四.三 殲滅のフォールアウト
ネプニムは己の野望を高らかに宣言すると、迷わずデーモンコアに噛りつきました。途端にネプニムの体から、揺らめく紐のような青白い電子線が迸ります。
「ルミナちゃん! 彼らはやっぱり僕らの敵だよ! 僕らから奪ったデーモンコアを返すつもりはないらしい!」
「そうなの? じゃあ、実力行使しかないんだね? そういうことなら……手加減はしないから! 覚悟して、編隊すかべんじょーさん達!」
「遊離戦隊スカベンジャーだ!」
「ゴールド、構うな! くそっ、交渉は決裂か……仕方ない。攻撃が来るぞ、防衛行動!」
攻撃態勢に入ったラジカルアトミッカーとネプニムの動きに対して、スカベンジャーもまた防衛行動を起こします。
「やい、スカベンジャーども! 僕の電子線で切り刻んでやる! ルミナちゃんも遠慮せず、電子砲ばんばん撃っちゃって!」
「了解だよ、ネプニム! 高エネルギー電子砲、発射――!!」
ルミナちゃんとネプニムによる電子ビームの十字砲火がスカベンジャーに襲い掛かります。ですがスカベンジャーはその時、既に防衛体勢に入っていました。
スカベンジャーの五人はそれぞれ散開し、各々が自分のコスチュームと同じ色のガスを辺り一帯に撒き散らしています。
電子ビームは漂うガスに飛び込んでいって――。
「あれれれ?」
特別、何も起こりませんでした。
「……ビーム、ガスに飲み込まれて消えちゃった……。ネプニム……あれは何……?」
電子ビームはガスに飛びこんですぐ、エネルギーを失って無効化されてしまいました。ルミナちゃんは、電子ビームの行方を見失って呆然としてしまいます。
「あれは……」
「説明しよう!」
ネプニムが色鮮やかなガスを忌々しげに睨み、口を開きかけたときでした。
もうもうと漂う赤色の煙の中から、スカベンジャー=レッドが姿を現しました。続いて、青、緑、ピンクの煙の中からそれぞれの色をしたスカベンジャー達も現れます。
「この凝集型エアロゾルは、空気と交じり合って長時間滞留し、荷電粒子砲などビーム兵器の威力を減衰させる障壁となるのだ!」
自慢たらたら、スカベンジャーレッドは能書きを並べます。一方、これに対峙するネプニムは、いつもの可愛い子猫顔を醜悪に歪めて、鼻の頭をひくひくとさせています。
ネプニムの怒りは頂点に達しようとしていました。
「ふ、ふぅ~ん……考えたねー。でもそれなら……減衰させても防ぎきれない威力ならどうかな……? ルミナちゃん、荷電粒子砲だ! 出力一〇〇%で発射だよ!」
「もうとっくに準備はしていたよ! 荷電粒子砲、出力一〇〇%!」
不意討ちの素早い連携で、ネプニムの意思を汲み取っていたルミナちゃんが、至近距離で荷電粒子砲を構えます。
身構えてももはや時は遅く、荷電粒子砲の砲口奥に死を齎す光が灯ります。
「発射――!」
「ゴ~ルデ~ン!」
発射の掛け声と同時に、間延びした声が響いてスカベンジャーの周囲に金色の煙が立ち昇りました。
閃光の束となった荷電粒子はそのまま金色の煙に直撃し、ばちばち、きらきらと火花を散らしながら散乱します。
「うわきゃぁ! 眩しい! 眩しいよ、ネプニム!」
「ルミナちゃん! 落ち着いて! ラジカルアトミッカーの標準装備として、紫外線カットのコンタクトレンズが装着されているんだ。強烈な可視光線にも自動で明るさ調整をしてくれる! 直視しても目は潰れたりしないよ! だから状況確認を早く!」
「ええ? 状況確認って?」
絶対の死を齎すはずだった荷電粒子砲でしたが、突如立ち昇った金色の煙に阻まれて、荷電粒子はエネルギーのほとんど全てをあらぬ方向へと拡散されていました。
荷電粒子砲は既に全エネルギーを解放し、次の発射までには時間がかかります。
そのわずかな隙を突いて、金色の煙の中からスカベンジャー=ゴールドが勢いよく踊り出してきました。
「ふははは! もはや説明も不要だろう! だがしかし、ここは一つ説明せねばなるまい。要はこの煙、ゴールデン・エアロゾルで荷電粒子を散乱・反射して、攻撃を凌いだのだ! ラジカルアトミッカー敗れたり! 覚悟――」
「きゃーきゃー! 来ないで、編隊金ピカお兄さん!!」
金ピカお兄さんに詰め寄られて、パニックに陥ったルミナちゃん。思わず、劣化ウラン弾を零距離射撃で撃ち込んでしまいます。
「げべべぇ! ぶほぅ……!」
ラジカルアトミッカーを追い詰めたスカベンジャー=ゴールドでしたが、強力な反撃にあって、あっけなく後方三〇〇メートルまで吹っ飛ばされてしまいます。
「あはははっ! 無駄だよ! スカベンジャー!! ラジカルアトミッカーの武装はビーム兵器だけじゃないんだ!」
勝ち誇るネプニムに対して、スカベンジャー一同は大きく後退し体勢を立て直します。吹っ飛ばされて転がっているゴールドを回収しつつ、輪になって作戦会議です。
「無事か!? ゴールド!」
「う、ああ……。腹に風穴も空いてない……無事、のようだ。耐戦車砲パッドをあちこち詰めておいて助かった。特注で開発に応じてくれた研究者に感謝しないとな」
ゴールドはピンクにお腹をさすってもらいながら、心配するレッドに軽く手を上げて応じます。その様子に安堵したレッドに、ブルーが冷静に問いかけます。
「ひとまず無事で安心した……。で、どうするレッド。相手は劣化ウラン弾の武装まで持っている。そのうえ機動性と装甲もかなりのものだ。攻略方法はあるのかい?」
ブルーの問いかけにレッドは押し黙ってしまいます。
状況はとても厳しいものでした。ラジカルアトミッカーの主力攻撃はビーム兵器で、これさえ封じてしまえば攻略可能と考えていたのですが、思いのほか近接戦闘にも隙がないのです。
「思ったよりも長期戦になりそうだな……」
ぼそり、と呟いたレッドの言葉にいち早く反応したのはブルーでした。
「ええ!? ……それは困るな、レッド。この仕事は半日だけって約束だろう? 博士課程の学位審査で忙しいなか、無理して出てきたんだから。悪いが、もうこれ以上付き合いきれない。ただでさえ教授に論文の仕上がりが遅いとか文句言われているのに……」
ブルーは唐突に自分の都合を話し出すと、戦場を後に帰ってしまいました。
スカベンジャー=ブルーを見送った後、グリーンとピンクの二人が、何かを思い出したかのように立ち上がります。
「あ、それじゃ僕もここで失礼しよう。格好いい戦隊ヒーローの真似事ができるからって参加したけど、やっぱり命に関わるような戦いは好ましくないよ。まあちょっとは活躍できたし、これでサバゲー仲間にも自慢できるかな。じゃ、頑張ってね」
「ごめ~ん、ちょっと彼氏から電話かかってきて、今から会えないかって言われてるのー。煙で髪汚れちゃったからぁ、シャワー浴びてぇ、ネイルの手入れしてぇ、デートの準備しないとぉ……。この続きはまた今度ね!」
一人、また一人と脱落していく隊員達にスカベンジャー=レッドが嘆きます。
「くうぅ! やはり、これが寄せ集めボランティアの限界なのか!? せめて非政府組織ぐらいの結束があれば……」
なんと、遊離戦隊スカベンジャーは有志を募って組織されたボランティア団体だったのです。彼らの母体組織である原子力安全委員会も、近年の予算縮小で人手が割けず、有志に頼るしかない現状でした。
肩を落とすレッドに、地面に横たわったままのゴールドが力強く励ましの言葉を贈ります。
「心配するなレッド!! 俺は最後までお前に付き合うぞ! 同じ原子力工学科の誼だ! ……で、ものは相談なんだが、どこかいい就職先はないか? お前、もう就職決まっているんだろう?」
「ゴールド……君も、もういいから就職活動に専念してくれ……。ブルー先輩同様、僕には君達の将来まで保証できない……」
地に伏すゴールドをその場に残し、スカベンジャー=レッドは再びラジカルアトミッカーとネプニムの前に立ちます。
「おやぁ? 随分と寂しい数になったね? お仲間はどうしたのかな?」
「本当だ! 緑とか青のお兄さん達どうしたの?」
「他の仲間は……今もお前を捕らえる為の準備に奔走してくれている。だから、あきらめて投降しろ、ミュータント=ネプニム……」
力ないレッドの説得に、ネプニムは嘲りの笑みを浮かべながら尻尾を揺らします。
「あきらめるのは君の方じゃないのかい、スカベンジャー=レッド? 一人では、デーモンコアも守りきれないだろう?」
「――っ!?」
ネプニムの冷たい声と共に、無数のモビルユニットがレッドに襲い掛かります。レッドはなす術もなく、モビルユニットからのレーザー攻撃に追い立てられ、勢い余ってデーモンコアを懐から落としてしまいます。
「しまった!? あれだけは死守しなくては……!」
慌ててデーモンコアを取りに戻ろうとするレッドでしたが、その目の前に、無邪気な笑顔のラジカルアトミッカーが立ちはだかりました。
「駄目だよ、赤いお兄さん。これはルミナとネプニムが努力して作ったんだから。返してもらうね」
デーモンコアを奪い返したルミナちゃんは、原子力エンジンの噴射でレッドを吹き飛ばし、ネプニムの元に戻ります。
「ネプニム! 取り返してきたよ」
「やったね、ルミナちゃん! これで連鎖反応を利用した究極必殺技『殲滅のフォールアウト』が発動できるよ」
「おお~! 究極必殺技? すごい強そう!」
「さあさあ! 始めようか! 待ちに待った原子力のお勉強も、これで最終章だ!」
デーモンコアを抱えた七体のモビルユニットが、ネプニムと共に空へと飛び立っていきます。スカベンジャー=レッドには、もはやネプニムを止める手立ては残されていませんでした。