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エピローグ 約束のその先


エピローグ 約束のその先



 あれから、何年も経った。

 私は二十八歳になっていた。



 ステージのライトがまぶしい。

 何万人もの観客が青いペンライトを振りながら、私の名前を呼んでいる。



 モニターに自分の姿が映る。

 歌い終わると、大きな歓声が上がった。


 私は深く息を吐いた。



 ──Liminal(リミナル) Blue(ブルー) ドームツアーファイナル。


 デビューしてから十年。


 気がつけば、あの時啓太が言ってくれたように『押しも押されもせぬアーティスト』になっていた。



 上京してレッスン漬けの毎日。そして決まった最初のライブ。

 お客さんはたったの六人だった。


 そのうち三人は、どう見てもこのライブハウスの常連らしいおじさんたちだった。


 歌い終わったあと、拍手は一応あった。

 でも歓声はない。


 帰りの電車の中で、駿介がぽつりと言った。


「……こんなもんか」


 それからしばらく、ライブ、ライブ、ライブ。

 そしてオーディション。


 落選。

 落選。

 また落選。


 小さなライブハウスで歌って、機材を片付けて、終電で帰る。


 そんな日が続いた。

 ある夜、コンビニの前で缶コーヒーを飲みながら、駿介が言った。


「なあ、もうやめるか? 辛いだろ、麻紀。地元に帰るか?」


 私は少しだけ考えて、それから笑った。


「やめねーよ」

 

 啓太ならきっとこんな風に言うだろうと思った。その言葉を借りた。また啓太に背中を押してもらった。


「まだ、何も始まってねーし」


 そう言って、星が一つも見えない東京の空を見上げた。涙はこぼさない。





 バックステージに戻ると、スタッフさんたちが拍手で迎えてくれた。


「MAKIさん、今日も最高でした!」

「ありがとうございます。皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」


 私は笑って答えながら、控室のドアを開ける。

 駿介がソファでスマホを見ていた。駿介は昔とあまり変わらない。少しだけ大人になったくらいだ。


「お疲れ」

「駿介もお疲れ様」


 隣に座った私にペットボトルの水の蓋を開けてくれる。


「今日の新曲、べらぼうにウケてたな、最終日にだけ新曲お披露目って相変わらずエグいぜ、あのおっさんの考えることは」

「そう言うこと言わない。黒覇さんの考えることは良く分からないけど。でも新曲の盛り上がりは本当にすごかった。駿介の曲だもんねぇ」

「麻紀の歌がいいからだろ、ほらもうトレンド上がってる。『(ハッシュタグ)リミブル新曲聴いた』、だってさ」


 そんな会話も、もう何年も続いている。

 私と駿介は、黒覇さんの意向で高校生のうちにデビューした。



 高校生男女二人のユニット。あのバズったバンドだったことはあえて伏せたまま、小さなライブハウスから活動を始めた。

 それから少しずつ人気が出て、『え? この二人ってもしかしてあの動画のっ?』って噂も広まって、テレビの音楽番組なんかにも出させてもらうことが増え、気がついたらこんな場所に立っていた。



 ふと、昔のことを思い出す。


 あの朝の出会い。

 初めてのカラオケ屋。

 大輔の家の地下の防音ルームでの練習。

 文化祭のステージ。

 夕焼けの校庭。

 高校の音楽室。

 ワクドナルド。


 そして──、あの日の公園。


「お前が三十歳になってさ、『押しも押されもせぬアーティスト』になったら迎えに行く」


 私はチラッとカレンダーを見る。もうすぐ二十九歳になる。あと一年で約束の三十歳だ。

 啓太はあの約束を覚えているだろうか。今、何をしているんだろう。


 駿介や結愛に聞けば、教えてもらえると思うのに、聞くことができずにいた。


 とにかく約束の三十歳まではちゃんと全力で頑張ろうって思っていた。


 それがあの時、背中を押してくれた啓太への誠意の証のような気がして。




 ──コンコンコン。


 控室のドアが三度ノックされた。

 スタッフさんかと思った。


「どうぞ」


 私が答えるとすぐにドアが開く。

 そこに立っていた人を見て、私は固まった。


「……よ」


 ギターケースを背負った、細身の男。

 少しだけ大人っぽくなっているけれど、その笑い方は昔と変わらない。


「啓太……?」


 私が名前を呼ぶと、啓太は懐かしい顔で笑った。


「久しぶり」

「突然どうしたの、え、ちょ、ほら、駿介! 啓太だよ、啓太」


 ソファでスマホを見ている駿介に声をかける。駿介がスマホから視線を外して顔を上げる。


「んあ、見たら分かる。啓太、(ひさ)

「久しぶりでもねーだろ、先週も会ったろ」

「まぁ、そうだが」


 そんなに頻繁に会っていたんだ。駿介は何も言わないし、知らなかった。



「麻紀のこと、迎えに来た」


 私は目を丸くする。また三十歳じゃない、頭の中にそんな言葉が浮かんだ。でも……胸の奥で、ずっと止めていた何かがほどけた。



「まだ三十じゃねーけど、まあ細けぇことはいいだろ」


「大輔がさ、結婚、するんだと。彼女ちゃん妊娠して。んで、その話を聞いた啓太が『ちょ、待てよ』って。『大輔が結婚なんてしたら、会っちゃうだろうーが』って」

「そりゃそうだろうが。オレも麻紀も二人とも新郎友人席に招待されんじゃん。あんなカッコつけて三十歳になったら迎えに行くって言ったのに、その前に会っちゃったら台無しだろうが」

「おお、だから啓太は、俺と結愛にも『結婚だけはしないでくれ、待ってくれ』って頼み込んできたんだもんな」


「えええ、それは……結愛に申し訳ない……ような……」


 駿介と結愛は一緒に暮らし始めてからかなり経つのに、なんで結婚しないのかなぁなんて思っていた。まさか啓太が障害だったなんて。結愛とは結構しょっちゅう会ってるのに、あの子も何も言わないし。


「まぁ、うちは……今更、結婚してもしなくても別に何も変わんないし、紙切れ一枚の問題だしな」


「ってか、大輔の話とか、駿介と結愛の話はどーでもいーだろ。それよか、オレだよ。お前のこと迎えに来たんだよ。なんか言うことねーのかよ」



「あ、啓太、……ギター続けてたんだね」


 私の発した言葉にお約束みたいに啓太がずっこける。


「そっちかよっ。ま、まあな、お遊戯会レベルって言われたの、まだムカついてるから」


 照れくさそうに鼻の頭を掻いた啓太を見ながら私は笑った。

 その時、廊下の向こうから、キャーと黄色い声とパタパタと駆けてくる音がした。


「駿くーん!」


 ドアが勢いよく開き、結愛と、そして大輔が顔を覗かせた。


「ライブすごかった! 麻紀ってば相変わらず最&高」

「麻紀ちゃん僕も見てたよー! 最&高」


 しょっちゅう会っている結愛とは違って、大輔とは久しぶりすぎる再会だ。ちょっと、結構、かなり……ぽっちゃりしている。


「あ、大輔……ご結婚おめでとうございます。パパになるんだね」

「うん、ありがとう。その話したら啓太が焦っちゃって、『三十になってねーけど、先に麻紀を迎えに行く』って」


「まぁ、啓太は今回に限らずいっつも焦りまくってるけどな」

「うぉい、駿介、余計なこと言うなよ」

「麻紀に『恋の噂』が出るたびに『駿介、どうなんだ、あのディレクターってやつは、あるのか? ないよな?」って」

「でもさぁ、そのわりに、啓太ってば、女遊びしてるよねぇ、腹立つー、全然一途じゃないんだもん」

「結愛っ!!てめっ、風評被害だって」


 啓太の女遊び……は、この際置いておくとして、

 私はデビューしてから音楽以外のことで何度も写真週刊誌に載った。多くは根も葉もない恋の噂だ。


 誰かと食事をしたら、スタジオの外の廊下で立ち話をしたら、挙句に一度も会ったことのない俳優さんとまで『熱愛か?』『結婚か?』『不倫か?』『略奪愛か?』、音楽番組で一緒になったアイドルの方、MV【ミュージックビデオ】に出て貰った俳優さん、カメラマン、ディレクター、後は誰だっけ、もう次々すぎて覚えていない。


 駿介とも恋の噂になったことがある、一番あり得ない。





「まぁ、麻紀ちゃん見てたら分かるけどね、バラードとかは特に。この間の『甘くて苦い』『あの日の空』『Winter(ウィンター) Whisper(ウィスパー)』なんかも誰に向けて歌っているのか」

「……え?」

「ふっふっふ、僕、今も動画編集してるから。二人のライブ動画、テレビ番組の切り抜き動画も、僕が編集した動画が一番再生数伸ばしてるんだから」


 私たちは顔を見合わせた。そして笑った。そうだ、切ないバラード曲を歌う時、瞼の奥にはいつも……。





 高校生だった私たち。五人でバンドを組んで、練習に明け暮れた。

 夢を追いかけて、別々の道を歩いた。……でも、こうしてまた同じ場所に集まっている。



「なあ」

「ん?」

「今度さ、またやろうぜ。一晩だけ結成の無名バンド『Blue(ブルー) Leaves(リーブス)』とか良くね?」

「あ、結愛もやる、ちゃんとキーボードだって練習してるんだから」

「僕も、動画編集と並行して、ドラムも叩いてるよ。駿介の曲ならほとんど叩ける」



 私は頷いた。


 あの日、真新しいローファーを履いて走った朝。

 あの朝が、新生活への、すべての始まりだった。



 そして今。


 私はまた、新しい一歩を踏み出そうとしている。






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