ちゃん。でも、ワンコロは冬奈ちゃんとそんな風にじゃれあうことが何よりも幸せなのでした。

 冬奈ちゃんだって嫌がりながらも……本気で、嫌がりながらも、ワンコロの事を捨てたりはしません。


「冬奈、あんまり一五六(わんころ)号をいじめたら駄目だよ」

「パパ! 違うの! だって、こいつが!」

「そうそう、違うよねぇ。冬奈ちゃんは、一五六号をいじめていたんじゃなくて、一緒に遊んであげていたのよね」

「ママも! それ違う! 私は別にこんなやつ――」

「冬奈ちゃーん!!」

「きゃあああぁ! 涎! よ・だ・れ、拭きなさいってのー! この変態犬!」


 だって彼らは、家族ですから。

 誰よりも強い、何よりも強い、原子力で結ばれた家族なのです。




   ――以上 『秋葉原発! ヘリカルコイラー∞フューナ』 完――


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