第三話 文化祭ライブ
第三話 文化祭ライブ
バンドをやると決まってから、私たちは毎日のように大輔の家に集まって練習をした。
初めて大輔の家に行った時にはそのあまりにも立派な佇まいにびっくりしてしまった。
重厚な黒漆の門柱が両脇に聳え、瓦葺きの屋根が重々しく影を落とす。
檜? 欅? どっちか分からないけれども、磨き抜かれた木の表札に「伊集院」の真っ黒な三文字が力強い楷書で深く彫られ、陽光を浴びて威風堂々と鎮座していた。
そのあまりにも立派なお屋敷に私は息を呑んだ。
こんな立派なお屋敷はテレビの時代劇でしか見たことがない。夜中に忍者が忍び込んで来そうだ。
大輔の自室の他に、地下に防音ルームがあって立派なドラムセットがあった。アップライトのピアノも、そしてグランドピアノもあった。練習するには最適な場所だった。
四人はご近所さんだけれども私は少し家が遠い。
遅くなった時には啓太が家まで送ってくれるようになった。
駅まででいいって言ってるのに、「お前んちの最寄駅から家までになんかあったらどーすんだよ」とか言って、わざわざ電車に乗って、私を家まで送って、そのまま電車でまた帰って行った。さすが女の子に優しい男だ。
「最初の目標は、文化祭でのライブにする。まだ数ヶ月先だけど、やるなら本気でやるからな」
「本気って? ……僕はなんだか駿ちゃんの顔が怖いよ」
「ちゃんと『ライブ』にする。客を盛り上げる、俺らのことを知らない人が聞いても耳が吸い寄せられて立ち止まる、そういう本気の音楽だ」
駿介のその言い方が、なんだか少し大人っぽかった。リーダーの本気はメンバーにも伝染する。
最初は全然合わなかった。
リズム隊の要である大輔のテンポがズレたり、私の入りが遅れたり、結愛がトチったり、啓太が一人で走り過ぎたり。
駿介に怒られて、凹んで、慰め合って、頑張ろうって前を向いて励まし合って、
何度も何度も練習しているうちに少しずつ音が重なっていった。
啓太のギターは明るく華やかで勢いがある。
大輔のドラムはとにかく元気。動きがコミカルでつい釣られて笑顔になる。
結愛のキーボードは柔らかくて、曲に鮮やかな色をつける。
そして駿介のベース。
派手じゃないけれど、全部の中心にある感じだった。リズムの下支えをして、走りがちなギターやキーボードを諌める。
なんていうか駿介の音で、バンドに一本グッと芯が通る感じ。
「麻紀の歌って、声がめっちゃ伸びるよな」
「そうかな、えへ、嬉しい」
「うん。なんていうか、耳にスーって入ってくる、ずっと聴いていたい声だ」
私は少し照れながら嬉しくなってつい笑ってしまう。
啓太に送ってもらう帰りの道がいつしか楽しみの一つになっていった。
もちろん駿介が曲を作り、歌詞を書き、みんなで音を作る。その時間が一番楽しい、超々々すごく楽しかった。
そして迎えた文化祭当日。体育館の特設ステージから見る客席は、思ったより人が多かった。
「うわ……」
思わず漏らした声に啓太が笑う。
「麻紀、ビビってる?」
「ちょっとだけ」
「大丈夫。オレらがついてるから、お前は思いっきり歌えばいい」
私の右にはベースを抱えた駿介、左には啓太、斜め後ろの結愛、そして一番後ろのドラムセットに着座してどっしりと構える大輔。
この五人で作った音楽を、大勢の観客に届ける。声に魂を乗せて、精一杯歌う。
「準備はいいか?」
駿介の言葉に私は頷いた。目の前のライトがつく。観客席が少しだけ暗くなる。ざわざわしていた空気が静まり、張り詰める。
「どうも、一年のバンドです。Blue Leavesって言います。二曲やります」
駿介のシンプルな挨拶。なんの飾りっ気もない。
先輩バンドのリハーサルを見た時、MCの男の先輩がペラペラと喋っていた。
それはそれで楽しかったけれども。
うちのバンドは駿介が作ったこの曲たちを、全員で磨いたこの音楽を届けたい、それだけだった。
「いくぞ」
大輔のドラムスティックのカウントが鳴る。
駿介の奏でる重低音が響く。
啓太のギターが入る。
結愛のキーボードが重なる。
そして私は歌い始めた。
もう緊張はない。楽しい、みんなと作る音楽が楽しい。たくさんの人に聴いてほしい。
最初の曲は、『ボクたちのRush Hour』明るいポップソングだ。
歌いながら、私は客席を見る。みんなこっちを見ている。
でも、不思議と怖くない。むしろ楽しい。楽しくて楽しくてたまらない。
サビに入る。
啓太がギターをかき鳴らす。
大輔のドラムが会場全体を揺らす。
結愛が笑いながら鍵盤を叩く。
駿介がベースを刻む。
そして私は歌う。大きな声で歌う。この楽しさがみんなに伝わりますように。
最前列で同じクラスの友達が青いうちわを振ってくれている。
この間バンド名を聞かれたけれども、まさかこんなサプライズが待っているなんて。
後ろの方でも青いハンカチやタオルを振ってくれている人がいる。
嬉しい。私たちのバンド名を聞いて、音楽を聞いて、持っていたハンカチを振ってくれているんだろうか? 知らない人たちだ、先輩かな?
嬉しい、楽しい、ずっとこのまま歌い続けていたい。
メンバーも友達もみんな大好きだ。ここにいる全員、名前も顔も知らない人も全員大好きだ。届けっ、私たちの音楽。
歌い終わる。
一瞬の静寂。
そのあと──
会場全体が割れるような拍手が起こった。
思っていたよりずっとずっと大きい拍手だった。
「うおお!」「やべー!最高!」 大輔と啓太が叫ぶ。
打ち合わせ通りステージのライトの色が変わる。
二曲目はバラード。
『雨粒の隙間〜distance of Love〜』片思いの切なさを歌ったバラードだ。
さっきまでとは空気がガラッと変わる。静かなイントロ。
私は目を閉じて歌う。
切ない歌詞。駿介は男の子なのに、どうしてこんなに切ない女心を紡げるのだろう。
ゆっくり流れるメロディ。
歌い終わったとき、体育館は静まり返っていた。
そしてまた拍手。さっきより大きい。ピューピューと指笛を鳴らしてくれる人もいた。
「ありがとうございましたっ!!」
観客席からも「ありがとう」の声が何度も何度も聞こえてきた。
ライブが終わったあと、
控え室で私たちは顔を見合わせた。
「やったあああ!」
大輔が叫んだ。
「最高だった!」
啓太が私の肩を叩いた。
「麻紀ちゃんすごい!」
結愛が泣きながら私に抱きついてきた。
「上々だ。上出来よりももっと上。上の上だった」
駿介が珍しくみんなを褒めてくれた。駿介がこんな風に笑うのは珍しかった。
たった二曲だったけど全力で演奏した私たちは驚くほど疲労困憊だった。
打ち上げじゃないけれども軽くジュースで乾杯をした後、その日はもちろん練習なしで解散になった。
疲れた、本当にへとへとだ。
RPGならウインドウはオレンジ色だ。早く宿屋に行かなければ……まぁ宿屋じゃなくて、自宅なんだけど。
「麻紀、送る」
「ん? いいよ、今日はまだ早いし、啓太だって疲れてるでしょ?」
「いいって、送る」
夕焼けの校庭。
啓太は少しだけ真面目な顔をしていた。横顔が夕陽に照らされて少し赤い。
「送るってのは、もうちょっと一緒にいたいって意味だから」
「へ?」
心臓がドキドキしてきた。何これ?
もうちょっと一緒にいたいって何?
「オレさ……」
「……うん」
「麻紀のことが好き」
心臓がドクンと鳴った。
「付き合って欲しい」
咄嗟には何も言えなかった。
……でも。
胸の奥が、じんわりと温かかった。
さっきの啓太の言葉『送るってのは、もうちょっと一緒にいたいって意味だから』頭の中で何度も何度も繰り返す。
もしかして練習終わりに大輔の家から送ってくれたときも、もうちょっと一緒にいたいって思ってくれていたのだろうか。
もうちょっと一緒にいたいって思いながら、私を送ってくれてたんだろうか。
大輔の家から、啓太の家はものすごく近いのに、私を家まで送って、今来た道を一人で戻っている間、どんなことを考えていたんだろう?
「……うん」
小さく頷く。
啓太は少しだけ驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「マジ?」
「……よろしくお願いします」
私は顔が熱くなってしまって、思わずうつむいた。
私の初めての恋が、静かに始まった。




