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最終話 三十歳の約束


最終話 三十歳の約束



 一夜限りのライブの後、大輔は結婚し、私たちは揃って披露宴に出席した。

 そのすぐ後に駿介と結愛も結婚した。私は司会者に乞われてお祝いの席でウェディングソングを歌った。


 駿介が結婚したからと言って別に私たちの音楽活動は変わらない。『Liminal(リミナル) Blue(ブルー)』自体は順調だ。


 けれど、最近はそれぞれのソロ活動にも力を入れている。


 駿介はアイドルグループ「ミックスふる〜ちゅ♡」のプロデュース活動が忙しいようだ。

 他にも「東京肉食系女子ファイト倶楽部」「Neon(ネオン) Kick(キック)」と言う男性グループにも関わっているらしい。


 アイドルのプロデュース活動で結愛のヤキモチ炸裂するのかと心配したけれども、結愛は思ったよりも落ち着いていた。


「麻紀は誰推し? 結愛はねぇ、ベリーちゃんかチェリーかなぁ、オレンジもフレッシュで良いよね、メロンちゃんは巨乳すぎてちょっと引いちゃうけど、うーん、でもみんな可愛いよね♡」


 あまりにも落ち着いているから、妬かないの?って聞いてみたら、面白い動画を見せてくれた。


 おそらく夫婦の寝室なのだろう。分厚い遮光カーテンと暖色系のライトがベッドサイドのテーブルに映っているから多分夜。


「駿ちゃんの推しはダァレ?」

「結愛ちゃんです♡」


 上京してからずっと一緒で、多分結愛よりも一緒にいる機会が多いのに駿介のこんな姿、初めてみた。

 いつも結愛がラブラブ好き好き言ってて、駿介はクールにいなしてるのかと思っていたら、そうではなかったのか。衝撃の事実だ。仲良しで羨ましい。



 私は……。


 啓太はあの時、確かに『迎えに来た』って言ってなかったっけ???

 押しも押されもせぬアーティストにもなったと思うのに、特段これと言って何も変わらない。


 時々会って、ご飯を食べる。

 遅くなったら家まで送ってくれる。でもそれだけだ。高校生の頃と変わらない。


 会社員となった啓太は平日の夜にご飯を食べる時はいつもスーツ姿だ。高校生の頃の制服姿とはちょっと違う。でも基本的にはあの頃と全く変わらない。

 付き合って、……るんだろうか? 私のペースでと言ってくれたキスも、ない。特にされそうな雰囲気すら、ない。


 いいんだけど。

 三十歳はとっくに過ぎた。


 三十歳過ぎの男女が時々会って二人でご飯を食べるけれどもキスの一つもしないって言うのはやっぱり付き合ってはいないってことかな。

 女遊びも激しいって結愛が言っていたし、啓太の中では私はとっくに『ただの女友達』なのかもしれない。


 いいんだけど。

 三十歳はとっくに過ぎたし。




 忙しい駿介との活動が滞りがちな中、私はソロアーティストとしてのライブ活動を精力的に行なっていた。

 あのリベンジライブの時の客席との近さにかなりハマってしまった。なかなかチケットが取れないと言うことで迷惑をかけている。 



 ただ今日のライブは特別だ。大きな会場でソロライブは初めての試みだ。もちろん会場は満員で、みんながペンライトを振ってくれている。ステージからみる観客席は一面のブルー。まるでネモフィラのお花畑に爽やかな風が吹き抜けているみたいだ。



 数曲歌ったあと、一度衣装をチェンジする。先ほどまでのドレスとは打って変わって、高校時代の制服みたいな衣装に身を包む。三十過ぎてこの衣装は、ちょっと気恥ずかしい。



 ステージの中央に置かれた椅子に座って、私は少しだけ昔を思い出していた。


 高校の入学式の朝。

 新しいローファーを履いて、駅まで走ったあの日。


 あのときは、まさかこんな未来になるなんて思っていなかった。



「みんなは、この曲知ってくれているかな。知らないかな。CDとかになってるわけじゃないし。高校生の時、初めてのライブは文化祭だったの。その時に歌った曲です。それでは聴いてください。

『雨粒の隙間〜distance(ディスタンス) of(オブ) Love(ラブ)〜』」


 啓太に習ったアコースティックのギターを弾きながら、あの思い出のバラード曲を歌う。


 曲が終わり、上がった歓声が落ち着いてから、私はゆっくりとマイクを握った。



「いやぁ、緊張した。やっぱ歌うだけと違って、ギターも弾かなきゃないって大変。覚えたてのギターでお聞き苦しくなかったでしょうか?」


 会場から笑いが起きる。


「この曲は高校生だった頃、駿介が作った曲で、それこそもう何年前? 今でもこうやって皆さんにお届けできるのが嬉しいです。って言うかさ、駿介、あいつって何者? 高校生だよ、多分十六歳とかかな。十六歳の男子がよくこんな片想い女子の切ない心情を書くよね。恋愛経験なんて大してないはずなのよ。奥さんの結愛って、()()()()の時のキーボードの子ね。多分、私が知っている限り、彼女としか恋愛してないはずなのに。ねぇ、不思議だよね。今まで駿介に書いてもらった切ない系のバラードって全部想像で書いてるのかな、なんか不思議だよね、あの人の頭の中、覗いてみたい。ふふふ、でさ、懐かしいこの曲を聞いたら、もう一曲、聞きたくない? 聞きたいよね? そう思って、今日は、特別な人たちを呼んでいます」


 客席がざわめく。ステージの後ろのライトがつく。


 駿介、啓太、大輔、結愛。全員私と同じ制服風の衣装に身を包んでいる。いい年をした大人が全員制服って絶妙にヘンテコで笑ってしまう。「制服着よーぜ」って言い出したのは駿介で、結愛は少し恥ずかしがった。大輔は「制服なんて僕もう入らないよぉ、お腹がパンパン」と嘆いた。啓太はゲラゲラ笑いながら大輔のお腹を撫でた。「赤ちゃーん、ここにいるんでちゅかぁ?」って。



 四人が登場して、客席は一瞬静まり、それから大歓声が起きた。



「麻紀、お前うるせーよ。誰が恋愛経験乏しい男だよ。バラード曲の歌詞、自分の経験でしか書けないはずないだろ。もし経験でしか書けないなら、アガサ・クリスティは何人殺さなきゃいけないんだよ」


 会場がドッと笑いに包まれる。アガサ・クリスティの話は駿介の鉄板ネタだ。


 

 大輔はドラムセットに座り、結愛はキーボードの前。

 駿介も啓太もそれぞれ定位置につく。あまりにも昔のまま過ぎて私は笑った。



「ねぇ、覚えてる?」


 私は啓太に問いかける。(はて、なんでしょう?)とでも言いたげな顔。


「三十歳になったら迎えに来るって言ってたよね」


 客席がどよめく。

 啓太は少し照れくさそうに笑った。駿介がマイクを取って啓太に向ける。


「覚えてるよ」


 私は啓太にもう一歩だけ近づく。


「迎えに来てくれた?」

「まぁ……迎えに来た」

「ふぅん?」


 少し考えるふりをしてから言った啓太に意地悪な視線を向ける。


 客席は最高潮に盛り上がっている。

 私は笑った。


「盛り上がっていこーーーー!!『ボクたちのRush(ラッシュ) Hour(アワー)』」


 叫んだ私の声に、ギターの音が答えた。


「カウントいくぞ」


 大輔のドラムが鳴る。

 駿介のベースが響く。

 結愛のキーボードが重なる。

 啓太のギターが切り裂くように割り込んだ。


 そして私は歌う。

 高校の文化祭で歌った、あの曲。


 客席が揺れた。

 サビで、みんなが手を上げる。



 いろんなことがあった。

 別れもあった。

 遠回りもした。



 ……でも。


 この五人が出会えたこと、それがすべての始まりだった。



 曲が終わると同時に拍手と歓声が会場を包む。



 私は両手でしっかりとマイクを持つ。

 客席が静かになる。


 突然、啓太が前に出てきた。私は啓太を見上げる。

 私の手の中のマイクに口を寄せ、啓太が言った。



「もう今度は待たせねーよ」


 私が笑うと同時に大輔のドラムが大きな音を鳴らす。祝福の拍手が鳴り止まない。



 真新しいローファーを履いて走った朝。

 あの日から始まった物語。

 それは、まだ終わらない。


 でもきっと、ここが一つのゴール。


 そしてまた、新しい始まり。



 私たちの物語は、ここから先も続いていく。






最後まで読んでくださってありがとうございました。

フォーエバー青春って感じ、塚地武雅さんのマクドナルドのCMを見ながら一気に書き上げました。


一応ここで完結なのですが、実はこのあと啓太と麻紀の……の話が頭のなかに浮かんでいます。続編を書くつもり満々ですので、もしよかったらブクマしてお待ちいただけたら嬉しいです。

☆評価も励みになります。


是非是非よろしくお願いいたします。←欲しがりですみません。



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― 新着の感想 ―
面白かったです。 麻紀と結愛ぎすらなくてよかったあああ←冒頭が不安すぎてずっとよぎってました。最後までほんわか仲良しさんで本当に嬉しかったです。 てか、満員のめちゃでか会場で告白されるのやばすぎる。緊…
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