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三.四 武力攻撃原子力災害等対策緊急技術助言組織

 ――同時刻。

 内閣府、原子力安全委員会事務局に緊急通報がありました。

 通報の時間より十ニ分二〇秒前のこと、秋葉原子力発電所の核燃料保管庫で放射能漏れの警報が鳴ったとのことでした。


 発電所の敷地内にいた社会見学中の小学生、及び近隣の住民には速やかな避難勧告が発令されました。放射能漏れの規模が不明であった為、大事を取っての対応でした。

 しかし、その五分後には高速増殖炉じゅまんじゅと原発二号炉、三号炉が立て続けに爆発すると言う異常事態が発生。秋葉区全域に避難命令が出され、さらに三十分後には警官隊が避難誘導をする非常事態にまで発展していました。


「……放射能漏れの原因は事故ではなく、破壊工作による核燃料強奪の可能性……?」

「原子炉爆発の原因も、外部から爆発物が投げ込まれた模様! 監視カメラに何か飛来物が映っていたそうです!」

 信じ難い報告を受け、原子力安全委員会の事務局は騒然としていました。


「二〇三〇年の悪夢がまた蘇るのか……」

「場合によっては、今回はもっと悪いかもしれないぞ……。核燃料がテロリストの手に渡ったとしたら――」

「映像通信! ぶ、武力攻撃ぶりょくこうげき原子力災害等げんしりょくさいがいとう対策緊急技術たいさくきんきゅうぎじゅつ助言組織じょげんそしき様より、入りまーす!」


 武力攻撃原子力災害等対策緊急技術助言組織。


 その名の通りとしか言いようのない組織から、委員会に向けて通信が入りました。

 ――まさかその組織の名をこのような形で聞くことになるとは……。

 事務局の面々は一様に重苦しい表情で、武力攻撃原子力災害等対策緊急技術助言組織からの映像通信を待ちます。


 そして、事務局の大画面スクリーンに映像通信が表示されました。

『単刀直入に、要点のみを』

 スクリーンに映った武力攻撃原子力災害等対策緊急技術助言組織の人は、組織名の長ったらしさとは正反対の、簡潔な口調で要点を述べていきます。


『まず、秋葉原発(あきばげんぱつ)へ機動隊の出動を進言します。直ちに放射線耐曝たいばく装備を有する特別隊を編制してください。加えて、機動隊、銃器対策部隊による原子力関連施設警戒隊を、各施設に配置してください。他の関連施設もテロリストの攻撃を受ける可能性があります』


 テロリスト、という単語に事務局は一層、騒がしさを増します。通信が終わるか終わらないかの間に、事務局では警察、消防組織に向けて詳細な指令が送られていました。

 しかし、彼らの迅速な対応も、ラジカルアトミッカー=ルミナの前には、何ら意味を成さないという事実を、彼らは嫌になるほど思い知ることになるのでした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 事件発生より一時間後。

 とある核燃料製造工場では、既に命令を受けた機動隊の隊員が、原子力関連施設の警備に当たっていました。

「……情報によると、秋葉原発の核燃料保管庫は、核燃料強奪を狙ったテロリストの襲撃を受けたらしい。その後、テロリストは炉心を爆破して逃走。テロリストの正体については、国籍不明、人数は二人以上、爆発物を所持、他にも詳細不明の極めて強力な武装を有しているとみなすべし、とのことだ」

「あの……情報は、それだけでありますか? 隊長?」

「不安になるのはわかる。だが、事が起きたのはほんの一時間前だ。手に入る情報はこの程度だろう。むしろ、この短時間で警戒隊を組織して、原子力の関連施設に配備できたのは上出来だ。幸いなことに、まだ他のどの施設も襲撃は受けていない」


 隊長さんは、施設の警備に当たっている他の隊員へ連絡を入れ、逐次状況を確認します。

「……一班異常ないか? ……二班どうか? ……三班、巡回経路を再確認せよ。繰り返す、巡回経路を外れている。持ち場に戻れ――」

『――こちら三班、施設敷地内に不審人物、一人を発見。重武装をした小柄の少女……。何だありゃぁ? コスプレってやつか? 非常事態だってのにふざけて……。――失礼しました。報告を繰り返します。敷地内に迷い込んだと思われる児童が一人います。直ちに避難誘導をしようと思います。一時的に巡回を外れます。許可を』


「……? 一般人の避難誘導を許可する。敷地外に誘導後は直ちに持ち場へ戻れ。……通信は開いたままに」

『――了解』

 三班からの奇妙な通信を受けて、隊長さんは一抹の不安を覚えました。報告では敷地内に迷い込んだ子供を避難誘導するとの事でしたが、実は子供のテロリストではないかという考えもよぎったのです。


「まさかな……。この日本で……」

 正体不明のテロリスト。思い返せば、極めて強力な武装をしたテロリストとしか聞いていません。それと、三班の報告にあった重武装の少女。

「まさか……」

 隊長さんは三班からの通信に耳を傾けました。ちょうどその時、三班の隊員が少女に声をかけたところでした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 地平線の彼方から飛んでくる小さな影がありました。

 そのシルエットは少女のような、戦闘機のような、表現のしようがない形をしていました。やがて、影は空中で制止すると静かに降下を始めました。

「ふわー……。やっと着いたぁー。ここだよね、ネプニム?」

「もーう……。ルミナちゃんってば、調子に乗って飛ばしすぎだよ。いきなり海を越えて樺太(からふと)まで行っちゃうんだもん」


 影の正体は他でもない、ラジカルアトミッカー=ルミナとネプニムでした。

 ガスジェットの噴射に煽られて、ルミナちゃんの短いツインテールがばたばたと暴れています。ついでにネプニムの尻尾もぱたぱたと振られています。

「それで、本当にここでいいんだよね?」

「うん、間違いないよ。ここが目的地の核燃料製造工場さ。じゃあ、早速モビルユニットを出して……」


「おーい! 君! そこで何しているんだ! 勝手に入ってきたら駄目だろう! 危ないからすぐに出なさい!」

 核燃料の捜索を始めようとした二人の元に、施設の建物から、銃を構えた男の人が走って近づいてきます。

「何の用だろ? あの人、何か言いながら近づいてくるよ?」

 ネプニムのにくきゅー耳栓をしているルミナちゃんには、男の人が何を言っているのか聞こえません。そこでネプニムが男の人の代弁をします。


「ルミナちゃん! 気をつけて! あいつは悪の戦闘員だよ! 僕らの工場見学を邪魔しようとしているんだ!」

「え? 悪? 悪い戦闘員さんなの?」

「そうだよ! その証拠にほら! 銃を持っている! あれは銃刀法違反だよ!」

「わあ! 本当だ! 悪い人が近づいてくる! どうしよう? どうすればいい、ネプニム?」

 相手が悪い人だとわかって、慌てふためくルミナちゃん。彼女自身も銃どころか、電子砲など物騒な装備をしているのですが、その辺りの矛盾には特に気が回りません。


「落ち着いて、高エネルギー電子砲の発射準備を開始して。これで悪の戦闘員を蹴散らそう。ついでに見学がしやすいよう、建物に穴を開けちゃおうか?」

「うん、わかった。やってみる!」

 ルミナちゃんは高エネルギー電子砲を素早く取り出し、腰だめに構えます。この行動に慌てたのは悪の戦闘員です。


「こ、こら! 君! ふざけるんじゃない! な、何だ? 妙にリアルな玩具だな? や、やめないか! やめ――」

 にくきゅー耳栓をしたルミナちゃんに、悪の戦闘員の戯言は一切聞こえません。悪の戦闘員は口をぱくぱくしながら、ルミナちゃんに突っ込んできます。


「エネルギー充填完了だよ! 撃って、ルミナちゃん! 狙いは正面、十二時の方向!」

「高エネルギー電子砲! 正面十二時の方向に、発射! ――って、今はもう三時だよ? 何で十二時なの?」

 『高エネルギー電子砲』『発射』の指示に従って、真っ白な光が砲口から迸ります。ルミナちゃんが射撃方向を『十二時、三時、十二時』と定めたことで射線は大きく横に振れ、光の奔流は舐めるように広範囲を焼き尽くします。


「うわひゃあ! ルミナちゃん、やりすぎだよ! 射線を固定して!」

「わかんないよー! 勝手に振れちゃうんだもん!」

 ほんの数秒間で、核燃料製造工場は壊滅的な被害を受けました。建物の壁はあちこち溶けてなくなっています。いつの間にか、悪の戦闘員もルミナちゃんの前から姿を消していました。

「う~ん。ま、いっか。結果オールライトだよ、ルミナちゃん」

「ふえぇ……。結果おーらい? これで良かったの?」

「うん、でも……どうやら敵の援軍が来たみたいだね」

 ネプニムが尻尾の先で、建物の方を指します。建物の中からわらわらと銃で武装した人達が現れました。全員がルミナちゃんの方に銃を向けています。


『テロリストに告ぐ! こちらは銃器対策部隊。発砲許可は出ている。大人しく投降しない場合、射殺も厭わない!』

 切羽詰った表情で、部隊の隊長さんがスピーカーを通して、ルミナちゃんに警告を発してきます。でも、ルミナちゃんはずっと耳栓をつけたままです。この説得が聞こえるはずもありません。


「大変だ! あいつら本気だよ。ルミナちゃんのこと射殺するって!」

「ええ? ……ルミナ、殺されちゃうの? そんなの……そんなのやだ!」

 まだ冬奈ちゃんと仲直りもしていないのに、そのまま死んでしまうなんてルミナちゃんには耐えられません。

「高エネルギー電子砲、発射――!!」

 エネルギーは自動で充填済みでした。


 予備動作なし、砲口は斜め下を向いたままで、脅威の高エネルギー電子砲が発射されます。地面を焦がしながら、光の奔流が銃器対策部隊へと向かいます。

『――こっ!? この兵器は――』

 出力一〇〇%、抵抗を許さない圧倒的なエネルギーの流れが、銃器対策部隊を一瞬で吹き飛ばします。スピーカーから隊長さんの断末魔の声が響き、勝敗は決しました。



 崩壊した核燃料製造工場、その瓦礫に何人もの人間が埋もれていました。その一人一人に、ネプニムが次々と牙を立てていきます。時折、呻き声をあげていた人も、ネプニムに噛まれてしばらくすると静かになりました。


「ねえ、この人達、声も出さないし、全然動かなくなっちゃったよ? どうしたの?」

「僕らの邪魔をしようとした悪の戦闘員だからね。仲間を呼ばれたりしたら厄介だから、眠ってもらったんだよ」

「そっか、眠っちゃったんだ。おやすみなさーい。ルミナ達の用事が済むまでは、静かに寝ていてね」

「心配ないよ、ルミナちゃん。その人達もう起きないから。それより早く核燃料を探そう」

 ネプニムの言う通り、その人達が目覚めることは二度とありませんでした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ルミナちゃんとネプニム、一人と一匹は半壊した工場を歩き回りながら、ラジカルアトミッカーの動力に使えそうな核燃料を探していました。

「あ! これ! これじゃないかな? 核燃料って」

 指差したのはルミナちゃん一人分くらいの大きさをした円筒のステンレス缶でした。粉々に砕けた瓦礫の下から引っ張り出してみます。


「それは……おや、ずいぶん高レベルの放射性廃棄物だねぇ……。ガラス固化(こか)して封印してあるみたいだけど。……これがあるって事は、ここは燃料貯蔵庫じゃないね。他を探そう!」

 ルミナちゃんは工場の敷地内を移動しながら、瓦礫をプチ・アトミちゃんに撤去させつつ、それらしいものがないか目を光らせます。


「う~ん。埒があかないな~。よし、モビルユニットを使おう」

 ネプニムは引き続き瓦礫の撤去をプチ・アトミちゃんにさせながら、今度はモビルユニットに指示を出してあちこち飛び回らせています。

「どーお? 見つかりそう? 核燃料?」

「絶対、ここにあるはずなんだけどねぇ。瓦礫に埋もれちゃっているのかな?」


 ネプニムが大きく欠伸をしている時、モビルユニットが複数、ある場所に集まって忙しなく動いていました。最初にそれに気がついたのはルミナちゃんでした。

「ネプニム? あっちで、もびるゆにっとが集まっているよ? 核燃料、見つけたんじゃないかな? ルミナ、行って見てくる!」

 ネプニムはぴん、と耳を立てて、モビルユニットが集まっている場所に視線を送りました。先に走り出したルミナちゃんを追って、ネプニムも短い四本足で駆けていきます。


 現場に到着すると、そこには鮮やかな黄色をしたペースト状の物質が盛大にぶちまけられていました。これを見て、ネプニムは目を輝かせます。

「やったよルミナちゃん! これさ、探していた核燃料は! お手柄だね!」

「そ、そう? ルミナのお手柄?」

 先程まで不機嫌だったのが嘘のようにネプニムは浮かれた様子。そんな姿を見て、ルミナちゃんも何だか嬉しくなってしまいます。


「ああ! こんなに沢山のイエローケーキ! これだけあれば十年は戦えるよ!」

「え? ケーキ十年分!? やったー! でもイエローケーキって美味しいの? チーズケーキみたいな味? それともパンプキンケーキ?」

「ええと、見た目はケーキみたいだけど、人間の食べられるものじゃないんだよ……」

 指を咥えてじっとイエローケーキを見つめるルミナちゃんを、ネプニムは心配そうな瞳で見つめます。

「とにかく、すぐにでもこれで濃縮ウランを作ろう! ……くれぐれも、食べちゃだめだからね……? ね?」

 何度も何度も、ルミナちゃんに念を押すネプニムでした。



 ――イエローケーキとは。

「ウランを含む鉱石には、不純物がたくさん含まれているからね。まずはこれを精練してウランの含有率を上げてやらないといけないんだ。そうして精練した物がイエローケーキ、って呼ばれているんだよ」


 見た目から、そのように美味しそうな名称がつけられている物体。その実体は、ウラン含有率を六〇%程度にまで高めたウラン精鉱でした。

 核燃料製造工場における粗製錬(そせいれん)の最終製品がこのウラン精鉱であり、イエローケーキと呼ばれる物なのです。

 くどいようですが、食べられません。


「……と、まあ、化学毒性、および放射能を持つイエローケーキは、取り扱いにも充分注意しないといけないわけさ」

「へー。そうなんだ。でも、ルミナちょっとだけ触っちゃったよ。大丈夫かな?」

「今のルミナちゃんの装備なら、放射線被曝のリスクは十万分の一に抑えられるよ。だから、少し触った程度なら問題ないんだ。でも、口の中に入れたりしたら体内で被曝しちゃうから、それだけは気をつけてね」


 ルミナちゃんはごくり、と唾を飲み込みながらおそるおそるネプニムに質問します。

「もし、体内で被曝すると、どうなっちゃうの?」

「お腹に穴が開いちゃうよ」

「きゃ――!」

「嘘、嘘。嘘だよ。でも、内臓が癌に侵されたり、細胞が壊死したりして、お腹に穴が開くくらい苦しいかもね」

「ケーキ……怖い……」

 ちょっぴり涙目になって、ルミナちゃんはイエローケーキを遠巻きに眺めていました。


 そんな恐怖のイエローケーキも、ラジカルアトミッカーの原動力となるべく、これからウラン濃縮されて生まれ変わります。

「イエローケーキとして精練したウランだけど……。実はウラン自体にも、燃料として使えるウランの種類があってね。質量数……っていうのが重要なんだ。この質量数が二三五のウランが燃料として使えるんだ。ウラン二三五は、自然な状態ではたったの〇.七%しか含まれていないんだよ」


 今、ルミナちゃん達がいるのは何処とも知れない山の中。

 ネプニムに案内されてやってきた施設を問答無用で武力制圧し、これからウラン濃縮用の機械を使わせてもらうところです。

「で、……このままじゃ役に立たないから、この『超高速遠心分離機』でウラン二三五を五%まで濃縮するんだ!」

 ネプニムが視線を上げて、大きな機械に目を向けます。ルミナちゃんもそれにならって目の前の機械を見上げました。


「これでウランを、のーしゅくするの?」

「そうだよ。普通の原子炉なら三%まで濃縮すれば使えるんだけど、ルミナちゃんが背負っている原子炉は五%まで濃縮する必要があるよ。だから、濃縮が完了するまで時間が掛かるし、その間はちょっと休憩しようね」

「うん、わかった! ルミナも疲れちゃったから、少しお昼寝するね。ランドセル下ろしてもいい?」


 ラジカルアトミッカーに変身してから、ずっと背負い続けてきたランドセル型原子炉。パワースーツで強化されたルミナちゃんには、ちっとも重くありませんでしたが、さすがにこれを背負ったままお昼寝するのは落ち着きません。

「いいよ。でも、ラジカルアトミッカーの他の装備は外さないで。耐放射線装備としても機能しているから、それを外しちゃうと色々危ないんだ」


 ルミナちゃんはランドセルを下ろしながら、改めて自分のコスチュームを見つめます。

「ねえ、ずっと疑問だったんだけど……」

「なんだい、ルミナちゃん?」

「この服で防いでいる、ほーしゃ線って、どういうものなの?」

 ルミナちゃんの質問に、ネプニムは目を丸くします。

「ルミナちゃん……今の今まで、それ、知らないでいたの?」

「し、知っているよ! 少しくらいは……。発電所の見学でちょっとだけ教わったもん。でも、よくわからなかったの……」

「あ、別に責めているわけじゃないんだよ。てっきり知っているものとばかり、僕が勝手に思っていただけだから」

 拗ねてしまったルミナちゃんに、ネプニムは慌ててフォローを入れます。


「……うん、そうだねぇ。放射線って言うのはね? ある一定以上のエネルギーを持った電磁波、つまりは強力な光だと思ってくれればいいかな。ただし、放射線のほとんどは人の目には見えないんだ」

「えー? 見えない光なんてあるの?」

「小学校ではまだ教わっていないかな? 赤外線とか、紫外線も目には見えないよね? でも確かに太陽から降り注いでいるものなんだ。ルミナちゃんも光を浴びていると暖かい、とか日焼けしちゃったことはあるでしょ?」

「うん、でも太陽の光は見えているよ?」

「あれは可視光線も一緒に降り注いでいるからね。……放射線が怖いのは、暖かさも感じなければ、目にも見えないから、自分がその光に曝されていることがわからない点にあるんだ。被曝したらどうなるかは……さっきも教えたよね?」


 ぶるぶるっ、とルミナちゃんは身震いしました。そして、両手でおへその辺りを押さえます。

「お腹に、穴が開いちゃうんだよね?」

「……えっと、だからそれは冗談だったんだけど……。ま、まあ、それはそれとして、他にもルミナちゃんが使っている高エネルギー電子砲、あれから出てくる電子ビームも放射線の一種と考えていいかな。電子に限らず、他の粒子にしても、運動エネルギーの高いものは基本的に放射線として扱われるんだ」


 ネプニムの説明にルミナちゃんは、わかったようなわからないような、複雑な表情を浮かべます。それでも、彼女なりの結論に達したらしく、ネプニムのお話を一言でまとめてみます。

「つまり、エネルギーのおっきい光は放射線なんだね?」

 指を一本おっ立てて、ルミナちゃんは「我、真理に到達せり」と言わんばかりの自信を持ってネプニムに詰め寄ります。


「うん! そうそう! そういうことだよ。そういうことにしておこう、ね! はい、じゃあ今日のお勉強はここまで。お昼寝しようか、ルミナちゃん?」

 興奮気味のルミナちゃんを落ち着かせて、ネプニムはお昼寝を勧めます。

 それを質問の肯定として受け取ったのか、ルミナちゃんは満足そうな顔で横になると、すぐに眠りに着いてしまいます。

「やれやれ……。現在の濃縮度は……〇.二%。まだまだ時間はかかりそうだねぇ……」

 ひらひらと飛んでいるちょうちょを前足で叩き落としながら、ネプニムは眠そうに呟くのでした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 お昼寝を済ませ、ルミナちゃんとネプニムが仲良く一緒にお菓子を食べていた時です。

 突然、轟音と共に、激しい揺れが濃縮施設全体を襲いました。二人が慌てて外の様子を見ると、重厚な装甲車や戦車が施設を取り囲んでいました。

「いけない! ルミナちゃん、早くランドセルを背負って!」

 慌ててランドセルを背負うルミナちゃん。何が起きているのか、彼女にもよくわかってはいませんでしたが、緊急事態であることだけは理解できました。


 ルミナちゃんの緊張感に反応して、即座にモビルユニットが飛び出し、警戒態勢に入りました。一機は外の戦車部隊の方へ偵察に、またある一機は施設内を巡回に、後は濃縮作業を進める超高速遠心分離機の防衛と、ルミナちゃんの周りに配置します。

「何が起こっているの? ネプニム?」

「どうやら僕らが集めた核燃料を奪いに、悪い奴らが武装して押し寄せてきたみたいだね」

 やってきたのは特別な訓練を受けた自衛隊、それも一個大隊の規模でした。ラジカルアトミッカーに強奪された核燃料を取り戻す為、内閣府は自衛隊の投入を決めたのです。


「戦車まで持ち出してくるなんて、敵もそれだけ本気……」

 ネプニムが『本気』を口にした直後のことです。施設の巡回に動いていたモビルユニットが『侵入者を発見、交戦中』という通信を送ってきました。

「わ、わ! 巡回中の子から通信だ! 潜入していた敵さんと遭遇したみたい! ねえ、どうするのネプニム? ……ネプ……ニム?」

 ネプニムはまん丸猫背を更に丸めて、静かに考えをまとめていました。やがて、すっ……と背筋を伸ばして、ルミナちゃんの方に向き直ります。


「……仕方ないね。相手がその気なら、徹底抗戦しかないよ!!」

「おお~! ネプニム格好いい! それで、ルミナは何をすればいいの?」

「うん! いいかいルミナちゃん? 敵はたくさんいるから、たぶん長期戦になると思う。この戦闘を戦い抜く為には、どうしても燃料の濃縮ウランが必要になるんだ。だからまずは、濃縮ウランが出来上がるまで、何としてもここの施設を防衛するんだ!!」

「わかった、ここを護るんだね?」

「そう。でも、戦闘する際はエネルギー残量に気をつけて! 現在のエネルギー残量は四〇〇GJ(ギガジュール)。今時の中流家庭一〇世帯で一年間に消費されるエネルギー量に相当するよ。高エネルギー電子砲は電力消費が激しいから、エネルギーの無駄使いには気をつけてね!」


「うえ? ふええ? よ、よくわかんないよ!? 具体的に、それでどれくらい戦えるの?」

 立て続けに告げられるネプニムの注意に、ルミナちゃんの頭は破裂寸前です。それでも必死にネプニムの言う事を理解します。今は、緊急事態なのです。

「そうだねぇ……石油換算で一〇トン分の熱量しかないから、最大出力で戦うには一時間が限界かも! それと、耐放射線用の遮蔽(しゃへい)武装をしている機械歩兵中隊には、ビーム兵器は効果が薄いからね。まずは遮蔽武装なしの部隊を狙うんだ!」


「残った機械歩兵さん達はどうするの?」

「大丈夫! 最後はウラン濃縮の残り滓、劣化ウランを砲弾に詰めてぶつけてやるんだ!」

「劣化ウランって……核燃料の濃縮で出た残り滓を武器に使うの? それもただ砲弾に詰めるだけ? そんなので、敵さんを倒せるの?」

 残り滓がどうして武器になるのか、小学五年生のルミナちゃんにはいまいち理解できず、ネプニムに説明を求めます。

「本当はそんな説明している暇ないんだけど……」

 ぶちぶち文句を言いながらも、ネプニムはしっかりルミナちゃんに教えてあげます。

 インフォームドコンセントというやつです。 


「劣化ウランは重金属で比重は鉛の一.七倍だからね、こいつを合金化して高速度で撃ち出したときの運動エネルギーは凄いんだよ! さらに、ウラン合金の特殊な結晶構造のおかげで、着弾時には鋭い形状に先割れするんだ。その時の貫通力はタングステン徹甲弾(てっこうだん)さえ超えるよ! 加えて、貫通後に激しく発熱する焼夷効果(しょういこうか)も併せ持っているから、分厚い金属の遮蔽なんかも溶かしちゃうんだ」

「へー……なんだか、えげつないね。劣化ウラン弾って」

 ネプニムによる劣化ウラン弾の説明に、ルミナちゃんは素直な感想を漏らすのでした。


「敵に情けは無用だよ! 情けは他人の為ならず、自分の為、って言うでしょ?」

「それもそうか! わかった! エネルギーが少なくなったら、劣化ウラン弾に切り替えだね? 了解したよ!」

 ことわざの意味は間違っていましたが、ルミナちゃんは何となく語感だけで納得してしまいます。ルミナちゃんの元気なお返事にネプニムは何度も「よし、よし」と頷きました。

「それじゃあ……ラジカルアトミッカー、出撃だ!!」

「出撃――!!」

 かくしてここに、日本の平和と秩序を護る自衛隊と、自由気侭なラジカルアトミッカー=ルミナとの、壮絶なる戦いの火蓋が切って落とされたのです。



 先立って濃縮施設へ潜入した工作部隊は、入り込んだ施設内でラジカルアトミッカーの放ったモビルユニットと鉢合わせしました。

 それ、に気がついたのは他の隊員よりも一歩先頭を行く一人の隊員でした。

 でもそれは彼よりも先に、彼の存在を発見していました。それには壁の向こう側の敵さえ探知できる非破壊検査能力が備わっているからです。


「――ぐあっ!」「――あぅっ!」

 モビルユニットから発射されたレーザー光線が隊員を次々に焼き貫いていきます。

 防弾チョッキなど何の役にも立ちません。一発で心臓を焼き貫かれ、隊員達は為す術もなく倒れ伏していきます。

「あの妙な物体を撃ち落とせ!」

 誰かが必死でそう叫びながら、モビルユニットに向けて発砲します。


 しかし、(まと)としては小さい上に機動性の高いそれを撃ち落すのは容易ではありません。

 それでも、嵐のように弾丸を浴びせかけ、ようやくそれを撃ち落したときには隊員の死傷者は一〇人余りに達していました。隊の損害率は三〇%に達しています。

「今のは何だ!?」「被害は? けがを負った者は何人いる!」

「若井隊長! 古木曹長が……!」

「古木! 古木……だめか……胸を撃ち抜かれている……」

 倒れ伏す古木曹長は、先頭を行っていた隊員でした。若井隊長が駆け寄って声をかけますが完全に事切れていました。


「どうしましょう? 部隊に相当の被害が出ています。一旦戻って体勢を立て直しますか?」

「確かに、被害は甚大だ。しかし、今ここで退却しては奇襲をかけた意味がなくなる。古木曹長も無駄死にとなってしまう……。このまま、突入するぞ!」

 隊長さん、以下隊員の皆さんが固く決意した瞬間、先程現れた妙な物体が複数、彼らの周りに出現しました。

 たった一機に、ほんのわずかの戦闘時間で十人が倒されたのです。それが複数機、しかも囲まれています。状況は絶望的でした。


「馬鹿だねぇ……。最初の交戦でさっさと引き返していれば、見逃してあげたのに……」

「――っ!」

 若井隊長は咄嗟に声のした方へ銃口を向けます。しかし、瞬時にモビルユニットから攻撃を受け、若井隊長は倒れてしまいます。

 他の隊員達も声のした方へ銃口を向け、一斉射撃を行いました。ですがそれも、複数機のモビルユニットからの攻撃で、間もなく沈黙してしまいました。


 静かになった戦場に、小さな影がすとっ、と降り立ちます。

「モビルユニットを一機作り出すのに、どれだけ労力がいることか。君らにはわからないんだろうね、まったく……。あまり僕を困らせないでおくれよ」

 小さな影は、子猫のシルエットで「うななな~む……」と悩ましく鳴きました。

 鳴き声に合わせて近くにあった鉄材が寄り集まり、形を変えて、新しいモビルユニットが一機、羽を羽ばたかせながら生まれました。


「やあ、新たなユニットに祝福あれ。僕の命令は絶対としても、君の本体はラジカルアトミッカーになるからね、他のユニットと一緒に彼女の指示に従うんだ。……ここはもういいよ、君は本体の補佐に回って……。僕の友達、ルミナちゃんをよろしくね」

 モビルユニットは数秒間、その場でホバリングを繰り返した後、迷うことなく己の主、ラジカルアトミッカーの元へすっ飛んでいきました。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 施設の外では自衛隊と、ラジカルアトミッカーの激しい戦闘が行われていました。戦いは、凄惨を極めていました。

「あったれぇ――!」

 幾度その白い閃光が戦場を奔り抜けたでしょうか。

 その度に、人が、戦車が、あるいは焼かれ、あるいは熔かされ、光の奔った後に無残な姿を晒すことになりました。


 真っ先に犠牲になったのはやはり、装備の遮蔽が薄い普通の歩兵隊員達でした。既に、部隊の歩兵隊員は壊滅状態。それでも機械歩兵部隊の戦車、装甲車は大半が健在です。

 所々、焦げつき、熔けながらも、まだまだ機動力は失っていません。

「もーう……しつこいなー……。戦車部隊さん、あきらめるつもりないのかな……」


 飛び交う戦車砲の砲弾をかわし、装甲車から連射される機関銃の弾をモビルユニットで迎撃しながら、ルミナちゃんは空中から電子ビームを浴びせかけます。

 一台、装甲車が電子ビームの直撃を受けました。それでも、一撃では駆動部までダメージが届かなかったのか、装甲車はルミナちゃんを追撃し続けます。

 そんな戦闘の最中、ルミナちゃんの腕章が警報を鳴らして光り出しました。


「あれれ!? 電子砲が撃てなくなっちゃった! エネルギーが残り少ないの?」

「ルミナちゃん! どうしたの? 大丈夫かい?」

 警報に驚いて戦線を退いたルミナちゃんに、施設内からネプニムが飛び出してきて声をかけます。

「あー! ネプニム! ねえ、濃縮はまだ終わらないの!? エネルギーが底を尽きちゃうよ、敵さんまだ、たくさんいるのに」

「ええ!? もう!? ルミナちゃんエネルギーの無駄使いしすぎ! 濃縮はまだだよ! 濃縮度は現在三.七%! もうちょっと頑張って!」


「でもでも! エネルギーが残り少ないって!」

 ルミナちゃんに言われて、ネプニムはランドセルのエネルギーメーターを確認します。

「ああ……。状況がわかったよルミナちゃん! 核燃料自体はまだ残っているんだけど、使用電力に対して、発電が追いついていないんだ!」

「んー……。それってどういうこと?」

「高エネルギー電子砲を撃つには、ある一定以上のエネルギーを、一度バッテリーに貯めないといけないってことさ。それにはちょっとだけ時間が必要なんだ」


「じゃあ、それはそれとして、まだ何とか戦うことはできるの?」

 ネプニムの説明を聞いてもルミナちゃんはまだ不安そうです。ネプニムは弱気になりかけたルミナちゃんを励ますように、尻尾を振ります。

「うん大丈夫! 燃料はまだあるから、発電してエネルギーチャージをすれば、高エネルギー電子砲は五分で使えるようになるよ! その間はほら、ウランの残り滓から造った劣化ウラン弾を詰めて詰めて……」

 ルミナちゃんはラジカルアトミッカーの装備を、高エネルギー電子砲に代わって、劣化ウラン弾を装填できる砲筒に持ち替えました。


 腕章が光り、『劣化ウラン弾装填』の文字が浮かび上がります。

「撃て! 劣化ウラン弾だ!!」

 ネプニムの合図に従って、ルミナちゃんは劣化ウラン弾を自衛隊の戦車に向けて発射しました。放たれた劣化ウラン弾は戦車の装甲を容易に貫くと、持ち前の焼夷効果を発揮して、装甲を溶かしながら車体に穿った穴を大きく広げていきます。


「すっごーい! 劣化ウラン弾って強いんだねー……。一発で戦車に穴が開いちゃった」

 ルミナちゃんはその貫通力に心底感心しながら、劣化ウラン弾を雨の如く撃ち続けます。この攻撃に、機械歩兵部隊は不利を悟ったか、慌てた様子で撤退していきます。

「……やった。やったよネプニム! 敵さん帰っていくよ!」

「おめでとう! ルミナちゃん! こっちも濃縮度五%に到達したよ! ミッション・コンプリートだね、ルミナちゃん!」

 勝利に喜ぶルミナちゃんとネプニムは、両手を上げてハイタッチします。


「ウラン濃縮完了! これで、当面のエネルギー問題は解決したね。それと新兵器『荷電粒子砲』も使えるようになったよ! 折角だから敵の残存兵力に向けて試し撃ちしてみる?」

「かでんりゅーしほう? うん、試してみる!」

 逃げていく自衛隊の機械歩兵部隊を上空から眺め、ルミナちゃんは荷電粒子砲を構えました。高エネルギー電子砲より一回りも大きい凶悪なフォルムに、大量のエネルギーが注入されていきます。


 腕章が普段よりも鮮烈に光り輝き、『荷電粒子砲準備……原子炉稼動最大出力……連鎖反応持続中……』と文字がスクロールしながら、三つ葉マークの放射能標識も引っ切り無しに明滅しています。

「荷電粒子砲、エネルギー充填率八〇%! もう、撃ってもいいかなネプニム?」

「いいよ。敵が逃げちゃう前に、派手に一発撃ってみようか!」

 ネプニムが軽い口調で承認を出すと、ルミナちゃんは待ちきれなかったかのように、荷電粒子砲を盛大にぶっ放します。


「荷電粒子砲! 発射――!!」

 ルミナちゃんの掛け声と共に、電子ビームとは比較にならないほど大きなエネルギーの奔流が、虹色の雷を伴って大地に放たれます。光の衝撃波とでも言わんばかりの強烈な閃光が、撤退していく戦車部隊を呑み込みました。




「……すっきりしたね。ルミナちゃん」

「うん。すっきりしたよ、ネプニム……」

 荷電粒子砲で焼き尽くされた大地に、残るものはもはや何もありませんでした。

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