第二話 カラオケとバンド結成
第二話 カラオケとバンド結成
高校生活は、思っていたよりずっと穏やかに始まった。
偶然一緒のクラスだったこともあって、私は自然と四人と一緒にいることが多くなっていた。
最初に話しかけてくれたのが彼らだったから、というのもあるけれど、それ以上に、この四人といると妙に居心地が良かった。
啓太は思った通り明るくて楽しい人だった。
クラスでもすぐにたくさんの友達を作って、先生にも気軽に話しかけるタイプ。
だからと言って無遠慮なノンデリカシーな人ではない。突然仲間に入った私に対しても気を遣ってくれる。
あの朝、ぶつかったのも「多分、麻紀ちゃんが緊張していたからわざとじゃない? 啓太って女の子が困ってたら絶対助けるマンだからね。昔っからそうなんだぁ」と結愛は笑った。
確かに、重い荷物を持っていたり、黒板の高い位置を消そうとしていたり、少しでも困ってそうな女子には手を差し伸べていた。……チャラい。でも多分すごくいい奴だ。
駿介は落ち着いていて、いつも少しだけ周りを俯瞰して見ている感じ。
あまり多くは喋らないけれど、言葉の選び方がとても優しい。
大輔は完全にムードメーカーだ。
「僕、入学三日でクラスの女子に三回フラれたんだけど?」
「もう告白したのかよっ!!」
「違うよ! でもなんか啓太のことしか聞かれないもん」
「それはフラれたとは言わないだろ」
そんな幼なじみ同士のやり取りを見聞きして、私は笑った。
「結愛はね、駿くんと同じクラスで嬉しい」
「はいはい」
「駿くんは嬉しくないの?」
「嬉しい嬉しい」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「やったー、駿くん大好き」
駿介の腕にベッタリと縋り付く結愛。
少し面倒くさそうな顔をしているけれど、邪険に払いのけたりはしない。
幼なじみで、小学生の頃から付き合っているらしい。
その距離感が、なんだか微笑ましかった。
入学してまだ一週間足らずなのに、他のクラスにも上級生や先生方にまで、二人の交際は知られていた。
「麻紀ちゃん、結愛はね、実はハラグロなんだよ。こうして『駿ちゃん好き好き、二人はラブラブ』って吹聴しておけば、悪い虫が寄ってこないの」
確かに、あのラブラブっぷりを目の当たりにして、わざわざ駿介に言い寄ろうという女の子はそう多くないだろう。
入学してから数日後の放課後、啓太が突然大きな声を上げた。
「帰りにカラオケ行こうぜ」
「唐突だな。お前、ギターの練習はちゃんとやってんのか?」
「やってるやってる、見てくれよ、この指先、頑張ってる証拠だろ」
啓太の指先は硬くタコが出来ていた。
「お、啓太、さすがだな、んじゃカラオケ付き合うか」
「僕はいつだって超々暇だよ!もち付き合う。ちょうど試してみたい新曲があるんだよね」
元気に手を挙げた大輔を見て、結愛が笑う。
「結愛はぁ〜、駿くんが行くなら行くぅ」
「もちろん麻紀も来るよな? 別に急いで帰んなくたっていいだろ?」
一瞬だけ迷った。
でも──。
私は頷いた。四人と一緒に放課後のカラオケってすごく楽しそう。
部屋に入ると、啓太が真っ先にマイクを取った。
「一曲目オレな!」
派手な曲調のロックだった。声量もあるし、結構上手い。
大輔はやっぱりと思ってしまったけれども、有名なアニメソング。しかも途中から替え歌になっていて、お腹が痛くなるくらい笑ってしまった。
「大輔、お前それ著作権的に大丈夫か?」
呆れたような声を出した駿介の腕にはいつも通り結愛がぶら下がっていた。
「結愛ね、この曲大好きなの」
そんな風に笑いながらフリ付きでアイドルソングを歌った。
「次、俺な」
イントロが流れると駿介が立ち上がった。
低くて落ち着いていて、派手じゃないのに、すごく耳に残る声だった。
「お前、やっぱ声いいよな、さすがボーカル様だな」
「うん、駿ちゃんの声、結愛大好き。あ、もちろん声だけじゃなくて、全部好き」
やっぱり結愛はブレないな。本当に駿介が大好きって感じで可愛い。
入学式の時にバンドを組んでいるって聞いたけど、大輔がドラムで、結愛がキーボード、啓太がギターで、駿介がボーカルか。確かにすごくいい声だった。
「は、普通だろ、ってか俺の本職はボーカルじゃねーし」
「いや、全然普通じゃねーって、なんつーのか分かんねーけど、とにかくお前はいい声だ」
「ケイタクン、ホメテクレテアリガトウ」
全然、ありがたくなさそうな駿介の棒台詞に笑ってしまった。
「駿ちゃんはピアノも結愛より上手だし、ベースも弾けるし、トランペットも吹けるもんね」
「本当に、駿介は『音楽の才能の過積載』だよね。僕、いつもそう思うよ、うちのお姉ちゃんも言ってた、あ、うちのお姉ちゃんがこの二人のピアノ教室の先生ね、僕末っ子だからお姉ちゃんと年がすごく離れてるの、でも年のこと言うと姉ちゃん怒るから内緒だよ」
歌もピアノもベースもトランペットもって、本当にすごい。
そして大輔は末っ子っぽいってずっと思ってた。みんなの可愛い弟くんって感じだもん。
「僕、麻紀ちゃんの歌も聞きたいな」
「あ、結愛も、結愛も聞きたい、聞きたい。麻紀ちゃんの歌」
「ほら、麻紀も歌えよ」
「え?」
啓太からマイクを渡される。
私は少しだけ戸惑った。もちろん一緒にカラオケに来たんだから歌えって言われるのは想定内だ。
歌うことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。大好きだ。でも、人前で歌うのは本当に久しぶりだった。
中学三年生の最後の合唱コンクールで、音楽の先生の推薦でソロパートを歌った。
「あいつ絶対目立とうとしてるよね」
「ホント、嫌な感じ。性格ブス、友達の好きな男を略奪するだけあるわ」
面と向かって言われたわけじゃない。
でも陰口でもない。
聞こえるように言って、くすくすみんなで笑う。
胸がズキンと痛んだ。
……でも。
今は違う。
私はマイクを握った。イントロが流れる。そして歌う。
歌っているうちに、不思議と緊張はすっかり消えてしまった。
歌うことは楽しい。
本当に、ただ、それだけだった。
歌い終わった瞬間に、部屋がシーンと静まり返った。
「……え?」
やばい、外した? 選曲ミス? あまりメジャーな曲じゃなかったからかな。
「うま」
啓太が一言をポツリと漏らした。
「超プロじゃん」
目を丸くした大輔がため息をついた。
「麻紀ちゃんすごい」
結愛が胸の前でパチパチと手を叩く。
そして駿介が少しだけ笑った。
「なあ」
「うん?」
「バンドやらない?」
「……え?」
「俺、曲作ってるんだ、作詞も俺。一応今は俺が歌ってるけど、本気で歌うやつ探してたんだ」
「マジでいい、すげーあの声、透き通ってて伸びやかで、マジでいい、マジ最高」
「完璧だよ、麻紀ちゃん、僕、すごく感激したもん、感動、鳥肌たった」
「結愛も、麻紀ちゃんと一緒にやりたい、キレイ過ぎて泣いちゃったよぉ」
私は少しだけ戸惑った。
……でも。
胸の奥が、熱くなった。
新しい世界の扉が、少しだけ開いた気がした。この四人と一緒に……。
「……やる、やりたい、みんなと」
私がそう言うと、啓太が笑った。
「よっしゃ! 決まりだ」
駿介も小さく笑った。
この日……、
私たちのバンドが始まった。




