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三.二 武装少女ラジカルアトミッカー

 平日のお昼頃、小学生が約二〇名、一学級分ぐらいの人数でしょうか、一列になって歩道の脇を歩いていきます。赤い前掛けを着た某店員男性が不思議そうに眺めます。

「あれ? 今日は平日なのに、どうして子供達の帰宅が早いんだ?」

「おや、原子力発電所の前で止まりましたよ。……ああ、これはつまり、アレですな」


 引率の教員達が子供達を、群れる羊を取りまとめる牧羊犬のごとく走り回って整列させています。

「今時は、小学生の頃から原発の見学なんてやるんですね……」

「時代がそれだけ進んでいると言うことか……。さて、そろそろ店に戻らないと……」

 電気店商業組合の皆さんが引き上げた後に、小学生の一団はゆっくりと原子力発電所へ入っていきました。

 はしゃぎ回る子供達の中に、妙に真剣な表情で発電所を見つめるツインテールの女の子、留美菜ちゃんもいました。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 かくして、原子力発電所の前に秋葉(あきば)区立第一小学校の生徒さん一団がやってきました。

 発電所の見学者がまだ小学生の子供達ということもあり、今日は発電所の所長さん自らがお出迎えをしてくれました。


「それにしても小学校の社会勉強で、原子力発電所の見学とはまた、教育熱心でおられますね、教頭先生?」

「いえいえ、実を言うとこれは生徒の方から言い出した事なんですよ。原子力発電所を見学したいと言う子がいましてね」

「ええ? 生徒さんがですか? それは素晴らしい!」

「せっかく興味を持ってくれたことですし、我々としても生徒の自主性を尊重したいと思いまして。それで今回の社会見学はこちらを選ばせていただいたのですよ。少し、難しいんじゃないかと心配もしたんですが、保護者の方々からも是非やるべきだと、反応は良好でしてね。思い切って挑戦させてみたわけです」

 所長さんに褒められて、教頭先生もちょっと誇らしい気分です。


 まだ新人の若手教員から、「今度の社会見学を原子力発電所の見学にしてほしい」と言われた時には、「何を馬鹿なことを」と思ったりもしましたが、最近の子供達は大人が考えている以上に頭の良い子が大勢います。

 実際、その提案も子供から質問を受けたことがきっかけと聞いて、教頭先生は考えました。アキハバラの街中にある原子力発電所。その前の通り道は児童たちの通学路にもなっています。

 過去に何度も保護者から安全面の話題が持ち上がっており、通学路を変えた方が良いのではないかと、神経質な意見が出されていたのです。


 通学の経路を変更するとなると、子供達が学校に向かう道は大きく遠回りになります。当然、そういった経路の変更を無視する子供が出てくるのは目に見えています。その監視に教員を立たせたり、PTAの方々の協力を仰いだりというのは大変な労力を要します。


 ――ここは一つ、子供達に原子力発電所を見学させ、安全・安心を保護者にも伝えてもらうというのは良い案かもしれない。


 教頭先生はそう判断して、今回の社会見学を原子力発電所の見学に決めたのでした。この取り組みは県の教育委員会における定例会議でも高評価を受けました。

「ははは、何と言いますか。地域施設への積極的な理解を子供達に促してですね……」

 教頭先生はその後も、子供達の見学が終わるまで所長さんと、楽しそうに自分の教育理念を語っていました。



 一方の社会見学に来ている子供達。説明を任された発電所のアルバイト所員であるお姉さんをそっちのけで、わいわいと騒いでいました。

「はぁい、皆さん。こっちに注目してー。今からお姉さんがぁ、原子力発電の仕組みについて説明しますよー」

 ピンクスーツでビシッと決めていたお姉さんですが、貫禄というものが足りないのか、言う事を聞かずに依然として騒いでばかりの子供達。だって彼らはまだ小学五年生。原子力とか言われてもよくわかりません。それよりも物珍しい発電所の探検に大忙しです。


「あ、あのね、皆、静かにしてもらえるかなー? 注目、注目ー! ほらほらほら、皆大好き、アニメの人気キャラクター、ウラン君とアトミちゃんですよー」

「うぇー、何それー。古いよ、おばさん。いつの時代の人?」

「お、おばさ……!?」

「自分の説明力不足を、アニメキャラクターでごまかそうとしていませんか? 僕らのこと小学生だからって、甘く見ているのでしょう?」

「え? え? 説明力不足? しょ、所長~! 助けてくださ~い……」

 彼らはまだ小学五年生。ただ純粋で、お姉さんに対して悪意はないのです。


 そして助けを求めるお姉さんのスカートの裾を、くいくいと引っ張る一人の女の子がいました。

「ねえ、ねえ、お姉さん? 教えてほしいことがあるの」

 お姉さんは涙目になりながらも、必死に職務を完遂しようと女の子の声に耳を傾けました。

「う、うん。何かな? あ! もしかして、おトイレの場所とか……?」

 もじもじしながらスカートの裾を握る女の子に、お姉さんは勘を働かせてすぐに対応しました。でも、女の子は「そうじゃなくて」と、所内の壁に展示されている核燃料の説明パネルを指差して、

「どうして、核燃料はしつりょー数が重要になるの? そもそも、しつりょー数って何? しつりょーけっそんと関係があるの? お願い、お姉さん。留美菜にもわかるように説明して?」


 留美菜ちゃんはまだ小学五年生。そんな彼女にもわかるように説明するというのは、例え専門家であっても難しいことでしょう。

 実を言えば最近、優秀なアルバイトの女性が仕事を辞めてしまい、穴埋めに雇われたばかりのお姉さんはまだお仕事に慣れていませんでした。

 でも、お姉さんはこの質問に答えてあげなくてはなりません。なぜならそれが、雇われ所員であるお姉さんに与えられた大切なお仕事だからです。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 発電所の中を見学させてもらった留美菜ちゃん。

 右往左往する親切なお姉さんを質問攻めにして泣かせてしまいましたが、それだけ説明を受けても、やっぱり留美菜ちゃんには原子力のことがよくわかりませんでした。

「原子力ってむずかしいなぁ……」


 そんな時、釈然としないまま見学を終えた留美菜ちゃんに誰かが声をかけてきました。

「知りたい? 原子力のこと知りたい?」

「え!? 誰?」

 声のした方を振り返ってみても、誰の姿もありません。

 留美菜ちゃんが不思議に思いながらもその場を歩き去ろうとすると、再び声が聞こえてきました。


「原子力のこと知りたいんでしょう? それなら僕が教えてあげる。僕はこう見えて原発生活は長いんだ」

 どこか幼さを感じさせる可愛らしい声です。

「なにしろこの原発が建設中の時から、棲みついているんだからね。いやー、懐かしいなー。建設中の時期は大変だったんだよ。何度、トレーラーにひき潰されるかと思った」

 留美菜ちゃんは声の聞こえた方を探します。けれど、声の主はやはり姿が見えません。「こう見えて」と言うからには、姿を現しているはずなのですが。


「ここ、ここ。ここだよ」

 よく聞けば声は留美菜ちゃんの足元から聞こえてきます。留美菜ちゃんが足元を見ると、そこにいたのは――。

「紹介が遅れたね。僕、ネプニム。よろしくね」

 聞いてもいないのにいきなり名乗りをあげて、とても怪しい台詞でしたが、声の主は意外にも小さくて愛らしい子猫さんでした。


「ネプニム? 猫さん、ネプニムって言う名前なの? 私は、留美菜。苔浜留美菜だよ」

 留美菜ちゃんは特別、猫さん――ネプニムに対して疑念も抱かず、しゃがみこんで自分も自己紹介をしました。留美菜ちゃんの大きな瞳とネプニムの丸っこい目が視線を交わし、なんだかほのぼのとした空気が漂います。


 ……いや、そもそも猫が言葉を話すのはおかしいだろう、とか突っ込んではいけません。


 だって留美菜ちゃんは、ほんわかゆとり系。世界は謎に満ちていて、何が常識で何が非常識なのかなんて知りません。

「君は、留美菜ちゃん、か。そう……。それで、留美菜ちゃんは原子力のこと、もっと知りたいの? 知りたいなら教えてあげるけど」

 ネプニムは爪の先で器用におひげを撫でながら、小首を傾げて留美菜ちゃんのことを見上げています。子猫に原子力の何がわかるのか、とかそんなこと留美菜ちゃんは欠片も疑ったりしません。なので、留美菜ちゃんは迷うことなく子猫にお願いしました。

「原子力のこと、知りたい! ……でも、難しい話は留美菜わかんないから……」


「大丈夫! どんなに難しい原子力だって、身を持って体験すればきっとよくわかるはずだよ」

「身を持って……?」

「そうだよ、さあ手を出して留美菜ちゃん!」

 言われて出した手の平に、ネプニムがちっちゃな肉球のついた前足をポフッ、と乗せます。その瞬間、留美菜ちゃんは青白い光に包まれました。


「わあぁ! なになにっ!? 何が起きるの!?」

「さあ、原子力のお勉強を始めよう! 留美菜ちゃん、今日から君は原子力の使者! 自ら学び、人に教え、原子力の応用技術を身につけるんだ!」

 ネプニムが「うなぁ~ん!」と一声吼えると、留美菜ちゃんのランドセルと衣服は光に包まれ、うにうにと変形を始めます。


 アニメに出てくる魔法少女のような、ひらひらスカートのコスチュームに身を包み、光の中から出てきた留美菜ちゃんは、恥じらいながらも何だか嬉しそうです。

 光の文字が流れる不思議な腕章には、『臨界出力維持』の文字と三つ葉マークの放射能標識が燦燦と点滅表示されています。

 更に、全身を重そうな機械の装備に固めた留美菜ちゃんは、背中には何本もの棒が突き出した頑丈そうなランドセルを搭載していました。


「す、すごぉーい! まるで武装少女ラジカルアトミッカーそのものだぁ! こ、これが原子力なの?」

「ふ、ふ、ふ、そう! 今、留美菜ちゃんが背負っているそれは小型の原子炉だよ。背中の制御棒は装着者の意思に従って自在に出力を調整してくれるんだ。一応、多重安全装置(フェイルセーフ)は掛かっているから大丈夫だと思うけど、調子に乗って臨界点突破しちゃうと連鎖反応が止まらなくなって炉心融解(メルトダウン)するから気をつけてね」

「う~ん。難しいことはよくわかんないけど、あまり調子に乗ると良くないんだね?」

「そう、そう。それでいいんだよ。難しいことはわからなくても……ね……」

 ネプニムは前足を使って、器用におひげの手入れをしながら頷くのでした。


「さあ、原子力を極めつくそう! ラジカルアトミッカー=ルミナ!!」

「おぉ~! 原子力を極めよー!」

 ネプニムは留美菜ちゃんに勝手に恥ずかしいニックネームをつけてしまいました。原子力の使者、ラジカルアトミッカー=ルミナだそうです。

 でも、留美菜ちゃんもノリノリの様子なのでした。

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