第一話 入学式の朝
第一話 入学式の朝
真新しいローファーを履いて、私は駅までの道を走った。
春の空気はまだ少し冷たい。けれど胸の奥は、妙にあたたかくて落ち着かない。
新生活へのドキドキと、ワクワクが止まらない。
今日から高校生だ。
友達は出来るだろうか。
いい人たちと出会えるといいな。
……でも。
なるべく悪目立ちしないようにしないと。
中学の頃、あんなことがあったから少しだけ臆病になっている。
思い出すと、今でも胸が痛む。
私には一年生のときから仲の良かった友達がいた。毎日一緒に帰って、たくさん遊んだ。
テストの結果を憂いて、将来の話をして、先生のモノマネをして笑った。その子に好きな男の子がいると打ち明けられた。
恥ずかしいから、と、名前は教えてもらえなかったけれども、違うクラスのスポーツマンで背が高い人だと言った。
好きな人がいるなんて、なんか大人みたいですごい。
私にはまだ分からない気持ちをもう知っている彼女を羨ましくさえ思った。
ある日、私は別のクラスの男の子に告白された。
話をしたこともない知らない男子だったけれども、真剣な告白は正直嬉しかったし、ときめきも覚えた。
人を好きになるってこういうことなのかな? まだ分からない。
まさかその彼が彼女の想い人だったなんて……。
私は何もしていない。彼女の好きな人だなんて知らなかったし、そもそも私はその人を恋愛対象として見ていなかった。
……でも。
その人が私に告白をしたと言う噂はあっという間に広まり、彼女は教室で泣いた。
彼女は悪くない。好きな人が別の女の子を好きだったと知ったら泣くだろう、泣いて当然だ。
彼も悪くない。自分が彼女に好かれていることを知らなかっただろうし、好きな女の子に告白をしただけだ。
でも私だって別に悪くはない、と思う。悪いことは何もしていない。
でもあっという間に周りが騒ぎ出した。
「友達の好きな人を取ったらしいよ」
「最悪じゃん、最低」
「性格悪い、ちょっと美人だからっていい気になってる」
気づいたときには、クラスの空気が変わっていた。
誰も直接いじめてくるわけじゃない。何かされたわけではない。
でも、視線とか、空気とか、距離とか、そういうもので、人って簡単に傷つく。
私が彼女に話しかけようとすると、周り中で彼女を取り囲んで私を睨みつけた。
──謝ることさえもできなかった。
今考えると、なんと言って謝るのか、何で謝るのかも分からないから、話しかけられなくてかえって良かったのかもしれない。
「貴女の好きな人が、私を好きになってしまってごめんなさい」って言うの?
そんなこと言えるはずがない。言われた方だって許せないだろう。
だから私は、誰も知らない高校を選んだ。
自由な校風と有名デザイナーズブランドの制服で人気の高校だ。
電車で一時間も揺られることになるから、うちの中学からその高校へ行く生徒はいない。
全部、リセットしたかった。
私を誰も知らないところへ行って、まっさらな自分になりたい。
駅に着くと、私と同じ制服に身を包んだ生徒たちがたくさんいた。
真新しい制服、多分私と同じ高校一年生の子たちだ。こんなにいっぱいいる。
きっと仲良くなれる子がいるはず。そう考えて少しだけ安心する。……仲良く、なれたら、いいな。頑張らないと……。
「うわっ! っと、悪りぃ、ごめん」
ぼうっとしていた私は突然誰かとぶつかった。鼻の頭を思いっきりぶつけて、フゴッて変な音が鳴った。
「あ、いえ、こっちこそ、ごめんなさい」
痛む鼻を押さえながら顔を上げると、線の細い痩せ型の男の子が目の前に立っていた。
背がかなり高い、髪色が明るくて、茶髪よりも金髪に近い感じ? 真っ赤なピアスのせいもあって、ちょっとチャラい雰囲気。
「いやいや、オレも前、見てなかった。大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫です」
「何だよ、啓太、朝から早速ナンパ?」
「お盛んだねぇ。さすが啓太」
真後ろから聞こえてきた声に、目の前の男の子が顔をしかめる。
振り向くとそこには男の子が二人と女の子が一人。目の前の金髪の男の子、ケイタくんの友達だろうか?
落ち着いた雰囲気の黒髪で少し長髪の男の子。
ショルダーストラップ付きのケースを背負っているちょっと小太りの男の子。
そして、ふわふわした巻き髪の甘い雰囲気の女の子。
「違げぇーって! ナンパじゃねーよ、さっきぶつかったんだよ」
「結愛はね、また啓太が女の子のこと泣かせたのかと思っちゃったよー」
「泣かせてねーって! ったく、結愛のそれ、風評被害だろ」
ユアちゃんと呼ばれたふわふわの巻き髪の女の子と金髪のケイタくんのやり取りが面白くて、私は思わず笑ってしまった。
「お、笑ったな、良かった良かった」
「え?」
「なんかさ、さっきまでめっちゃ緊張してる顔だったから、若干心配? まるで敵地に乗り込むみたいな顔だったぞ」
──図星だった。
私はものすごく緊張していた。
とにかく中学の頃みたいな、あんな四面楚歌の状態はもう嫌だ。
なるべく穏便に高校生活を過ごしたい。
そのためにはまずスタートが大事だ。いざ、尋常に、参らんっ!!
敵地に乗り込むみたいな顔だったと言い当てられて私は少し恥ずかしくなる。
「同じ高校、だよな?」
落ち着いた雰囲気の男の子に尋ねられる。
「うん、そうみたい、だね。仙杜リベルテ学院だよね?」
「だよな、俺たちも全員一年、こいつらとは幼稚園のうさぎ組さんからの腐れ縁」
「あー、駿くんひどい、結愛は腐れ縁じゃないもん、駿くんの彼女なんだから、ぷぅ」
頬を膨らませて、シュンくんの腕に縋り付く様子はとても可愛らしい。
そうか二人はカレカノなのね。ちゃんとあらかじめ関係性の情報をインプットできるのは助かる。
黒髪で長髪の男の子がシュンくんで、ふわふわ巻き髪の彼女がユアちゃん、金髪がケイタくんね。
「僕は大輔。ドラム担当なんだ、これはドラムスティックのケースね」
「ドラム? ……担当?」
「うん、僕たち、バンドやってるんだよ」
「結愛はね、キーボードなの。小さい頃ピアノ習ってたから」
シュンくんと呼ばれていた男の子がため息をつく。
「大輔、お前なぁ。そういうご立派な挨拶はちゃんと叩けるようになってからにしろよな。結愛もだぞ、ちゃんと身を入れて練習しろよ、ピアノの練習だってサボってばっかりだっただろーが」
「えーん、駿くんが厳しいぃ〜、もっと優しくして欲しい、結愛は駿くんの彼女なのにぃ」
その言葉には答えずシュンくんは私に言った。
「俺は駿介、高木駿介」
短い自己紹介だったけど、不思議と安心感があった。全然知らないバンドなのに、ああ、この人がリーダーなんだろうなって思った。
「オレは、山田啓太、で、君は?」
「……私は、麻紀です……あの、名字は山田です」
「ウッソ、同じ名字? ってか運命じゃん、オレの嫁ちゃんかな?」
そんなに珍しい名字じゃないし、偶然同じ名字なだけだ。運命ではない、と思う。
でも、ケイタくんのその笑顔は、思ったよりずっと優しかった。
このとき私はまだ知らなかった。
この四人との出会いが、この先の私の人生に大きな影響を与えることを。
青春バンドストーリー全九話です。
完結してるのでエタらないです。
全部で二万四千文字です。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。




