三.三 放射線管理区域につき
「じゃあ早速、原発見学の続きと行こうか、ルミナちゃん」
「見学の続き? でも発電所内の見学は一通りしちゃったよ」
「まだ見てない所があるでしょ。ほら、『管理区域』の標識が貼ってある所とか。ちょっと歩いた所には核燃料保管庫とかもあるんだ。僕が案内してあげるよ」
苔浜留美菜、改めラジカルアトミッカー=ルミナは、子猫のネプニムに言われるまま、ひとまず原子力発電所の核燃料保管庫を目指します。
延々と、人気のない敷地をネプニムとルミナちゃんは進んでいきましたが、一向に目的地には辿り着きません。痺れを切らしたルミナちゃんがネプニムに尋ねます。
「ねえ、ネプニム? ひょっとして迷った?」
「う~ん、おかしいなー。この辺り、拡張工事でもしたのかな? 僕の知っている建物の位置取りと違うんだよ」
「えー!? じゃあネプニム、発電所の案内できないの?」
「……うん、残念だけど僕には無理みたいだ。でも大丈夫! ルミナちゃん、その光る腕章に向かって『モビルユニット展開』って、言ってみてくれる?」
「もびるゆにっとてんかい?」
ルミナちゃんがその一言を発すると、腕章に『モビルユニット展開中』の文字が点滅表示され、ランドセルの中から複数の小さなメカが飛び出しました。
「わっ! 何か出てきた!」
こぶし大のメカが複数、ルミナちゃんの周りをぱたぱたと羽ばたきながら漂っています。
「それはね、推進装置とレーダー、および各種機能を備えた、半自律型の遠隔操作端末『モビルユニット』だよ」
「ふえ~。もびるゆにっと……」
ルミナちゃんは目を真ん丸くしながら、興味津々、空中に漂うモビルユニットを指先で突っついたりしてみます。モビルユニットは頼りなく、ふらふらとバランスを崩しましたが、地面に落ちる前に体勢を立て直し、瞬時にルミナちゃんの目の高さまで浮上してきます。
「これ、おもしろーい!」
「そのモビルユニットには探査機能として、Ⅹ線非破壊検査能力が付与されているんだ。それを使えば発電所内の構造は、あっという間に解析可能だよ」
ネプニムが懇切丁寧に説明をしてくれていましたが、当のルミナちゃんはモビルユニットと戯れるのに一所懸命で聞いていません。
「えーと、ルミナちゃん? そろそろ、遊ぶのはやめて真面目にやらない? とりあえず、この原発敷地内の構造を解析しちゃおうよ。ほら、簡単だからさ。半径三〇〇メートルを探索開始って、言って? ね?」
まだ遊び足りないルミナちゃんでしたが、ネプニムの切実な訴えに従い、モビルユニットに探索開始の命令を伝えました。
◇◆◇◆◇◆◇
留美菜ちゃんがネプニムと原発探索を始めた頃、秋葉区立第一小学校の生徒さん達は、既に社会見学を終えて、帰りの点呼を取っている最中でした。
「二十、いーち、にー……あれ? 一人足りないな……。柏崎は休みだから、一人抜かしたとして……やっぱり足りない……」
「せんせーい! 苔浜さんがいませーん!」
生徒からの報告に先生は顔を青くします。五年一組、苔浜留美菜。他でもない彼女こそが、今回の社会見学を原子力発電所に変えさせたと言っても過言ではありません。その張本人が原発敷地内で行方不明となっている事実に、担任の先生はとても嫌な予感がしました。
「よ、よし! ちょっと先生戻って探してくるから。教頭先生の指示に従って、皆はここで待っているように。勝手に別の場所に行ったりしないように!」
『はーい!』
原子力発電所で小難しい話を聞かされて、多くの子供は少し疲れた様子で座り込んでいます。教頭先生も事態を把握してくれたようで、「子供達の面倒は見ているから探してきなさい」と担任の先生に指示を出します。
とりあえずここは任せて行っても大丈夫。担任の先生はそう判断して、原発の建物の方に戻ろうとしました。
――その時です。
担任の先生の後ろ頭に、何か高速で飛行する物体が衝突しました。先生はたまらず顔面から地面に向けてずっこけ、そのまま気絶してしまいます。
遠くからその様子を見ていた教頭先生。呆れた表情で「何をやっているんだ……」と、そちらへ向かいかけ――。
ぶわっ、と教頭先生の頭を掠め、何か高速の物体が飛んでいきました。
飛んでいったのは、教頭先生のカツラでした。
傍目には、そう見えたのです。
高速で原発施設を飛び回り、早々に探索を終えたモビルユニットが一機、また一機とルミナちゃんの元に戻ってきました。
「あれ? この子、何か拾ってきたよ」
最後に戻ってきたモビルユニットはカツラをかぶっていました。
「探索の途中で引っ掛けてきちゃったみたいだね。でも平気だよ。Ⅹ線はカツラなんか簡単に透過するから、収集してきたデータに問題はないはず」
「へぇー。Ⅹ線ってカツラも見破れるんだ? すごいね……」
「いや、そういうことじゃないんだけど……まあいいか」
目を輝かせながら感心しているルミナちゃんは放置して、ネプニムは早速、収集してきたデータから発電所の三次元マップを作ります。
「データ解析……完了、レンダリング作業……完了! よし、ルミナちゃん、ランドセルから『霧箱』を取り出してくれる?」
「きりばこ、って、これのこと?」
ルミナちゃんがランドセルを漁って取り出したのは小さなガラスケースでした。中には白い霧がもやもやと漂っています。
「うん、それだよ。それとこれを使ってね……」
ネプニムはモビルユニットを霧箱に近づけて、ぽんぽん、と前足で軽く叩きます。
すると、モビルユニットから照射された放射線で、箱の中の気体が電離し、その飛跡が霧の中に現れます。小さな飛行機雲のような飛跡は数を増し、段々と形を整えていきます。
「見て、ルミナちゃん。これがここの発電所の構造だよ」
無数の飛跡が重なり合って、霧箱の中に原子力発電所の立体映像を浮かび上がらせました。
「あ! 本当だー。ここの発電所のミニチュアだね!」
霧箱の中の立体映像を見てから実際の発電所を見ると、そのディテールの精密さがいっそう際立ちます。
「これに加えて、発電所内の放射能分布を重ねてみると……。やった! 見つけた! ここだよ、ルミナちゃん! 核燃料保管庫は!」
ネプニムが歓喜の声をあげます。箱の中の発電所には、放射能レベルが七色の光で色分けされています。
特に赤色の集中している部分が、おそらくは原子炉と核燃料保管庫なのでしょう。広い範囲で真っ赤になっているのが原子炉、発電所敷地内の一角で仄かに赤く染まっている場所が核燃料保管庫のようです。
「さあ! 早速、保管庫に向かおうか。ルミナちゃん?」
「あのさ、ネプニム? この箱で映画とか見られるの? もう少し大きいのがあれば、立体映像で見たい映画あるんだけど……」
「はいはい、また今度ね、ルミナちゃん!」
名残惜しそうに霧箱をランドセルにしまうルミナちゃん。ネプニムにせっつかれながら、ルミナちゃんは核燃料保管庫へと向かうのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
核燃料保管庫まで辿り着いたルミナちゃんとネプニムでしたが、保管庫には強固な防壁と厳重な鍵が設けられていて、中に立ち入ることはできないようになっていました。
「閉まっていて、中に入れないよ? どうするのネプニム?」
「大丈夫。これを使えば一発だよ!」
ネプニムは「うにゃうにゃ……うな~ん……!」と、何やら奇妙な鳴き声を上げます。すると、空から大きな銃が降ってきました。砲筒と言ってもいいかもしれません。ルミナちゃんの背丈ほどもある、とっても重厚でメカニカルなデザインの銃です。
「はいこれ、ルミナちゃん。今から使い方を教えてあげるから、僕の言う通りに構えてね」
「え? え? こう?」
訳がわからないままルミナちゃんは銃を構えます。ネプニムはルミナちゃんの肩に飛び乗ると、耳元で細かく指示を出していきます。ルミナちゃんはちょっと戸惑いながらも、素直にネプニムの指示に従い、銃のお尻から生えたケーブルをランドセルに接続します。
「さあてルミナちゃん! 派手に一発行こうか! 『高エネルギー電子砲』発射五秒前!」
「えええ!? いきなり、五秒前なの!? 待って、待って! えっと、えと! え、エネルギーじゅうてん開始! 出力ちょーせー、十分の一! わ、もう、じゅうてん完了してる!? ねえ、ネプニム! これ、もう使えるの!?」
「準備オールコレクトだよ、ルミナちゃん。いつでも発射可能さ!」
大きな銃は、ヴオン、ヴオン、と唸りを上げながら、発射前の待機状態に入っています。
――何の発射の待機状態であるのか。当然、ルミナちゃんにはわかりません。
それでもどうしてか、そのままにしておくのもいけないような気がして、ルミナちゃんは銃を核燃料保管庫の扉に向けて叫びました。
「い、いくよーっ! 十分の一レベル! 高エネルギーでんしほー! 発射――!」
砲口から放たれた真っ白な光の奔流が、保管庫の壁に流れ込みます。
光は吸い込まれるようにして一瞬で保管庫の防壁を溶解すると、反対側の壁にも穴を穿ち、迸りながら細い光の帯を周辺に撒き散らしました。
そして光が消え去った後には、大穴を開けた核燃料保管庫の無残な姿が現れました。
「ひゃっはー! 最高だよ、ルミナちゃん!」
ネプニムは歓喜の声を上げながら踊っていますが、高エネルギー電子砲を撃った当のルミナちゃんは、目を丸くして呆然と立ち尽くしています。
しかし、ルミナちゃんが立ち直るより早く、けたたましい警報が原発敷地内に鳴り響きます。そこでルミナちゃんはようやく我に返りました。
「なんだろう……。すっごく気持ちよかった……」
恍惚とした表情で、初めて撃った高エネルギー電子砲の感想をのたまうのでした。
「感動に浸っているところ悪いんだけどルミナちゃん? 早く、核燃料保管庫の中に入ってみようよ」
「うん、そうだった。ルミナ達は見学に来たんだったよね」
警報の鳴り響くその場で、一人と一匹は何を気にするでもなく、大穴の開いた核燃料保管庫の中へ浸入していきました。
ルミナちゃんはまだ、本気でこれが見学の続きだと思っています。
◇◆◇◆◇◆◇
核燃料保管庫の中で、ネプニムは長い尻尾をフリフリしながら、あちこち物色して回っていました。
「うーん。劣化ウランに……こっちは使用済みの核燃料だね。このままじゃ使えないけど……まあいいか、とりあえずこれは貰っていこう」
ネプニムは原子力電池で動くサポートマシン『プチ・アトミちゃん』を回収に当たらせます。
ルミナちゃんは、そんなネプニムとたくさんのプチ・アトミちゃんが働く姿を横目で眺めながら、核燃料保管庫の中を見学して回っていました。
「ネプニムぅー? さっきからずっと非常ベルが鳴っているんだけど、止めなくていいの?」
「気にしない、気にしな~い。警報の停止スイッチは別の場所にあるんだろうし。気になるなら、耳栓でもしているといいよ。ほら、これあげる。僕が作った特別製にくきゅー耳栓だよ!」
「あ、ありがとー! でも、これだとネプニムともお話できないよ?」
にくきゅー耳栓をぷにぷにと耳に詰めながら、ルミナちゃんは心配そうな表情になりました。ところがネプニムは至って平然とルミナちゃんに話しかけてきます。
「その耳栓にはね、僕の声だけは拾ってくれる便利なノイズフィルタリング機能がついているんだ。だから僕らの間で会話するのに何の問題もないよ」
「あ、本当だ。ネプニムの声だけは、はっきりと聞こえる……」
にくきゅー耳栓をぷにぷに弄りながら、ルミナちゃんはほっと一安心した様子です。ルミナちゃんが落ち着くのを見ると、ネプニムは再び作業を開始します。
「そういえばネプニムはさっきから何しているの? このちっちゃなアトミちゃん達も」
「ちょっとね、ラジカルアトミッカーの活動エネルギーになる核燃料を探しているんだ。元々ランドセルに備蓄してあった燃料もそう多くはないし、新しく投入できる核燃料を集めないといけないんだ」
「へー。たいへんだねー」
まるっきり他人事のようなルミナちゃん。せかせかと動き回るプチ・アトミちゃんを、優しく撫でようとして、手の平で圧し潰してしまいます。
「あ! あったー! 核燃料のウランだー!」
ネプニムが大きな声をあげて、保管庫の奥の方にプチ・アトミちゃんを呼び寄せます。核燃料を運び出すプチ・アトミちゃんを踏み潰さないように、ルミナちゃんはネプニムの元へ向かいました。
ネプニムは保管庫の奥で、プチ・アトミちゃんに指示を出しながら愚痴をこぼしていました。
「……しけてるなー。こんなちょぽっとじゃ、ほんの一日、暴れたら全部使い切っちゃうよ。ルミナちゃん、ここはもう駄目だ。もっと核燃料が置いてある場所を探そう!」
「それはいいけど……。そもそもルミナ達、原子力発電所の見学をするんじゃなかったの?」
目的がいつの間にか核燃料を探すことに変わっているのをルミナちゃんは疑問に思いました。
ルミナちゃんはまだ小学五年生ですが、初心忘れるべからず、とお父さんに教わっている彼女は芯の強い女の子です。冬奈ちゃんと仲直りする為に原子力を勉強する、と決めた当初の目的をそう簡単に見失うことはありません。
ネプニムは少し困ったような顔をして、後ろ足で頭をかきます。それからルミナちゃんを諭すようにして、現状の説明を始めました。
「核燃料がないとラジカルアトミッカーの便利な能力も使えないんだ。ルミナちゃん、もっと色んな原子力関連施設を見て回りたいでしょ? そのためにもまず燃料が必要なんだ。ランドセルに搭載された原子力エンジンなら、日本中、いや世界中どこへだって飛んでいけるよ?」
「世界中どこへでも!? そういうことなら、探そう! 核燃料! 私も協力する! ランドセルで世界一周! ううん、この際だから十周くらい!」
「それじゃ、とりあえず移動しようか。ここから二百キロメートルほど北東に行った場所に、核燃料製造工場があることはわかっているし。あそこなら多分、大量の燃料が保管してあるはず……」
「うん! 行こう! さ、ネプニム!」
ネプニムはルミナちゃんの胸元に飛び込むと、ぺろっと顎の下を舐めます。それからネプニムとルミナちゃんは、お互いを見合って頷くと一緒に命令指示を口にしました。
『ラジカルアトミッカー、飛行形態! 原子力エンジン始動!』
命令に従って、背中にある原子炉の制御棒が何本か伸び出し、ランドセルの底から高熱のガスが噴き出します。ルミナちゃんの体は浮き上がり、高度五百メートルまで上昇、そして今度は水平方向の加速に入ります。
上昇時とは大きく変わって、どうっ、どうっ! という連続の衝撃音と共に、ラジカルアトミッカー=ルミナは一瞬で地平線の彼方へと飛んでいきました。
……ラジカルアトミッカーが飛び去った後、入れ違いで一つの影が、アキハバラの街にそびえ立つラジエーションセンタービルの屋上に降り立ちました。
そして間もなく、秋葉原子力発電所の三つの原子炉が大爆発を起こしたのでした。