四.一 チェレンコフ光は仄かに青く
核燃料製造工場、ウラン濃縮施設と急襲を続けたラジカルアトミッカーは、現在、海岸線に沿ってゆっくりと飛行しながら、東京方面へと向かっていました。
「アキハバラに戻るの? もう、原子力施設の見学は終わり?」
ルミナちゃんは「まだ物足りないよ」と、ネプニムの顎を撫でながら残念そうな表情を浮かべます。
「ちょっと寂しい気もするけどね。この見学ツアーの集大成として、最後に原子力の究極をルミナちゃんに実感してもらうよ。その為にも人口密度の高い東京、アキハバラ周辺が都合いいんだ」
「そっか……。でもそうすると、それが終わったらネプニムともお別れなんだね……?」
「そうだね。『お別れ』だね。本当に、寂しくなるよ……」
しんみりとしてしまうルミナちゃんとネプニム。どんなに楽しい時間も、いずれは終わりがやってくるのです。一人と一匹の間に、切ない空気が漂います。
微妙な雰囲気を知ってか知らずか、ゆっくりと飛行するルミナちゃんと並走して、ウミネコが「みゃーみゃー」と鳴いています。そして、鳴き喚くウミネコを挟んだ海向こう、東京湾の真ん中に無数の船が漂っているのが見えました。
静かな凪に揺られる船影から、細長いシルエットの物体が多数、お尻から火を噴きながらルミナちゃんの方に向かってきます。
「――!! ルミナちゃん! 危ない! 避けて!」「うえ? なに……?」
ルミナちゃんが東京湾の方に注意を向けたときには既に遅く、目前まで多数のミサイルが迫ってきていました。
「っきゃあ――!!」
ミサイルはルミナちゃんの近くまで到達すると、大爆発を起こしました。続いて、迫っていた後続のミサイルも次々と誘爆していき、東京の空に巨大な火の玉が出現しました。
火の玉が膨れ上がる一瞬前に、ラジカルアトミッカーの最大出力で高速飛行し、ルミナちゃんは窮地を脱していました。背中のランドセルからは制御棒が目一杯に飛び出し、限界まで動力炉の稼働率を引き上げています。
「危なかったー……。もう、いきなりミサイル飛ばしてくるなんて! ルミナだって怒るんだからね!」
本気でお怒りのルミナちゃん、すぐさまミサイルが飛んできた方角へ荷電粒子砲を撃ち返します。
ぼぅっ――と、荷電粒子が海面に飛び込んで水蒸気爆発を起こします。荷電粒子砲の直撃よりも、爆圧に煽られて大きな船が幾つも転覆していきました。
東京湾に集結していた船は、海上自衛隊の巡洋艦、数十隻。ラジカルアトミッカーの反撃に怯むことなく第二波のミサイル攻撃を仕掛けてきます。
「ああ、もうまた! この! ばか、ばか! いい加減にしてよぉ!」
ルミナちゃんは癇癪を起こしながら、飛び来るミサイルを荷電粒子砲で一掃します。ミサイルを撃墜した後も、間髪入れずに荷電粒子砲を撃ち続けました。
「うわぁ! 肉球が、あっちっち……!! 熱いよ、ルミナちゃん! 過熱しすぎ! このままじゃ原子炉がメルトダウンしちゃうよぉ! 荷電粒子砲撃つの抑えて抑えて!」
ルミナちゃんの肩に乗っかっていたネプニムが、異常発熱するランドセルに肉球を焼かれて悲鳴を上げます。
「あ!? ネプニム! ごめん、平気? ランドセル、熱くなっているの?」
ネプニムの叫びに、ルミナちゃんもやっと我に返ります。
「僕は平気だけど……うわわ、駄目だ! このままじゃ炉心が融解しちゃう……。うーん、仕方ない! ルミナちゃん、冷却水を循環させて原子炉の熱を取り去るんだ! ほら、海中へ飛び込んで!」
「海中に? わかった、お水で冷やせばいいんだね!」
ルミナちゃんは、どどーん、と盛大に水蒸気爆発を起こしながら海中に飛び込みます。
原子炉は冷たい海水を取り込み、ぐんぐん冷却されていきます。しかし、それと同時に放射能汚染を受けた一次冷却水が、海中に垂れ流しになります。やがて、青白い光が海中から放たれ始め……。
◇◆◇◆◇◆◇
「――ん。あの青い光……」
アキハバラの、とある超高層ビルの屋上にある展望台から、東京湾を眺めていた冬奈ちゃん。望遠鏡を覗きながら索敵していたのですが、そこで大きな火の玉と青白い不吉な光を目撃してしまったのです。
「あれはもしかして……チェレンコフ光? でもあんなに強烈な光を発して……原子力潜水艦が事故でも起こしたのかしら……でなければ……」
ほんの一瞬でしたが、海中から飛び出してくる影を冬奈ちゃんは見逃しませんでした。
一旦、望遠鏡から目を離し、何度か目をこすってからもう一度覗きます。
望遠鏡の倍率を上げて、海中から飛び出してきた影を拡大してよ~く観察してみます。すると見えてきたのは、重厚な武装をした小柄な少女の姿。濡れた体から湯気を発して、東京湾の上空でホバリングしていました。
「――見つけたわ。ラジカルアトミッカー=ルミナ!」
見間違えるはずがありません。毎日、元気よく冬奈ちゃんにまとわりついてくる女の子。
その彼女は今、ラジカルアトミッカーとして海上自衛隊と交戦中だったのです。
「チェンジ!」
その一声とヘリカルステッキの一振りで、冬奈ちゃんは一瞬にしてヘリカルコイラー∞フューナへと変身します。
「フューナちゃん、待って! どうするつもり!?」
いきなり変身したフューナちゃんを見て、サポートアニマルGSD‐一五六号、通称ワンコロが慌てた様子で叫びます。
「愚問ね! ラジカルアトミッカーを倒すに決まっているでしょ!」
「だから、待ってってば! 今は、海上自衛隊とラジカルアトミッカーが交戦中なんだ。飛び込んで行ったらフューナちゃんまで、ミサイル攻撃に巻き込まれるよ!」
「だったら、両方まとめて消去するまでよ」
「フュ、フューナちゃん……お願いだから、穏便に、ね? あ。ああ! そうだ、僕に名案があるよ! 少し! 少しだけ待って? そうしたらラジカルアトミッカーとの、正式な決闘の場を用意できるから!」
ワンコロの言うことなど毛ほども気にしてはいないフューナちゃんでしたが、正式な決闘の場、というのが魅力的に聞こえました。
「ワンコロの癖に、随分と気の利くことを言うじゃない。具体的にどうするつもり?」
「これから僕が関係各所に連絡して根回しを図るから。そうしたら万事うまくいくはず。……フューナちゃん、君は英雄になるんだ」
口の端を大きく歪め、牙を剥き出しにして笑うワンコロに、フューナちゃんは満足そうに頷きました。
「ようやくあんたもわかってきたじゃない。調教の甲斐があったってものね」
「もうここまで来たら一蓮托生だからね。少しでもフューナちゃんに有利な舞台を用意する。それがサポートアニマルとしての僕の仕事さ」
早速ワンコロは持ち前の通信能力を駆使して、関係各所への根回しを始めるのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
海面すれすれを飛行して海上自衛隊の艦隊に肉薄し、至近距離で荷電粒子砲をぶちかます、という大胆な攻撃方法に、巡洋艦は反撃の糸口を掴めないまま次々に沈められていきました。
「あんまりルミナのこと甘く見ないでほしいな。ぷん!」
「やー。すごいよルミナちゃん。正直、ここまでやれると思わなかったな。うん、なんていうか、感動した」
原子炉のクールダウンに合わせるように、次第にルミナちゃんの精神状態も落ち着いてきました。海上自衛隊の巡洋艦が全て沈んだことを確認すると、再び、ゆっくりとアキハバラへ向けて進攻を開始します。
「……それで、ネプニムは結局、アキハバラで何するつもりなの?」
「あー、あのね。あそこには最初にルミナちゃんが見学した、秋葉原子力発電所があったよね? どういうわけかあの後、原子炉が派手に爆発しちゃったみたいだけど。まあ、あそこの高速増殖炉をちょちょいと改造してね、利用しようと思っているんだ」
「こ、こーそくぞーしょくろ……」
ネプニムは、ちょちょいと改造、などと言っていますが、実際にそんなことが簡単に出来るはずもありません。
ましてやルミナちゃんにとっては、高速増殖炉という名前だけでも難しいのに、ネプニムのやろうとしていることがどれだけ常識はずれの事か、理解できるわけもありませんでした。
「難しそう……。ルミナ、その高速……ぞーしょくろ?」
「高速増殖炉」
「そう。それだけは、誰に聞いてもよくわからなかったの」
「う~ん、そうか……。でも、今回やろうとしていることは、高速増殖炉がメインの話じゃないんだよ。むしろ、その後のことでね? まー、難しそうな高速増殖炉の話は置いといて、僕がルミナちゃんに教えてあげたいのは、原子力の究極概念とも言うべき『連鎖反応』についてなんだ……」
「うえ~ん。また、難しい言葉が出てきたー……。連鎖反応、って一体何のこと?」
ネプニムが先程から難しい話ばかりするので、ルミナちゃんは頭を抱えてしまいます。それでも、ネプニムのおかげで着実に原子力の事がわかってきた――ような気がする――ルミナちゃんは、癇癪を起こしたりせず素直にネプニムの説明に耳を傾けます。
「連鎖反応って言うのはね、核分裂性物質が核分裂を起こして、飛び出した中性子を吸収して別のがまた分裂する、っていう反応を『自発的』に『連続』して起こすことを言うんだよ」
「あ~ん!! それじゃわかんないよ、ネプニム。もっと簡単に説明してって、いつも言っているのに」
ネプニムとしてはこれ以上ないくらい、簡単に説明したつもりでしたが、何しろルミナちゃんはまだ小学五年生。
彼女にも理解できる説明としては、これでもまだ難しいくらいです。
「仕方ないなあルミナちゃんは……。そうだねえ、ルミナちゃんの身近にあるもので説明しようか? 『ぷにぷに』って、落ちゲーは知っている?」
「うん、よく知っているよ。画面の上から落ちてくるぷにぷにを同じ色で集めて四つくっつけると消えるゲームでしょ? 画面いっぱいにぷにぷにが積み重なるとゲームオーバーになるんだよね」
「そうそう、そしてぷにぷにを消すときに、うまく積み上げてから、崩して連続消しすると高得点になるよね? ほら、例えば、五連鎖! 十連鎖! みたいな? あんなイメージなんだよ。臨界点に達すると、手を出さなくても勝手に反応が進んでいくんだ。簡単でしょ?」
ネプニムの説明にルミナちゃんは、なんとなくわかったような、やっぱりまだわからないような、ちょっと曖昧な顔をします。
「まあ、実際にやってみればよくわかると思うよ。さ、もうすぐアキハバラだ。これが最後のミッションになるよ、ルミナちゃん。気負わないで気楽にやろう! とっても楽しい、連鎖反応を……ね」
そうして、ルミナちゃんとネプニムは、半壊した秋葉原発に再び降り立つのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
「うにゃうにゃ……うなな~ん!」
おててのにくきゅーとにくきゅーをあわせて、ぷにぷに~、と意味のわからない動作と共にネプニムがうにゃうにゃ呪文を唱えます。
すると、秋葉原発一号炉は瞬く間に元の高速増殖炉の形に修復されました。ですが、構造の変化は止まらず、さらに所々がネプニムの特別仕様へと作り変えられていきました。
「原子炉作った技術者さん達には申し訳ないけど、これも必要なことなのさ」
「おー。おー。ネプニムって本当に凄いねー。今のどうやるの? 私にもできる?」
生まれ変わった原子炉を前に、黙祷を捧げるネプニムとはしゃぎ回るルミナちゃん。
「今のは僕の特殊能力、通称、核転換能力ってやつだよ。物体を原子レベルから創り変える荒技だからね。消費するエネルギー量も多いし、ルミナちゃんにはちょっと危険だから、教えられないな」
「ちぇー。けちー」
「……いや、けちとかじゃなくてね? ……ま、いいか……。ルミナちゃんは知らなくていいことだからね……」
ぶつぶつと文句を垂れながら、ネプニムはプチ・アトミちゃんに指示を出し、高速増殖炉の中へ使用済みの核燃料を投入していきます。
「あれ? 使用済みの核燃料なんて入れてどうするの? 使えないんじゃないの?」
ネプニムの作業を見ていたルミナちゃんが疑問の声を上げます。
「いい所に気がついたね、ルミナちゃん。そう、この高速増殖炉っていうのはね、通常の原子炉で使用済みの核燃料を、再処理して使えるところに利点があるんだ」
ルミナちゃんの問いかけにネプニムはきゅうっと眼を細めて、満足そうに微笑みました。
「もう少し専門的な話をすると、ウラン鉱石にはウラン二三八というものが含まれていてね、これは通常使用される核燃料のウラン二三五とは質量数が違うんだ。普通なら、燃料としては使えないウラン二三八だけど、エネルギーの大きい高速中性子をぶつけてやると……なんと! 核転換を起こして、プルトニウム二三九にレベルアップするんだ!」
「おお~! それって、それって! つまり、質量数が重要って話だよね? ルミナ聞いたことある!」
「へ? 本当かい? ルミナちゃん、今の話、理解できたの?」
今回ばかりは、ルミナちゃんの理解力にネプニムの方が驚いてしまいました。
「わかるよ。それで、プルトニウム二三九って言うのが、ウラン二三五みたいに核燃料として使えるんだよね?」
「……。……す、すごい、すごい! ルミナちゃん本当に理解している! わかってくれたんだね? くうー! これまでがんばって説明を続けてきた甲斐があったというものだよ! 嬉しいなあ……。よし! それじゃあ、後は連鎖反応のお勉強だね! 大丈夫、一番わかりやすい方法で、僕がルミナちゃんに教えてあげるからね! そう……最も単純な、方法でね……」
ネプニムは赤い舌で前足を舐めながら、円らな瞳を妖しく輝かせました。
「さあ! 生まれ変われ、高速増殖炉『じゅまんじゅ』! 連鎖を生む始まりの火は、このネプニムが賄おう! 臨界に挑め! チェーンリアクション!!」
ネプニムの号令と共に、ついに高速増殖炉が動き始め、ルミナちゃんは連鎖反応を目の当たりにすることになります。
「わくわく……。連鎖反応……何が起こるんだろう!?」
胸をときめかせて高速増殖炉じゅまんじゅを見つめるルミナちゃん。じゅまんじゅは唸りを上げながら冷却剤の液状ナトリウムを循環させていきます。制御棒を出し入れしながら、出力の調整も行われます。
「連鎖反応維持、出力安定、自動制御開始……。ふぅー……」
じゅまんじゅが定常動作に移行し、ネプニムは制御を自動に切り替えて一息つきました。
一方、これから何が起こるのかと期待を膨らませていたルミナちゃんは、今現在、連鎖反応が進行中であることに気づいていませんでした。それでも十分くらい経って、ネプニムが休憩を始めると、これ以上何も起きないことを悟ってしまいます。
「ネプニム。……もしかして、これが連鎖反応なの?」
「そうだよ。これが連鎖反応」
「今、連鎖反応が起こっているの?」
「うん」
「ぷにぷに消えたの?」
「はっはっはっ。何を言っているんだい? ルミナちゃん。連鎖反応は今なお進行中だよ。順調に核分裂反応を継続して、プルトニウムの増殖も行われているんだから」
連鎖反応は今なお進行中、というネプニムの説明に、ルミナちゃんは口を半開きにしたまま呆けてしまいます。
ルミナちゃんはしばらくじゅまんじゅを眺めていましたが、不意に我を取り戻しました。
「え――!? これだけ? たったこれだけなの!?」
「わっ、たっ、た。そんなに興奮しないで、ルミナちゃん。ちょっとわかりにくかったかも知れないけど、完璧に制御された連鎖反応っていうのは、こういうものなんだ」
ルミナちゃんはどんな想像をしていたのでしょう。とにかく期待が外れてしまったのか、ネプニムの小さな撫で肩を引っ掴んで前後左右にゆらゆらと揺さぶり、駄々をこねます。
「うう~。連鎖反応……何が起こったのか全然わかんなかったー……!」
「がっかりしないで、ルミナちゃん。実はね、もっと目に見えてわかりやすい反応の仕方もあるんだ。僕は、それを見せてあげたいと思っている。これは、単にその為の前準備なんだよ」
「本当? これはまだ準備段階だったの?」
連鎖反応の真骨頂がまだこれからだという事実を知ると、ルミナちゃんは急に大人しくなりました。ネプニムもルミナちゃんの機嫌が直りつつあるのを感じ、ほっとします。
「そうさ。これから僕が連鎖反応の真骨頂をルミナちゃんにお見せするよ。そのためにもまずプルトニウムの塊、『デーモンコア』というのを作らなくちゃいけないんだ」
「でーもんこあ?」
「うん。もっとも、今回作るコアは特別製で、プルトニウム二三九の濃度はかなり高いものになるかな。あんまり量が多いと勝手に超臨界に達してしまうから、一旦は幾つかの塊に分けておいて……ルミナちゃんの目の前まで持ってきてから、連鎖反応を起こして見せてあげるよ」
「目の前で見られるの!? わはぁ、連鎖反応、楽しみ~」
「……ああ、僕も楽しみだよ。せっかくだから派手にやろうね……。そうだなぁ、上空二千メートルくらいの高度がいいかな。アキハバラの皆にも見てもらおう……」
「いいね、そうしよう!」
ネプニムはどこか虚ろな瞳でアキハバラの空を見上げます。でも、ルミナちゃんは連鎖反応が楽しみで、ネプニムの微妙な変化には全然気がつきませんでした。