五.一 VSヘリカルコイラー
「くそ……止められなかったか……。このままでは、東京が壊滅してしまう……。く、ラジカルアトミッカー……。もはや、ネプニムを止められるのは君だけだ! 目を覚ましてくれ!」
渾身の力を振り絞り、スカベンジャー=レッドはルミナちゃんに向かって劣化ウラン弾の破片を投げつけました。破片は見事、ルミナちゃんの側頭部を直撃です。
「あ! いっ、痛~い!! 何するのぉ!?」
「ラジカルアトミッカー=ルミナ! 君が今からやろうとしていることは! 君のお母さんやお父さん、友達、それに大好きな人、全てを巻き込んで壊してしまうことなんだ! もう一度よく、考え直すんだ!」
「へ? 大好きな人も? 壊す?」
上空へ舞い上がろうとしていたルミナちゃんの動きが止まりました。先程、劣化ウラン弾の破片が側頭部を直撃した際に、片方の耳栓が外れていたのです。
「ねえー? 赤いお兄さん? それって、どういう意味なのかなー?」
「声が届いた!? それなら……」
「邪魔はしないでくれるかい、スカベンジャー=レッド!」
最後の希望を絶たんと、ネプニムがレッドに向けて口から怪光線を放ちます。それは紛れもなく、ラジカルアトミッカーの荷電粒子砲そのものでした。
虹色の雷を纏った光の奔流が、スカベンジャー=レッドを飲み込みます。レッドは避けることも出来ず、怪光線の直撃を受けてしまいました。大地に白い閃光玉が膨れ、全てを焼き尽くさんとするプラズマの嵐が吹き荒れます。
ネプニムは爆風に身を乗せて、ふわふわと上空を漂いながらその惨状を、邪悪な笑みを浮かべて眺めていました。
「くふふふ……これで邪魔者は完全にいなくなったね……」
「……大好きな人も……」
少し低い高度で、ルミナちゃんはネプニムと、黒焦げになった赤いお兄さんを交互に見比べます。ルミナちゃんの中で、何か腑に落ちない疑問が生まれようとしていました。
「いい加減、目を覚ましなさい! ルミナ!」
「え……この声?」
どこからともなく聞こえてきた声の主を探して、辺りを見回すルミナちゃん。でも、東西南北どの方角にも、誰もいません。
「上よ!」
言われてルミナちゃんが上を向くと、目の前には靴底の裏が見えました。
「ふぎゅぅっ!」
ルミナちゃんはまともに顔面を足蹴にされて、たまらず姿勢制御を狂わし地面へと落下してしまいます。鼻血を垂らして、仰向けに寝転がるルミナちゃんの視線の先には、太陽を背景に宙で佇む謎の少女のシルエットが!
「うわ~……フューナちゃん、容赦ないなー。あの子、鼻血出しているじゃないか」
「鈍間なのが悪いんでしょ。夢見がちな子には、いい目覚ましになったはずだわ」
ルミナちゃんは目をぱちくりとさせながら、宙に浮いている少女を凝視します。
「冬奈……ちゃん?」
「違うわ! ヘリカルコイラー∞フューナよ! 断じて、柏崎冬奈なんて小学五年生じゃないんだから!」
顔を真っ赤にして完全否定するフューナちゃん。でも、いくら変身したからって顔や声はそのままなので、ごまかしようもありません。
「ヘリカルコイラーだって? また変な人が出てきたねぇ。ひょっとして、君も僕らの邪魔をする気なのかい?」
鼻血を垂らしたルミナちゃんに、どこからともなく取り出したティッシュペーパーを渡しながら、子猫の姿をしたネプニムがフューナちゃんに問いかけます。
そんなネプニムを見たフューナちゃんは目を丸くして、やや興奮気味にワンコロに囁きます。
「……ちょ、ちょっと、あの子猫、喋った! あれもサポートアニマルなの!? か……可愛すぎる! ああ~ん」
フューナちゃんはネプニムを指差して言いました。
「ねえ、私もあんな可愛いマスコットが欲しい」
唐突にわがままを言い出すフューナちゃんに、ワンコロは露骨に苦しそうな表情を見せました。
「む、無理を言わないでよフューナちゃん。猫型は自分勝手で、サポートアニマルとしては素体からして向いてないんだ。サポートなら格好よくて理知的な僕が――」
フューナちゃんは冷たい表情でワンコロを蹴りつけ黙らせると、もう一度ネプニムに指を差して無言のおねだりを続行します。
「よ、よく考えて……。喋る猫なんてアニメの魔女や死神が使い魔として連れているくらいだよ? 印象悪いよ……。実際にラジカルアトミッカーが連れているのは、原発に住み着いていた猫がミュータント化した、超進化生命体だという情報も入っているんだ……」
「いいの! 可愛ければ不条理も許されるのよ、使い魔だろうと怪物だろうと」
小学五年生とは思えないわがままで、フューナちゃんはワンコロを困らせます。困ってしまったワンコロは、ネット上の観客に意見を求めることにしました。
ラジカルアトミッカーと海上自衛隊の戦闘をリアルタイムで放映し始めてから、ざっと百万人ほどの視聴者がこの状況を見守っています。彼らの意見を統合して、最適解と思われる答えを導き出します。
「そんなに言うなら、まずはあのネプニムとか言う猫を捕まえてみたら?」
「! それだわ……。そうね、そうよね。欲しいなら力づくで奪えばいいのよね。ルミナの物は私の物だし、問題ないじゃない」
ワンコロは見事にフューナちゃんを誘導することに成功しました。
「宣言するわ! 核融合親善大使ヘリカルコイラー∞フューナは、国際連合を代表して、国際テロリストのラジカルアトミッカー=ルミナ、およびミュータント=ネプニムの捕縛を請け負い、これより強制大執行を行うことにしたから!」
「フューナちゃん。それって行政代執行のこと? 色々と意味が違……い、いだだっ!」
フューナちゃんは高らかに宣言すると、性懲りもなく揚げ足を取ろうとするワンコロの耳を抓りあげます。
不敵に笑うフューナちゃんを前に、ルミナちゃんは不思議な顔をしていました。
「国際テロ? でもルミナ達、外国には行ってないよ?」
「汚い手を使うねぇ。大方、自分達がやった国際犯罪を全てラジカルアトミッカーに擦り付けて処分しようって腹なんだ」
「何とでも言いなさい。これが大人の司法取引ってこと。勝てば官軍なの!」
「やっぱり僕の根回しは間違っていたんだろうか……」
そして、フューナちゃんはゆっくりと杖を巡らせ、ルミナちゃんを取り囲むようにモビルコイルを展開していくのでした。