本当の風景
風景といえばよく絵に描かれ、写真に写されている。俺もその言葉を聞いた時最初は写真屋かなにかと思った。しかし男の次の言葉にその考えは打ち消された。
「もちろん、君の思っているような販売方法じゃないけどね」
「え!?」
思わず声を上げてしまった。
男がまたニヤリと笑う。
俺の思っている販売方法とは違う。ということは少なくとも写真屋でも絵売りでもないということだ。
「僕は本当の風景しか売らない。写真も絵も偽物でしかない。風景とは常に変化するもの。まるで人と同じだ。その時の風景はその時しかみれないんだよ。写真や絵に収めてもそれは一つの場面でしかない。その時の空気、そこに存在する生物、その状況、そういった全ての情報を含めてはじめて風景といえるのさ。写真や絵ではとてもそれらの情報を表現しきれないだろ?だから僕は本当の風景を提供するのさ。」
男の話はなんとなくわかった。しかし肝心の販売方法がわからない。直接きくのもなんなので遠回しに聞き出すことにした。
「ではその風景を売ってくれませんか?」
「お金が発生するよ?」
「はい」
もちろんお金がいることはわかっている。そもそもお金がいらなければ商売にならない。
男は少し考えた後、奥のドアを開け手招きをした。俺は男に招かれドアの中に入った。
今までの男の話からして、なにか特別なものでもあるのかと思ったが中は至って普通、壁に何枚かの絵がかけられているだけだった。
まさかこの男、ここにきて実は風景の正体は絵画でした。というつもりなのか?しかしまたも男はその考えを打ち消す言葉を発した。
「さあ、どれでも好きな風景を選びな。そこに飛ばしてあげるよ。」
飛ばす?まさか絵の中に俺をいれるというのか?そんなバカな。そう思いながら俺は一つの絵画を指した。夕焼けの川の近くに風車がある。よく見る絵だ。
「それなら五千円だね」
少々高かったが俺は承諾した。
「ではいってらっしゃい!」
待った。と言う間もなく俺は気を失った。
心地よい風の中で俺は目覚めた。空は赤みがかっていて、目の前にはよく澄んだ川が流れている。ふと、顔をあげるとあの風車が現れた。絵を見た時は感じなかった美しさがそこにあった。時々、鼻をくすぐる空気がおいしい。下をみるとちいさなアリが俺の横を通り過ぎようとしていた。時間も何も忘れて俺はしばらくその風景に見入っていた。
「おかえり」
気が付くとそこはあの男の店だった。
「気分はどうだい?」
俺はこの質問に迷うことなく答えた。
「特別だ」と。




